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第十話
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[第十話]
「吾妻と神薙のお守りを頼む、透君。俺は何としても織内を食い止めるから」
椅子を持ちながらそそくさと近づいてきた本多副部長にそう言われる。完全に頼りにされている。
「わかりました。今日で恐ろしい人たちだっていうのがわかったので、最後の砦として頑張ります」
背けていた目の前の光景に焦点を合わせる。正面ではテーブルに突っ伏した吾妻先輩が寝息を立てているし、左隣ではさっきのアプローチを無視されて放心する紅絹さんとそれを茶化すあすかさん、メモを取る手が止まらない冴姫さんがいる。石垣さんは慌てふためいてきょろきょろしている。
「それと、俺のことは泰史でいいぞ、石垣さんもな」
「ZZZ、私は佳乃でぇ。ZZZ」
「ああ、こいつはたまに寝言で会話するんだ。いつものことで慣れていた」
急に声を発する佳乃さんに、俺と石垣さんは少しびっくりした。実は起きてるんじゃないのか?
「俺は透でお願いします」
「わ、わたしも、要って呼んでください」
俺は起きている二人に視線を合わせて言う。名前で相手との距離感も変わってくるし、しっかり覚えないとな。
「要さんも、同い年としてよろしく。先に発表するから、わからないところがあったら聞いてくれ」
「よ、よろしくおねがいします、透くん」
おどおどしてて声も小さめだが、しっかりコミュニケーションは取れた。それにしても、要さんは小動物的な愛らしさがあって和む。口に出しては絶対に言えないけど。
「あ、そうだ。後で俺から全員に、個々人のメールアドレスと去年のスライドを送るから、確認しておいてくれ」
泰史さんはポン、と手を打ってそう言った。
「了解です」「わ、わかりました」
それから、俺と要さんと泰史さんは、他愛のない話を三十分位した後に解散した。佳乃さんはずっと寝ていたし、三人寄れば姦しい、かしましトリオはずっとさっきのままだった。
※※※
教室に戻って一人、帰り支度を済ませる。
今日は初めての通常授業に読書部のミーテと、色々あったな。授業はイントロダクションばっかりで退屈だったけど、課題は出なかったし御の字だ。部活は来週に発表が決まったし、図書室で本借りて読んでみよう。
などと考えながら岐路に着いた。
部屋に帰ると、いつものように手洗いうがいをし、一息ついた。まだ少し寒いのでホットコーヒーを淹れて飲んだ。インスタントだけど、庶民には違いなんて分からないので問題ない。
さて、時刻はただいま十七時過ぎ。休憩も取れたし、そろそろやりますか。
俺はゆったりした歩みで寝室に移動し、チェリーギアを装着するのだった。
――おかえり、トオル!もう夕方だな!ちょっと休憩でもしないか?
残念だけど、先ほど十分くつろぎました。
いつもかわいいちびドラゴンを撫でつつ、中空に浮いているアイコンの中の、水色の四角に触れる。[AnotherWorld]が起動した。
視界が一度真っ暗になり、目を開けるかの如く再び光が舞い込んでくる。プレイヤーの目覚めの時。
「おお~。ちゃんと部屋の中で始まった」
むくりと起き上がり、ベッドから降りる。白い壁紙、白いカーテン、西洋風の調度品。ログアウトする前にいた、ホテルハミングバードの部屋の中だった。
メニューを開いてステータスを確認する。体力、魔力ともに全快していた。バフ、デバフはついていないようだった。できれば魔力増加とかついてればよかったんだけどな。
クローゼットの中にある姿見で身だしなみを確認して部屋を出た。なんでも、たまに寝癖がついたりするらしい。
ドアを開けると、目の前はすぐロビーだ。部屋に入るときは楽でいいと思ったけど、出るときは変な感じになるな。
「ご利用、ありがとうございました」
「こちらこそ、きれいな部屋をありがとうございました」
すたすたとホテルから出ようとすると、フロントの方に声を掛けられたので、こちらも立ち止まってお礼を返す。昨日見た人とは違う人だ。親しき仲にも礼儀ありとも一期一会とも違うが、その場限り、もう二度と会わないだろうなという人や、友達、家族、NPCなど、どんな人であっても礼節を惜しまないようにしている。
回転式の扉を押して外に出ると、噴水広場は昨日と同じく盛況だった。今日やることは決めているので、ふらふらとはせずに広場を進んだ。
冒険者ギルドの木の扉を押して中に入る。ランタンの明かりしかないのでやっぱり薄暗い。
受付に昨日見た顔があったので、そちらの列に並んだ。二、三人前の人がはけると、俺の番になったので彼女に挨拶する。
「こんにちは、クリステアさん」
「こんにちは、トオル様。どのようなご用件でしょうか」
彼女は昨日と同じように、クールな表情で昨日と同じ窓口に立っていた。
「初心者でソロの水魔法使いが受けられるような依頼ってありますか?ガルアリンデ平原付近のものがいいんですが」
「はい、複数ございます。こちらをご覧ください」
クリステアさんがそういうのと同時に、目の前にウインドウが出てくる。依頼を示す四角いアイコンの一覧になっている。
一つの依頼で画面の四分の一ほどを占めており、上から順に簡潔な依頼内容と発注者名、報酬、詳細が記載されている。左右にフリックすることで次のページに行けるようだ。
アイテムの採集や、目的モンスターの討伐など、数ある依頼の中からすぐ終わりそうなものを三つほど選んだ。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
[依頼]:ガルアリンデ平原(西部)におけるファングウルフ十匹の討伐
〇発注者:マルゲイ・クノーシス
〇報酬:2000タメル ↑報酬増額中!
