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第二十話
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【第二十話】
学術の街、エリクシル。
『始まりの街』の南、オースティンの東に位置し、OSO内でもある程度発展している。
特徴としては、ユルルンと同じように街の中にもダンジョンがある。
それが、『大図書館地下』だ。
『大図書館』は、エリクシルの街の中央にそびえる大きな建物で、一階より上の階は普通の図書館なのに、地下に降りるとダンジョンである『大図書館地下』が広がっているという謎構造をもつ。
OSO内の大抵の情報は『大図書館』で調べられるため、NPC、プレイヤー問わず学者や魔法使い、生産職に人気だ。
アールのクラン【知識の探究者】や、シークのクラン【検証組】は、ここにクランハウスを構えている。
そんなエリクシルに、今日初めて来る。
こんな形になってしまって本当に残念だ。おちおち観光もしてられない。
思うところがある俺は、ユルルンのように外壁沿いに建てられたクランハウスたちを見つめながら、西門をくぐって街の中に入る。
そして馬宿に馬を預け、早速街の中央に向かう。
「さて、と…」
他の街とさほど変わらない街並みを眺めつつ、石材で幾何学模様が描かれた道の上を歩く。
俺が完全に自由になるためには、プレイヤーの攻略に関わる何らかの貢献をして、減刑を認めてもらうしかない。
そう思った俺は、エリクシルへと趣き、『大図書館地下』を攻略してそれを叶えることを決意した。
このダンジョンは『螺旋の塔』並みに攻略が難しいと聞くが、それでも行くしかない。
背水の陣というやつだ。
「あそこか」
小走りで街の中央にたどり着く。テレポートクリスタルで転移先の登録も忘れない。
初めて来るので地理が分からないが、あのバカでかい建物が『大図書館』だろう。
入口は、中央の大きな広場に面したところにあった。
しかし、近くで見るとすごい大きさだ。何階あるのだろうか。
「とりあえず行くか」
入口に入ると、すぐに受付があった。
NPCであろう、小奇麗な服装をした女性が座っている。
俺は会釈して通り過ぎようとするも、止められる。
「図書館のご利用ですか?それとも、地下ですか?」
「地下です」
「それでしたら、入館料は必要ありません。入ってすぐの右の階段を下りて扉を開けた先が、『大図書館地下』でございます」
「丁寧にありがとうございます」
受付の人に礼を述べ、階段を下って地下に降りた。
そしてついに、ダンジョン『大図書館地下』の入口となる扉を開いた。
「聞いていたが…」
…これほどとは。
そこは、本棚の迷宮だった。
何も書かれていない背表紙の本で満たされた本棚の数々が壁となり、迷路を形成している。
ああ、なんでここが迷路だって分かったかって?
それは、入っていきなり、本棚が隔てるようにして右と左の通路を分けていたからだ。
遊園地やテーマパークの迷路のアトラクションって、いつもこんな感じだよな。
「さて…」
右に行くか、左に行くか。
それを決める前に、俺は本棚から本を一冊取り、中身を確認してみる。
だが、どのページも真っ白だ。何も書かれていない。
『水晶の洞窟』や『キノコの森』のように、『大図書館地下』を攻略しないと本来置いてあるはずの本が読めないんだろう。
「だからこそ、攻略する価値がある」
疑問を解消したところで、次は右の通路を進んでいく。
何故、『大図書館地下』が難しいとされているのか。
ただの迷路であるならば、道を暗記してしまえば攻略は容易いはずだ。
『構造のリセット』が起こらないように、プレイヤーが常時一人でもダンジョン内にいれば、道順を暗記するだけで踏破できるだろう。
しかし何故、攻略が殆ど進んでいないのか。
その理由は、ユルルンの『螺旋の塔』と同じ。
出てくる魔物が完全にランダムだからだ。
そう振り返っていた最中。
何度目かの分かれ道を右に進むと、突き当りの曲がり角から…。
狼の姿をした魔物の頭が、にゅっと出てきた。
「まずい」
