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第四十三話
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【第四十三話】
ゴブリン領の森を抜けた先にあったのは、まるで人間が作ったかのようなゴブリンの街だった。
その一番奥、街で一番大きな屋敷の前までやってきた俺とセツナ。
目の前にある、やけにしっかりした造りのドアを開くと、そこに広がっていたのは…。
「ここは…?」
内部のスペースを最大限に使って作られたであろう、板張りの部屋。
もしかして、道場か?
外から見えた家の高さと敷地面積からして、二階か三階のフロアがあって、多くの部屋が用意されていると思っていたが、まさか全てをぶち抜いた一室とは。
俺たちのようなプレイヤーが来ることを想定し、戦えるフィールドを用意していた?
そんなこと、ありえるのか?
「危ない、トーマっ!」
「んっ?」
「ッンガアアアアッッ!!!」
考え事をしていた俺は、視線を前から外してしまっていた。
そのわずかな隙を突き、緑色の大男が俺の目前まで肉薄してくる。
「アアアアアアッ!!」
右手に握った、黒っぽく細長いなにかを振り下ろしてくる。
速いっ!
その太い腕が、半ばから残像となってブレる。
「うおっ!」
しかし、俺は寸前でかわす。
こちらから見て左側、ゴブリンの右腕近くに身を置くことは危険と判断。
すれ違うようにして前に転がりながら、右側に抜ける。
これで前と後ろを挟み撃ち、俺が背後を取る形になった。
ただ…。
「……っ!」
三メートルはくだらないであろう体躯に、この世の全てに憎悪したかのような醜悪な強面。
にもかかわらずこの魔物、全く隙がない。肌がむき出しの背中からとんでもない圧を感じる。
これほどの覇気。今までのどの相手よりも、確実に強い。
「ガアアッ!」
巨漢のゴブリンが手にしていたのは、いわゆる金棒と呼ばれる武器だった。
先に倒せると思ったのか、振り向きながら俺に一撃を叩き込んでくる。
「…ぐっ!」
対する俺は、上体を後ろに反らせてなんとかかわす。
危なかった。一瞬前、無理やり魂を抜きに前に出ていたら、返り討ちに遭っていただろう。
力任せに得物を振るう様は、まさにおとぎ話で出てくる鬼のようだ。
これがゴブリン界の頂点…、『ゴブリン・キング』か!
「ガアッ!」
なんて、気取ったことを考えている暇はなかった。
続けざまに俺の顔面に向けて、ハイキックをかましてくる。
「があっ!」
交錯する瞬間、奇しくもゴブリンの長と俺の声が一致した。
だが、やつのは自らを鼓舞する叫び声なのに対し、俺のはいい一撃をもらったうめき声だ。
「トーマっ!」
眉間に突き刺さった凄まじい衝撃が、一瞬にして全身に広がる。
俺は後ろにひっくり返り、空中で何回転かしてから地面に不時着する。
が、それでも勢いは止まず、きれいな床に何度か体をこすらせながら吹き飛んでいく。
「ガアアッ!」
「くっ!」
とっさにセツナが俺を呼ぶが、『ゴブリン・キング』が彼女に襲いかかる。
「全く、あいつはどれだけ馬鹿力なんだ?」
さらに何度か転がった後、俺はようやく止まることができた。
愚痴を吐きながらも、とりあえず立ち上がる。
どうやら、この部屋が広すぎるおかげで壁にぶつからなかったようだ。
不幸中の幸いだな。もし後頭部を強打していたら、起き上がる前に死に戻りしていただろう。
「…っ!」
しかし、視界がグラグラする。失神の一歩手前、重度の脳震とうといったところか。
視界を前に定めると、ゴブリンとセツナは数百メートル前方で肉弾戦をしている。
「参ったな…」
さて、今の一撃でゴブリンとは距離が取れたが、この状態だと加勢しても足手まといだ。
どうしたものか。
「まさか、脳震とうまで実装されているとは…」
今まで、脳震とうに至る攻撃を受けた場合は例外なく死んでいたので、脳震とうや眩暈といった状態異常が存在することに気づかなかった。
検証不足だったな。
「……」
俺はフラフラしながら、辺りを見回してみる。
床は普通だ。どこまでいっても細長い薄茶色の板材が敷き詰められているだけで、特に変わったところはない。強いて言うなら面積が相当なもので、縦にも横にもめちゃくちゃに広がっているくらいか。
壁は、先ほどの攻撃で俺が吹っ飛んでいった方向、つまり後ろにあった。位置関係としては、俺たちが入ってきた入口の対面にあたる。
あとは、等間隔にランプが吊るされている天井だが…。
「っ!」
そのとき、俺は見つけてしまった。
クリーム色に塗られた壁の右の方に、扉がある。
構造から考えると、もう一つの出入り口だ。
多分、いや絶対、海に通じる道に続いているに違いない。
「……」
どうする?
今、俺は状態異常にかかっている。はっきり言って、立っているのがやっとだ。
果たして、そんな状態にある俺は、セツナと一緒に『ゴブリン・キング』を倒せるのだろうか?
