17 / 35
第十七話
しおりを挟む
【第十七話】
前回に引き続き、『キノコの森』の攻略中。
ここには動物の姿をした魔物はおらず、キノコマンと粘菌の魔物のみが生息している。
キノコマンは正直イージーだ。タイマンで魂を抜けば簡単に勝てる。むしろ、戦力になるためウェルカムですらある。
俺のスキル【魂の理解者】の力でどんどん使い勝手のいい駒、じゃなくて代わりに戦ってくれる部下を増やすことができるからな。
一方粘菌の魔物は、細長く分岐したアメーバ状の生き物だ。
ゆっくりとしか動けず、近づかれなければ危険はないので、見かけても放置している。
『ここが最奥だ!』
そして、俺たちは危なげなく最深部のボス部屋…。
…の手前のスペースにやってきた。
ちなみに、攻略過程はカットだ。ガスマスクが壊れないようにキノコマンと戦っていただけで、見せ場などあったもんじゃない。
『皆、準備はいいな!?』
アカネが振り返って叫ぶ。
ガスマスクで口と耳が覆われているので、近くにいても聞き取りづらいから大声を出している。
『いいよ!』
アールが代表して声を張り上げる。
道中はアカネが先頭で道案内をして、俺一人でキノコマンと戦闘した。
だから他の人が準備するようなことは何もないんだが、形式というものは大事だ。
『それでは行くぞ!!』
アカネが一際強いかけ声を発し、俺たちはボス部屋へ雪崩込んだ。
『でかすぎだろ』
思わずそんな一言が漏れる。
ボス部屋はバカでかいキノコの木がまばらに生えた、障害物があるタイプの空間だった。
奥には、キノコの木と同じくらいにバカでかいキノコマンが佇んでいる。
十五メートルくらいだろうか。見上げないと顔が見えないぞ。
だが、これはもしかして……。
『トーマ、先制攻撃だ!配下を突撃させてくれ!』
『その前に皆、ちょっといいか!』
血の気の多いアカネを遮り、俺は頭に浮かんだ作戦を提案することにした。
ボスを放っておいて、皆を集めて作戦を話す。
『とんでもなくデカいが、あいつもキノコマンではあるはずだ!ということは…』
『あの大きさならいけると思うよ!』
ざっくり伝えると、声を張り上げてアールさんが賛同してくれる。
他の皆も異論はないようだった。というか、これが一番速いから拒否する理由なんてないだろう。
『それじゃあ、行け!キノコマンたち!』
作戦も決まったところで、ボス戦開始だ。
俺は配下のキノコマンたちに、ボスキノコマンに突撃することを命じる。
「…!」「…」「……」
キノコマンの群衆は言われた通り、微動だにしないボスに向かっていく。
『はあっ!』
それに少し遅れて、俺も駆け出した。キノコの木を遮蔽物にしながら、大きく右に回り込む。
「…」
一定の距離まで近づいてきたキノコマンたちを迎撃すべく、ボスがゆっくりと腕を持ち上げた。
小さいキノコマン同様、やつは動きが遅いみたいだ。ますます成功率が上がる。
「…!」
ボスは少し屈み、キノコマンたちに向かって腕を叩きつけた。
「…っ!」「…」「…!」
キノコの軍勢を吹き飛ばしながら、大きな揺れが襲ってくる。
『くっ』
俺は転ばないように立ち止まり、姿勢を低くした。
ボスの一撃で大勢の無辜の命が失われてしまったな。
すまない、キノコマン。だが、おかげで作戦は成功しそうだ。
『…よし』
揺れが収まると、再び走り出す。
振り下ろした腕を持ち上げる素振りの間に距離を詰め、あっという間にボスの足元に到着した。
動きがスローでよかった。他の魔物ならこうはいかなかっただろう。
「…」
屋根のような傘を傾け、目も口もない頭部を向けてくるボス。近くで見るととてつもない大きさだ。
【魂の理解者】は、対象の肉体の一部に手を突っ込めば発動する。その際、手を突っ込む肉体の部位はどこでもいい。
だから、足の先でもオッケー。
よって俺が思いついた作戦とは、キノコマンたちを囮にして俺が接近し、ボスの魂を引き抜くというものだった。
『終わりだ!』
目がないので分からないが、今視認できても攻撃は間に合わないはず。
俺は蹴飛ばされないようにして、ボスの足に右手を突き入れる。
そしてその奥にある魂をつか…。
つか…、あれ?
