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第三十三話
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【第三十三話】
第二回イベントが始まってから、一週間が経過した。
今日は八日目。
俺は相も変わらずヴァーミリオンたちと一緒に、『ゾンビ燃焼型サクラジェムマラソン』に勤しんでいた。
そう、いたのだが…。
我々は、ある問題に直面した。
「狩りすぎて盗賊がいない」
どうやら俺たちは、『始まりの街』とユルルンを結ぶ街道付近に蔓延る盗賊たちを根絶やしにしてしまったようだ。
いくら探し回っても、アジトが見つからない。
これは由々しき事態だ。
といっても、一日に四、五個のペースでアジト潰しをしたので、当然の帰結といえる。
「どうする?今度はエリクシル方面の街道を探すか?」
「そうだね。これ以上、この周辺を探すのは時間の無駄としか思えないよ」
「俺も賛成だ。マラソンならばまず、数をこなさなければならない」
ヴァーミリオン、クロック、グリッドがそれぞれ不満を漏らす。
俺以外の三人の意見が一致した。
まずい。
「いや、それは早計じゃないか?」
俺の役目は、この辺りの道案内。
「新しく湧いてるかもしれないし、もう一周見て周らないか?」
俺は、こいつらを案内できるほど周辺をよく知っているが、『始まりの街』- エリクシルの街道付近の地理はそれほど詳しくない。
そして彼らは、このことを勘づいている。
「なあ、もう一度、考えなお…」
「じゃあな、トーマ。今までよく頑張った」
俺が弁解しようとするも、ヴァーミリオンが遮った。
そして、何度も放たれる軽快な発砲音が鼓膜を揺らす。
俺は、映画でマフィアのボスが無情にも部下を撃ち殺すように、いくつもの鉛玉をぶち込まれて死んだ。
※※※
こうして、俺はヴァーミリオンのパーティから追放された。
役割のなくなった仲間は、ただのごく潰し。排除されてしかるべき存在ということだ。
それならば、次はどうするか。
俺はクランハウスの和室で縮こまり、腕を組んで考える。
開き直って、グレープのところに入れてもらうか?
いや、できることなら『魔王』と関わりたくないから、それはなしだ。
じゃあ、人ゴブ戦争に加勢するか?
いや、それは『サクラジェム』獲得の効率が悪い。
人ゴブ戦争は、おそらくゴブリンに横流しされた『スキルジェム・【爆発魔法】』と『スキルジェム・【自己再生】』の存在と『ゴブリン・サクラ』の登場により、激戦が繰り広げられているらしい。
まあ、マスターさんがなんとかしてくれるだろう。人間側が負けることはない、はずだ。
では、どうするか。
ここで俺は、イベントが折り返し地点を迎えたことに着目する。
現在、イベント開始から一週間が経過した。
ということは、プレイヤーの多くが『サクラ・ジェム』を複数個、手にしているだろう。
そしてほとんどのプレイヤーが、ロストしないように各々のクランハウスにあるストレージボックスにしまい込んでいるはず。
俺は『サクラジェム』が欲しい。
そして人様のクランハウスには、数多の『サクラ・ジェム』が眠っている。
………。
ならば、答えは一つだ。
やるべきことを見出した俺は、すぐさま自宅を飛び出した。
※※※
「それで、何の用っすか?『透明電車ごっこ』はもう返してもらったっすよね」
「そうだぞ。俺たちは『サクラジェム』集めで忙しいんだ」
俺と一緒にちゃぶ台を囲む、ナナとファーストの二人が不満を漏らす。
ユルルンマーケットをほっつき歩いていたナナを発見し、自宅に誘ったまではいいんだが、ファーストもついてきてしまった。
余計なやつが邪魔だが、この際仕方がない。
「二人とも、そう焦るな。共に『螺旋の塔』を攻略した仲間じゃないか」
「…これは、何かを企んでるっすね」
「奇遇だな、ナナ。俺もそう思う」
俺が優しい声でなだめると、二人が疑いの眼差しでこちらを見てくる。
「なに。たった一つ、簡単なことをお願いしたいだけだ」
「なんっすか」