どんな魔物か分からないから、まずい。
俺は、ユルルン周辺のフィールドに出現するほぼ全ての魔物の情報を得ている。攻略Wikiに写真付きで載っていたから、外見も大体分かる。
その俺でも、見たことのない魔物。
恐らく、プレーンウルフの上位種か特殊個体だろう。
上位種とは読んで字の如く、魔物が属するある種族の上位の種だ。
ゴブリンの上位種がホブゴブリン、さらに上位種がハイゴブリン、みたいな分類の仕方になる。
一方、特殊個体は、種族の一個体だけが特殊に変異した個体のことを言う。
特別感がないが、ゴブリンの特殊個体はゴブリン・ソードマンやゴブリン・ウォリアー、みたいな感じだ。
といっても、ゴブリンが魔物の中では異常で、知能が高く社会を築いて数百頭単位で戦闘職を育成するため、ほとんどが特殊個体になるのは致し方ない。
話を戻そう。
「…」
俺は無言で、狼が全身を露わにするのを視界に収めながら後ずさる。
ゲーム内であっても、魔物は獣と見て立ち回らなければならない。
それに見たことも聞いたこともない魔物だ。
とりあえず、来た道を引き返そう。
「…っ!」
しかし、気づかれた。
薄い水色の毛並みをした狼が、大きく躍動してこちらに駆けてくる。
速すぎる!
…だが、ジャーナが号外を出した速度には負けているな。
「逃げ切れないか」
しょうもないことを考えていると、一瞬で距離を詰められた。
有り余る勢いのまま、両の爪を向けながらダイブしてくる。
「…」
雑念を払い、人ゴブ戦争で身に着けた、極限の集中に至る。
ここで倒れるわけにはいかない。
リスポーン地点はエリクシルにしたが、アカネがやってくるのも時間の問題だからな。
「はっ…!」
上体を反らしながら姿勢を低くする。リンボーダンスのポーズだ。
通り過ぎてゆく、狼の前足、胴体。
その刹那、四つ足の獣に変身したYにまたがり、相手の魂を抜く技である『ライド&スティール』に何度も挑み、失敗してきた記憶が飛来してくる。
体勢が悪く、対象が高速で移動しているが、その記憶を糧として、成功する自分をイメージする。
「…」
即座に手を突き入れて、即座に魂を掴み、そして即座に手を抜く。
これだけだ。
必ずできると、自分に言い聞かせる。
「今だ」
タイミングは、今。
即座に手を突き入れる。
俺の右手が、狼の胴のちょうど中央部辺りに侵入する。
即座に魂を掴む。
狼がさらに移動し、胴の七割くらいが自身の後方を過ぎた。
即座に手を抜く。
胴の九割が過ぎたところで、無事手を引き抜くことができた。
過去の経験から、腕を侵入させたまま、その面と平行に自身か対象が高速で移動してすれ違うと、侵入させた部分が引きちぎれることが分かっていた。
そのため、狼とすれ違う前に腕を抜く必要があったというわけだ。
「間に合った」
一か八かの賭けは成功した。
俺は右手に握られている魂をいじくり、狼の肉体に戻す。
未知で上位の魔物だが、『キノコの森』のボスのようにサイズが大きくなくてよかった。
「反逆心は、ないな。問題ない」
「ウォオウ…」
念のため頭を撫でてみるが、くすぐったそうにしているだけだ。
何はともあれ、これで狼の魔物が仲間になった。
名前はない。この迷宮を生きて出られたら命名することにする。
「じゃあ…、進むか」
一連の間、他の魔物と鉢合わせなかったのは幸運だったな。
早速、気になっていたことを試そう。
この『大図書館地下』というダンジョン、天井が高すぎる。見えないくらいに高い。
おそらく、空間が無理やり広げられている。ダンジョンにそんな能力があったとは。
一方で、本棚の高さは三メートルくらいと低い。
もしかして、狼の跳躍力で本棚を飛び越えられるのでは、と思いついたのだ。
「よし。狼よ、空高く跳べ」
そう命じてみる。
すると、『飛び越えろ』と言わなかったせいか、狼は小さく吠えた後、本棚の上に乗った。
よしよし、想定通り。
上に乗れるということは、飛び越えられるということだな。
「いいぞ、狼。戻ってこい」
本棚を強く蹴ってこちらに降りてくる狼。
その際、上部によほど強い力がかかったのか、上の方がぐらついた。
これはもしかして、本棚を倒せるのか?