いや、無理だ。足手まといもいいところだろう。
「……」
俺は無言で、二つ目の扉に近づいていく。
そうだ。俺の判断は正しい。
今まで俺たちがしてきたのは、『ゴブリン・キング』の首を討ち取るための戦い、だった。
だがその前提は、俺たちが海を見つけたことで、脆くも崩れ去ったと言ってもいい。
これは言い換えれば、役割分担だ。
俺が使い物にならなくなった以上、キングはセツナに任せる。
そして、俺はここから外に出て海を探索する。
これでいいじゃないか。これが、各々にとってベストな選択のはずだ。
「……」
「あああああああ…」
そう自分に言い聞かせながら出口に向かっていると、声が聞こえてきた。
「っ!」
やばい。
セツナがこっちに向かって吹っ飛んできた。
「……ああああっ!」
「はっ」
もうこれ以上、傷を負えない。
少し人でなしに見えるかもしれないが、俺は飛んでくる彼女の体を受け止めることはせず、回避させてもらった。
「あぁあああぁああぁぁあぁっ…!」
セツナは先ほどまで俺のいたところをゴロゴロと床を転がり、奥の壁にぶつかる寸前で制止した。
すまない。
だが、これも必要なことだ。
吹き飛ばされるセツナに変な形で接触し、共倒れしてしまったら元も子もないからな。
だから、これで大丈夫だ。なんの問題もない。
俺はセツナを信頼しているし、セツナも俺を信頼している。
「…速すぎ、目で追えねえっつーの」
彼女が頭を振りながら起き上がり、両手を地面につける。
またもやまずい。すぐに起き上がってしまう。
いや、別にまずいことはないんだが、セツナが俺の状態異常に気づいておらず、一緒に戦うつもりだったらよろしくない。
万が一そうだった場合俺は、目の前の怨敵から尻尾を巻いて逃げたクズプレイヤーという烙印を押されてしまう。
「……!」
なのでここは、俺があの一撃で死んだことにする。
よって、セツナに俺の生きている姿を見られるわけにはいかない。
「ガアアアアアッ!」
「トーマも、近くにいるはず…」
俺は声を殺しながら、持てる力を振り絞ってダッシュする。
今、後ろにゴブリンの長、左前にはセツナがいる状況だ。
もし、転んで音を立てたら物理的にも社会的にも俺の命が終わりを告げることになるが、背に腹は代えられない。
前を向くしかなくて耳で判別するしかないが、声の聞こえ方から、セツナは下を見ながら今の一言を発したはず。
俺の姿は目視してはいない、と思う。
今ならまだ間に合うだろう。
「くううっ、上手く受け身は取ったつもりだけど、腕が動かん」
「……」
どうやら、彼女は腕を負傷したせいで、立ち上がるのに難儀しているようだ。
こうなるとますますいたたまれなくなってくるが、全て聞かなかったことにする。
別に戦ってもいいんだが…、その、な。
海を調査するというミッションも追加されたことだし、【魂の理解者】を使う隙すらない相手に無策で突っ込むのも、という気持ちもある。
決して、勝てないと言っているわけではないんだが…。
言い訳を挟んだ俺はやっとの思いでドアに到着し、金色のノブに手をかける。
「トーマは、大丈夫?」
セツナが俺に呼びかけながら顔を上げた瞬間…。
「ガアアアアアアッ!!!」
都合よくゴブリンの長が絶叫してくれて、俺の扉を開ける音を掻き消してくれた。
「…って、あれ?」
そして、セツナの目が俺を捉えるより速く、屋外に体を移動させた俺は扉を締め切ることに成功する。
多分、見られていないと願いたい。
「…ふう」
こうして、俺は理想的な形で敵前逃亡を果たした。
いや、人聞きが悪いな。ゴブリンの長のハイキックでデスした。
この目で海を確かめたら必ず戻ってくるから、今はそういうことにしておいてくれ。
※※※
「また森か…」
セツナに『ゴブリン・キング』を託し、道場(仮)の裏口から出た俺の目に飛び込んできたのは、またしても青々とした緑だった。
ただ、ゴブリンの街に入る前に通った森とは木の種類が違うようだ。
ここの木は一般的な木と同じく、そこそこ背が高い。
「魔物の気配が全くしないな」
土がむき出しになった道が正面に続いていたので、それに沿って歩いていく。
俺の認識に狂いがなければ、海に続いている方角だ。
「ふむ…」
警戒は解かず、周囲を観察しながら進む。
しかし、なぜこの森には普通の木が植わっている?