俺はナナの目を真剣に覗き込み、話を続ける。
「電車ごっこに俺を混ぜてくれ。それだけでいい」
「はあっ!?あんだけ私らのことバカにしといて、トーマも興味あったんすか?」
「ええ?なにかと思えばそんな…」
俺は手を出し、騒ぎ始めたファーストの言葉を遮る。
お前の意見はいらん。
「もちろん、ただの電車ごっこじゃないぞ。行き先はよそのクランハウス。ナナたちが俺の家に侵入したみたいに、鍵を開けて中に入れればいいんだ。俺だと気づかれないようにな」
「それって、も、もしかして…」
「ああ、他のプレイヤーから『サクラジェム』を盗む。『空き巣』をする」
OSO内でも重大な犯罪行為の一つである『空き巣』。
留守を狙ってよそのクランハウスに忍び込み、ストレージのアイテムやお金を盗むという卑劣極まりない悪行だ。
正式サービスの開始直後に数えきれないほど発生した犯罪のうちの一つで、クランに所属するプレイヤーの間で数多くの被害を出した。
だが、徐々にプレイヤーがゲームに慣れていくにつれ、プレイヤー同士の自治機構(主にリスキル祭り開催)が確立。
悪の心を持つ相当数のプレイヤーが制裁を受けたことで、一か月くらいで下火になった。
そんな『空き巣』だが、犯罪だと知ってなお、俺にはこれをやらねばならない理由がある。
『魔王』より多くの『サクラジェム』を手に入れて、勝つ。
そのためには、『空き巣』が必要だ。
これも勝つため。神様も見逃してくれよう。
「そ、そんなのお断りっす!犯罪の片棒を担ぐのはごめんっす!」
「まあ俺が参加しなくてもよさそうだしどうでもいいが、もしナナの悪事がばれたら、俺のイメージも悪くなる。却下だ」
俺は、何を今更、ファーストの信用はとっくのとうに地に落ちているから関係ないだろ、と言うのをぐっとこらえる。
彼はクラン【ランキング】のクランマスターだ。
【ランキング】は、昔はナナの他にも多くのメンバーがいた、結構人気で将来有望なクランだった。
しかし、彼がクランのお金と持ち物を全て自分のものにすると宣言し、一切の持ち運びや使用を禁止したことで、メンバーの反感を買った。
結果、ほとんどのメンバーがクランから脱退し、今はナナしかメンバーがいないという状況になっている。
まあ、そんなことはどうでもいい。
俺はファーストを無視し、ナナに甘言を吐く。
「なあ、ナナは勝ちたくないか?『サクラジェム』を奪って自分のものにできれば、他のプレイヤーに大差をつけてイベントに勝利できるんだぞ?」
「聞こえないっす。『選択式耳栓』をオンにしたっすから」
『選択式耳栓』とはナナ's道具の一つで、ナナの意思によって防音効果のオン、オフが切り替えられる耳栓だ。
ファーストのスキルから身を守るため、彼女は常にこの耳栓をつけている。
仕方がない。声が届かないのであれば、これを使うまで。
俺は目に力をこめ、ナナをじっと見る。
”なあ、頼むよ。”
「なんで聞こえるっすか!?いや、脳内に直接、言葉が流し込まれてるっす!」
ナナは耳栓を使って、聴覚に頼らずに過ごした時間が多いのだろう。
それはつまり、アイコンタクトの素質が十分にあるということだ。
「なに言ってんだ、ナナ?」
”取り分の三分の一、いや半分やるからさ。”
「いやっす!なにを言われようと、答えは変わらないっす!」
”イベントのランキングで上位になれば、デュアルたちも戻ってくるかも…。”
デュアルというのは、クランから出ていったプレイヤーの一人だ。離反していったメンバーたちのリーダー的存在を務めているとかいないとか。
「それはないっす。クランマスターのファーストがこの体たらくっすから」
”確かに。”
「おい!?なんか変なこと話してるだろ!」
俺がアイコンタクト、ナナが普通に発話して話しているので、なんとも奇妙な光景になっている。
”じゃあ、玄関まででいい。俺だけ家に上がるから、玄関で待っててくれればいい。”
「…でも、嫌っす!」
ナナの返事が遅く、弱々しくなった。
共犯で罰せられるのは火を見るよりも明らかだが、手を汚さずにジェムが入るという誘惑になびいているようだな。
これは、いけるか?