「うっ!……ふっ!!……無理だ」
近くの本棚を強く押してみる。びくともしない。
「手伝ってくれるのか?」
しばらく押していると、見かねた狼が隣で力を込める。
すると、感じていた荷重が減り、本棚が向こう側に倒れた。
この狼、結構力があるんだな。
「おお…!」
さて、迷路とは何だったのか。
ドミノ倒しの要領で、本棚が連鎖して倒れていく。
こうして、本来の未知を一切無視した、新しい一本の道ができた。
「じゃあ、乗るぞ」
後は進むだけだ。
俺は乗馬の要領で足を持ち上げ、狼に跨る。
エリクシルまで乗ってきた馬よりも、ちょっと低いくらいの高さだ。
「この道を、ひたすら進め」
簡単に指示を出すと、狼は短く吠え、猛ダッシュを始めた。
速い。背中にしがみついてないと、簡単に振り落とされてしまうだろう。
「……どうした?」
何秒か経った後、狼はゆっくりとスピードを落とし、やがて止まった。
どうやら、ダンジョンの端に到着したらしい。
本棚のドミノ倒しは、端まで続いていた。
高さ方向には際限がなさそうだが、水平方向には空間が広がっていないのか?
そもそも、地下が一階しかないのか、複数階あるのかすら分かっていない。
「でたらめでは駄目だな」
少し周囲を探してみたが、残念ながら最深部や次の階層に降りる階段は見当たらなった。
突き当たった本棚を倒して壁際を進んでいけば何かしらの当てがあるかもしれないが、壁際に最深部や階段があるとは限らない。
それじゃあさっきみたいに、狼に本棚の上に乗って視野を広げるか。
出会う魔物のことごとくから逃げながら、俺は妙案を思いつく。
「狼、本棚の上に乗ってくれるか」
何度目か分からない命令。
狼は嫌な顔一つせずぐっと床を蹴り、ジャンプして本棚に乗る。
「すごいな…」
あまりの光景に、再び息が漏れる。
本棚の迷路に、そこらじゅうを闊歩するバリエーション豊かな魔物たち。
これはいい。結構遠くまで見えるぞ。
意外と攻略者が多いんだな。
おっ、あの魔物は知ってるぞ。
強弱や上位種、特殊個体に関わらず、出現する魔物は完全にランダムと見て間違いない。
あそこでは魔物同士が戦ってる。
別種の魔物たちが出会う確率が高いから、ああいうこともあるんだな。
「ウォアウッ!」
狼に怒られた。
そうだった。何か手がかりを見つけるんだった。
んー、目に見える範囲で怪しいところはない。
なので、プレイヤーの密度が高いところを探してみる。
おそらく、このダンジョンは『構造のリセット』を意図的にさせず、次の階層への道順を固定することで、掲示板なり攻略Wikiなりで攻略ルートが共有されているはず。
だから、多くのプレイヤーが通る場所を探して、それに便乗しようという寸法だ。
「どれ」
早速、本棚の上から探す。
……あそこか?