しかも、下地の雑草やコケ、キノコなどがほとんど生えていないにもかかわらず、木の幹は太く大きく、しっかりと根差している。
明らかにおかしい。
これは、やつが関わっている可能性を疑わざるを得ないな。
いや、もしやつがここに来ているなら、海の存在を知っていることになるから、それはありえないか。
ああ、やつというのは、クラン【繁栄の礎】のメンバーであるクロックのことだ。
彼のスキル【タイムキーパー】を使えば、対象の経過時間を加速させることができる。
なので、植えたばかりの幼木であっても、文字通りあっという間に大木になる。
だから、木々を【タイムキーパー】で成長させた場合、目の前に広がっているような木だけが成熟した歪なバイオームができるというわけだ。
「なるほど。最初から、俺たちは手のひらの上だったということか」
襲撃の心配がないのなら、びくびくする必要はない。
足を踏み鳴らし、堂々と森の中を探索していくうちに、疑惑が確信へと変わる。
俺の推理はこうだ。
まず、【繁栄の礎】のヴァーミリオン、クロック、メタルが俺のクランハウスを襲撃。大量の『スキルジェム・【自己再生】』と『スキルジェム・【爆発魔法】』を奪い取る。
次に、襲撃者たちは別口で用意していたスキルジェムに自分たちのスキルを込め、奪ったジェムと一緒に何者かに売る。
この何者かはおそらく、俺とマスターさんを閉じ込める檻を召喚したプレイヤーか、その仲間だ。
そして、その何者かはゴブリンたちに【自己再生】と【爆発魔法】のスキルジェムを流す。
一方で、自らは【タイムキーパー】を利用してこの森を作り、材木を大量に確保してゴブリンたちに街をこしらえさせる。
さらに、同じく買い取ったメタルのスキル【退屈な錬金術】が込められたスキルジェムを利用して特注の金棒を用意し、ゴブリンの長に与えた。
最後に、全ての準備が整ってから、大規模な人ゴブ戦争が行われるのを待つ。
それが、今日だった。
多分、大まかな筋書きはこんな感じだろう。
「どこまでいっても、木の成長具合がほとんど変わらない。やはりか…」
強盗に入ったのが【繁栄の礎】だったし、長の金棒とこの歪な森を加味して、ヴァーミリオンたちのスキルジェムも一緒に売られたと考えていい。
それに、【タイムキープ】や【退屈な錬金術】がゴブリンたちに扱えるとは思えないから、誰かしらプレイヤーが関わったのも確定だ。
何分、【タイムキープ】は調整を間違えると木を枯らしてしまうので、加減ができるプレイヤーにしか使えない。
【退屈な錬金術】も同様で、一度触れたことのある金属しか生み出せず、ゴブリンの頭では自発的に金属を生み出そうとイメージをすることもできないから、彼らには過ぎた力だ。
よって、どちらのスキルもゴブリンが使えたとしても宝の持ち腐れになる、というのが俺の見立てだ。
「だが…」
そう仮定すると、現在進行形で利敵行為をしている何者かは、ゴブリンの社会に深く関わっていることになる。
果たして、魔物であるゴブリンに歩み寄れるプレイヤーなど、いるのだろうか?
ましてや、これほどの計画を考え、実行に移せるほどのプレイヤーなんて聞いたことがないぞ。
悔しすぎる。
なんで、なんで…。
「なんで…、俺も一枚噛ませてくれなかったんだよ」
うっそうとした森の中に、俺の渾身の呟きが染み渡って消える。
波の音が、徐々に大きくなっていた。
※※※
あれから数分後。
ついに俺は、OSOで未確認とされていた海にたどり着くことができた。
「おそおいっ!なにやってたの!」
しかし、なぜか砂浜にぼっ立ちのまま、一人のプレイヤーに怒られている。
沈みかけの夕日が海面を照らしており、水面がきらきらと幾重にも反射している。
ああ、これがOSOの海か。
俺は考えることをやめ、雄大な自然を肌で感じ取ることにした。
俺の推理やこいつらの思惑なんて、この景色の前では些末なものだ。
「ちょっと、聞いてますかあ!?」
二人いる謎のプレイヤーたちの一人、俺くらいの背をした金髪の男が、俺にしつこく話しかけてくる。
「トーマくんが遅いせいで、クレアもDも帰っちゃったんですけど!?」
うるさいわっ!俺は今、自然と一体になってるんだよ。
ていうか、クレアとDって誰だよ?
「ねえ、聞いてる!?…聞いてますかああああっ!!!」
「ええいやかましいっ!聞こえてるからそれ以上叫ぶなっ!」
「なんだ、聞こえてるじゃん。【爆発魔法】で鼓膜破れてるのかと思った」
「……」
『トーマくん』、『【爆発魔法】』というワード。
そして、俺はこの二人を知らない。
これはもう、百パーセントクロ。
こいつらが【繁栄の礎】からスキルジェムを買い、人ゴブ戦争を引っ掻き回した黒幕だ。
「そう言ってやるな、相棒。彼はあの『ゴブリン・キング』を倒した直後なんだからな。少しくらい、絶景を楽しませてやってもいいだろう」
「えー?でもさオレ、いい加減待ちくたびれたよ。今回は裏方ばっかだったから、退屈で」
「それはそうだな。だが、準備も中々楽しかったじゃないか。航海はもうこりごりだが」
「え、ビルは楽しくなかった?海賊映画みたいで面白かったじゃん!嵐ばっかで海賊はいなかったけど」
「相棒がわざと嵐の中に突っ込むからだろうが!クレアもブチギレてたぞ、このことは黙っておけ」
「マジ?そうするわ。『干支の島』でも砂漠でも、魔物よりクレアにキルされたことの方が多かったし」
「それも全部お前のせいだろ、相棒。大体、相棒はいつも…」
「ビル、分かってるからやめてくれよ。OSOの中でもお前に小言を言われたくない」
「言われてみれば、そうか。すまん」
「いいって。俺たちはなにをしてもいいんだから」
「それが、OSOの魅力だしな」
「その通り!」
「「はっはっはっ!!」」
こいつら、俺をほっといてベラベラと。
話の内容からして、この金髪と隣にいる長身の男は同じクランのメンバーのようだ。
長身の方はビルという名前であることは分かったが、金髪の方はビルに『相棒』と呼ばれていて分からない。
面倒だし、こっちから切り出すか。
「おい」
「ん?なに?」
「なに?じゃないだろ。なんでお前らは砂浜で俺を待っていたんだ?そもそも、お前ら誰だ?俺が知らないってことは、第四陣か?違うよな、こんな手の込んだことしておいて。お前らは、この日のために正体を隠していたが、れっきとしたスタートダッシュ勢だ。違うか?」
「ワオ!よくしゃべるねえ、ビル?」
「全くだ。一度に何個も質問して、答えさせる気があるのか?」
金髪とビルが、揃って「なんだこいつ?」と言いたげな表情をする。
さっきまで長話してたお前らが言うな!