”もしばれても、『俺と電車ごっこで遊んでいただけ。行き先がたまたま人の家で、トーマとはそこで別れた』って言えばいい。そうすれば、ナナがリスキルされることはない。”
「それは、そうっすけど…」
”俺を連れていくだけで、分け前の半分だぞ。半分がナナのものになるんだ。これ以上割の良い儲け話はないだろ?”
「う、うーん。言われてみれば、そんな気が…」
俺の話術が発揮され、ナナが混乱している。
よしよし、もう一息だ。
”一位になるのはいいぞ。なんたって名誉が手に入る。プレイヤーの中で一番になったという事実が、ナナの地位を確固たるものにするんだ。”
「名誉…、地位……」
ナナは耳に手をやる。選択式耳栓をオフにしたようだ。
これで普通に話せる。
「さあ、俺と電車ごっこしよう、ナナ」
「はいっす…」
俺がもう一度聞くと、ぐるぐる状態の目をしたナナはゆっくりと頷いてくれる。
利口なやつだ。
俺にいいように使われてるとも知らずにな。
「おい、ナナに妙なことしただろ!?」
「安心しろ、ファーストにも分け前をやる。だから、お前は大人しくしといてくれ」
ファーストには適当なことを言って口止めをしておく。
率先して名乗り出ると思えないが、実行人数は少ない方がいい。
おこぼれで釣れば、誰かに漏らすこともないだろう。
「いや、それはありがたいが、流石に『空き巣』は…」
「さ、行くぞ、ナナ」
「…はいっす」
「無視かよ!…俺は知らないからな!」
こうして、俺とナナの電車ごっこが始まった。
※※※
俺を前、ナナを後ろにして玄関を出発した透明の電車は、まず左に曲がる。
そのまま【暗殺稼業】のクランハウスを通り過ぎ、二軒目のクランハウスの前で電車を止める。
「よし、まずはここだ」
「えっ、近すぎないっすか?ことが公になったら、怪しまれるっすよ?」
「なに、俺という存在自体がすでに怪しまれているから、そんなことを気にする必要はない」
「ええ…?」
正直、どこに忍び込もうが、バレるときはバレる。
なら、効率を優先して近場にした方が得だ。
話が決まったところで、俺たちは建物の扉の前に到着した。
「よし、開けるから警戒を頼む」
「はいっす」
ここのロックは、俺の家と同じ指紋認証だ。
なので、指紋さえ手に入れれば簡単に侵入できる。
俺はインベントリからポンポンと白い粉末を取り出し、指紋を認証させる部分と取っ手の指紋を採取した。
「手慣れてるっすね」
「まあな」
お互い暗いことをしている同士。深くは聞かないし、深くは答えない。
ひそひそと会話しつつ、俺はロックの解除に成功する。
中に家主がいる確率は、極めて低い。なぜなら、皆イベントで狩りをするのに忙しいからだ。
俺は取っ手に手をかけて、そっとドアを開く。
「敷居で転ぶなよ」
「分かってるっす」
前回、それで俺にバレたからな。
しっかりと釘を刺した俺は、ナナと共にクランハウスの中へ侵入した。
「じゃあ、ここまででいいっすね」
「ああ、待っていてくれ」
「言われなくても。はやくするっすよ」
予想通り、家の中には誰もいない。漁りたい放題だ。
それなら、コソコソする必要はない。
俺は堂々と胸を張り、勝手知ったる我が家のように中を歩き回る。
「さて、ストレージが置いてある部屋はどこだ?」
小綺麗な室内をしばらく探すと、リビングとして使っているであろう部屋に大きな箱があった。
間違いない、ストレージボックスだ。
獲物を目の前に、ニヤリ、と思わず笑みがこぼれる。
