VRMMO [AnotherWorld]

LostAngel

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第二十五話 『シャルウィダンス、フォクシーヌ?』

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[第二十五話] 『シャルウィダンス、フォクシーヌ?』

 両者、にらみ合う。

 昨日ぶりに会った『キュウビノヨウコ』は、外見が少し変化していた。

 全体的に白いのは変わらないが、目と耳と口の周り、そして九つの尾の先端が朱色に染まっている。

 日によって見た目が変わるのか、それとも…?

 あ。

 レベリングしてたのは、なにも俺だけじゃないんだ。

「きゅるるるっるる」

 こいつも、今は『キュウビノヨウコ・フォクシーヌ』となったアヤカシ湿原の覇者も、増殖したフライドラゴンを狩って成長したんだ。

 『キュウビノヨウコ』を倒そうとして逆に育ててしまうなんて、なにをしている。

「…」

 まあ反省は後だ。今は目の前の相手に集中しなければ。

 杖を構えて、眼光を鋭く前に向ける俺。

 対して、目を細め、四本の尾を逆立て、残り五本の尾を転がせて岸辺に座るフォクシーヌ。

 来る!

 ゲームの中とはいえ、リアルを忠実に再現した空間で生理現象に抗えず、瞬きしたその瞬間。

 白色の筆に朱の墨汁をつけたような、彼女のしっぽが襲いかかる。

「はっ!」

 顔面めがけて振られた一撃を、とっさに屈んでよける。

「『アクア・ウォール』!」

 ただ、彼女の攻撃は一回だけではない。

 すぐさま迫ってくる二本目の尾に対し、俺は素早く魔法を行使する。

 水の壁に通過した尾はそれでも勢いが強く、ガードしてものけぞるくらいの一撃。

 まずい。三撃目が来る!

 もはや考えるよりも先に、俺は転がってよける。

 すぐさま水の壁を貫通してやってきた三本目の尾が、俺の頬をかすめる。

 やばい!