「じゃあまず、お前らは誰だ。お前から、名前と所属クラン、クラン内の肩書きを言え」
精神が保たないと思った俺は、金髪の方を指差しながら簡潔に言う。
「えー?そんな、横柄な態度を取られてもなあ?人にお願いするときは、誠意ってものがあるでしょ?」
「……」
こいつ…!
「相棒、ここは素直に言うことを聞こう。トーマも、それで気が収まるだろう」
「しょうがないなあ、特別だよ?」
金髪が押して、ビルが引く。
この二人、煽りというものを熟知してやがる。
「じゃあ、オレから。オレの名前はアルフレッド。クラン【カオスメーカー】のクランマスターだ」
アルフレッドと名乗った金髪はあれほど無駄話をしていたのに、驚くほどすんなりと自分の情報を晒した。
しかし、聞き覚えのない名前だ。【カオスメーカー】というクラン名も、今初めて聞いた。
今日日、クランの名前まで隠し通せているクランはほぼないと言っていい。
考えられるケースとしては、クラン自体がほとんど活動していないか、全く人目に触れずに活動できているかのどちらかだ。
【カオスメーカー】は、後者だろうな。
「それで、スキルは…」
「…待て!俺に言ってもいいのか?」
「問題ないよ。どうせトーマの前で見せることはないし、知られても構わないタイプのスキルだから」
「それならいいんだが…」
続けてスキルまで開示しようとしたアルフレッドを、俺は慌てて止める。
いくら敵とはいえ、あまりに不用心すぎないかと思ったが、杞憂だったらしい。
「オレのスキルは、【バベルの塔の頂上で】。OSOに存在する全ての言語を理解することができ、話すことができるというスキルだ」
「っ!」
その一言を聞いた途端、頭の中で全てのピースが埋まった音がした。
【繁栄の礎】とゴブリンの窓口をしていたのは、アルフレッドだったのか。
なるほど。通訳が間に入れば、言語体系が違う魔物のゴブリンに取り入ることも簡単。
どうりで、ここまで上手くことを運んでいたわけだ。
「その顔は、全部お見通しってことでいいかい?」
「…ああ。それでいい」
「やっぱり、トーマは流石だよ」
なんだ、いきなり?
急に褒めてくるなんて気持ち悪い。
「いや、なんでもない」
俺が嫌そうな顔をすると、アルフレッドは顔を振りながら一歩下がる。
「それじゃあ、次は俺だな」
代わりに、大柄のビルが前に出た。
「ああ、頼む」
「俺はビル。クラン【カオスメーカー】のサブマスターだ」
だろうな。この男からは、知的な雰囲気を感じるし。
さながら、人馬一体みたいなものか?
使い方によっては戦闘用のスキルにも勝る【バベルの塔の頂上で】を駆使し、粛々と計画を進めるアルフレッド。こいつが馬。
そして、一歩退いた位置から全体を俯瞰して計画の舵を取るビル。彼が人だ。
今回の計画は、はっきり言ってイカれている。
本来敵であるゴブリンと手を結ぶなど、常人が思いつくことではない。
よって、計画の草案を作ったのはアルフレッド。
さらに計画を煮詰め、場合によっては手を加えて現実的なものにする役目が、ビルだった。
俺はそう推測する。
「スキルは…」
と、引き続き話そうとしたビルの口が止まった。
彼の両目は、俺の背後にある、一点を捉えて離さない。
「どうした?言っても…!」
たまらず上げた言葉の途中で、俺も異変に気づいた。
ドスッドスッドスッ!と、巨体が走る音がする。
「おいおいおいっ!なんで生きてるんだよ、『ゴブリン・キング』!」
次いで、アルフレッドが大声を出した。
「いや…」
お前らが悪いんだぞ。
俺が『ゴブリン・キング』を倒したと勘違いしたまま話を進めた、お前らの責任だからな。
まあ、敵前逃亡した俺が言えたことではないが。
「伏せろトーマっ!結界よ!!」
ビルの注意喚起に反応して、俺は一応その場にしゃがんだ。
同時に、半透明の青色をしたガラスのような板が頭上に展開される。
「っ!」
これがビルのスキルか?
多分、任意の位置に結界を張るという防御よりのものだろうな。
だが…。
「ガアアアアアアッ!!!」
気づくのが遅すぎた。
予想以上に接近されており、俺は転がって避けることができなかった。
ゴブリンの王、『ゴブリン・キング』の渾身の一撃はビルの生み出した結界を易々と破壊し、無防備な俺に叩き込まれ…。
丸太のように太い金棒が肉体を四散させ、俺はあっけなくデスした。
ああ、やはり天罰は下るものだな。
セツナ、俺もすぐお前の下にいくぞ。
あ、俺は地獄に堕ちるから無理か。
ゴブリン領の森を抜けた先にあったのは、まるで人間が作ったかのようなゴブリンの街だった。
その一番奥、街で一番大きな屋敷の前までやってきた俺とセツナ。
目の前にある、やけにしっかりした造りのドアを開くと、そこに広がっていたのは…。
「ここは…?」
内部のスペースを最大限に使って作られたであろう、板張りの部屋。
もしかして、道場か?