いけないいけない、まだ油断してはいけない。
帰るまでが『空き巣』だからな。
早速、ストレージボックスに向かって中身を確認する。
……ほう、ほう。
どうやら、ここのクランは実力者が多いらしい。
ジェムが二十一個、欠片が八個あった。
『サクラ個体』は欠片のドロップ数が多いが、その代わりにエンカウントする確率が低い。
『サクラジェム』をこれだけ集めるのは、結構苦労したんじゃないだろうか。
「まあ、今回は俺が全部頂くことになったがな」
舌なめずりをした俺は、ジェムと欠片を全てインベントリにしまい込む。
これでミッション完了だ。あとは帰るだけ。
来たときの経路をなぞるようにして、そそくさと玄関に戻る。
余計にものを動かして、痕跡を残すのはよくない。
どうせジェムがなくなったことが発覚して『空き巣』の被害は明るみに出るだろうが、できる限りの時間稼ぎはしておいた方がいい。
「終わったっすか?」
「ああ、ずらかるぞ」
怖くなって逃げ出したかと思ったが、ナナはちゃんと玄関で待っていてくれた。流石は、俺の家に不法侵入したやつらの一人。
余計な会話はしない。この場から離れることが最優先だ。
ここで家主と鉢合わせ、なんていうハプニングも起こらず、俺とナナはクランハウスから脱出することに成功した。
※※※
仕事は、実に順調だった。
俺とナナはドアのロック方法を指紋認証にしているクランハウスに片っ端から侵入し、『サクラジェム』と欠片を盗んで回った。
一応、事件がバレたときに俺が疑われるのを避けるため、知り合いのクランハウスにも忍び込んでおいた。
正直、被害にあったプレイヤーたちには本当に申し訳ないと思っている。
だが、これも勝利のために必要なことだ。神様も見逃してくれよう。
俺たちは最後に【アルファベット】のクランハウスに侵入してことを終え、俺の家に戻ってきた。
「それにしても、びっくりするぐらい誰もいなかったっすね」
「俺の言った通りだろ、皆イベントで手一杯だ」
「でもまさか、外壁を一周できるなんて思ってなかったっす」
ナナは一周回って感心した様子。
それもそのはず、俺たちはユルルンの外壁沿いに連なるクランハウスのうち、約半数に忍び込み、外壁を一周して帰ってきたのだから。
「で、分け前はどうするんだ?」
なぜか、まだ俺のクランハウスにいたファーストが話を切り出した。
俺が言えた義理じゃないが、イベントはどうした。
「今回集めたジェムは百二十個。端数の欠片は六個だ」
「そんなにあったっすか!?」
もちろん、これは嘘。二人には実際に手に入れた数の半分くらいしか伝えない。
彼らは、俺のインベントリの中身を覗くことができない。
だから少なく申告することで、取り分としてナナに譲るジェムが少なくて済む、というからくりだ。
「まず、ナナに半分の六十個をやる。そして、残り半分が俺の分。さらに、ファーストには俺の分から三分の一、二十個を……」
「あ、その必要はないっすよ」
俺が意気揚々と取り仕切ろうとすると、ナナが不敵に笑って遮った。
「え、なにが…」
「『俺が先に締め上げる』」
それと同時に背後からスキルの宣言がされ、俺はファーストに首を極められる。
「な……、に…」
ファーストに組み敷かれ、俺は声を上げることしかできない。
まさか、裏切りか!
始めから俺を利用するつもりで、この計画に乗ってきたというのか!?
自分が騙すことばかりを考えていて、騙されることを想定していなかった。
この、卑怯者め!