 バランスを崩した状態で回避はできない。

 なので両腕をクロスして顔面を守ると、四撃目の尾が腕に当たる。

「ぐうっ!」

 ものすごい衝撃。

 体勢を維持しきれず、吹き飛ばされてしまう。

「ちっ」

 今ので、体力が四分の一ほど持ってかれた。

 つまり、あと三回同じ状況で攻撃を食らうと死に戻りだ。

 [AnotherWorld]では自分の体力が可視化されているが、魔物の攻撃がどれくらい痛いかは場合によって異なる。

 強そうな魔物の重い一撃を食らったとしても、ガチガチの装備を着込んで防御系のバフをかけていればそれほど痛手はないし、逆もまた然りというわけだ。

 そして、今ので『キュウビノヨウコ・フォクシーヌ』の攻撃は強力な方に分類されるということが分かった。

「きゅる…?」

 しかし、俺を一撃で屠った炎の攻撃を使えばいいのに、彼女は今もじっとこちらを見ているだけ。

 遊ばれている。完全に格下に見られている。

「強くなった自分の力を試す、ちょうどいい相手ってことか…?」

 俺は立ち上がり、フォクシーヌを警戒したまま服についた泥を払った。

 いいぜ、上等だ。

 そっちがその気なら俺だって踊ってやる。最後までな。 


 ※※※


 またも尾が迫る。

 甘い。もうその攻撃は見切った。

「『アクア・ソード』」

 反撃とばかりにカウンターで放った水の刃が、彼女の尾を切りつけ…、ない。

 刃と尾が接触する寸前、フォクシーヌは尾を引っ込め、九本の尾をばねにして突っ込んできた。

「っ!?」

 あまりにアクロバットな挙動をされ、完全に反応が遅れる。

「『アクア・ごふうううっっっ!!」

 結果、抉るような強烈な右ストレートを右わき腹に受けてしまう。

 体が受けた痛みで、目の前が眩む。

 そしてもちろん、彼女はその隙を逃さない。

 好機とばかりに俺の後ろへ回り込んでUターンした後、しっぽの連撃をしかけてくる。

「こいっ」

 俺は効果の残っている『アクア・ソード』で応戦する。

 一本目。正面から真一文字に放たれた一撃。

 タイミングよく寝かせた水の刃を這わせ、上手くいなす。

 二本目。縦に真っ二つにするかの如く一撃。

 勢いをつけて体を半身にし、左によけてかわす。

 三本目。俺の心臓を刺し貫くかのような突きの一撃。

 『アクア・ソード』を地面に突き刺し、それを軸とすることで体を回転させてよける。

 四本目。右鎖骨から左わき腹にかけて、袈裟懸けにするかのように振られた一撃。

 杖を手放し、しゃがんでかわす。

 五本目。足をすくうかのような、地面を払う一撃。

 しゃがんだ反動を活かし、ばねのようにジャンプしてよける。

 六本目。槌よりも重く、頭の上からたたきつけられた一撃。

 今の体勢と攻撃の方向から回避できないと悟り、両腕を頭上でクロスさせ、息を止める。

 瞬間。

「ぐわあああああっ!」

 ものすごい衝撃が腕を襲う。

 今すぐにでも折れてしまいそうだ。

 ただ、フォクシーヌはそのまま俺を地面に押しつぶすことはせず、六本目の尾が通り過ぎる。

 もしかしたら、彼女の馬力はそれほど強すぎるというわけではないのかもしれない。

「だが、ピンチだな…」

 本当にまずい。

 メニューを盗み見ると残り体力は2。生きているのが不思議なくらいだ。

 なんて思う暇もなく、七本目が来る。残り三本。

 この『ナインテイル・ワルツ』をしのげれば…。

 いや、なんとかしのがなければ、俺に勝機はない。

 七本目。四本目と対照的に放たれた、袈裟懸けの一撃。

 前に倒れこみ、這うようにしてよける。

 八本目。地面に突き刺さんとする、蜂のような突きの一撃。

 勢いよくローリングしてかわす。

 が、痛む体の節々が悲鳴を上げる。

 九本目。地を這う俺を刈り取る、鎌のような一撃。

 ダメだ、よけきれない。

 ここで、俺はまた死ぬのか。

 楽しかったなあ、彼女とのダンスは。

 そういえば、ナオレ草を納品してなかったなあ、ロストしたらどうしよう。

 走馬灯のように、思考がゆっくりと巡る。

 ん、そういえば…。

 今わの際、俺の頭の中にいくつかの情報が去来する。

 『試験管ホルダーにセットした五つの薬は、戦闘時にも即時に消費して効果を得られるらしい』 
 
 『俺はホルダーに体力回復ポーションを三本、体力・出血回復ポーションを二本セットし、部屋を出た。』

 そうだ!試験管ホルダーにセットしたポーションがあったんだった!

 瞬時にその思考に至った俺は、即座に体力回復ポーションを使う。

 一瞬遅れて、再び大きな衝撃が俺を襲う。

「…っ!」

 なんとか両腕でガードできたが、ついに『出血』と『骨折』の状態異常が発生して使い物にならなくなった。 

 九本のしっぽによる連続攻撃が苛烈すぎて攻めに転じられず、そもそも距離を離すことすらかなわない。

 ここまで何もできないと、笑うしかない。

「もっと踊ろうか、フォクシーヌさんよ」

 ポーションで回復したが、すぐに減って残り体力は10。

 変にハイになった俺は、誰に言うでもなく独り言ちるのであった。


 ※※※


☆サイド:シズク

 私が駆けつけると、トールは『キュウビノヨウコ』と闘っていた。

 いや、踊っていたと言った方がいい?

 流れるように尾の連撃を繰り出す彼女と、それを巧みにさばく彼。

 ときにお互いの位置が入れ替わり、ときにトールが一撃をもらう。

 それはさながら、円舞曲のようだった。

 美しい大立ち回りだけど、黙って見ていられない。

 トールの腕が変な方向に曲がっているし、今すぐ助けないと。

「『アクア・ラ…!」

 そう思って魔法を放とうとすると、炎が飛んできた。

 『キュウビノヨウコ』がこちらを認識し、攻撃をしかけてきたのだ。

 ありえない!

 こんなに離れた距離から、しかも彼と戦っている状態で私をけん制するなんて。

「あれは…?」

 仕方がないのでよくよく観察することにする。

 そうしたら、、とある気づきを得た。

 『キュウビノヨウコ』が、聞いていた通りの姿とは微妙に違うのだ。

 毛のところどころに赤っぽいオレンジ色が混じっている。
 
「まさか…」

 『フライ・センチピード』のときのように、トールが何かしたんじゃ。

 そんなことを邪推しながら、私は彼と彼女のワルツを眺めるしかないのだった。


 ※※※


「ぐううううっっっ!!」

 腕は使い物にならないので、体をずらして右肩で攻撃をもらう。

 何度目の一撃だろうか。鈍い痛みが走る。

 一秒がとてつもなく長く感じる。あとどれくらい耐えればいいのだろうか。

 一撃。

 両足を使い、不規則なステップを踏んでよける。

 一撃。

 間に合わない。

 ポーションを飲んで、枯れ枝みたいな右腕で受ける。

 さっきもう一本ポーションを飲んだから、残りは出血回復用の効果の薄いものしかない。

 一撃。

 足まで壊してはいけない。

 たたらを踏みながら必死にかわす。

 一撃。

 やはり間に合わない。

 杖はとっくのとうに壊れた。魔法も使えない。

 足も追いつかない。

 最終手段として、思いっきり後ろに転んでよける。

「くっ…」

 ここまでか。

 こうやって倒れてしまうと詰みだ。

 両腕が折れているので、自力で起き上がることができない。

「降参だ」

 俺は両手を広げて、観念する。

 すると、彼女の最後の一撃が俺に…。

「?」

 …こない?

 芋虫のように這って体を移動させ、彼女の方を見る。

 『キュウビノヨウコ・フォクシーヌ』は、なぜかお座りをしていた。

 まさか、遊んでいるのか。

 ボロボロで動けない俺を見て、あざ笑っているのか。

「やれよ、あんたの勝ちだ」

 ほうぼうの体で言葉を絞り出す。

 今さら情けなんていらない。

「やれよッッッッ!!!」

 俺が敗者で、彼女が勝者だ。

 静かな湖畔に突然大声が響き渡り、彼女は苛立たしげに口の端をひきつらせたが、すぐに元の余裕そうな表情に戻る。

 そして、九つの尾を全てこちらに向ける。

「…っ!」

 朱色の尾の先端に、急速な熱の集積を感じる。

 エネルギーを貯めているのか。それとも、周囲の熱を集めているのか。

 熱い。熱すぎる。

 熱い。

 一体、どれほど熱を貯めればいいのだろうか。

 周囲の気温が五度も十度も上がっ――――――――――――――――――

 それは、一瞬の出来事だった。

 周囲を焦がすほどの熱線が、瞬く間に俺を焼き尽くした。

『[フォクシーヌの加護]を獲得しました』

 けれども灰になる直前、意味深なメッセージが視界をよぎった気がしたのだった。
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