VRMMO【Original Skill Online】

LostAngel

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第二十八話

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【第二十八話】

 サイド:グレープ

 トーマ、ハッパと別れた俺は、鉱山に向かって街道を歩き始めた。

 そして道中、足を動かしながら、師匠から言われたことを思い出す。

『グレープは向こう見ずだ。【自己再生】があるからと、敵を観察せずにただ突っ込む。

 それでは、いつまで経っても成長しない』

 確かに、その通りだと思った。

 あのときの俺は魔物との戦いに勝てず、死に戻りを繰り返して、ヘラヘラしながら遊んでた。

 基本ソロだし、誰に迷惑をかけるわけでもない。攻撃力のあるスキルではないから、強靭な魔物に勝てないのは当然だ。

 それでも、十分楽しかった。

 だけど…。

『そんなプレイスタイルで満足してるのか?俺には考えられないが、どう遊ぼうが人の勝手だしな。とやかく言うつもりはない。いや、今さっき批判したな。悪かった』

 いや、師匠の言う通りだ。

 強かったら、もっと楽しいはず。もっとOSOが面白くなるはず。

『なに?弟子にしてくれ、だと?そんなめんどくさいこと御免だ。断る』

 第一回、『悪魔』のイベントが終わって数日後くらい。

 師匠とはフィールドで偶然出会った。

 俺が魔物に負けまくって何度も死に戻りしているところに、師匠が通りかかったのだ。

 運命だと思った。

 俺が強くなれるかどうかの分岐点が、今ここにあるような気がした。

『なに、それなら勝手についていく、だと?…分かった、分かった。師匠呼ばわりはやめてほしいが、少し立ち回りを教えよう。グレープは俺の戦い方を真似してみろ』

 師匠は心底めんどくさそうだったが、ぶっきらぼうにそう言った。

 その後、俺に戦い方を見せるようにして、師匠は魔物と戦い始めた。

 それはもう、めちゃくちゃに強かった。

 体の動かし方、剣の振り方、視線の動かし方。

 そのどれもが、俺とは全く違った。

 俺も師匠みたいになりたい。

 そう思い、見様見真似で師匠の戦い方を実践した。

『…少しはマシになったな。もっと練習したら、今度は自分で考えながら動け。一つ一つの行動に、意味を持たせろ』

 師匠の言うことは的確で、俺が考えてもいないことだった。

 しかし、俺はたった十分ほど教わっただけで、今まで手も足も出なかった魔物を倒せた。

『別にフレンドにならないとかじゃない。師匠呼ばわりをやめろと言っているだけだ。都合が合えば、これからも一緒にプレイしよう』

 ただ、師匠として指南するのはこの場限りだと言われた。

 もう教えてもらえない?

 最後になるなら、せめて名前を聞きたかった。

『名前?ああ忘れてた。同じフルーツの名を持つ者として言っておかないとな』

 俺は今日まで、その名を忘れたことはない。

 というか、忘れてもフレンドリストを確認すればいいんだけど。

『俺はオレンジ。みかんが大好きな、ただのゲーマーだ』

 
 ※※※

 
 つい数週間前のことを考えていると、俺はいつの間にか鉱山に着いた。

 目の前には緩やかな斜面が広がっている。

 これから山登りだ。といっても頂上ではなく、鉱山の中腹にある廃坑の入口を目指す。
 
 ここから街道を外れるから、魔物との戦闘が多くなっていく。

 気を引き締めなきゃな!

 師匠に、じゃなくてオレンジに教えてもらったことを活かして、『サクラ個体』が相手だろうが勝つ。

 そう思って一歩踏み出した瞬間…。

「おいお前、グレープとかいうやつだな」

 不意に、耳元から声がする。

 いつの間にすぐ後ろに!PKプレイヤーか!?

 俺は足を止め、剣を引き抜こうとする。

「…ぐっ!」

 しかし、右手をかけた剣の柄を後ろから押さえられる。

 剣士は密着されるほど接近されると弱い。武器の剣を封じられるとなおさらだ。

 それを知っているとは…、こいつ、できる!

 かなりのやり手だ!

「安心しろ、殺すつもりはない」

「お前は誰だ!?」

「俺は、『魔王』と呼ばれている者だ」

 『魔王』って、最悪のPKプレイヤーの、あの『魔王』か!?