〇詳細:よお!王都騎士団西門防衛隊隊長のマルゲイだ!常時金欠のお前らにうってつけの依頼を持ってきた!
最近の平原が日照り続きってことは知ってるよな!
そのおかげで、太陽の光を養分にするグリーンラビットが、大繁殖しちまって大変なんだ!
なに!?それならウサギ狩りでもすればいいじゃねえのかって!?
王都の西側に何があるか、すっからかんな脳みそふるって考えてみやがれ!
そう、カゾート大森林だ!そしてそこにはファングウルフが群れになってウジャウジャしてやがる!
あとはみなまで言うまい!獲物を求めて平原まで来やがった、オオカミどもを狩ってきやがれ!
うちのわけーもんたちが平原を監視してるから、討伐証明の素材なんぞは必要ねえ!
わかったらとっとと行って来い!
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
[依頼]:ガルアリンデ平原(南部)におけるグリーンラビット二十匹の討伐
〇発注者:オミナ・ディセントフロウ
〇報酬:2000タメル ↑報酬増額中!
〇詳細:お疲れ様です。王都騎士団南門防衛隊第四部隊分隊長のオミナです。
昨今のガルアリンデ平原での日照りにより、グリーンラビットが異常発生しています。
それに伴い、南部においても人間を襲う肉食性のファングウルフも確認数が増加傾向にあります。
よって、平原の平穏を維持するために、異変の元凶であるグリーンラビットの討伐を依頼します。
隊員が平原を観測しておりますので、討伐証明の素材は必要ありません。
お手隙の冒険者の皆様、お力添えをよろしくお願いします。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
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[依頼]:ナオレ草五十本の納品
〇発注者:メディス・ドラギスト
〇報酬:2500タメル ↑報酬増額中!
〇詳細:やあやあやあ!調薬師ギルドマスターのメディスだよん。
今回は、平原や大森林、湿原で冒険する冒険者さんたちに朗報だよん。
実は、最近話題の日照りで繁殖したファングウルフによって、うちのギルドでお抱えの、
採集専門の冒険者がけがをしちゃったんだよん。
でも回復役の原料になるナオレ草は必要だよん。そこで冒険者のみんなだよん。
報酬に色を付けるから、ナオレ草を五十本集めてきてほしいのねん。
品質は問わないよん。よろしくねん。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
どの依頼も文章の癖がすごいな。新しい要素もあるので、順を追って説明していく。
まず、王都騎士団四門防衛隊の存在だ。
王都騎士団は、街の中を守る王都防衛団と、東西南北の門の詰め所にて入出する人をチェックしたり、フィールドの様子を観測する王都四門防衛隊に分かれる。王都防衛団の説明は別の機会に設けるとして、王都四門防衛隊はその名の通り、守っている方角によって四つの隊に区分される。一つ目は西部の防衛隊の隊長が出した依頼、二つ目は俺が昨日会った、南部の防衛隊の隊員、オミナさんが出した依頼ということだ。
ちなみに、依頼のタイトル欄に(西部)や(南部)と書いてあるが、これはあくまで王都騎士団によるフィールドの分類であり、エリアマップでは全体をまとめてガルアリンデ平原としているし、西部と南部で出現するモンスターに違いはない。後で書く生態とかは場所によって変わるけどな。
次はフィールドの天候と生態の関係についてだな。現実と同じように、[AnotherWorld]の各フィールドの天気は時間ごとに変化する。燦燦と太陽が照り付ける日もあれば、どんよりとした雨模様な日もある。場所によっては雪が降ったり嵐になったりする。このような天候の変化に伴い、今回のグリーンラビットのように、特定の天候が好きなモンスターが大発生したりする。簡単だが、天気とこれがモンスターの生態の関係となる。
続いて、カゾート大森林というフィールドについて。依頼文章にもあるが、カゾート大森林は王都の西に位置する広大な森のフィールドだ。ここにはカゾート木材加工所があり、カゾート木と呼ばれる良質な木材を世界中に供給している。また、乾燥した気候のため、コケ類やキノコなどはそんなに生えていない。果実の生る木もないので、木こりと木工が主な産業になっている。生息しているモンスターについては、後で行くことになったら説明しよう。
最後に、ナオレ草という素材についてだ。ナオレ草は、体力回復薬、魔力回復薬といった基本的な回復薬の調薬に必要な素材アイテムだ。植物が生えるような環境なら、どんなフィールドにも自生する。調薬師ギルドは、このナオレ草のような素材アイテムの安定的な入手のために、採集に秀でた冒険者と契約を交わしているというわけだ。
細かく説明すると長くなってしまうから、これくらいにしておくか。『決定』ボタンをタッチしてウインドウを閉じる。