外から見えた家の高さと敷地面積からして、二階か三階のフロアがあって、多くの部屋が用意されていると思っていたが、まさか全てをぶち抜いた一室とは。
俺たちのようなプレイヤーが来ることを想定し、戦えるフィールドを用意していた?
そんなこと、ありえるのか?
「危ない、トーマっ!」
「んっ?」
「ッンガアアアアッッ!!!」
考え事をしていた俺は、視線を前から外してしまっていた。
そのわずかな隙を突き、緑色の大男が俺の目前まで肉薄してくる。
「アアアアアアッ!!」
右手に握った、黒っぽく細長いなにかを振り下ろしてくる。
速いっ!
その太い腕が、半ばから残像となってブレる。
「うおっ!」
しかし、俺は寸前でかわす。
こちらから見て左側、ゴブリンの右腕近くに身を置くことは危険と判断。
すれ違うようにして前に転がりながら、右側に抜ける。
これで前と後ろを挟み撃ち、俺が背後を取る形になった。
ただ…。
「……っ!」
三メートルはくだらないであろう体躯に、この世の全てに憎悪したかのような醜悪な強面。
にもかかわらずこの魔物、全く隙がない。肌がむき出しの背中からとんでもない圧を感じる。
これほどの覇気。今までのどの相手よりも、確実に強い。
「ガアアッ!」
巨漢のゴブリンが手にしていたのは、いわゆる金棒と呼ばれる武器だった。
先に倒せると思ったのか、振り向きながら俺に一撃を叩き込んでくる。
「…ぐっ!」
対する俺は、上体を後ろに反らせてなんとかかわす。
危なかった。一瞬前、無理やり魂を抜きに前に出ていたら、返り討ちに遭っていただろう。
力任せに得物を振るう様は、まさにおとぎ話で出てくる鬼のようだ。
これがゴブリン界の頂点…、『ゴブリン・キング』か!
「ガアッ!」
なんて、気取ったことを考えている暇はなかった。
続けざまに俺の顔面に向けて、ハイキックをかましてくる。
「があっ!」
交錯する瞬間、奇しくもゴブリンの長と俺の声が一致した。
だが、やつのは自らを鼓舞する叫び声なのに対し、俺のはいい一撃をもらったうめき声だ。
「トーマっ!」
眉間に突き刺さった凄まじい衝撃が、一瞬にして全身に広がる。
俺は後ろにひっくり返り、空中で何回転かしてから地面に不時着する。
が、それでも勢いは止まず、きれいな床に何度か体をこすらせながら吹き飛んでいく。
「ガアアッ!」
「くっ!」
とっさにセツナが俺を呼ぶが、『ゴブリン・キング』が彼女に襲いかかる。
「全く、あいつはどれだけ馬鹿力なんだ?」
さらに何度か転がった後、俺はようやく止まることができた。
愚痴を吐きながらも、とりあえず立ち上がる。
どうやら、この部屋が広すぎるおかげで壁にぶつからなかったようだ。
不幸中の幸いだな。もし後頭部を強打していたら、起き上がる前に死に戻りしていただろう。
「…っ!」
しかし、視界がグラグラする。失神の一歩手前、重度の脳震とうといったところか。
視界を前に定めると、ゴブリンとセツナは数百メートル前方で肉弾戦をしている。
「参ったな…」
さて、今の一撃でゴブリンとは距離が取れたが、この状態だと加勢しても足手まといだ。
どうしたものか。
「まさか、脳震とうまで実装されているとは…」
今まで、脳震とうに至る攻撃を受けた場合は例外なく死んでいたので、脳震とうや眩暈といった状態異常が存在することに気づかなかった。
検証不足だったな。
「……」
俺はフラフラしながら、辺りを見回してみる。
床は普通だ。どこまでいっても細長い薄茶色の板材が敷き詰められているだけで、特に変わったところはない。強いて言うなら面積が相当なもので、縦にも横にもめちゃくちゃに広がっているくらいか。
壁は、先ほどの攻撃で俺が吹っ飛んでいった方向、つまり後ろにあった。位置関係としては、俺たちが入ってきた入口の対面にあたる。
あとは、等間隔にランプが吊るされている天井だが…。
「っ!」
そのとき、俺は見つけてしまった。
クリーム色に塗られた壁の右の方に、扉がある。
構造から考えると、もう一つの出入り口だ。
多分、いや絶対、海に通じる道に続いているに違いない。
「……」
どうする?
今、俺は状態異常にかかっている。はっきり言って、立っているのがやっとだ。
果たして、そんな状態にある俺は、セツナと一緒に『ゴブリン・キング』を倒せるのだろうか?