 流石の俺でも、βテストでの彼の悪行は知っている。

「信用できないな!『魔王』の名を騙った偽物かもしれないだろ!」

 トーマは言っていた。PKプレイヤーの言うことを真に受けてはいけないと。

 NPCの盗賊やプレイヤーによるPKは何度か経験がある。

 多くが無言で襲いかかってきたり、馬鹿正直に名乗りを上げて襲いかかってきたりしたが、『魔王』に成りすますやつがいないとも限らない。

「お前が俺をどう思おうが、どうでもいい。問題は、お前がここに一人で居るということは、トーマは来ていないということだ。当てが外れた。俺の時間をどうしてくれる?」

 なんて警戒していると、支離滅裂なことを言って責めてきた。

 なんで俺が小言を言われなきゃいけないんだ?

「意味わっ…!かんっ…ねえよっ……!」

 意味が分からないが、時間稼ぎにはなる。

 俺は反論しながら腕に力を込めて剣を抜こうとするが、『魔王』の押さえる力が強すぎて、拘束から逃れられない。

「別に分かるように話していないから、問題ない」

「……俺とまともに話す気ないだろ」

 この理解不能な話を好き勝手に展開する感じ、トーマに似ている。

 俺の勘が間違っていなければ、知り合いだろうな。

「トーマがどうとか言ってたが、何か用だったのか?俺が代わりに伝えといてもいいぞ!」

 こうなったら、もうやけだ。

 キルされてもいいから、少しでも話を長引かせて情報を引き出そう。

「用というほどのことはない。魔物を放つついでに殺そうと思っただけだ」

「おまえええっ!」

 再度抜け出そうと試みるも、やはりダメだ。

 魔物を放つって、一体こいつは何をするつもりなんだ?

「主要なダンジョンとゴブリン領との境界は、我々【魔王軍】が占領する。お前たちプレイヤーが自由に狩りをすることは許さん」

「何言ってやがる!」

 本当に理解不能だ!

 そんなことしたら『サクラジェム』が集められなくなるだろ!

 それに…。

「楽しくねえだろっ!そんなん!」

 俺はそう言い放ち、勢いよくしゃがみ込む。

 魔王の腕から逃れた俺は前に転がり、振り返りながら剣を抜いて背後を斬り払う。

「ちっ!」

 かわされた。

 先ほどまですぐ後ろにいたはずなのに、『魔王』は数十メートルほど離れた街道の上に立っている。

「先ほど、俺はお前を殺さないと言った」

 そして呟き始めた『魔王』はいつの間にか、本を手にしていた。

 革製か、黒い背表紙の本。

 『魔王』のスキルはあれをどうこうする感じか?

 くそっ!こんなことになるなら、トーマから要注意人物について聞いておけばよかった!

「だが、こいつらはどうかな?『ハイプレーンウルフ・ソニック』、『ハイプレーンウルフ・ソニック』、『ハイプレーンウルフ・ソニック』…」

 本を開き、魔物の名を何度も口ずさむ『魔王』。

 聞いたことのない名前だ。

 言葉を詠唱して発動するタイプなら攻撃しにいきたいが、スキルの正体が分からない。

 うかつに攻めるのは自殺行為か…?

「『ハイプレーンウルフ・ソニック』、『ハイプレーンウルフ・ソニック』…」

 本が光る光る。また光る。

 光が止む度、『魔王』の前に狼の魔物が増えていく。

 魔物を召喚している?

 もしかして、これが『魔王』のスキルか!

「…『ハイプレーンウルフ・ソニック』。都合十体。これくらいでいいだろう」

 『魔王』の傍らに十頭の狼が召喚された。

 灰色の毛並みを持つ、細身の狼だ。それが十体。

 単独であっても、明らかに今まで戦ってきたどの魔物よりも強い!

「狼たちよ。この山の中腹にある廃坑に行き、中にいるプレイヤーを皆殺しにしろ」

 何ともないような口ぶりで、『魔王』が狼の魔物たちに指令を出す。

「ウォンッ!!」

 命令された狼たちは短く吠えると、こちらに向かって走ってくる。

 速い!

 俺を通り過ぎて、後ろにある廃坑に向かうつもりか!

「ここで戦って死ぬか、逃げきれずに死ぬかはお前次第だ」

 『魔王』はそう言うと、くるりと振り返って街道を歩き始める。

 どこに行くつもりだ!?

「待てえええっ!」

 俺は叫ぶが、一瞬で狼の波に飲まれた。


 サイド:ハッパ

「はえー、いっぱいいるねえ!」

「でしょ、いつもこうなのよ」

 数百メートル先にひしめくゴブリンの群れを見ながら、ウチは歓声を上げる。

 今ウチは、一緒の馬車で仲良くなったリーパーと一緒に、目の前に広がる圧巻の景色を眺めている。

 聞くところによると、彼女はあるクランに所属してるんだけど、そこのクランマスターに無理やり言われてゴブリン領に来たらしい。

 クラン勤めも楽じゃないってことだね。

 やっぱり、ソロの方が気楽でいいよ。

「ま、そのストレスも戦って晴らしちゃおうよ」

「そうね」

 勝手によじ登った馬車の屋根の上で、ワイワイ話すこと数分。

 やっと目的地に着いた。

「足元に気をつけるのよ」

「は~い」 

 リーパーはお母さんみたいなことを言う。

 ずっこけるなんてヘマ、するわけないじゃん。

 …大丈夫だよね?