「謀ったな!」
視界が狭くなり、歪み始める。
スキル【絶対的優先権】が発動したので、俺はなにもできない。
俺の全ての行動よりも、『ファーストが俺を締め上げる』という行動の方が優先されるからだ。
「悪かったっすね、トーマ。今回のイベントは、私とファーストでワンツーフィニッシュっすよ!」
「ぐっ……」
ナナの勝ち誇った声が聞こえたところで、俺の意識は途切れた。
第二回イベントが始まってから、一週間が経過した。
今日は八日目。
俺は相も変わらずヴァーミリオンたちと一緒に、『ゾンビ燃焼型サクラジェムマラソン』に勤しんでいた。
そう、いたのだが…。
我々は、ある問題に直面した。
「狩りすぎて盗賊がいない」
どうやら俺たちは、『始まりの街』とユルルンを結ぶ街道付近に蔓延る盗賊たちを根絶やしにしてしまったようだ。
いくら探し回っても、アジトが見つからない。
これは由々しき事態だ。
といっても、一日に四、五個のペースでアジト潰しをしたので、当然の帰結といえる。
「どうする?今度はエリクシル方面の街道を探すか?」
「そうだね。これ以上、この周辺を探すのは時間の無駄としか思えないよ」
「俺も賛成だ。マラソンならばまず、数をこなさなければならない」
ヴァーミリオン、クロック、グリッドがそれぞれ不満を漏らす。
俺以外の三人の意見が一致した。
まずい。
「いや、それは早計じゃないか?」
俺の役目は、この辺りの道案内。
「新しく湧いてるかもしれないし、もう一周見て周らないか?」
俺は、こいつらを案内できるほど周辺をよく知っているが、『始まりの街』- エリクシルの街道付近の地理はそれほど詳しくない。
そして彼らは、このことを勘づいている。
「なあ、もう一度、考えなお…」
「じゃあな、トーマ。今までよく頑張った」
俺が弁解しようとするも、ヴァーミリオンが遮った。
そして、何度も放たれる軽快な発砲音が鼓膜を揺らす。
俺は、映画でマフィアのボスが無情にも部下を撃ち殺すように、いくつもの鉛玉をぶち込まれて死んだ。
※※※
こうして、俺はヴァーミリオンのパーティから追放された。
役割のなくなった仲間は、ただのごく潰し。排除されてしかるべき存在ということだ。
それならば、次はどうするか。
俺はクランハウスの和室で縮こまり、腕を組んで考える。
開き直って、グレープのところに入れてもらうか?
いや、できることなら『魔王』と関わりたくないから、それはなしだ。
じゃあ、人ゴブ戦争に加勢するか?
いや、それは『サクラジェム』獲得の効率が悪い。
人ゴブ戦争は、おそらくゴブリンに横流しされた『スキルジェム・【爆発魔法】』と『スキルジェム・【自己再生】』の存在と『ゴブリン・サクラ』の登場により、激戦が繰り広げられているらしい。
まあ、マスターさんがなんとかしてくれるだろう。人間側が負けることはない、はずだ。
では、どうするか。
ここで俺は、イベントが折り返し地点を迎えたことに着目する。
現在、イベント開始から一週間が経過した。
ということは、プレイヤーの多くが『サクラ・ジェム』を複数個、手にしているだろう。
そしてほとんどのプレイヤーが、ロストしないように各々のクランハウスにあるストレージボックスにしまい込んでいるはず。
俺は『サクラジェム』が欲しい。
そして人様のクランハウスには、数多の『サクラ・ジェム』が眠っている。
………。
ならば、答えは一つだ。
やるべきことを見出した俺は、すぐさま自宅を飛び出した。
※※※
「それで、何の用っすか?『透明電車ごっこ』はもう返してもらったっすよね」
「そうだぞ。俺たちは『サクラジェム』集めで忙しいんだ」
俺と一緒にちゃぶ台を囲む、ナナとファーストの二人が不満を漏らす。
ユルルンマーケットをほっつき歩いていたナナを発見し、自宅に誘ったまではいいんだが、ファーストもついてきてしまった。
余計なやつが邪魔だが、この際仕方がない。
「二人とも、そう焦るな。共に『螺旋の塔』を攻略した仲間じゃないか」
「…これは、何かを企んでるっすね」
「奇遇だな、ナナ。俺もそう思う」
俺が優しい声でなだめると、二人が疑いの眼差しでこちらを見てくる。