「ありがとうございます。受注して頂いた依頼の達成期限は、本日より三十日後となっています。期限を超過すると失敗扱いになり、冒険者ギルドの信用が低下してしまいますので、くれぐれもお気を付けください」
「わかりました。ありがとうございました」
クリステアさんにお礼を言い、冒険者ギルドを後にする。
ガヤガヤと人の多い噴水広場を抜け、南門を目指す。とろんとした夕日が石畳をオレンジに染めている。現在十七時二十分。
[AnotherWorld]における昼は十九時までだ。グリーンラビットは昼にしか出現せず、夜は地中の巣穴に潜ってしまう。なので、二つ目の依頼から片付けていきたい。
南門に到着すると、昨日と同じように平原に出ていく人はいないようだった。時間もないので、やはり兜を脇に置いて壁に寄りかかっているおじさん騎士の元へ行く。
「よお、新米。昨日は痛い目見たんじゃないかあ?あの羽音!強烈な見た目!掴まれて宙に浮かぶ浮遊感!キャンユーフライの恐ろしさを十分に味わえただろ!」
ガンケンさんは俺に気が付くと、嬉しそうにニヤニヤしながら話しかけてくる。この様子だと、無謀にも夜の狩りに出た俺がハエに捕まって死に戻りしたと考えているようだ。
「昨日名乗りましたよね。トオルって。あと、キャンユーフライについてはご心配なく。逃げ足には自信があるので。あの音を聞いたらすぐ走って逃げました」
「そうなのか?そこら中羽音だらけで、走って逃げられないくらい大量に湧くんだけどなあ?」
名前については触れられないし、覚える気がなさそうだ。また、彼はハエが思ったよりいないことに首を捻って訝しんだ。やっぱりそうか。
「まあ、昨日がたまたま運が良かっただけだな。暗くなる前に戻って来いよ」
身分の確認が終わったおじさん騎士は、そう残して詰め所の壁に背中を預けるのだった。
※※※
ガルアリンデ平原に出ると、オレンジの絨毯が広がっていた。平原といっても、わずかな起伏があるらしく、光で白みがかった部分や影を落としている部分もある。南門付近は、外壁に設置されている松明のせいでより明るく、眩しい。さっさとグリーンラビットを探しに行こう。
途中、狩りを終えた冒険者とすれ違うことを何度か重ね、地面が緩やかに盛り上がり、小高い丘のような地形になっている場所に到着した。ここなら日当たりもいいし、ウサギがいっぱいいるだろう。
「アクア・ボール」
早速、ぴょこぴょこと動き回るグリーンラビットを一匹見つけたので、魔法をぶつけた。ウサギはキュウ…と鳴き声を上げて倒れ、その場にアイテムを残した。少しかわいそうだが、大量発生してしまっているんだからしょうがないと、自分に言い聞かせる。
「アクア・ボール」「アクア・ボール」「アクア・ボール」
臆病な性格の持ち主だが、遠距離から攻撃すれば問題ない。光合成をするという習性上、体が影を作ってしまうので、陽が沈みかかっている夕方は見つけやすい。絶好の環境、絶好の時間帯でこれといった苦労をせずにウサギを狩り続けた。しかし、
「グァルルルゥ」
新参者の俺でもよい狩場だと思ったわけだ、グリーンラビットを主食とする彼らが知らないはずがない。
背を低くして音もなく、けれどもあの唸り声だけは抑えきれないのか、一匹のファングウルフが唸りながらこちらににじり寄ってきた。
西部のカゾート大森林では群れを成しているが、平原では一匹狼という生態を持つ彼らは、プレイヤーをはじめとした人間も襲う。俺たち冒険者にとっては宿敵のような存在だ。
とはいえ、体験版や練習場で、さんざん闘ってきた。今回がその成果を生かす、実践編ということになる。
「こい!」
何度も見た光景。練習場での模擬戦はさらっと書いたが、こいつと相見えた回数は数十回を超えているだろう。その鋭い爪と牙にはもはや何の恐怖も湧かなかった。
「グアアアァァァ!!」
「アクア・ソード!」
やはり一辺倒の飛び掛かり攻撃をやってきたので、アクア・ソードで返り討ちにする。大きく開かれた口の中、牙の間に滑り込ませるように、水でできた刃を薙ぐ。
「グルゥゥゥ……」
前に少し触れていたかもしれないが、[AnotherWorld]ではプレイヤーが繰り出す攻撃は大別すると物理と魔法があり、どちらもさらに属性が分かれている。
物理は主に、剣やナイフの薙ぎ払いといった斬属性、ハンマーや棒の叩きつけ等の打属性、槍やレイピアを用いた突きの刺属性の三種類だ。
魔法は、以前紹介した火、水、風、土の基本属性四つの他に、光、闇、雷、氷など、特殊な条件で習得できるものもある。
ファングウルフは、毛皮が衝撃を吸収するためわずかに打属性に強く、斬属性、刺属性、魔法全般に弱い。さらに弱点は口内、腹、足といったところだ。攻撃的だが、初めのフィールドに出てくるようなモンスターだ。攻撃によって食らうダメージも、一匹の体力もあまり多くない。
『アクア・ソード』の切り付けは水属性、斬属性を兼ね備えており、また俺のキャラクターレベル、職業レベルは共に3になっている。十分な威力を持った攻撃によるカウンターが決まり、一撃でウルフを倒すことができた。その場にアイテムを残す。
「きれいに倒せたが、ここで倒してもなあ…」
冒険者ギルドで受けた一つ目の依頼は、平原”西部”でのウルフの討伐だ。ここ、南部で倒してもカウントされない。