魂を……掴めない。
『まさか…』
ボスの魂が大きすぎるのか!
一般的な魔物の魂のサイズはテニスボールくらいだが、こいつのはバスケットボールくらいある。
掴めそうで掴めない、絶妙な大きさ。
「…!」
肉体の内に入られ、気分を害したボスがこちらを睨んでいる…ように思える。
あ、死んだわ。
完全に油断していた。
「…っ!」
ボスはつま先を払うように足をゆっくりと動かす。
サイズがでかすぎるし、回避行動を取ったとしてもゼロ距離では意味がない。
『……』
思考を巡らすが、生き残れるビジョンが見えない。
ここは大人しく、走馬灯を再生するしかないのか?
万事休すかと思われたそのとき…。
「『ファイア・プロミネンス』!!」
降って湧いた豪炎の波が、ボスの太もも辺りを襲った。
アールの魔法だ。
「…っ!?」
ボスの体に比べると小さな規模の炎だったが、熱かったのだろう。
俺への攻撃を中断し、手を患部に向かって叩きつけて鎮火を始めた。
『トーマ!本当に手詰まりかい!?他にできることがあるんじゃない!?』
その隙に、アールが大声で言ってくる。
他にできること?
俺にできることと言ったら、魂を引き抜くことだ。
だが、ボスの魂はでかすぎる。とても引き抜けそうにない。
ん?
『そうか!』
俺はつっこんだままの右手に添えるようにして、左手をボスの体に侵入させる。
片手で掴めなければ、両手で掴めばいい!
『鈍重な相手なら、それができる隙がある』
大きな魂を両手で抱えた俺は、思いっきり腕を引く。
「…!」
同時に、鎮火を終えたボスが叩きつけていた手をこちらに向けてくる。
ギリギリ間に合わないか?
魂の抵抗が強く、抜き取るのに時間がかかる。
「……!」
本能的に命の危険を感じた、ボスの魔の手がすぐそこまで伸びる。
あと少しだ。
もうほんの少し時間が稼げれば…!
今度こそ万事休すかと思われたそのとき…。
『「ファイア・プロミネンス」!!』
再び、アールの魔法。
差し出してきたボスの腕が炎に包まれる。
「………!」
一瞬腕の動きが止まったが、ボスは意に介さず俺に手を伸ばす。
対する俺は、地面を強く踏みしめて勢いよく魂を引き抜く。
だが俺の経験上、これでは相打ちだ。ボスの意識を奪うと同時に、パンチが俺の体をすりつぶすだろう。
流石に今度こそ、万事休すかと思われたそのとき…。
「…!?」
ボスの手が、ピタッと動きを止めた。
なぜかは分からないが、今だ!
俺は力を込めて体重を後ろに預けながら、大きなカブを抜かんとするおじいさんのように両腕を引く。
「っ!……!!!」
しかしここで、再びボスの腕が伸びてくる。
動いたり止まったり、なんなんだこいつは?