「なに。たった一つ、簡単なことをお願いしたいだけだ」
「なんっすか」
俺はナナの目を真剣に覗き込み、話を続ける。
「電車ごっこに俺を混ぜてくれ。それだけでいい」
「はあっ!?あんだけ私らのことバカにしといて、トーマも興味あったんすか?」
「ええ?なにかと思えばそんな…」
俺は手を出し、騒ぎ始めたファーストの言葉を遮る。
お前の意見はいらん。
「もちろん、ただの電車ごっこじゃないぞ。行き先はよそのクランハウス。ナナたちが俺の家に侵入したみたいに、鍵を開けて中に入れればいいんだ。俺だと気づかれないようにな」
「それって、も、もしかして…」
「ああ、他のプレイヤーから『サクラジェム』を盗む。『空き巣』をする」
OSO内でも重大な犯罪行為の一つである『空き巣』。
留守を狙ってよそのクランハウスに忍び込み、ストレージのアイテムやお金を盗むという卑劣極まりない悪行だ。
正式サービスの開始直後に数えきれないほど発生した犯罪のうちの一つで、クランに所属するプレイヤーの間で数多くの被害を出した。
だが、徐々にプレイヤーがゲームに慣れていくにつれ、プレイヤー同士の自治機構(主にリスキル祭り開催)が確立。
悪の心を持つ相当数のプレイヤーが制裁を受けたことで、一か月くらいで下火になった。
そんな『空き巣』だが、犯罪だと知ってなお、俺にはこれをやらねばならない理由がある。
『魔王』より多くの『サクラジェム』を手に入れて、勝つ。
そのためには、『空き巣』が必要だ。
これも勝つため。神様も見逃してくれよう。
「そ、そんなのお断りっす!犯罪の片棒を担ぐのはごめんっす!」
「まあ俺が参加しなくてもよさそうだしどうでもいいが、もしナナの悪事がばれたら、俺のイメージも悪くなる。却下だ」
俺は、何を今更、ファーストの信用はとっくのとうに地に落ちているから関係ないだろ、と言うのをぐっとこらえる。
彼はクラン【ランキング】のクランマスターだ。
【ランキング】は、昔はナナの他にも多くのメンバーがいた、結構人気で将来有望なクランだった。
しかし、彼がクランのお金と持ち物を全て自分のものにすると宣言し、一切の持ち運びや使用を禁止したことで、メンバーの反感を買った。
結果、ほとんどのメンバーがクランから脱退し、今はナナしかメンバーがいないという状況になっている。
まあ、そんなことはどうでもいい。
俺はファーストを無視し、ナナに甘言を吐く。
「なあ、ナナは勝ちたくないか?『サクラジェム』を奪って自分のものにできれば、他のプレイヤーに大差をつけてイベントに勝利できるんだぞ?」
「聞こえないっす。『選択式耳栓』をオンにしたっすから」
『選択式耳栓』とはナナ's道具の一つで、ナナの意思によって防音効果のオン、オフが切り替えられる耳栓だ。
ファーストのスキルから身を守るため、彼女は常にこの耳栓をつけている。
仕方がない。声が届かないのであれば、これを使うまで。
俺は目に力をこめ、ナナをじっと見る。
”なあ、頼むよ。”
「なんで聞こえるっすか!?いや、脳内に直接、言葉が流し込まれてるっす!」
ナナは耳栓を使って、聴覚に頼らずに過ごした時間が多いのだろう。
それはつまり、アイコンタクトの素質が十分にあるということだ。
「なに言ってんだ、ナナ?」
”取り分の三分の一、いや半分やるからさ。”
「いやっす!なにを言われようと、答えは変わらないっす!」
”イベントのランキングで上位になれば、デュアルたちも戻ってくるかも…。”
デュアルというのは、クランから出ていったプレイヤーの一人だ。離反していったメンバーたちのリーダー的存在を務めているとかいないとか。
「それはないっす。クランマスターのファーストがこの体たらくっすから」
”確かに。”
「おい!?なんか変なこと話してるだろ!」
俺がアイコンタクト、ナナが普通に発話して話しているので、なんとも奇妙な光景になっている。
”じゃあ、玄関まででいい。俺だけ家に上がるから、玄関で待っててくれればいい。”
「…でも、嫌っす!」
ナナの返事が遅く、弱々しくなった。
共犯で罰せられるのは火を見るよりも明らかだが、手を汚さずにジェムが入るという誘惑になびいているようだな。
これは、いけるか?