俺は素早く素材を回収すると、気を取り直してウサギ狩りを再開するのだった。
※※※
目標の二十匹を狩り終えたのは、十八時十分。途中ウルフの邪魔が何度かあったので、思ったより時間がかかった。太陽は沈みかけ、もうすぐ夜の闇が押し寄せてくるだろう。
メニューを開いてステータスを確認すると、キャラクターレベルが七、職業レベルが六に上がっていた。アイテムの入手やフィールドの探索といった行動がキャラクターレベルの上昇に寄与しているため、こちらの方が値が高くなった。
明日も遊べるし、今日はこのまま帰ろうかと思ったが、念のため”あそこ”を見ておこう。俺は王都の反対側、昨日作った水場へと足を進める。
そこには、目を覆いたくなるような光景が広がっていた。
おびただしい数のようちゅ(自主規制)
後から知ったことだが、平原は最近晴天続きであるため、水場が少なくなっているのかもしれない。ここも干上がってしまわないように、『アクア・クリエイト』を何度か唱えておく。計画は順調なようだった。
※※※
要所要所にある採取ポイントを探りながら、ゆっくりと王都を目指す。途中何度かウルフに邪魔されたが、ナオレ草を二十本くらい集めることができた。
南門から街に入ると、昨日と変わらずオミナさんが検問をしていた。夜も近づきほとんど人が入って来ないためか、暇そうにしているが、俺に気が付くと俯いて手元のバインダーを覗き始めた。
「お疲れ様です。トールさんですね。確かに確認しました。グリーンラビットの駆除に協力してくださり、ありがとうございました!」
用紙に目を向けたまま、彼女は言う。実際のところ、ウサギを二十匹倒し終わったっていうのがわかってるんだ?本当に観測してるのか?
「あの、俺が二十匹倒したかを見張っていたんですか?それって結構大変だと思うんですけど」
「え?ああ、討伐証明のことですか。実は依頼に書いてあった観測している、っていうのは建前で、本当は魔道具を使ってるんですよ!」
彼女は何の話だ、と言わんばかりに顔を上げたが、質問の意図を理解してくれたようだ。気前よく答えてくれた。
「小さな紙をジョージュの実の汁で染め上げた、その名も『成就の札』です!詳しい原理なんかはわかりませんが、だれだれがなになにをする、という、近いうちにするであろう予定を書き込むと、それが達成されたときに札の色が変わるんです!」
そう言って彼女は、懐から二枚の細長い紙きれを取り出した。一枚は何も書いておらず、真っ赤な色をしているが、もう一枚は「トールがガルアリンデ平原南部でグリーンラビットを二十匹討伐する」と黒い字で書かれ、紙の色は青色になっていた。
「こんな感じに、鮮やかな赤から青に変わるんです。ちなみに、トールさんが依頼を達成されたのは、十八時を十分ほど過ぎたあたりですね」
「そうです。どうしてわかったんですか」
「この札は書いた物事が達成された瞬間に色が変わります。詰め所には依頼内容を書いた札を並べておく場所がありまして、私たちが逐一色の変化をチェックしているんです。なので、依頼を発注した私たちは、受注した冒険者ではなくこの札を見張っているというわけです」
「なるほど、ありがとうございました」
そんな魔道具があるのか。何かに使えそうかもしれないな。
「見た感じ、あんまりらしくないですけど、トールさんは一応魔法使いですよね?魔法使い通りのお店にも同じようなのが売ってると思いますよ」
一応とは失礼な。でもいいこと聞いたな。時間があったら探してみよう。
重ねてオミナさんにお礼を言い、噴水広場に向かった。
冒険者ギルドに到着すると、クリステアさんに依頼の達成報告をする。
「[依頼]:ガルアリンデ平原(南部)におけるグリーンラビット二十匹の討伐、はこれにて達成完了です。初めての依頼の達成、おめでとうございます。報酬をお受け取りください」
彼女は相変わらず無表情だった。報酬の2000タメルを受け取り、窓口を後にする。
「さて、続きはまた後で……」
お腹が空いたので、メニューを開いてログアウトしようとすると、
「もしかして、透か?」
ウインドウ越しに昇そっくりの中性的な顔立ちをしたキャラクターが、びっくりした顔で俺を見つめていたのだった。
「吾妻と神薙のお守りを頼む、透君。俺は何としても織内を食い止めるから」
椅子を持ちながらそそくさと近づいてきた本多副部長にそう言われる。完全に頼りにされている。
「わかりました。今日で恐ろしい人たちだっていうのがわかったので、最後の砦として頑張ります」
背けていた目の前の光景に焦点を合わせる。正面ではテーブルに突っ伏した吾妻先輩が寝息を立てているし、左隣ではさっきのアプローチを無視されて放心する紅絹さんとそれを茶化すあすかさん、メモを取る手が止まらない冴姫さんがいる。石垣さんは慌てふためいてきょろきょろしている。
「それと、俺のことは泰史でいいぞ、石垣さんもな」
「ZZZ、私は佳乃でぇ。ZZZ」
「ああ、こいつはたまに寝言で会話するんだ。いつものことで慣れていた」
急に声を発する佳乃さんに、俺と石垣さんは少しびっくりした。実は起きてるんじゃないのか?