『だが、もう遅い』
反動で尻餅をつきながら呟く。
攻撃が遅延されたことにより、一足早く魂を引き抜くことに成功した。
万事休すはもう終わり。
「……」
ボスの動きが止まる。今度は、永遠にだ。
キノコ百パーセントの巨体は重力に従いゆっくりと倒れ、沈黙した。
『はあ』
疲れた。主にジェットコースターのように万事休すと九死に一生を繰り返したせいで。
俺は尻餅を着いた体勢のまま、抱えていた魂をぱっと手放す。
通常、肉体という器から解き放たれた魂は、飴が溶けるようにして消滅していく。
目の前にある魂も同様だ。ゆっくりと消えていっている。後は、抜け殻の肉体にトドメを刺すだけだな。
俺は消えゆく魂を尻目に、両手をバネにしてひょいと立ち上がった。
※※※
その後、アールの魔法で焼き払うことにより、『キノコの森』のボスは討伐された。
後で聞いてみたところ、二回目のアールの妨害の直後にボスの動きが停止したのは、シャボンが出した泡でカオルさんを浮遊させてボスキノコマンの顔に近づき、『止まれ』という言霊を発したからだった。
シャボンのスキルは【泡沫魔法】。
一言で言うと、生み出した泡で対象を包み込み、浮かせることができるという魔法系のスキルだ。
一方、カオルさんのスキルは【言霊使い】。
言ったことが現実になるという能力で、強力な効果が多い言霊系に分類されるスキルだ。その分制約が多いらしいが。
この二つのスキルを組み合わせ、声が聞こえる高さまでカオルさんを運び上げ、言霊で強制的に動きを止めたそうだ。
『なるほど』
ボスがいた広い空間で一同座り込み、こんな感じの説明をしてもらった。
ちなみに、ダンジュウロウさんとシノブさんは何もしていないが、彼らがついてきたのはダンジョン攻略の見学が目的だった。
何でも、勉強になるという理由でアカネが無理やり連れてきたとか。
ダンジュウロウさんは鍛冶で忙しく、シノブさんは忍者のロールプレイに夢中なため、今までダンジョンに挑んだことがなかったからいい機会だと思ったらしい。
『いやはや、ただのお荷物だった!申し訳ない!』
『面目ないでござる!』
『いいですよ!ほとんど苦戦しませんでしたし!』
いたたまれなくなったのか謝ってきたが、きちんとフォローしておいた。
実際、人手が多いというのはいいことだ。人数分のスキルの選択肢が生まれるからな。
『一分経ったみたいだね!』
とここで、アールが声を上げる。
ボスの肉体が消滅し、多くの素材をドロップした。
『ん?』
ほとんど炭と言って差し支えないキノコ系の素材の中に、見たことがないアイテムがある。
『スキルジェムの欠片』のような石だが、色が違う。赤色だ。
『これってなんだ!?』
とりあえず、博識そうなアールに訊いてみる。
『これはね、「ダンジョンジェムの欠片」だよ!「スキルジェム」みたいに十個集めると「ダンジョンジェム」になる!』
すると、意外なアンサーが返ってきた。
ダンジョンジェム?初めて聞く名前だな。
『詳しく知っているか!?』
『うん!「ダンジョンジェム」を特定の魔物に飲み込ませると、その魔物をボスとし、飲み込ませた位置を最深部とするダンジョンができあがるんだ!』
『ええええ!!そうなんですか!』
びっくりした声を上げたのはシャボンだった。
俺も寝耳に水だが、大なり小なり他の皆も驚いている。
なんだ、アールしか知らないことだったのか。
『実は、「水晶の洞窟事件」で倒したハイリザードマンから一個だけドロップしたんだ!それをシークのところに持って行って、鑑定してもらった!』
さらに驚愕の情報。
ハイリザードマン"(悪)"を倒したのはアールだった。その節は申し訳ありませんでした。
あとシークさんのスキル【鑑定】は、アイテムを対象にして発動するとそのアイテムの名前や効果、用途などの詳細な情報を得ることができる。
『このことは内密で頼むよ!混乱を生むだろうから、今のところオフレコで済ませているんだ!』
珍しく、鬼気迫る声色でアールが言う。
同感だ。この情報が知れ渡ってしまえば、ダンジョンの利権に目が眩んだ者たちによって血が流れる事態になるだろう。
『……』
俺は難しい顔を作り、赤い石っころ以外のほぼ消し炭たちをインベントリにしまい込む。
ほとんど俺しか働いていないので、ボスのドロップは俺の取り分でいいという取り決めになっている。
『こっちも確かに!』
アールも『ダンジョンジェムの欠片』を回収し終えたようだ。
ボスキノコマンがドロップした『ダンジョンジェムの欠片』は五個。
意外と少ないな。討伐に挑戦したプレイヤーの人数に応じてではなく、ダンジョンの難易度に応じてドロップ量が固定されているのか?