すぐには分からなかったが、プレイヤーの流れが激しい道がある。
行ってみる価値はあるか。
「あそこに向かってくれ。……正面やや左だ」
上に乗っている俺が指を差したところで、狼には見えない。
より具体的な指示を出すと、狼は本棚から本棚へ跳びながら目的の方角へ進んでくれる。
衝撃がものすごいが、落馬(?)は避けたい。
OSO内だけだが、一応馬にも乗れるんだ。
大丈夫なはず、多分。
「止まってくれ」
揺れに耐えるだけで精一杯なので、時折止まって辺りを見る。
知り合いのプレイヤーが見当たらないのが僥倖だ。
まあ、もし見つけたとしても、後ろ暗い理由でダンジョンを攻略しているので見なかったことにするが。
「このまま正面に向かってくれ」
本棚の上を駆ける、狼を使ったショートカットと周囲の観察。
これを繰り返すこと十回ほど…。
「あった!」
やっと、下に降りる階段を発見した。
「ウォンッ!」
してやったりとばかりに、狼が短く鳴く。
思わず気が緩むが、まだ地下一階だ。
何階あるか分からないので、油断はしていられない。
「……」
「ゥ~…!」
警戒は解かずに階段近くの床に降り、地下二階への階段を下る俺と狼。
俺のスキル【魂の理解者】を使った一撃必殺と、Yをも凌ぐであろう狼の抜群の機動力。
この二つが組み合わさった『ライド&スティール』ならば、向かうところ敵なしと言っても過言ではない。
できることならこのまま、ダンジョンボスとご対面だといいんだが。
「いや、それはないな」
降りた先にあった扉を開けると、相変わらず本棚の森だった。
俺は思わず、げんなりとする。
すまない、狼。お前の背中をもう少し借りるぞ。
学術の街、エリクシル。
『始まりの街』の南、オースティンの東に位置し、OSO内でもある程度発展している。
特徴としては、ユルルンと同じように街の中にもダンジョンがある。
それが、『大図書館地下』だ。
『大図書館』は、エリクシルの街の中央にそびえる大きな建物で、一階より上の階は普通の図書館なのに、地下に降りるとダンジョンである『大図書館地下』が広がっているという謎構造をもつ。
OSO内の大抵の情報は『大図書館』で調べられるため、NPC、プレイヤー問わず学者や魔法使い、生産職に人気だ。
アールのクラン【知識の探究者】や、シークのクラン【検証組】は、ここにクランハウスを構えている。
そんなエリクシルに、今日初めて来る。
こんな形になってしまって本当に残念だ。おちおち観光もしてられない。
思うところがある俺は、ユルルンのように外壁沿いに建てられたクランハウスたちを見つめながら、西門をくぐって街の中に入る。
そして馬宿に馬を預け、早速街の中央に向かう。
「さて、と…」
他の街とさほど変わらない街並みを眺めつつ、石材で幾何学模様が描かれた道の上を歩く。
俺が完全に自由になるためには、プレイヤーの攻略に関わる何らかの貢献をして、減刑を認めてもらうしかない。
そう思った俺は、エリクシルへと趣き、『大図書館地下』を攻略してそれを叶えることを決意した。
このダンジョンは『螺旋の塔』並みに攻略が難しいと聞くが、それでも行くしかない。
背水の陣というやつだ。
「あそこか」
小走りで街の中央にたどり着く。テレポートクリスタルで転移先の登録も忘れない。
初めて来るので地理が分からないが、あのバカでかい建物が『大図書館』だろう。
入口は、中央の大きな広場に面したところにあった。
しかし、近くで見るとすごい大きさだ。何階あるのだろうか。
「とりあえず行くか」
入口に入ると、すぐに受付があった。
NPCであろう、小奇麗な服装をした女性が座っている。
俺は会釈して通り過ぎようとするも、止められる。
「図書館のご利用ですか?それとも、地下ですか?」
「地下です」
「それでしたら、入館料は必要ありません。入ってすぐの右の階段を下りて扉を開けた先が、『大図書館地下』でございます」
「丁寧にありがとうございます」
受付の人に礼を述べ、階段を下って地下に降りた。
そしてついに、ダンジョン『大図書館地下』の入口となる扉を開いた。
「聞いていたが…」
…これほどとは。
そこは、本棚の迷宮だった。
何も書かれていない背表紙の本で満たされた本棚の数々が壁となり、迷路を形成している。
ああ、なんでここが迷路だって分かったかって?