いや、無理だ。足手まといもいいところだろう。
「……」
俺は無言で、二つ目の扉に近づいていく。
そうだ。俺の判断は正しい。
今まで俺たちがしてきたのは、『ゴブリン・キング』の首を討ち取るための戦い、だった。
だがその前提は、俺たちが海を見つけたことで、脆くも崩れ去ったと言ってもいい。
これは言い換えれば、役割分担だ。
俺が使い物にならなくなった以上、キングはセツナに任せる。
そして、俺はここから外に出て海を探索する。
これでいいじゃないか。これが、各々にとってベストな選択のはずだ。
「……」
「あああああああ…」
そう自分に言い聞かせながら出口に向かっていると、声が聞こえてきた。
「っ!」
やばい。
セツナがこっちに向かって吹っ飛んできた。
「……ああああっ!」
「はっ」
もうこれ以上、傷を負えない。
少し人でなしに見えるかもしれないが、俺は飛んでくる彼女の体を受け止めることはせず、回避させてもらった。
「あぁあああぁああぁぁあぁっ…!」
セツナは先ほどまで俺のいたところをゴロゴロと床を転がり、奥の壁にぶつかる寸前で制止した。
すまない。
だが、これも必要なことだ。
吹き飛ばされるセツナに変な形で接触し、共倒れしてしまったら元も子もないからな。
だから、これで大丈夫だ。なんの問題もない。
俺はセツナを信頼しているし、セツナも俺を信頼している。
「…速すぎ、目で追えねえっつーの」
彼女が頭を振りながら起き上がり、両手を地面につける。
またもやまずい。すぐに起き上がってしまう。
いや、別にまずいことはないんだが、セツナが俺の状態異常に気づいておらず、一緒に戦うつもりだったらよろしくない。
万が一そうだった場合俺は、目の前の怨敵から尻尾を巻いて逃げたクズプレイヤーという烙印を押されてしまう。
「……!」
なのでここは、俺があの一撃で死んだことにする。
よって、セツナに俺の生きている姿を見られるわけにはいかない。
「ガアアアアアッ!」
「トーマも、近くにいるはず…」
俺は声を殺しながら、持てる力を振り絞ってダッシュする。
今、後ろにゴブリンの長、左前にはセツナがいる状況だ。
もし、転んで音を立てたら物理的にも社会的にも俺の命が終わりを告げることになるが、背に腹は代えられない。
前を向くしかなくて耳で判別するしかないが、声の聞こえ方から、セツナは下を見ながら今の一言を発したはず。
俺の姿は目視してはいない、と思う。
今ならまだ間に合うだろう。
「くううっ、上手く受け身は取ったつもりだけど、腕が動かん」
「……」
どうやら、彼女は腕を負傷したせいで、立ち上がるのに難儀しているようだ。
こうなるとますますいたたまれなくなってくるが、全て聞かなかったことにする。
別に戦ってもいいんだが…、その、な。
海を調査するというミッションも追加されたことだし、【魂の理解者】を使う隙すらない相手に無策で突っ込むのも、という気持ちもある。
決して、勝てないと言っているわけではないんだが…。
言い訳を挟んだ俺はやっとの思いでドアに到着し、金色のノブに手をかける。
「トーマは、大丈夫?」
セツナが俺に呼びかけながら顔を上げた瞬間…。
「ガアアアアアアッ!!!」
都合よくゴブリンの長が絶叫してくれて、俺の扉を開ける音を掻き消してくれた。
「…って、あれ?」
そして、セツナの目が俺を捉えるより速く、屋外に体を移動させた俺は扉を締め切ることに成功する。
多分、見られていないと願いたい。
「…ふう」
こうして、俺は理想的な形で敵前逃亡を果たした。
いや、人聞きが悪いな。ゴブリンの長のハイキックでデスした。
この目で海を確かめたら必ず戻ってくるから、今はそういうことにしておいてくれ。
※※※
「また森か…」
セツナに『ゴブリン・キング』を託し、道場(仮)の裏口から出た俺の目に飛び込んできたのは、またしても青々とした緑だった。
ただ、ゴブリンの街に入る前に通った森とは木の種類が違うようだ。
ここの木は一般的な木と同じく、そこそこ背が高い。
「魔物の気配が全くしないな」
土がむき出しになった道が正面に続いていたので、それに沿って歩いていく。
俺の認識に狂いがなければ、海に続いている方角だ。
「ふむ…」
警戒は解かず、周囲を観察しながら進む。
しかし、なぜこの森には普通の木が植わっている?