【検証組】なら、何か知っているかもしれない。
『とにかく、これは僕が預かってもいいかい!シークに安全な場所に保管してもらうよ!』
『分かった!』
『くれぐれもオフレコで頼むよ!』
『……』
こうして、五つの『ダンジョンジェムの欠片』はアールの手に渡った。
何はともあれ、これで一件落着だ。
今日は一度も死ぬことなく終わったな。
『じゃあ、帰るか』
俺は忘れていた。
ダンジョンボスを倒すと、ダンジョンは普通のフィールドになることを。
『トーマ後ろだ!』
ガイアが突然俺の名を呼ぶ。
『え?』
俺は後ろを振り向く。
「…」
ねばねば、どろどろとした粘菌の魔物がすぐそばまで這ってきていた。
『……』
これから起こることが瞬時に理解でき、俺は無駄な抵抗をやめた。
基本的にボス部屋はボス以外の魔物は近づかないが、ついさっきここはボス部屋ではなくなった。
なので、魔物は自由に入ってこれるわけだ。
『あああああっ!!』
俺は粘菌の魔物に纏わりつかれ、即座に肉体の支配権を奪われる。
さっきまでキノコマンの自由を奪っていたが、まさか自由を奪われる側に回るとは。
気をつけるべきは即死の胞子だけではなかった。
やるな、『キノコの森』。
『『許せトーマ!』』
しかし忘れてはならない。俺の仲間の一部は俺を容赦なくリスキルしてくる、血も涙もない鬼のようなやつらだ。
もう助からないと見るや、今回特に出番のなかったアカネとガイアは俺の胴を両断し、全身を岩石で潰した。
『ああああああっ!!!』
俺の声帯を借りた粘菌の魔物が断末魔を上げる。
当然、俺は死んだ。
魔物がまとわりついてるとはいえ、そんなに念入りに殺す必要あるか?
前回に引き続き、『キノコの森』の攻略中。
ここには動物の姿をした魔物はおらず、キノコマンと粘菌の魔物のみが生息している。
キノコマンは正直イージーだ。タイマンで魂を抜けば簡単に勝てる。むしろ、戦力になるためウェルカムですらある。
俺のスキル【魂の理解者】の力でどんどん使い勝手のいい駒、じゃなくて代わりに戦ってくれる部下を増やすことができるからな。
一方粘菌の魔物は、細長く分岐したアメーバ状の生き物だ。
ゆっくりとしか動けず、近づかれなければ危険はないので、見かけても放置している。
『ここが最奥だ!』
そして、俺たちは危なげなく最深部のボス部屋…。
…の手前のスペースにやってきた。
ちなみに、攻略過程はカットだ。ガスマスクが壊れないようにキノコマンと戦っていただけで、見せ場などあったもんじゃない。
『皆、準備はいいな!?』
アカネが振り返って叫ぶ。
ガスマスクで口と耳が覆われているので、近くにいても聞き取りづらいから大声を出している。
『いいよ!』
アールが代表して声を張り上げる。
道中はアカネが先頭で道案内をして、俺一人でキノコマンと戦闘した。
だから他の人が準備するようなことは何もないんだが、形式というものは大事だ。
『それでは行くぞ!!』
アカネが一際強いかけ声を発し、俺たちはボス部屋へ雪崩込んだ。
『でかすぎだろ』
思わずそんな一言が漏れる。
ボス部屋はバカでかいキノコの木がまばらに生えた、障害物があるタイプの空間だった。
奥には、キノコの木と同じくらいにバカでかいキノコマンが佇んでいる。
十五メートルくらいだろうか。見上げないと顔が見えないぞ。
だが、これはもしかして……。
『トーマ、先制攻撃だ!配下を突撃させてくれ!』
『その前に皆、ちょっといいか!』
血の気の多いアカネを遮り、俺は頭に浮かんだ作戦を提案することにした。
ボスを放っておいて、皆を集めて作戦を話す。
『とんでもなくデカいが、あいつもキノコマンではあるはずだ!ということは…』
『あの大きさならいけると思うよ!』
ざっくり伝えると、声を張り上げてアールさんが賛同してくれる。