それは、入っていきなり、本棚が隔てるようにして右と左の通路を分けていたからだ。
遊園地やテーマパークの迷路のアトラクションって、いつもこんな感じだよな。
「さて…」
右に行くか、左に行くか。
それを決める前に、俺は本棚から本を一冊取り、中身を確認してみる。
だが、どのページも真っ白だ。何も書かれていない。
『水晶の洞窟』や『キノコの森』のように、『大図書館地下』を攻略しないと本来置いてあるはずの本が読めないんだろう。
「だからこそ、攻略する価値がある」
疑問を解消したところで、次は右の通路を進んでいく。
何故、『大図書館地下』が難しいとされているのか。
ただの迷路であるならば、道を暗記してしまえば攻略は容易いはずだ。
『構造のリセット』が起こらないように、プレイヤーが常時一人でもダンジョン内にいれば、道順を暗記するだけで踏破できるだろう。
しかし何故、攻略が殆ど進んでいないのか。
その理由は、ユルルンの『螺旋の塔』と同じ。
出てくる魔物が完全にランダムだからだ。
そう振り返っていた最中。
何度目かの分かれ道を右に進むと、突き当りの曲がり角から…。
狼の姿をした魔物の頭が、にゅっと出てきた。
「まずい」
どんな魔物か分からないから、まずい。
俺は、ユルルン周辺のフィールドに出現するほぼ全ての魔物の情報を得ている。攻略Wikiに写真付きで載っていたから、外見も大体分かる。
その俺でも、見たことのない魔物。
恐らく、プレーンウルフの上位種か特殊個体だろう。
上位種とは読んで字の如く、魔物が属するある種族の上位の種だ。
ゴブリンの上位種がホブゴブリン、さらに上位種がハイゴブリン、みたいな分類の仕方になる。
一方、特殊個体は、種族の一個体だけが特殊に変異した個体のことを言う。
特別感がないが、ゴブリンの特殊個体はゴブリン・ソードマンやゴブリン・ウォリアー、みたいな感じだ。
といっても、ゴブリンが魔物の中では異常で、知能が高く社会を築いて数百頭単位で戦闘職を育成するため、ほとんどが特殊個体になるのは致し方ない。
話を戻そう。
「…」
俺は無言で、狼が全身を露わにするのを視界に収めながら後ずさる。
ゲーム内であっても、魔物は獣と見て立ち回らなければならない。
それに見たことも聞いたこともない魔物だ。
とりあえず、来た道を引き返そう。
「…っ!」
しかし、気づかれた。
薄い水色の毛並みをした狼が、大きく躍動してこちらに駆けてくる。
速すぎる!