「俺は透でお願いします」
「わ、わたしも、要って呼んでください」
俺は起きている二人に視線を合わせて言う。名前で相手との距離感も変わってくるし、しっかり覚えないとな。
「要さんも、同い年としてよろしく。先に発表するから、わからないところがあったら聞いてくれ」
「よ、よろしくおねがいします、透くん」
おどおどしてて声も小さめだが、しっかりコミュニケーションは取れた。それにしても、要さんは小動物的な愛らしさがあって和む。口に出しては絶対に言えないけど。
「あ、そうだ。後で俺から全員に、個々人のメールアドレスと去年のスライドを送るから、確認しておいてくれ」
泰史さんはポン、と手を打ってそう言った。
「了解です」「わ、わかりました」
それから、俺と要さんと泰史さんは、他愛のない話を三十分位した後に解散した。佳乃さんはずっと寝ていたし、三人寄れば姦しい、かしましトリオはずっとさっきのままだった。
※※※
教室に戻って一人、帰り支度を済ませる。
今日は初めての通常授業に読書部のミーテと、色々あったな。授業はイントロダクションばっかりで退屈だったけど、課題は出なかったし御の字だ。部活は来週に発表が決まったし、図書室で本借りて読んでみよう。
などと考えながら岐路に着いた。
部屋に帰ると、いつものように手洗いうがいをし、一息ついた。まだ少し寒いのでホットコーヒーを淹れて飲んだ。インスタントだけど、庶民には違いなんて分からないので問題ない。
さて、時刻はただいま十七時過ぎ。休憩も取れたし、そろそろやりますか。
俺はゆったりした歩みで寝室に移動し、チェリーギアを装着するのだった。
――おかえり、トオル!もう夕方だな!ちょっと休憩でもしないか?
残念だけど、先ほど十分くつろぎました。
いつもかわいいちびドラゴンを撫でつつ、中空に浮いているアイコンの中の、水色の四角に触れる。[AnotherWorld]が起動した。
視界が一度真っ暗になり、目を開けるかの如く再び光が舞い込んでくる。プレイヤーの目覚めの時。
「おお~。ちゃんと部屋の中で始まった」
むくりと起き上がり、ベッドから降りる。白い壁紙、白いカーテン、西洋風の調度品。ログアウトする前にいた、ホテルハミングバードの部屋の中だった。
メニューを開いてステータスを確認する。体力、魔力ともに全快していた。バフ、デバフはついていないようだった。できれば魔力増加とかついてればよかったんだけどな。
クローゼットの中にある姿見で身だしなみを確認して部屋を出た。なんでも、たまに寝癖がついたりするらしい。
ドアを開けると、目の前はすぐロビーだ。部屋に入るときは楽でいいと思ったけど、出るときは変な感じになるな。
「ご利用、ありがとうございました」
「こちらこそ、きれいな部屋をありがとうございました」
すたすたとホテルから出ようとすると、フロントの方に声を掛けられたので、こちらも立ち止まってお礼を返す。昨日見た人とは違う人だ。親しき仲にも礼儀ありとも一期一会とも違うが、その場限り、もう二度と会わないだろうなという人や、友達、家族、NPCなど、どんな人であっても礼節を惜しまないようにしている。
回転式の扉を押して外に出ると、噴水広場は昨日と同じく盛況だった。今日やることは決めているので、ふらふらとはせずに広場を進んだ。
冒険者ギルドの木の扉を押して中に入る。ランタンの明かりしかないのでやっぱり薄暗い。
受付に昨日見た顔があったので、そちらの列に並んだ。二、三人前の人がはけると、俺の番になったので彼女に挨拶する。
「こんにちは、クリステアさん」
「こんにちは、トオル様。どのようなご用件でしょうか」
彼女は昨日と同じように、クールな表情で昨日と同じ窓口に立っていた。
「初心者でソロの水魔法使いが受けられるような依頼ってありますか?ガルアリンデ平原付近のものがいいんですが」
「はい、複数ございます。こちらをご覧ください」
クリステアさんがそういうのと同時に、目の前にウインドウが出てくる。依頼を示す四角いアイコンの一覧になっている。
一つの依頼で画面の四分の一ほどを占めており、上から順に簡潔な依頼内容と発注者名、報酬、詳細が記載されている。左右にフリックすることで次のページに行けるようだ。
アイテムの採集や、目的モンスターの討伐など、数ある依頼の中からすぐ終わりそうなものを三つほど選んだ。
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[依頼]:ガルアリンデ平原(西部)におけるファングウルフ十匹の討伐
〇発注者:マルゲイ・クノーシス
〇報酬:2000タメル ↑報酬増額中!