他の皆も異論はないようだった。というか、これが一番速いから拒否する理由なんてないだろう。
『それじゃあ、行け!キノコマンたち!』
作戦も決まったところで、ボス戦開始だ。
俺は配下のキノコマンたちに、ボスキノコマンに突撃することを命じる。
「…!」「…」「……」
キノコマンの群衆は言われた通り、微動だにしないボスに向かっていく。
『はあっ!』
それに少し遅れて、俺も駆け出した。キノコの木を遮蔽物にしながら、大きく右に回り込む。
「…」
一定の距離まで近づいてきたキノコマンたちを迎撃すべく、ボスがゆっくりと腕を持ち上げた。
小さいキノコマン同様、やつは動きが遅いみたいだ。ますます成功率が上がる。
「…!」
ボスは少し屈み、キノコマンたちに向かって腕を叩きつけた。
「…っ!」「…」「…!」
キノコの軍勢を吹き飛ばしながら、大きな揺れが襲ってくる。
『くっ』
俺は転ばないように立ち止まり、姿勢を低くした。
ボスの一撃で大勢の無辜の命が失われてしまったな。
すまない、キノコマン。だが、おかげで作戦は成功しそうだ。
『…よし』
揺れが収まると、再び走り出す。
振り下ろした腕を持ち上げる素振りの間に距離を詰め、あっという間にボスの足元に到着した。
動きがスローでよかった。他の魔物ならこうはいかなかっただろう。
「…」
屋根のような傘を傾け、目も口もない頭部を向けてくるボス。近くで見るととてつもない大きさだ。
【魂の理解者】は、対象の肉体の一部に手を突っ込めば発動する。その際、手を突っ込む肉体の部位はどこでもいい。
だから、足の先でもオッケー。
よって俺が思いついた作戦とは、キノコマンたちを囮にして俺が接近し、ボスの魂を引き抜くというものだった。
『終わりだ!』
目がないので分からないが、今視認できても攻撃は間に合わないはず。
俺は蹴飛ばされないようにして、ボスの足に右手を突き入れる。
そしてその奥にある魂をつか…。
つか…、あれ?
魂を……掴めない。
『まさか…』
ボスの魂が大きすぎるのか!
一般的な魔物の魂のサイズはテニスボールくらいだが、こいつのはバスケットボールくらいある。
掴めそうで掴めない、絶妙な大きさ。
「…!」
肉体の内に入られ、気分を害したボスがこちらを睨んでいる…ように思える。
あ、死んだわ。
完全に油断していた。
「…っ!」
ボスはつま先を払うように足をゆっくりと動かす。
サイズがでかすぎるし、回避行動を取ったとしてもゼロ距離では意味がない。
『……』
思考を巡らすが、生き残れるビジョンが見えない。
ここは大人しく、走馬灯を再生するしかないのか?
万事休すかと思われたそのとき…。
「『ファイア・プロミネンス』!!」
降って湧いた豪炎の波が、ボスの太もも辺りを襲った。
アールの魔法だ。
「…っ!?」
ボスの体に比べると小さな規模の炎だったが、熱かったのだろう。
俺への攻撃を中断し、手を患部に向かって叩きつけて鎮火を始めた。
『トーマ!本当に手詰まりかい!?他にできることがあるんじゃない!?』
その隙に、アールが大声で言ってくる。
他にできること?
俺にできることと言ったら、魂を引き抜くことだ。
だが、ボスの魂はでかすぎる。とても引き抜けそうにない。
ん?
『そうか!』
俺はつっこんだままの右手に添えるようにして、左手をボスの体に侵入させる。
片手で掴めなければ、両手で掴めばいい!
『鈍重な相手なら、それができる隙がある』
大きな魂を両手で抱えた俺は、思いっきり腕を引く。
「…!」
同時に、鎮火を終えたボスが叩きつけていた手をこちらに向けてくる。
ギリギリ間に合わないか?
魂の抵抗が強く、抜き取るのに時間がかかる。
「……!」
本能的に命の危険を感じた、ボスの魔の手がすぐそこまで伸びる。
あと少しだ。
もうほんの少し時間が稼げれば…!