 しっかり足元を見ながら、ウチは屋根から降りた。

 これでウチとリーパーを含む、人ゴブ戦争に参加するプレイヤーたちがゴブリン領との境界近くに到着した。

「ふい~、やっと地に足が着いたね」

 ウチは大きく伸びをして、紅蓮に輝く杖を握り締める。 

「気を引き締めて、これからが本番よ」

 隣のリーパーは大きな鎌を持っている。

 戦闘では振り回して戦うんだって。かっこいいね。

「【天候魔法】!一分後にいきまーす!!」

 早速、ウェザーさんという、【天候魔法】を使う魔法使いの女の人のかけ声が後ろから聞こえる。

 今日は【天候魔法】の発動が開戦の合図らしいよ。

 いつもと違って、魔法を先に撃つんだって。

 理由は、ゴブリンたちの中に強力な『サクラ個体』が混じっているかもしれないから。

「彼女の魔法、すごいわよ」

「そうなんだ!楽しみ~」

 【爆発魔法】も楽しいけど、他の人のスキルを見るのも好きだ。

 ウチは見逃さないように、前方に視線を向ける。

 まだゴブリンは遠くにいるし、おしゃべりする時間は充分にあるね。

「ところで、リーパーのクランハウスはどこにあるの?」

「秘密よ」

「え~、ケチ!」

 遊びに行きたいのに!

 ウチとリーパーは雑談しながら、【天候魔法】が発動するのを待つ。

 ふと空を見上げると、空を覆う雲が徐々に厚くなっていく。

 そして、きっちり一分後。

「いきます!『メガトン・ヘイル』!!」 

「ヘイル?何それ、英語?」

「今に分かるわよ」

 ウチはリーパーの方を向いて聞いたけど、意地悪で返された。

「ねえ教えてよ、リ~パ~」

「シャキッとしなさい。もう少しで戦いが始まるのよ」
 
 ウチらがうだうだやっている間に、曇り空から何かが降ってくる。

 それは、氷みたいな灰色の塊だった。

「あれってもしかして、ひょう!?」

 大きい。ものすごい大きい。

 SF映画で見たことある、バカでかい隕石ぐらい大きい。

 『メガトン・ヘイル』はつまり、メガトンなひょうってことか。

「こりゃすごいね!ゴブリンなんて一網打尽で倒せちゃうじゃん」

 メガトンなひょうは戦線の奥、境界線のゴブリン領側に向かって落下を続けている。

 ゴブリンたちも捕捉したみたいで、ギャアギャアと騒ぎ出したみたい。高いキーキーとした声がうっすらと聞こえてくる。

 そりゃ慌てるわけだ。

 でっかいひょうが自分たちに向かって落ちてくるんだから。

「ずいぶんと派手な開会式ね」

 リーパーが皮肉を言う。

「『サクラ個体』はアレを耐えるかもしれない!充分に警戒してあたってくれ!」

「「「おうッッッ!!」」」

 さらに【英雄の戦禍】のマスター、マスターさんが大声で指示を出し、クランメンバーたちが一斉に頷く。

「クランマスターのマスターさんって、面白いね」

「緊張感ゼロね、ハッパ…」

 失礼な。これでも心臓バクバクですよ~、だ。

 なんてリーパーと話しているうちに、ひょうがもうあんなに近くに!

 本当に大きい。

 あんなのが落ちたら、ゴブリンたちはひとたまりもないだろうね。

 こっちには来ないよね?

「衝撃に備えろっ!」

 クランマスターのマスターさんが警告する。

 クランマスターの、マスターさん。 

「ふふっ、ふふふ」

「ほら、姿勢を低くして」

 一人でおかしくなって含み笑いを漏らしていると、リーパーが頭を押してくる。

「痛いって、自分でできるよ!」

 グイグイと押してくるので、ウチは観念してその場にしゃがみこむ。

 本当にお母さんみたいだね、リーパーは!

「なによニヤニヤして。また変なこと考えて…」

 ドガアアアンッ!

 瞬間、大きな音と光が爆ぜる。

 それとほぼ同時に、ゴブリンの方を見ていたリーパーが絶句する。

「なに!?落ちた!?落ちた!?」

 リーパーの体で隠れてて、ウチは前が見えない。

 せっかくなら、ひょうが落ちる瞬間を見たかったのに!