しかも、下地の雑草やコケ、キノコなどがほとんど生えていないにもかかわらず、木の幹は太く大きく、しっかりと根差している。
明らかにおかしい。
これは、やつが関わっている可能性を疑わざるを得ないな。
いや、もしやつがここに来ているなら、海の存在を知っていることになるから、それはありえないか。
ああ、やつというのは、クラン【繁栄の礎】のメンバーであるクロックのことだ。
彼のスキル【タイムキーパー】を使えば、対象の経過時間を加速させることができる。
なので、植えたばかりの幼木であっても、文字通りあっという間に大木になる。
だから、木々を【タイムキーパー】で成長させた場合、目の前に広がっているような木だけが成熟した歪なバイオームができるというわけだ。
「なるほど。最初から、俺たちは手のひらの上だったということか」
襲撃の心配がないのなら、びくびくする必要はない。
足を踏み鳴らし、堂々と森の中を探索していくうちに、疑惑が確信へと変わる。
俺の推理はこうだ。
まず、【繁栄の礎】のヴァーミリオン、クロック、メタルが俺のクランハウスを襲撃。大量の『スキルジェム・【自己再生】』と『スキルジェム・【爆発魔法】』を奪い取る。
次に、襲撃者たちは別口で用意していたスキルジェムに自分たちのスキルを込め、奪ったジェムと一緒に何者かに売る。
この何者かはおそらく、俺とマスターさんを閉じ込める檻を召喚したプレイヤーか、その仲間だ。
そして、その何者かはゴブリンたちに【自己再生】と【爆発魔法】のスキルジェムを流す。
一方で、自らは【タイムキーパー】を利用してこの森を作り、材木を大量に確保してゴブリンたちに街をこしらえさせる。
さらに、同じく買い取ったメタルのスキル【退屈な錬金術】が込められたスキルジェムを利用して特注の金棒を用意し、ゴブリンの長に与えた。
最後に、全ての準備が整ってから、大規模な人ゴブ戦争が行われるのを待つ。
それが、今日だった。
多分、大まかな筋書きはこんな感じだろう。
「どこまでいっても、木の成長具合がほとんど変わらない。やはりか…」
強盗に入ったのが【繁栄の礎】だったし、長の金棒とこの歪な森を加味して、ヴァーミリオンたちのスキルジェムも一緒に売られたと考えていい。
それに、【タイムキープ】や【退屈な錬金術】がゴブリンたちに扱えるとは思えないから、誰かしらプレイヤーが関わったのも確定だ。
何分、【タイムキープ】は調整を間違えると木を枯らしてしまうので、加減ができるプレイヤーにしか使えない。
【退屈な錬金術】も同様で、一度触れたことのある金属しか生み出せず、ゴブリンの頭では自発的に金属を生み出そうとイメージをすることもできないから、彼らには過ぎた力だ。
よって、どちらのスキルもゴブリンが使えたとしても宝の持ち腐れになる、というのが俺の見立てだ。
「だが…」
そう仮定すると、現在進行形で利敵行為をしている何者かは、ゴブリンの社会に深く関わっていることになる。
果たして、魔物であるゴブリンに歩み寄れるプレイヤーなど、いるのだろうか?
ましてや、これほどの計画を考え、実行に移せるほどのプレイヤーなんて聞いたことがないぞ。
悔しすぎる。
なんで、なんで…。
「なんで…、俺も一枚噛ませてくれなかったんだよ」
うっそうとした森の中に、俺の渾身の呟きが染み渡って消える。
波の音が、徐々に大きくなっていた。
※※※
あれから数分後。
ついに俺は、OSOで未確認とされていた海にたどり着くことができた。
「おそおいっ!なにやってたの!」
しかし、なぜか砂浜にぼっ立ちのまま、一人のプレイヤーに怒られている。
沈みかけの夕日が海面を照らしており、水面がきらきらと幾重にも反射している。
ああ、これがOSOの海か。
俺は考えることをやめ、雄大な自然を肌で感じ取ることにした。
俺の推理やこいつらの思惑なんて、この景色の前では些末なものだ。
「ちょっと、聞いてますかあ!?」
二人いる謎のプレイヤーたちの一人、俺くらいの背をした金髪の男が、俺にしつこく話しかけてくる。
「トーマくんが遅いせいで、クレアもDも帰っちゃったんですけど!?」
うるさいわっ!俺は今、自然と一体になってるんだよ。
ていうか、クレアとDって誰だよ?
「ねえ、聞いてる!?…聞いてますかああああっ!!!」
「ええいやかましいっ!聞こえてるからそれ以上叫ぶなっ!」
「なんだ、聞こえてるじゃん。【爆発魔法】で鼓膜破れてるのかと思った」
「……」
『トーマくん』、『【爆発魔法】』というワード。
そして、俺はこの二人を知らない。
これはもう、百パーセントクロ。
こいつらが【繁栄の礎】からスキルジェムを買い、人ゴブ戦争を引っ掻き回した黒幕だ。
「そう言ってやるな、相棒。彼はあの『ゴブリン・キング』を倒した直後なんだからな。少しくらい、絶景を楽しませてやってもいいだろう」
「えー?でもさオレ、いい加減待ちくたびれたよ。今回は裏方ばっかだったから、退屈で」
「それはそうだな。だが、準備も中々楽しかったじゃないか。航海はもうこりごりだが」
「え、ビルは楽しくなかった?海賊映画みたいで面白かったじゃん!嵐ばっかで海賊はいなかったけど」
「相棒がわざと嵐の中に突っ込むからだろうが!クレアもブチギレてたぞ、このことは黙っておけ」
「マジ?そうするわ。『干支の島』でも砂漠でも、魔物よりクレアにキルされたことの方が多かったし」
「それも全部お前のせいだろ、相棒。大体、相棒はいつも…」
「ビル、分かってるからやめてくれよ。OSOの中でもお前に小言を言われたくない」
「言われてみれば、そうか。すまん」
「いいって。俺たちはなにをしてもいいんだから」
「それが、OSOの魅力だしな」
「その通り!」
「「はっはっはっ!!」」
こいつら、俺をほっといてベラベラと。
話の内容からして、この金髪と隣にいる長身の男は同じクランのメンバーのようだ。
長身の方はビルという名前であることは分かったが、金髪の方はビルに『相棒』と呼ばれていて分からない。
面倒だし、こっちから切り出すか。
「おい」
「ん?なに?」
「なに?じゃないだろ。なんでお前らは砂浜で俺を待っていたんだ?そもそも、お前ら誰だ?俺が知らないってことは、第四陣か?違うよな、こんな手の込んだことしておいて。お前らは、この日のために正体を隠していたが、れっきとしたスタートダッシュ勢だ。違うか?」
「ワオ!よくしゃべるねえ、ビル?」
「全くだ。一度に何個も質問して、答えさせる気があるのか?」
金髪とビルが、揃って「なんだこいつ?」と言いたげな表情をする。
さっきまで長話してたお前らが言うな!