今度こそ万事休すかと思われたそのとき…。
『「ファイア・プロミネンス」!!』
再び、アールの魔法。
差し出してきたボスの腕が炎に包まれる。
「………!」
一瞬腕の動きが止まったが、ボスは意に介さず俺に手を伸ばす。
対する俺は、地面を強く踏みしめて勢いよく魂を引き抜く。
だが俺の経験上、これでは相打ちだ。ボスの意識を奪うと同時に、パンチが俺の体をすりつぶすだろう。
流石に今度こそ、万事休すかと思われたそのとき…。
「…!?」
ボスの手が、ピタッと動きを止めた。
なぜかは分からないが、今だ!
俺は力を込めて体重を後ろに預けながら、大きなカブを抜かんとするおじいさんのように両腕を引く。
「っ!……!!!」
しかしここで、再びボスの腕が伸びてくる。
動いたり止まったり、なんなんだこいつは?
『だが、もう遅い』
反動で尻餅をつきながら呟く。
攻撃が遅延されたことにより、一足早く魂を引き抜くことに成功した。
万事休すはもう終わり。
「……」
ボスの動きが止まる。今度は、永遠にだ。
キノコ百パーセントの巨体は重力に従いゆっくりと倒れ、沈黙した。
『はあ』
疲れた。主にジェットコースターのように万事休すと九死に一生を繰り返したせいで。
俺は尻餅を着いた体勢のまま、抱えていた魂をぱっと手放す。
通常、肉体という器から解き放たれた魂は、飴が溶けるようにして消滅していく。
目の前にある魂も同様だ。ゆっくりと消えていっている。後は、抜け殻の肉体にトドメを刺すだけだな。
俺は消えゆく魂を尻目に、両手をバネにしてひょいと立ち上がった。
※※※
その後、アールの魔法で焼き払うことにより、『キノコの森』のボスは討伐された。
後で聞いてみたところ、二回目のアールの妨害の直後にボスの動きが停止したのは、シャボンが出した泡でカオルさんを浮遊させてボスキノコマンの顔に近づき、『止まれ』という言霊を発したからだった。
シャボンのスキルは【泡沫魔法】。
一言で言うと、生み出した泡で対象を包み込み、浮かせることができるという魔法系のスキルだ。
一方、カオルさんのスキルは【言霊使い】。
言ったことが現実になるという能力で、強力な効果が多い言霊系に分類されるスキルだ。その分制約が多いらしいが。
この二つのスキルを組み合わせ、声が聞こえる高さまでカオルさんを運び上げ、言霊で強制的に動きを止めたそうだ。
『なるほど』
ボスがいた広い空間で一同座り込み、こんな感じの説明をしてもらった。
ちなみに、ダンジュウロウさんとシノブさんは何もしていないが、彼らがついてきたのはダンジョン攻略の見学が目的だった。
何でも、勉強になるという理由でアカネが無理やり連れてきたとか。
ダンジュウロウさんは鍛冶で忙しく、シノブさんは忍者のロールプレイに夢中なため、今までダンジョンに挑んだことがなかったからいい機会だと思ったらしい。
『いやはや、ただのお荷物だった!申し訳ない!』
『面目ないでござる!』
『いいですよ!ほとんど苦戦しませんでしたし!』
いたたまれなくなったのか謝ってきたが、きちんとフォローしておいた。
実際、人手が多いというのはいいことだ。人数分のスキルの選択肢が生まれるからな。
『一分経ったみたいだね!』
とここで、アールが声を上げる。
ボスの肉体が消滅し、多くの素材をドロップした。
『ん?』
ほとんど炭と言って差し支えないキノコ系の素材の中に、見たことがないアイテムがある。
『スキルジェムの欠片』のような石だが、色が違う。赤色だ。
『これってなんだ!?』
とりあえず、博識そうなアールに訊いてみる。
『これはね、「ダンジョンジェムの欠片」だよ!「スキルジェム」みたいに十個集めると「ダンジョンジェム」になる!』
すると、意外なアンサーが返ってきた。
ダンジョンジェム?初めて聞く名前だな。
『詳しく知っているか!?』
