VRMMO【Original Skill Online】

LostAngel

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第十八話

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【第十八話】

 『キノコの森』が攻略されたことがプレイヤーたちに知れ渡ると、彼らは大いに喜んだ。

 『水晶の洞窟』の謎水晶に続き、バカでかいキノコという未知のアイテムが増えたからだ。

 新しいアイテム(素材)が出回ると、市場が一気に活性化される。

 需要が爆発的に増え、戦闘職がこぞって素材を手に入れに行く。

 得られた素材を右から左へ流すと、お金の流れが活発になり、戦闘職と商人が儲かる。

 それで供給もドカンと増加して、生産職が忙しくなる。

 出来たモノを輸送し、売ることで、生産職と商人が儲かる。

 そして素材が消費され、また需要が伸びる。

 こういったサイクルが繰り返されることによって、お金が儲かり、新しいモノが誕生するというわけだ


 まあ、俺はこの円環の中にはいないんだがな。

 では、どのようにして儲けているのかというと…。

「とっておきの情報がある。多分ジャーナも知らない情報だ」

 俺は今、メディア系クラン【OSOすぎる速報】のクランマスター、ジャーナと顔を突き合わせている。

 オースティンのある宿屋、一階のラウンジで彼女と密談中だ。

「ほう、随分と言ってくれますね」

 ここぞとばかりに、ジャーナがくいと眼鏡を持ち上げた。

 俺も彼女も悪い意味で有名人だが、特に変装はしない。

 コソコソしてる方が怪しいからな。

「それで、いくらで?」

「前金で10。お眼鏡に適えば100はもらいたい」

「そんな法外な!」

 あまりの金額に、ジャーナが大声を上げる。

 単位はもちろん、金貨の枚数だ。

 OSO中において、個人間の取引で金貨が出てくるのはかなり珍しい。それこそ、後ろ暗い商談でない限りは。

 だから、彼女がびっくりするのも頷ける。

「…。すいません」

「別にいい。俺がこれから話そうとしているのは、大声が出るくらいぶっ飛んだ内容だからな」

「からかわないでください」

 小さなテーブルを挟むように、イスが一つずつ置かれた窓際の席。

 そこで俺たちは、顔色一つ変えずに会話を続ける。

「それで、受けるか、受けないか、どっちだ?」

 彼女と知り合ったきっかけは、全くの偶然だった。

 たまたま、本当にたまたま、フィールドで俺の配下の魔物に襲われているところに遭遇し、助けたことでフレンドになった。

 その後、『悪魔』のイベントの二日目か三日目にグレープのスキル情報を売り、彼女からの信頼を盤石なものにした。

 だから、プレイヤーの間で【自己再生】のことが広まっていたわけだ。

 そして、グレープが『スキルジェム』にスキルを込め続ける苦行をすることになったのは、ものすごく端的かつ単純に言うと、俺のせいということになる。 

「……受けます」

「そう言ってもらえると助かる」

 少し逡巡した後、ジャーナは俺の提案を飲んだ。

 ちなみに前金とは、俺が情報のテーマを教える代わりに貰うお金のことだ。

 例えば、「【自己再生】というスキルがあるんだが、詳しく知りたいか?」って感じだ。

 前回はこれで5だった。

「それじゃあ、言うぞ」

 俺は小さく深呼吸する。

 安全のため、俺は一度しか言わず、彼女にはメモを取らせない。

 他のプレイヤーが目を光らせているのは明らかだし、

「『ダンジョンジェム』というアイテムを知っているか?」

 聞き漏らさぬよう、はっきりとそう言った瞬間。

 彼女の動きが止まる。瞬きすらしない。

 今彼女は、俺が『キノコの森』攻略の一員であること、『ジェム』という言葉から何らかのアイテムであること、これらを総合して『ダンジョンジェム』とはボスがドロップするアイテムではないか、ということを考えているに違いない。