〇詳細:よお!王都騎士団西門防衛隊隊長のマルゲイだ!常時金欠のお前らにうってつけの依頼を持ってきた!
最近の平原が日照り続きってことは知ってるよな!
そのおかげで、太陽の光を養分にするグリーンラビットが、大繁殖しちまって大変なんだ!
なに!?それならウサギ狩りでもすればいいじゃねえのかって!?
王都の西側に何があるか、すっからかんな脳みそふるって考えてみやがれ!
そう、カゾート大森林だ!そしてそこにはファングウルフが群れになってウジャウジャしてやがる!
あとはみなまで言うまい!獲物を求めて平原まで来やがった、オオカミどもを狩ってきやがれ!
うちのわけーもんたちが平原を監視してるから、討伐証明の素材なんぞは必要ねえ!
わかったらとっとと行って来い!
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[依頼]:ガルアリンデ平原(南部)におけるグリーンラビット二十匹の討伐
〇発注者:オミナ・ディセントフロウ
〇報酬:2000タメル ↑報酬増額中!
〇詳細:お疲れ様です。王都騎士団南門防衛隊第四部隊分隊長のオミナです。
昨今のガルアリンデ平原での日照りにより、グリーンラビットが異常発生しています。
それに伴い、南部においても人間を襲う肉食性のファングウルフも確認数が増加傾向にあります。
よって、平原の平穏を維持するために、異変の元凶であるグリーンラビットの討伐を依頼します。
隊員が平原を観測しておりますので、討伐証明の素材は必要ありません。
お手隙の冒険者の皆様、お力添えをよろしくお願いします。
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[依頼]:ナオレ草五十本の納品
〇発注者:メディス・ドラギスト
〇報酬:2500タメル ↑報酬増額中!
〇詳細:やあやあやあ!調薬師ギルドマスターのメディスだよん。
今回は、平原や大森林、湿原で冒険する冒険者さんたちに朗報だよん。
実は、最近話題の日照りで繁殖したファングウルフによって、うちのギルドでお抱えの、
採集専門の冒険者がけがをしちゃったんだよん。
でも回復役の原料になるナオレ草は必要だよん。そこで冒険者のみんなだよん。
報酬に色を付けるから、ナオレ草を五十本集めてきてほしいのねん。
品質は問わないよん。よろしくねん。
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どの依頼も文章の癖がすごいな。新しい要素もあるので、順を追って説明していく。
まず、王都騎士団四門防衛隊の存在だ。
王都騎士団は、街の中を守る王都防衛団と、東西南北の門の詰め所にて入出する人をチェックしたり、フィールドの様子を観測する王都四門防衛隊に分かれる。王都防衛団の説明は別の機会に設けるとして、王都四門防衛隊はその名の通り、守っている方角によって四つの隊に区分される。一つ目は西部の防衛隊の隊長が出した依頼、二つ目は俺が昨日会った、南部の防衛隊の隊員、オミナさんが出した依頼ということだ。
ちなみに、依頼のタイトル欄に(西部)や(南部)と書いてあるが、これはあくまで王都騎士団によるフィールドの分類であり、エリアマップでは全体をまとめてガルアリンデ平原としているし、西部と南部で出現するモンスターに違いはない。後で書く生態とかは場所によって変わるけどな。
次はフィールドの天候と生態の関係についてだな。現実と同じように、[AnotherWorld]の各フィールドの天気は時間ごとに変化する。燦燦と太陽が照り付ける日もあれば、どんよりとした雨模様な日もある。場所によっては雪が降ったり嵐になったりする。このような天候の変化に伴い、今回のグリーンラビットのように、特定の天候が好きなモンスターが大発生したりする。簡単だが、天気とこれがモンスターの生態の関係となる。
続いて、カゾート大森林というフィールドについて。依頼文章にもあるが、カゾート大森林は王都の西に位置する広大な森のフィールドだ。ここにはカゾート木材加工所があり、カゾート木と呼ばれる良質な木材を世界中に供給している。また、乾燥した気候のため、コケ類やキノコなどはそんなに生えていない。果実の生る木もないので、木こりと木工が主な産業になっている。生息しているモンスターについては、後で行くことになったら説明しよう。
最後に、ナオレ草という素材についてだ。ナオレ草は、体力回復薬、魔力回復薬といった基本的な回復薬の調薬に必要な素材アイテムだ。植物が生えるような環境なら、どんなフィールドにも自生する。調薬師ギルドは、このナオレ草のような素材アイテムの安定的な入手のために、採集に秀でた冒険者と契約を交わしているというわけだ。
細かく説明すると長くなってしまうから、これくらいにしておくか。『決定』ボタンをタッチしてウインドウを閉じる。
