断罪王女の華麗なる転身

柚子

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「王女殿下、捕らえました!」


すぐ背後から声がしたと思えば、身体が勢いよく前につんのめった。
若い騎士が腕を掴んでいたおかげで転倒は免れたものの、後ろ手に拘束されて関節が痛い。そのまま地面に座り込む形となり、白いドレスが土で汚れた。


「何事です」


自分の声は思ったより落ち着いている。
だが、それは虚勢だ。
王女としての矜持だけが、私の意識を繋ぎ止めていた。
本当は今すぐにでも気を失ってしまいたい。
こんなことあっていいはずがない。
だって、今朝まで当たり前の日常があったのに。自分の部屋で目を覚まして、お母様とお茶をして、いつものようにお話をして。庭で花を摘んで、押し花にする算段を立てて、彼のことを考えて。この前の逢瀬を思い出して、一人で顔を赤くして────。
そんな、平和な日常が、あったはずなのに。


「現在、この宮は完全に制圧されています。おとなしく我々に従ってください」


淡々と言われたそれは、言葉だけは丁寧だが明らかな命令だ。
王女である私が国王陛下以外から命令されるなんて、異常事態にもほどがある。


「隊長、ご報告いたします」


若い騎士が駆け寄ってきて、敬礼の姿勢で、はっきりとした声で、話し出す。


「薔薇の宮の制圧、完了致しました。重要人物の捕獲、重要証拠の押収も順調です」

「正妃は」

「始末致しました」

「………っ!」


ああ、なんだか声が遠く感じる。
まるで夢を見ているようで、現実味がない。
私の世界は、こんなにも簡単に壊れてしまうほど脆いものだったのか。
美しかった庭は跡形もなく燃やされ、豪華絢爛な住処は土足で踏み荒らされ、お母様はもういない。
どうして、こんなことに。どうして。
何度問いかけたところで、答える者などいるはずがなかった。

ふと、周囲の空気が変わる。


「団長」


周りに大勢いた騎士たちが全員、同じ方を向いて、一糸乱れぬ敬礼を見せる。
私ものろのろと顔をあげて、人垣を割ってこちらへ来る人物を見た。
そして、ガン、と頭を殴られたような衝撃を受けた。


「どう、して……」


ひゅ、と喉が鳴る。
頭が真っ白になる。
目の前が真っ暗になる。


「ルーク…………」


私は、回らない口を何とか動かして、
見たことのないほど冷たい表情をした、愛しい人の名を呼んだ。


「ご苦労」


「はっ! ご報告いたします!」


私の腕を掴んでいる騎士が、先ほど聞いたのと同じような報告をする。
その間、私はずっとルークの顔を見つめていたが、視線はほんの少しも交わらなかった。


「王女殿下の処遇は、どのように致しましょう」


思わずびくり、と肩を震わせた。
ようやく、ルークが私に視線を寄越す。
少しだけ胸がざわついた、けれど。


「…………ひとまずは、地下牢へ」


何の感情も浮かばない瞳を見て、冷水を浴びせられたようになった。


ああ、私はなんて愚かな女なのだろう。
世間知らずなお姫様が、初恋に溺れて、我が身を滅ぼすなど、無様にもほどがある。
よく考えてみれば、私は彼のことなど何も知らないのだ。
ルークという名前で、金の髪と緑の瞳を持っていて、私より4歳年上の21歳で、甘いものが苦手で、犬が好き。
そんなことしか知らないで、結婚の約束までして。笑ってしまう。
こんなだから、騙されるのだ。

無理やりに引っ張りあげられて立ち上がり、背中を押されて歩き出す。
泣き叫んで、彼にすがりつくこともできたけれど、私の矜持が許さなかった。これ以上、惨めになりたくない。
だから、前を向いて歩いた。
彼とすれ違うその一瞬、彼と目が合う。
私は睨むわけでもなく、涙を流すでもなく、ただ、笑った。
彼の前では見せたことのない、とびきり綺麗な作り笑顔だ。
すると、彼の瞳に僅かに感情が浮かんで、ほんのちょっとだけ、溜飲が下がる。

それで、何が変わるわけでもないけれど。



こうして、世界で一番愛しい人だった男が、私の日常も、希望も、未来も、幸せも。
何もかも壊してしまった。




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