 その通りだ。仮説は全て正しい。

「それは…、ダンジョンボスのドロップアイテムですか?」

「そうだ」

 あのとき。

 アールが俺たちに『ダンジョンジェム』に関する口止めをしたとき、俺はしっかりと彼の言葉を聞いたが、声に出して口外しないことを了解することはしなかった。

 なので、アールの口止めの言葉は聞こえなかったことにする。ガスマスクしてたしな。

「この先はもう後戻りできないぞ、詳しく聞くか?」

「…お願いします」

「分かった。聞き漏らすなよ?」

 今度はジャーナが深呼吸する。俺はそれが終わるのを待つ。

 金貨110枚が決定したんだから、いつまでも待つさ。

「いくぞ?……『ダンジョンジェム』は欠片でドロップし、十個集めるとジェムになる。『スキルジェム』と同じ仕様だ」

 ここまで話したところで、俺は口をつぐむ。

 ここからが本番だからだ。

「次に能力だが、ジェムを特定の魔物に飲み込ませると、その魔物をボスとし、飲み込ませた場所を最深部とするダンジョンができあがる」

 再び絶句する彼女。

 その目は大きく見開かれたが、やや時間を置いて瞬きを二、三度する。

 帰ってきたようだ。
 
「以上だ。俺が知っていることはこれが全てだから、質問はなしで頼む」

「…分かりました。それでは」

 得たい情報は得られたとばかりに、そそくさと立ち上がろうとするジャーナ。

 しかし、俺は呼び止める。

「待ってくれ。この話、オフレコにしてもらえないか」

 オフレコ、つまり他言無用。

 ここまで言っておいたが、彼女に、この情報を記事にしないでくれと言っている。

「そんなことできません」

「今回のネタは【自己再生】のときとはわけが違う。間違いなく戦争が起きるし、俺もジャーナもただでは済まないだろう」

 座り直した彼女の目を見て、俺は真剣に話す。

「それでも、記事にするか?」

「はい、します。それが私の思う、ジャーナリズムですから」

 参った。完敗だ。

 もう誰も彼女を止められないだろう。さながら、ブレーキが壊れた猛スピードの車だ。

「報酬は預かり屋で一時間後に。フォトズを向かわせます」
 
 げ。

 『水晶の洞窟』を攻略した当時、無断で俺のスクショを掲示板に晒した、あのフォトズか。

「彼女には厳しく言っておきました。もうあのようなことは起きないでしょう」

「だといいんだが」

 信用できない。

 俺が簡単に情報を暴露したように、ジャーナもフォトズも嘘をついている可能性が十二分にある。

「それでは」

 今度こそ立ち上がり、宿の出口に向かうジャーナ。

 さて、金を受け取ったら逃げるか。

 彼女の背中を見ながら、早速頭の中で高飛びの計画を立てる俺なのだった。


 ※※※


 ぴったり一時間後、フォトズが預かり屋に現れた。

「こういうのは普通、呼んだ側が早めに来るんじゃないのか?」

「まあ、気にしない気にしない」

 ギャルっぽい軽薄そうな見た目に違わず、こいつは報道者にあるまじき適当な性格をしている。

 後先考えず行動に移るハッパタイプで、金になりそうなことに首を突っ込みまくり、好き勝手に情報を拡散する。

 俺だけでなく、多くのプレイヤーから煙たがられている存在だ。

 まあフォトズに限らず、OSOのジャーナリストプレイヤーのほとんどが煙たがられているんだが。

「それで、えーと、110枚だっけ?多いねえ、姐さんに何渡したのさ?」

 フォトズを始めとして、【OSOすぎる速報】のクランメンバーはジャーナを『姐さん』と呼ぶ。

 ジャーナがペンで成したというか、犯した功罪は多大だから、彼女を妄信するジャーナリストの卵がそこそこの人数いる。

「声が大きい。お前には関係のない話だ」

「えー、つまんないの」

 文句を垂れながらも、ウインドウを操作する手は止めない。

 すぐに俺の口座への振り込みが完了する。

「よし、じゃあな」

「え、ちょっと!おーい、まだ話があるんだけどさー!」

 成すべきことは成したので、フォトズをほっぽって速足でテレポートクリスタルに向かう。

 こいつといると碌なことがないし、今は一分一秒が惜しい。

「撒いたか」

 テレポートが完了し、ユルルンの広場に到着する。

 テレポートクリスタルでプレイヤーが転移する際、他のプレイヤーはどこの街に転移しているか分からない。

 だから一度転移できてしまえば、撒くのも容易い。

「急ぐか」

 なるべく顔馴染みに出会わないよう狭い路地を通り、『ユルルンマーケット』にやってきた。

 そのまま雑踏をすいすいと進み、『南東門』をくぐって街の外に出る。

 以前は、一日か二日でグレープの情報が知れ渡っていた。

 今日中に逃げなければ、『ダンジョンジェム』の情報を漏らした犯人探しが始まるだろう。

 そうなると、まず間違いなく俺が疑われる。

 『水晶の洞窟事件』という前科があるからだ。

「逃げ先は…、ひとまずオースティンでいいか」

 和室に開いた穴から自宅に入り、ストレージボックスへ急ぐ。

 『預かり屋』に預けているお金やアイテムは、口座の持ち主であれば自宅のストレージボックスからも引き出せる、という謎の仕様がある。

 これを利用し、持っている金貨を全てインベントリに引き出す。

 銅貨や銀貨はそのままでいい。

 とにかく急がなければ。

 ストレージボックスを閉じ、横穴から外に出る。

「トーマ」

 聞き覚えのある冷たい声。

 外壁に寄りかかって待っていたのは、アカネだった。

「なんだ。今忙しいんだ」

 いくらなんでも早すぎる。

 俺がジャーナに漏らしてから、まだ一時間と少ししか経っていないぞ。

「こんなものが出回ってるんだが」

 あくまで平坦な口調で話すアカネ。

 彼女が持っていたのは、A4サイズほどの紙切れだった。

 一番上の見出しには「号外!『ダンジョンジェム』見つかる!!」と書いてある。

 間違いない、ジャーナの記事だ。

 あのジャーナリスト、使命感に駆られて号外を発刊しやがった!

「私の予想は、合ってるな?」

「ちょ、ちょっと待て。これは落ち着いて事態を整理する必要が…」

「問答無用!!」

 殺戮マシーンに慈悲はない。

 居合切りが閃き、俺は一瞬で腹を掻っ捌かれて死んだ。

「次は、流す相手を考えるか…」

 薄らいでいく視界の端で、号外がひらりと地面に着陸した。
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