「ありがとうございます。受注して頂いた依頼の達成期限は、本日より三十日後となっています。期限を超過すると失敗扱いになり、冒険者ギルドの信用が低下してしまいますので、くれぐれもお気を付けください」
「わかりました。ありがとうございました」
クリステアさんにお礼を言い、冒険者ギルドを後にする。
ガヤガヤと人の多い噴水広場を抜け、南門を目指す。とろんとした夕日が石畳をオレンジに染めている。現在十七時二十分。
[AnotherWorld]における昼は十九時までだ。グリーンラビットは昼にしか出現せず、夜は地中の巣穴に潜ってしまう。なので、二つ目の依頼から片付けていきたい。
南門に到着すると、昨日と同じように平原に出ていく人はいないようだった。時間もないので、やはり兜を脇に置いて壁に寄りかかっているおじさん騎士の元へ行く。
「よお、新米。昨日は痛い目見たんじゃないかあ?あの羽音!強烈な見た目!掴まれて宙に浮かぶ浮遊感!キャンユーフライの恐ろしさを十分に味わえただろ!」
ガンケンさんは俺に気が付くと、嬉しそうにニヤニヤしながら話しかけてくる。この様子だと、無謀にも夜の狩りに出た俺がハエに捕まって死に戻りしたと考えているようだ。
「昨日名乗りましたよね。トオルって。あと、キャンユーフライについてはご心配なく。逃げ足には自信があるので。あの音を聞いたらすぐ走って逃げました」
「そうなのか?そこら中羽音だらけで、走って逃げられないくらい大量に湧くんだけどなあ?」
名前については触れられないし、覚える気がなさそうだ。また、彼はハエが思ったよりいないことに首を捻って訝しんだ。やっぱりそうか。
「まあ、昨日がたまたま運が良かっただけだな。暗くなる前に戻って来いよ」
身分の確認が終わったおじさん騎士は、そう残して詰め所の壁に背中を預けるのだった。
※※※
ガルアリンデ平原に出ると、オレンジの絨毯が広がっていた。平原といっても、わずかな起伏があるらしく、光で白みがかった部分や影を落としている部分もある。南門付近は、外壁に設置されている松明のせいでより明るく、眩しい。さっさとグリーンラビットを探しに行こう。
途中、狩りを終えた冒険者とすれ違うことを何度か重ね、地面が緩やかに盛り上がり、小高い丘のような地形になっている場所に到着した。ここなら日当たりもいいし、ウサギがいっぱいいるだろう。
「アクア・ボール」
早速、ぴょこぴょこと動き回るグリーンラビットを一匹見つけたので、魔法をぶつけた。ウサギはキュウ…と鳴き声を上げて倒れ、その場にアイテムを残した。少しかわいそうだが、大量発生してしまっているんだからしょうがないと、自分に言い聞かせる。
「アクア・ボール」「アクア・ボール」「アクア・ボール」
臆病な性格の持ち主だが、遠距離から攻撃すれば問題ない。光合成をするという習性上、体が影を作ってしまうので、陽が沈みかかっている夕方は見つけやすい。絶好の環境、絶好の時間帯でこれといった苦労をせずにウサギを狩り続けた。しかし、
「グァルルルゥ」
新参者の俺でもよい狩場だと思ったわけだ、グリーンラビットを主食とする彼らが知らないはずがない。
背を低くして音もなく、けれどもあの唸り声だけは抑えきれないのか、一匹のファングウルフが唸りながらこちらににじり寄ってきた。
西部のカゾート大森林では群れを成しているが、平原では一匹狼という生態を持つ彼らは、プレイヤーをはじめとした人間も襲う。俺たち冒険者にとっては宿敵のような存在だ。
とはいえ、体験版や練習場で、さんざん闘ってきた。今回がその成果を生かす、実践編ということになる。
「こい!」
何度も見た光景。練習場での模擬戦はさらっと書いたが、こいつと相見えた回数は数十回を超えているだろう。その鋭い爪と牙にはもはや何の恐怖も湧かなかった。
「グアアアァァァ!!」
「アクア・ソード!」
やはり一辺倒の飛び掛かり攻撃をやってきたので、アクア・ソードで返り討ちにする。大きく開かれた口の中、牙の間に滑り込ませるように、水でできた刃を薙ぐ。
「グルゥゥゥ……」
前に少し触れていたかもしれないが、[AnotherWorld]ではプレイヤーが繰り出す攻撃は大別すると物理と魔法があり、どちらもさらに属性が分かれている。
物理は主に、剣やナイフの薙ぎ払いといった斬属性、ハンマーや棒の叩きつけ等の打属性、槍やレイピアを用いた突きの刺属性の三種類だ。
魔法は、以前紹介した火、水、風、土の基本属性四つの他に、光、闇、雷、氷など、特殊な条件で習得できるものもある。
ファングウルフは、毛皮が衝撃を吸収するためわずかに打属性に強く、斬属性、刺属性、魔法全般に弱い。さらに弱点は口内、腹、足といったところだ。攻撃的だが、初めのフィールドに出てくるようなモンスターだ。攻撃によって食らうダメージも、一匹の体力もあまり多くない。