…だが、ジャーナが号外を出した速度には負けているな。
「逃げ切れないか」
しょうもないことを考えていると、一瞬で距離を詰められた。
有り余る勢いのまま、両の爪を向けながらダイブしてくる。
「…」
雑念を払い、人ゴブ戦争で身に着けた、極限の集中に至る。
ここで倒れるわけにはいかない。
リスポーン地点はエリクシルにしたが、アカネがやってくるのも時間の問題だからな。
「はっ…!」
上体を反らしながら姿勢を低くする。リンボーダンスのポーズだ。
通り過ぎてゆく、狼の前足、胴体。
その刹那、四つ足の獣に変身したYにまたがり、相手の魂を抜く技である『ライド&スティール』に何度も挑み、失敗してきた記憶が飛来してくる。
体勢が悪く、対象が高速で移動しているが、その記憶を糧として、成功する自分をイメージする。
「…」
即座に手を突き入れて、即座に魂を掴み、そして即座に手を抜く。
これだけだ。
必ずできると、自分に言い聞かせる。
「今だ」
タイミングは、今。
即座に手を突き入れる。
俺の右手が、狼の胴のちょうど中央部辺りに侵入する。
即座に魂を掴む。
狼がさらに移動し、胴の七割くらいが自身の後方を過ぎた。
即座に手を抜く。
胴の九割が過ぎたところで、無事手を引き抜くことができた。
過去の経験から、腕を侵入させたまま、その面と平行に自身か対象が高速で移動してすれ違うと、侵入させた部分が引きちぎれることが分かっていた。
そのため、狼とすれ違う前に腕を抜く必要があったというわけだ。
「間に合った」
一か八かの賭けは成功した。
俺は右手に握られている魂をいじくり、狼の肉体に戻す。
未知で上位の魔物だが、『キノコの森』のボスのようにサイズが大きくなくてよかった。
「反逆心は、ないな。問題ない」
「ウォオウ…」
念のため頭を撫でてみるが、くすぐったそうにしているだけだ。
何はともあれ、これで狼の魔物が仲間になった。
名前はない。この迷宮を生きて出られたら命名することにする。
「じゃあ…、進むか」
一連の間、他の魔物と鉢合わせなかったのは幸運だったな。
早速、気になっていたことを試そう。
この『大図書館地下』というダンジョン、天井が高すぎる。見えないくらいに高い。
おそらく、空間が無理やり広げられている。ダンジョンにそんな能力があったとは。
一方で、本棚の高さは三メートルくらいと低い。
もしかして、狼の跳躍力で本棚を飛び越えられるのでは、と思いついたのだ。
「よし。狼よ、空高く跳べ」
そう命じてみる。
すると、『飛び越えろ』と言わなかったせいか、狼は小さく吠えた後、本棚の上に乗った。
よしよし、想定通り。
上に乗れるということは、飛び越えられるということだな。
「いいぞ、狼。戻ってこい」
本棚を強く蹴ってこちらに降りてくる狼。
その際、上部によほど強い力がかかったのか、上の方がぐらついた。
これはもしかして、本棚を倒せるのか?
「うっ!……ふっ!!……無理だ」
近くの本棚を強く押してみる。びくともしない。
「手伝ってくれるのか?」
しばらく押していると、見かねた狼が隣で力を込める。
すると、感じていた荷重が減り、本棚が向こう側に倒れた。
この狼、結構力があるんだな。
「おお…!」
さて、迷路とは何だったのか。
ドミノ倒しの要領で、本棚が連鎖して倒れていく。
こうして、本来の未知を一切無視した、新しい一本の道ができた。
「じゃあ、乗るぞ」
後は進むだけだ。
俺は乗馬の要領で足を持ち上げ、狼に跨る。
エリクシルまで乗ってきた馬よりも、ちょっと低いくらいの高さだ。
「この道を、ひたすら進め」
簡単に指示を出すと、狼は短く吠え、猛ダッシュを始めた。
速い。背中にしがみついてないと、簡単に振り落とされてしまうだろう。
「……どうした?」
何秒か経った後、狼はゆっくりとスピードを落とし、やがて止まった。
どうやら、ダンジョンの端に到着したらしい。
本棚のドミノ倒しは、端まで続いていた。
高さ方向には際限がなさそうだが、水平方向には空間が広がっていないのか?