”もしばれても、『俺と電車ごっこで遊んでいただけ。行き先がたまたま人の家で、トーマとはそこで別れた』って言えばいい。そうすれば、ナナがリスキルされることはない。”
「それは、そうっすけど…」
”俺を連れていくだけで、分け前の半分だぞ。半分がナナのものになるんだ。これ以上割の良い儲け話はないだろ?”
「う、うーん。言われてみれば、そんな気が…」
俺の話術が発揮され、ナナが混乱している。
よしよし、もう一息だ。
”一位になるのはいいぞ。なんたって名誉が手に入る。プレイヤーの中で一番になったという事実が、ナナの地位を確固たるものにするんだ。”
「名誉…、地位……」
ナナは耳に手をやる。選択式耳栓をオフにしたようだ。
これで普通に話せる。
「さあ、俺と電車ごっこしよう、ナナ」
「はいっす…」
俺がもう一度聞くと、ぐるぐる状態の目をしたナナはゆっくりと頷いてくれる。
利口なやつだ。
俺にいいように使われてるとも知らずにな。
「おい、ナナに妙なことしただろ!?」
「安心しろ、ファーストにも分け前をやる。だから、お前は大人しくしといてくれ」
ファーストには適当なことを言って口止めをしておく。
率先して名乗り出ると思えないが、実行人数は少ない方がいい。
おこぼれで釣れば、誰かに漏らすこともないだろう。
「いや、それはありがたいが、流石に『空き巣』は…」
「さ、行くぞ、ナナ」
「…はいっす」
「無視かよ!…俺は知らないからな!」
こうして、俺とナナの電車ごっこが始まった。
※※※
俺を前、ナナを後ろにして玄関を出発した透明の電車は、まず左に曲がる。
そのまま【暗殺稼業】のクランハウスを通り過ぎ、二軒目のクランハウスの前で電車を止める。
「よし、まずはここだ」
「えっ、近すぎないっすか?ことが公になったら、怪しまれるっすよ?」
「なに、俺という存在自体がすでに怪しまれているから、そんなことを気にする必要はない」
「ええ…?」
正直、どこに忍び込もうが、バレるときはバレる。
なら、効率を優先して近場にした方が得だ。
話が決まったところで、俺たちは建物の扉の前に到着した。
「よし、開けるから警戒を頼む」
「はいっす」
ここのロックは、俺の家と同じ指紋認証だ。
なので、指紋さえ手に入れれば簡単に侵入できる。
俺はインベントリからポンポンと白い粉末を取り出し、指紋を認証させる部分と取っ手の指紋を採取した。
「手慣れてるっすね」
「まあな」
お互い暗いことをしている同士。深くは聞かないし、深くは答えない。
ひそひそと会話しつつ、俺はロックの解除に成功する。
中に家主がいる確率は、極めて低い。なぜなら、皆イベントで狩りをするのに忙しいからだ。
俺は取っ手に手をかけて、そっとドアを開く。
「敷居で転ぶなよ」
「分かってるっす」
前回、それで俺にバレたからな。
しっかりと釘を刺した俺は、ナナと共にクランハウスの中へ侵入した。
「じゃあ、ここまででいいっすね」
「ああ、待っていてくれ」
「言われなくても。はやくするっすよ」
予想通り、家の中には誰もいない。漁りたい放題だ。
それなら、コソコソする必要はない。
俺は堂々と胸を張り、勝手知ったる我が家のように中を歩き回る。
「さて、ストレージが置いてある部屋はどこだ?」
小綺麗な室内をしばらく探すと、リビングとして使っているであろう部屋に大きな箱があった。
間違いない、ストレージボックスだ。
獲物を目の前に、ニヤリ、と思わず笑みがこぼれる。
いけないいけない、まだ油断してはいけない。
帰るまでが『空き巣』だからな。
早速、ストレージボックスに向かって中身を確認する。
……ほう、ほう。
どうやら、ここのクランは実力者が多いらしい。
ジェムが二十一個、欠片が八個あった。