「じゃあまず、お前らは誰だ。お前から、名前と所属クラン、クラン内の肩書きを言え」
精神が保たないと思った俺は、金髪の方を指差しながら簡潔に言う。
「えー?そんな、横柄な態度を取られてもなあ?人にお願いするときは、誠意ってものがあるでしょ?」
「……」
こいつ…!
「相棒、ここは素直に言うことを聞こう。トーマも、それで気が収まるだろう」
「しょうがないなあ、特別だよ?」
金髪が押して、ビルが引く。
この二人、煽りというものを熟知してやがる。
「じゃあ、オレから。オレの名前はアルフレッド。クラン【カオスメーカー】のクランマスターだ」
アルフレッドと名乗った金髪はあれほど無駄話をしていたのに、驚くほどすんなりと自分の情報を晒した。
しかし、聞き覚えのない名前だ。【カオスメーカー】というクラン名も、今初めて聞いた。
今日日、クランの名前まで隠し通せているクランはほぼないと言っていい。
考えられるケースとしては、クラン自体がほとんど活動していないか、全く人目に触れずに活動できているかのどちらかだ。
【カオスメーカー】は、後者だろうな。
「それで、スキルは…」
「…待て!俺に言ってもいいのか?」
「問題ないよ。どうせトーマの前で見せることはないし、知られても構わないタイプのスキルだから」
「それならいいんだが…」
続けてスキルまで開示しようとしたアルフレッドを、俺は慌てて止める。
いくら敵とはいえ、あまりに不用心すぎないかと思ったが、杞憂だったらしい。
「オレのスキルは、【バベルの塔の頂上で】。OSOに存在する全ての言語を理解することができ、話すことができるというスキルだ」
「っ!」
その一言を聞いた途端、頭の中で全てのピースが埋まった音がした。
【繁栄の礎】とゴブリンの窓口をしていたのは、アルフレッドだったのか。
なるほど。通訳が間に入れば、言語体系が違う魔物のゴブリンに取り入ることも簡単。
どうりで、ここまで上手くことを運んでいたわけだ。
「その顔は、全部お見通しってことでいいかい?」
「…ああ。それでいい」
「やっぱり、トーマは流石だよ」
なんだ、いきなり?
急に褒めてくるなんて気持ち悪い。
「いや、なんでもない」
俺が嫌そうな顔をすると、アルフレッドは顔を振りながら一歩下がる。
「それじゃあ、次は俺だな」
代わりに、大柄のビルが前に出た。
「ああ、頼む」
「俺はビル。クラン【カオスメーカー】のサブマスターだ」
だろうな。この男からは、知的な雰囲気を感じるし。
さながら、人馬一体みたいなものか?
使い方によっては戦闘用のスキルにも勝る【バベルの塔の頂上で】を駆使し、粛々と計画を進めるアルフレッド。こいつが馬。
そして、一歩退いた位置から全体を俯瞰して計画の舵を取るビル。彼が人だ。
今回の計画は、はっきり言ってイカれている。
本来敵であるゴブリンと手を結ぶなど、常人が思いつくことではない。
よって、計画の草案を作ったのはアルフレッド。
さらに計画を煮詰め、場合によっては手を加えて現実的なものにする役目が、ビルだった。
俺はそう推測する。
「スキルは…」
と、引き続き話そうとしたビルの口が止まった。
彼の両目は、俺の背後にある、一点を捉えて離さない。
「どうした?言っても…!」
たまらず上げた言葉の途中で、俺も異変に気づいた。
ドスッドスッドスッ!と、巨体が走る音がする。
「おいおいおいっ!なんで生きてるんだよ、『ゴブリン・キング』!」
次いで、アルフレッドが大声を出した。
「いや…」
お前らが悪いんだぞ。
俺が『ゴブリン・キング』を倒したと勘違いしたまま話を進めた、お前らの責任だからな。
まあ、敵前逃亡した俺が言えたことではないが。
「伏せろトーマっ!結界よ!!」
ビルの注意喚起に反応して、俺は一応その場にしゃがんだ。
同時に、半透明の青色をしたガラスのような板が頭上に展開される。
「っ!」
これがビルのスキルか?
多分、任意の位置に結界を張るという防御よりのものだろうな。
だが…。
「ガアアアアアアッ!!!」
気づくのが遅すぎた。
予想以上に接近されており、俺は転がって避けることができなかった。
ゴブリンの王、『ゴブリン・キング』の渾身の一撃はビルの生み出した結界を易々と破壊し、無防備な俺に叩き込まれ…。
丸太のように太い金棒が肉体を四散させ、俺はあっけなくデスした。
ああ、やはり天罰は下るものだな。
セツナ、俺もすぐお前の下にいくぞ。
あ、俺は地獄に堕ちるから無理か。
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