そもそも、地下が一階しかないのか、複数階あるのかすら分かっていない。
「でたらめでは駄目だな」
少し周囲を探してみたが、残念ながら最深部や次の階層に降りる階段は見当たらなった。
突き当たった本棚を倒して壁際を進んでいけば何かしらの当てがあるかもしれないが、壁際に最深部や階段があるとは限らない。
それじゃあさっきみたいに、狼に本棚の上に乗って視野を広げるか。
出会う魔物のことごとくから逃げながら、俺は妙案を思いつく。
「狼、本棚の上に乗ってくれるか」
何度目か分からない命令。
狼は嫌な顔一つせずぐっと床を蹴り、ジャンプして本棚に乗る。
「すごいな…」
あまりの光景に、再び息が漏れる。
本棚の迷路に、そこらじゅうを闊歩するバリエーション豊かな魔物たち。
これはいい。結構遠くまで見えるぞ。
意外と攻略者が多いんだな。
おっ、あの魔物は知ってるぞ。
強弱や上位種、特殊個体に関わらず、出現する魔物は完全にランダムと見て間違いない。
あそこでは魔物同士が戦ってる。
別種の魔物たちが出会う確率が高いから、ああいうこともあるんだな。
「ウォアウッ!」
狼に怒られた。
そうだった。何か手がかりを見つけるんだった。
んー、目に見える範囲で怪しいところはない。
なので、プレイヤーの密度が高いところを探してみる。
おそらく、このダンジョンは『構造のリセット』を意図的にさせず、次の階層への道順を固定することで、掲示板なり攻略Wikiなりで攻略ルートが共有されているはず。
だから、多くのプレイヤーが通る場所を探して、それに便乗しようという寸法だ。
「どれ」
早速、本棚の上から探す。
……あそこか?
すぐには分からなかったが、プレイヤーの流れが激しい道がある。
行ってみる価値はあるか。
「あそこに向かってくれ。……正面やや左だ」
上に乗っている俺が指を差したところで、狼には見えない。
より具体的な指示を出すと、狼は本棚から本棚へ跳びながら目的の方角へ進んでくれる。
衝撃がものすごいが、落馬(?)は避けたい。
OSO内だけだが、一応馬にも乗れるんだ。
大丈夫なはず、多分。
「止まってくれ」
揺れに耐えるだけで精一杯なので、時折止まって辺りを見る。
知り合いのプレイヤーが見当たらないのが僥倖だ。
まあ、もし見つけたとしても、後ろ暗い理由でダンジョンを攻略しているので見なかったことにするが。
「このまま正面に向かってくれ」
本棚の上を駆ける、狼を使ったショートカットと周囲の観察。
これを繰り返すこと十回ほど…。
「あった!」
やっと、下に降りる階段を発見した。
「ウォンッ!」
してやったりとばかりに、狼が短く鳴く。
思わず気が緩むが、まだ地下一階だ。
何階あるか分からないので、油断はしていられない。
「……」
「ゥ~…!」
警戒は解かずに階段近くの床に降り、地下二階への階段を下る俺と狼。
俺のスキル【魂の理解者】を使った一撃必殺と、Yをも凌ぐであろう狼の抜群の機動力。
この二つが組み合わさった『ライド&スティール』ならば、向かうところ敵なしと言っても過言ではない。
できることならこのまま、ダンジョンボスとご対面だといいんだが。
「いや、それはないな」
降りた先にあった扉を開けると、相変わらず本棚の森だった。
俺は思わず、げんなりとする。
すまない、狼。お前の背中をもう少し借りるぞ。
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『メトロポリス』からの使者によれば自身の商品を宇宙の植民星に運ぶ際に宇宙生物に襲われるという事態が幾度も発生しており、そのための護衛役として会社の顧問役である人工頭脳『マリア』が護衛役を務める適任者として選び出したのだという。
宇宙生物との戦いに用いるロトワングというパワードスーツには適性があり、その適性が見出されたのが大津修也だ。
大津にとっては他に就職の選択肢がなかったので『メトロポリス』からの選択肢を受けざるを得なかった。
『メトロポリス』の宇宙船に乗り込み、宇宙生物との戦いに明け暮れる中で、彼は護衛アンドロイドであるシュウジとサヤカと共に過ごし、絆を育んでいくうちに地球上にてアンドロイドが使用人としての扱いしか受けていないことを思い出す。
修也は戦いの中でアンドロイドと人間が対等な関係を築き、共存を行うことができればいいと考えたが、『メトロポリス』では修也とは対照的に人類との共存ではなく支配という名目で動き出そうとしていた。

VRMMO~鍛治師で最強になってみた!?
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