『うん!「ダンジョンジェム」を特定の魔物に飲み込ませると、その魔物をボスとし、飲み込ませた位置を最深部とするダンジョンができあがるんだ!』
『ええええ!!そうなんですか!』
びっくりした声を上げたのはシャボンだった。
俺も寝耳に水だが、大なり小なり他の皆も驚いている。
なんだ、アールしか知らないことだったのか。
『実は、「水晶の洞窟事件」で倒したハイリザードマンから一個だけドロップしたんだ!それをシークのところに持って行って、鑑定してもらった!』
さらに驚愕の情報。
ハイリザードマン"(悪)"を倒したのはアールだった。その節は申し訳ありませんでした。
あとシークさんのスキル【鑑定】は、アイテムを対象にして発動するとそのアイテムの名前や効果、用途などの詳細な情報を得ることができる。
『このことは内密で頼むよ!混乱を生むだろうから、今のところオフレコで済ませているんだ!』
珍しく、鬼気迫る声色でアールが言う。
同感だ。この情報が知れ渡ってしまえば、ダンジョンの利権に目が眩んだ者たちによって血が流れる事態になるだろう。
『……』
俺は難しい顔を作り、赤い石っころ以外のほぼ消し炭たちをインベントリにしまい込む。
ほとんど俺しか働いていないので、ボスのドロップは俺の取り分でいいという取り決めになっている。
『こっちも確かに!』
アールも『ダンジョンジェムの欠片』を回収し終えたようだ。
ボスキノコマンがドロップした『ダンジョンジェムの欠片』は五個。
意外と少ないな。討伐に挑戦したプレイヤーの人数に応じてではなく、ダンジョンの難易度に応じてドロップ量が固定されているのか?
【検証組】なら、何か知っているかもしれない。
『とにかく、これは僕が預かってもいいかい!シークに安全な場所に保管してもらうよ!』
『分かった!』
『くれぐれもオフレコで頼むよ!』
『……』
こうして、五つの『ダンジョンジェムの欠片』はアールの手に渡った。
何はともあれ、これで一件落着だ。
今日は一度も死ぬことなく終わったな。
『じゃあ、帰るか』
俺は忘れていた。
ダンジョンボスを倒すと、ダンジョンは普通のフィールドになることを。
『トーマ後ろだ!』
ガイアが突然俺の名を呼ぶ。
『え?』
俺は後ろを振り向く。
「…」
ねばねば、どろどろとした粘菌の魔物がすぐそばまで這ってきていた。
『……』
これから起こることが瞬時に理解でき、俺は無駄な抵抗をやめた。
基本的にボス部屋はボス以外の魔物は近づかないが、ついさっきここはボス部屋ではなくなった。
なので、魔物は自由に入ってこれるわけだ。
『あああああっ!!』
俺は粘菌の魔物に纏わりつかれ、即座に肉体の支配権を奪われる。
さっきまでキノコマンの自由を奪っていたが、まさか自由を奪われる側に回るとは。
気をつけるべきは即死の胞子だけではなかった。
やるな、『キノコの森』。
『『許せトーマ!』』
しかし忘れてはならない。俺の仲間の一部は俺を容赦なくリスキルしてくる、血も涙もない鬼のようなやつらだ。
もう助からないと見るや、今回特に出番のなかったアカネとガイアは俺の胴を両断し、全身を岩石で潰した。
『ああああああっ!!!』
俺の声帯を借りた粘菌の魔物が断末魔を上げる。
当然、俺は死んだ。
魔物がまとわりついてるとはいえ、そんなに念入りに殺す必要あるか?
0
お気に入りに追加
12
あなたにおすすめの小説
最前線攻略に疲れた俺は、新作VRMMOを最弱職業で楽しむことにした
水の入ったペットボトル
SF
これまであらゆるMMOを最前線攻略してきたが、もう俺(大川優磨)はこの遊び方に満足してしまった。いや、もう楽しいとすら思えない。
ゲームは楽しむためにするものだと思い出した俺は、新作VRMMOを最弱職業『テイマー』で始めることに。
βテストでは最弱職業だと言われていたテイマーだが、主人公の活躍によって評価が上がっていく?