『サクラ個体』は欠片のドロップ数が多いが、その代わりにエンカウントする確率が低い。
『サクラジェム』をこれだけ集めるのは、結構苦労したんじゃないだろうか。
「まあ、今回は俺が全部頂くことになったがな」
舌なめずりをした俺は、ジェムと欠片を全てインベントリにしまい込む。
これでミッション完了だ。あとは帰るだけ。
来たときの経路をなぞるようにして、そそくさと玄関に戻る。
余計にものを動かして、痕跡を残すのはよくない。
どうせジェムがなくなったことが発覚して『空き巣』の被害は明るみに出るだろうが、できる限りの時間稼ぎはしておいた方がいい。
「終わったっすか?」
「ああ、ずらかるぞ」
怖くなって逃げ出したかと思ったが、ナナはちゃんと玄関で待っていてくれた。流石は、俺の家に不法侵入したやつらの一人。
余計な会話はしない。この場から離れることが最優先だ。
ここで家主と鉢合わせ、なんていうハプニングも起こらず、俺とナナはクランハウスから脱出することに成功した。
※※※
仕事は、実に順調だった。
俺とナナはドアのロック方法を指紋認証にしているクランハウスに片っ端から侵入し、『サクラジェム』と欠片を盗んで回った。
一応、事件がバレたときに俺が疑われるのを避けるため、知り合いのクランハウスにも忍び込んでおいた。
正直、被害にあったプレイヤーたちには本当に申し訳ないと思っている。
だが、これも勝利のために必要なことだ。神様も見逃してくれよう。
俺たちは最後に【アルファベット】のクランハウスに侵入してことを終え、俺の家に戻ってきた。
「それにしても、びっくりするぐらい誰もいなかったっすね」
「俺の言った通りだろ、皆イベントで手一杯だ」
「でもまさか、外壁を一周できるなんて思ってなかったっす」
ナナは一周回って感心した様子。
それもそのはず、俺たちはユルルンの外壁沿いに連なるクランハウスのうち、約半数に忍び込み、外壁を一周して帰ってきたのだから。
「で、分け前はどうするんだ?」
なぜか、まだ俺のクランハウスにいたファーストが話を切り出した。
俺が言えた義理じゃないが、イベントはどうした。
「今回集めたジェムは百二十個。端数の欠片は六個だ」
「そんなにあったっすか!?」
もちろん、これは嘘。二人には実際に手に入れた数の半分くらいしか伝えない。
彼らは、俺のインベントリの中身を覗くことができない。
だから少なく申告することで、取り分としてナナに譲るジェムが少なくて済む、というからくりだ。
「まず、ナナに半分の六十個をやる。そして、残り半分が俺の分。さらに、ファーストには俺の分から三分の一、二十個を……」
「あ、その必要はないっすよ」
俺が意気揚々と取り仕切ろうとすると、ナナが不敵に笑って遮った。
「え、なにが…」
「『俺が先に締め上げる』」
それと同時に背後からスキルの宣言がされ、俺はファーストに首を極められる。
「な……、に…」
ファーストに組み敷かれ、俺は声を上げることしかできない。
まさか、裏切りか!
始めから俺を利用するつもりで、この計画に乗ってきたというのか!?
自分が騙すことばかりを考えていて、騙されることを想定していなかった。
この、卑怯者め!
「謀ったな!」
視界が狭くなり、歪み始める。
スキル【絶対的優先権】が発動したので、俺はなにもできない。
俺の全ての行動よりも、『ファーストが俺を締め上げる』という行動の方が優先されるからだ。
「悪かったっすね、トーマ。今回のイベントは、私とファーストでワンツーフィニッシュっすよ!」
「ぐっ……」
ナナの勝ち誇った声が聞こえたところで、俺の意識は途切れた。
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