 あれ?

 でもこの音って、どこかで聞いたことがあるような?

 ドガアアアンッ!

 さらに、なぜかもう一度同じ音と光が放たれる。

 続けてもう一回。またもう一回。何回も何回も。

 まさか、あんな大きなひょうがいくつも落ちてきたの!?

「ちょっと、放してってば」

「あ、ごめんなさい。それよりハッパ、あれを見て」

 リーパーはようやくウチを押さえる手をどけて、空の一点を指す。

 え、空?

 地面じゃないの?ひょうが衝突したんじゃないの?

「もう、今更衝突した跡を見てもつま…、え!?」

 リーパーに言われ、空を見上げたウチは絶句する。
 
 ドガアアアンッ!

 再び、音と光が爆ぜる。

 未だ落下を続けるひょうの表面で。

 あ。ひょうのひょう面だって、面白いね。

「って、私の【爆発魔法】じゃん!」

「ええ、そうよ」

 リーパーは私のスキルのことを知っていたみたい。有名人はつらいよ。

 って、そんなことは今はよくて…。

 なぜか分からないけど、ウチの【爆発魔法】がひょうに向かって幾度となく放たれているようだ。

「でも、どうしてウチのスキルが…」

 マスターさんの説明にはこんな段取りはなかった。

 だとすると…。

「そんなことありえるの!?」

 だとすると、ゴブリンが魔法を使っているの!?

「まずいわ、ハッパ。想定外の事態だし…」

「…」

 リーパーの切羽詰まった声に、ウチは頷きだけで返す。

 徐々にではあるけど、爆発はひょうを削ってる。

 あと数回爆発が起こったら、とんでもないことが起きちゃう!

「総員、撤退しろ!」

 ちょうど、マスターのマスターさんが言うのと同時くらい。

 もう一度、ウチが【爆発魔法】を使うときに発する音と光が広がる。

 そして、大きなひょうの塊が、いくつもの欠片になって割れた。

 色んな方向に飛び散って、まるで花火を見てるみたい。

「なに見とれてんのよ、ハッパ!今すぐ逃げるわよっ」

 そう言って、リーパーがウチの手を引いて後ろに引っ張る。

 すると、砕け散った破片の一つがヒュウウウウと空気を震わせ、ウチらの近くに落ちてきた。

「きゃっ!」

 激しい揺れが襲い、ウチはすっ転ぶ。

 はずみで、前にいたリーパーを巻き込んじゃった。

「ごめーん、リーパー!」

「もう、仕方ないわね。…え?」

「どうしたの?」

「あれ…」

「あれ?」

 手を貸してもらって立ち上がったウチは振り返り、リーパーが指す背後を確認する。

 あらきれい。

 全身ピンク色に染まったゴブリンが、こちらに向かって走ってきていた。

「あれが…、サクラゴブリンだっけ?」

「サクラゴブリンじゃなくて『ゴブリン・サクラ』よ。って、そんなことはいいから、早く逃げましょう!」

「いや、間に合わないよ」

「え?」

「逃げらんない。ひょうの破片がウチら側にも落ちてきてるし、なにより『ゴブリン・サクラ』の走るスピードが速すぎる」

「急に冷静になられると困るけれど、確かにものすごい脚力ね。もうすぐここまで来る」

「リーパー」

「なによ?」

「ウチらは戦線の一番前にいたよね?」

「そうね。ハッパの魔法が危険だから、前に出ざるを得なかったんだけど」

「じゃあ、ウチらがしんがりってやつを努めなきゃいけないわけだよね?」

「ええ、そういうことになるわね」

「じゃあ、戦おうよ」

「なにがじゃあ、なのよ。ハッパは今日初めて会った、よく知りもしないプレイヤーたちのために死ねるっていうの?」

「死ぬかどうかは分からないけど、死ねるよ!ウチ死に慣れてるから!」

「…流石は『爆破の魔女』ね」

「いや~、それほどでも~」

「褒めてないわよ」

「じゃあ、リーパーだけでも逃げていいよ?」

「いいえ、戦わないとは言ってないわ」

「…ありがとう」

「礼には及ばないわ。やるからには勝つ。それだけよ」

「うん!」

 落ちてくるひょうと『ゴブリン・サクラ』が迫るこの状況、おちおちしていられない。

 ウチとリーパーは、矢継ぎ早に作戦会議をする。

 そして今、決意が固まった!

 二人で絶対に勝って、『サクラジェム』を手にするよ!

 迫りくる『ゴブリン・サクラ』に向かって、ウチらはそれぞれの武器を構えた。
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