『アクア・ソード』の切り付けは水属性、斬属性を兼ね備えており、また俺のキャラクターレベル、職業レベルは共に3になっている。十分な威力を持った攻撃によるカウンターが決まり、一撃でウルフを倒すことができた。その場にアイテムを残す。
「きれいに倒せたが、ここで倒してもなあ…」
冒険者ギルドで受けた一つ目の依頼は、平原”西部”でのウルフの討伐だ。ここ、南部で倒してもカウントされない。
俺は素早く素材を回収すると、気を取り直してウサギ狩りを再開するのだった。
※※※
目標の二十匹を狩り終えたのは、十八時十分。途中ウルフの邪魔が何度かあったので、思ったより時間がかかった。太陽は沈みかけ、もうすぐ夜の闇が押し寄せてくるだろう。
メニューを開いてステータスを確認すると、キャラクターレベルが七、職業レベルが六に上がっていた。アイテムの入手やフィールドの探索といった行動がキャラクターレベルの上昇に寄与しているため、こちらの方が値が高くなった。
明日も遊べるし、今日はこのまま帰ろうかと思ったが、念のため”あそこ”を見ておこう。俺は王都の反対側、昨日作った水場へと足を進める。
そこには、目を覆いたくなるような光景が広がっていた。
おびただしい数のようちゅ(自主規制)
後から知ったことだが、平原は最近晴天続きであるため、水場が少なくなっているのかもしれない。ここも干上がってしまわないように、『アクア・クリエイト』を何度か唱えておく。計画は順調なようだった。
※※※
要所要所にある採取ポイントを探りながら、ゆっくりと王都を目指す。途中何度かウルフに邪魔されたが、ナオレ草を二十本くらい集めることができた。
南門から街に入ると、昨日と変わらずオミナさんが検問をしていた。夜も近づきほとんど人が入って来ないためか、暇そうにしているが、俺に気が付くと俯いて手元のバインダーを覗き始めた。
「お疲れ様です。トールさんですね。確かに確認しました。グリーンラビットの駆除に協力してくださり、ありがとうございました!」
用紙に目を向けたまま、彼女は言う。実際のところ、ウサギを二十匹倒し終わったっていうのがわかってるんだ?本当に観測してるのか?
「あの、俺が二十匹倒したかを見張っていたんですか?それって結構大変だと思うんですけど」
「え?ああ、討伐証明のことですか。実は依頼に書いてあった観測している、っていうのは建前で、本当は魔道具を使ってるんですよ!」
彼女は何の話だ、と言わんばかりに顔を上げたが、質問の意図を理解してくれたようだ。気前よく答えてくれた。
「小さな紙をジョージュの実の汁で染め上げた、その名も『成就の札』です!詳しい原理なんかはわかりませんが、だれだれがなになにをする、という、近いうちにするであろう予定を書き込むと、それが達成されたときに札の色が変わるんです!」
そう言って彼女は、懐から二枚の細長い紙きれを取り出した。一枚は何も書いておらず、真っ赤な色をしているが、もう一枚は「トールがガルアリンデ平原南部でグリーンラビットを二十匹討伐する」と黒い字で書かれ、紙の色は青色になっていた。
「こんな感じに、鮮やかな赤から青に変わるんです。ちなみに、トールさんが依頼を達成されたのは、十八時を十分ほど過ぎたあたりですね」
「そうです。どうしてわかったんですか」
「この札は書いた物事が達成された瞬間に色が変わります。詰め所には依頼内容を書いた札を並べておく場所がありまして、私たちが逐一色の変化をチェックしているんです。なので、依頼を発注した私たちは、受注した冒険者ではなくこの札を見張っているというわけです」
「なるほど、ありがとうございました」
そんな魔道具があるのか。何かに使えそうかもしれないな。
「見た感じ、あんまりらしくないですけど、トールさんは一応魔法使いですよね?魔法使い通りのお店にも同じようなのが売ってると思いますよ」
一応とは失礼な。でもいいこと聞いたな。時間があったら探してみよう。
重ねてオミナさんにお礼を言い、噴水広場に向かった。
冒険者ギルドに到着すると、クリステアさんに依頼の達成報告をする。
「[依頼]:ガルアリンデ平原(南部)におけるグリーンラビット二十匹の討伐、はこれにて達成完了です。初めての依頼の達成、おめでとうございます。報酬をお受け取りください」
彼女は相変わらず無表情だった。報酬の2000タメルを受け取り、窓口を後にする。
「さて、続きはまた後で……」
お腹が空いたので、メニューを開いてログアウトしようとすると、
「もしかして、透か?」
ウインドウ越しに昇そっくりの中性的な顔立ちをしたキャラクターが、びっくりした顔で俺を見つめていたのだった。
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