そんな周りの評価など関係なしに、今日も主人公は楽しむことに全力を出す。
この作品は「カクヨム」様、「小説家になろう」様にも掲載しています。
特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった
なるとし
ファンタジー
鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。
特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。
武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。
だけど、その母と娘二人は、
とおおおおんでもないヤンデレだった……
第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
天日ノ艦隊 〜こちら大和型戦艦、異世界にて出陣ス!〜
八風ゆず
ファンタジー
時は1950年。
第一次世界大戦にあった「もう一つの可能性」が実現した世界線。1950年4月7日、合同演習をする為航行中、大和型戦艦三隻が同時に左舷に転覆した。
大和型三隻は沈没した……、と思われた。
だが、目覚めた先には我々が居た世界とは違った。
大海原が広がり、見たことのない数多の国が支配者する世界だった。
祖国へ帰るため、大海原が広がる異世界を旅する大和型三隻と別世界の艦船達との異世界戦記。
※異世界転移が何番煎じか分からないですが、書きたいのでかいています!
面白いと思ったらブックマーク、感想、評価お願いします!!※
※戦艦など知らない人も楽しめるため、解説などを出し努力しております。是非是非「知識がなく、楽しんで読めるかな……」っと思ってる方も読んでみてください!※
性的に襲われそうだったので、男であることを隠していたのに、女性の本能か男であることがバレたんですが。
狼狼3
ファンタジー
男女比1:1000という男が極端に少ない魔物や魔法のある異世界に、彼は転生してしまう。
街中を歩くのは女性、女性、女性、女性。街中を歩く男は滅多に居ない。森へ冒険に行こうとしても、襲われるのは魔物ではなく女性。女性は男が居ないか、いつも目を光らせている。
彼はそんな世界な為、男であることを隠して女として生きる。(フラグ)
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
劣等生のハイランカー
双葉 鳴|◉〻◉)
ファンタジー
ダンジョンが当たり前に存在する世界で、貧乏学生である【海斗】は一攫千金を夢見て探索者の仮免許がもらえる周王学園への入学を目指す!
無事内定をもらえたのも束の間。案内されたクラスはどいつもこいつも金欲しさで集まった探索者不適合者たち。通称【Fクラス】。
カーストの最下位を指し示すと同時、そこは生徒からサンドバッグ扱いをされる掃き溜めのようなクラスだった。
唯一生き残れる道は【才能】の覚醒のみ。
学園側に【将来性】を示せねば、一方的に搾取される未来が待ち受けていた。
クラスメイトは全員ライバル!
卒業するまで、一瞬たりとも油断できない生活の幕開けである!
そんな中【海斗】の覚醒した【才能】はダンジョンの中でしか発現せず、ダンジョンの外に出れば一般人になり変わる超絶ピーキーな代物だった。
それでも【海斗】は大金を得るためダンジョンに潜り続ける。
難病で眠り続ける、余命いくばくかの妹の命を救うために。
かくして、人知れず大量のTP(トレジャーポイント)を荒稼ぎする【海斗】の前に不審に思った人物が現れる。
「おかしいですね、一学期でこの成績。学年主席の私よりも高ポイント。この人は一体誰でしょうか?」
学年主席であり【氷姫】の二つ名を冠する御堂凛華から注目を浴びる。
「おいおいおい、このポイントを叩き出した【MNO】って一体誰だ? プロでもここまで出せるやつはいねーぞ?」
時を同じくゲームセンターでハイスコアを叩き出した生徒が現れた。
制服から察するに、近隣の周王学園生であることは割ている。
そんな噂は瞬く間に【学園にヤバい奴がいる】と掲示板に載せられ存在しない生徒【ゴースト】の噂が囁かれた。
(各20話編成)
1章:ダンジョン学園【完結】
2章:ダンジョンチルドレン【完結】
3章:大罪の権能【完結】
4章:暴食の力【完結】
5章:暗躍する嫉妬【完結】
6章:奇妙な共闘【完結】
7章:最弱種族の下剋上【完結】
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる