VRMMO [AnotherWorld]

LostAngel

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第三話

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[第三話]

{二日目}

「よし、みんな揃ってるな!感心感心!」

 教壇に立つアロハ短パンはそう言い、前に座る俺たちを仰ぎ見る。我らが担任は昨日と同じ柄物のアロハシャツの色違いを着ている。
しかも相変わらず短パン。

 昨日、VRゲーム[AnotherWorld]の体験版を楽しんだ俺たちは、感想を話しながら寮に帰った。
他の三人も移動、回避、攻撃を多用したため疲労状態になり、ファングウルフの一撃をもらったらしい。ダメージのエフェクトは視界の周りが
赤く明滅する感じだという。結構痛々しいな。

 とはいっても苦労したのはその点だけで、みんな問題なくウルフを倒せたということだ。さすがだな。

「メールですでに知っていると思うが、今日は健康診断だ!タブレットを忘れた人はいるか?」

 今は朝の八時半、ホームルームの時間だ。本日は午前中に健康診断で、午後にレクリエーション室1でVRゲーム部の集合という予定だ。
健康診断は毎年この時期に行われ、身長、体重の他に、視力や内科を検診する。なんの変哲もない年度初めの行事である。
昨日貸し出されたタブレットを用いて、検診を終えた各専門医が専用のオンラインチェックシートに記入する。全ての検診が終わった後、
そのシートを学校事務のメールアドレスに送信すれば終了だ。

 特に面白いことがなかったので、ばっさり割愛させていただく。ちなみに、身長は二ミリくらいしか増えておらず、体重はそこそこ増えていた。
……もっと体動かすか。

 「というわけで、メールを送った人から健康診断は終わりだ。みんな成長してたか?体重が増えてても、気にすることなくしっかり食えよ!」

 おい、ハラスメントだぞ。

「明日からメールで知らせた通りの時間割で授業を始めるぞ!遅刻するなよ!それじゃ、解散!」

 アロハ短パンは大声で言い、大股で教室を出ていった。俺はタブレットをトートバッグにしまうと、隣の席の昇に話しかけた。

「お疲れ、昇、飯食べに行かないか?」

「透もお疲れ。まだ時間あるからいいな。行こうぜ!」

「彰も静も行かないか?」

「うん。お腹すいちゃったよ」

「よろしくてよ」

 快く承諾してくれた三人と共に、食堂へと向かう。今日は何を食べようか。

 昨日と同じ位置のテーブル席を陣取った俺たちは、注文した料理を口に運びながら午後のイベントについて喋る。

「午後のVRゲーム部の集まりはどんな感じだろうな」

「昨日もらったプリントには、活動にあたってのお知らせと[AnotherWorld]のダウンロードパスコードの配布をやるって書いてあったね」

「今日設定したらもう遊べるようになるのですかね。早く遊んでみたいですわ」

「遊べるんじゃないか?俺も早くやりたいな」

 俺たちが参加するのは、[AnotherWorld]の桜杏高校(おうあんこうこう)の専用サーバーだ。部外者が入って来れないように、
学生用アカウントでログインしてパスコードを入力し、ゲームソフトをダウンロードするという手法を取っている。

 俺のお昼ご飯はかき揚げうどんだ。今日は少し肌寒いので、あったかいものにしてみた。リーズナブルなお値段で割とおいしい。
昇はミートソーススパゲティ、彰は天丼、静はサバの味噌煮定食を頼んでいた。二日目にして各々の食べたいものの傾向がよくわかる。

「どんなビルドで遊んでみたいとかは決めてるか?」

「決めてるけどここで言ったら面白くないだろ」「そうだよ」「そうですわ」

 軽い気持ちで聞いてみたのだが、みんなから顰蹙を買ってしまった。向こうの世界でのお楽しみってわけか。

「それより、早く食べないと麵が伸びちゃうぞ」

「えっ」

 あっという間に三人は食べ終わっており、俺の半分くらい残っているうどんに視線を注いでいた。あれ、この光景、昨日も見たことがあるような。
喋るのに夢中で食べるのが疎かになっていた。俺は急いで麺をすすった。

「お待たせしました」

 あれから数分かけてうどんを完食した。少し待たせてしまったな。

 食器を片付けて教室に戻る。まだ午後の予定まで時間があったので、昨日のように四人で輪を囲み雑談タイムを再開した。
そういえば昨日とメニューが違ったなとか、明日の献立は何だろうとか、色々話していた。

 だいぶ三人とは仲良くなれたんじゃないだろうか。[AnotherWorld]でも一緒に遊べたらいいな。

 話の合間にふと考えこむ。今までゲームをたくさん遊んできたし、友達とプレイすることも多かったが、今度のゲームは一味違う。
”もう一つの世界”と称された、かつてない規模のVRゲームだ。初のVRで色々大変かもしれないが、三年間苦楽を共にするみんなと
ゲームを通じて楽しい思い出を作れたらいいなと思うのだった。

 話し込んでいると、時刻は十二時五十分を示していた。そろそろ行こうという感じで、タブレットを手に教室を出て一階のレクリエーション室1を
目指す。

 扉を開けると、室内は人でごった返していた。一年生と大部分の二年生が教室の中央あたりで列になって床に座っており、四方の壁際には
体験会でちらっと見たVRゲーム部員の先輩が数名立っている。昨日あったテーブルやいすは見当たらないが、受付の長机は入り口の脇に残っていた。
そこには陽野先輩と一人の男子生徒が座っていた。男子生徒の先輩はタブレットを忙しなく操作しており、俺たちの来訪に気付いている様子はなかった。

「こんにちは!君たちも来てくれたんだね!出席を取るから、お名前を順番に言ってね!」

 俺たちは代わる代わる名前を告げると、陽野先輩は「ちょっと待ってね」と言って隣の彼を見た。彼はそこで顔を上げて俺たちの顔を眺めた後、
再び顔を伏せてタブレットを操作し始めた。戸惑っていると、ややあって俺たちのタブレットからメールの通知を知らせる音が鳴る。

「今、[AnotherWorld]のダウンロードに必要なパスコードが記載されたメールを送りました。確認してみてください」

 低く落ち着いた声で男子生徒がそう言った。確かめてみると、確かに学校のメールアドレスで十数桁のパスコードが載ったメールが送られていた。

「後で時間を取るので、学生用のアカウントで[AnotherWorld]のホームページにログインし、そのパスコードを入力してソフトを
受け取ってください」

「それじゃ、右から二番目の列に一人ずつ座って待っててね!あと五分くらいで始まるよ!」

 受付を終えた俺たちは、言われた通りに列の最高尾に一人ずつ座った。もうすぐ、日本で大ヒット中の[AnotherWorld]が遊べる。
集会では大事なことを話すかもしれないから、寝ないようにしないとな。昼食を食べた後なので睡魔が襲ってきている。
 
「これからVRゲーム部の全体集会を始めます。始めに、顧問の黒川教頭よりお言葉を頂きます。黒川教頭、よろしくお願いします」

 マイクで拡張された声が室内に広がる。同時にさっき聞いた声が後ろから聞こえるので、受付をしていた男子の先輩がアナウンスしているようだ。
黒川教頭がその名を紹介されると、前の方の壁際に立っていた男が生徒たちの前に姿を現す。眼鏡をかけた細身の顔立ちで、すらっとした体躯を
ピシッとした灰色のスーツで固めている。歳は五十代くらいだろうか。

 どこかで見たことがあると思ったら、入学式でアロハ短パンに絡まれてた先生か。教頭先生にベラベラしゃべりかけていたなんて、
うちの担任フランクすぎるだろ。

 黒川教頭は手に持ったマイクのテストを終えると、静かに話し始めた。

「えー、流石に二学年分の生徒が集まると、レク室1だと手狭ですね。来年は講堂でやりましょうか。さて、昨日は入学式と部活動体験会、
今日は午前中に健康診断と、大変お疲れさまでした。今年の新入生も、ほとんどがVRゲーム部に入部していただけるということで、嬉しく思って
おります。なぜ私が嬉しいのかというと、実はわたくし、『チェリーアプリ』で開発本部長に就いておりまして。今回みなさんに遊んで頂く
[AnotherWorld]の製作にも深く携わっているのです。なので今日、こんなに大勢の生徒の前でお話しできることがとても嬉しいというわけです。
ここで一つ余談なんですが……」

 だめだ、この人、話が長すぎる。自分が話し始めると途端に饒舌になる人だ。校長じゃなくて、教頭の話が長いって、そんなのありかよ。

 うつらうつらと舟をこいでいた俺は、いつの間にか夢の世界に突入した。



――「おい、おいってば、そろそろ教頭の話が終わるぞ」

「はっ」

 俺は後ろの昇に背中を小突かれながらささやかれ、首をはね上げて夢から覚めた。前の壁の時計を見ると、会が始まってから二十分程が経っていた。
まだ教頭は話を続けていたが、そろそろ終わりそうだ。

「というわけで、これから二年生の部員に[AnotherWorld]を遊ぶうえで知っておいてもらいたいこと、注意事項などをですね、説明して頂いた後、
受付でもらったパスコードを入力して、ゲームをダウンロードしてもらおうと思います。手短にですが、私の話は以上とさせて頂きます」

 これで短いのか。心なしか周りの生徒も辟易とした表情だ。

「黒川教頭、ありがとうございました。続いて、[AnotherWorld]のプレイに関するお知らせや諸注意です。小鳥遊さん、よろしくお願いします」

 小鳥遊と呼ばれた男子生徒は、黒川教頭からマイクを受け取ると、説明を始めた。内容はざっくりこんな感じだ。

〇パスコードでもらえるゲームアカウントは一つだけ。二回目以降はアカウントを得ることができない。
〇パスコードでダウンロードしたアカウントは学生用なので、第三者にプレイさせてはならない。
〇ゲーム内では全体チャットやボイスチャットが可能だが、公序良俗に反する発言をしてはならない。
〇ゲームの初回ログイン時に決めるプレイヤーの名前や外見は、基本的に一度作ったら変更することができない。
〇その他、迷惑行為やプレイの強要など、倫理に反する行動は慎むように。

 割と当たり前のことだった。小鳥遊先輩は教頭と違って、要点がまとめられたスマートな話し方だった。五分も経たない内に終わった。

「それでは最後に、[AnotherWorld]のダウンロードを行って頂きます。システムで不備がある場合や、操作が分からない場合は遠慮なく
手を挙げてください。近くの部員が対応します」

 引き続き小鳥遊先輩が手順を説明していく。メールのパスコードをコピーし、ソフトをダウンロードする。俺は特に問題なく
ダウンロードを行うことができた。タブレットのホーム画面に[AnotherWorld]のアイコンが表示される。

 周りの人もほとんどがスムーズにできているようだった。十分もかからずに全員のダウンロードが終わった。

「皆さん、ダウンロードが完了したみたいですね。初回ログインの際にはキャラクターメイキングが始まりますので、時間があるときに
ログインすることをお勧めします。それでは、これにて本日の集会を終わりたいと思います。後ろの人から順番に退出してください」

 小鳥遊先輩が簡潔にそう言う。やっと終わったな。これで[AnotherWorld]が遊べるぞ。

 後ろの昇が歩き始めたので、倣ってレクリエーション室1を出る。続いて彰、静も出てくる。俺たちは四人横に並んで、二組の教室に戻った。

 教室にはやはりアロハ短パンの姿はなかった。自席にやってきた俺はタブレットをトートバッグにしまい、身支度を終えた三人と寮に帰る。

 道すがら、誰も何も言わない。遊べるから早く帰りたいという焦燥感や、どういうキャラクターを作ろうかという思案が三人から伝わってくる。
気になることがあったので、校門を出たところで俺は口を開いた。

「三人は今日帰ってからキャラメイクするつもりか?」

「…もちろん!」「……そのつもりだよ」「…もちろんですわ」

 自分の世界に入っていた三人のレスポンスが遅い。こんな状態で快い返答が期待できるか分からないが、意を決して聞いてみる。

「もしよかったら、この四人でパーティを組まないか?俺は基本ソロで遊びたいと思ってるけど、せっかくのオンラインゲームだから
たまにはみんなで集まって攻略もやってみたいな、っていう気持ちもある。俺でよかったら[AnotherWorld]でも仲良くしてくれないか?」

 改めて口に出すと少し恥ずかしい。顔が熱くなるのを感じる。俺の言葉を聞いた三人は、ポカンとした表情で立ち止まった。

「なんだそれ」「え?」「どういう意味ですの?」

 ん?何かおかしいこと言ったか?こういうゲームってアイテムや経験値、装備関係でギスギスするイメージだったから、丁寧に
聞いてみたんだけど。もしかしてダメだったか?

「ごめん、乗り気じゃなかったら聞き流してくれ。さあ、帰ろう」

 俺は空元気でそう言うと再び道を歩き出した。しかし、三人は未だに立ち尽くしていた。

「気を悪くしたなら謝る」

「いや、ちげーよ」

「え?」

「何で当たり前のことを聞いてくるんだろうってびっくりしちゃっただけだよ」

「え?」

「私は初めて皆さんに話しかけた時から一緒に遊ぶものだと思ってましたよ」

「俺なんかさっきまでパーティ名をどうしようかって考えてたんだぜ」

「え?」

 今度は俺が困惑する番だった。三人は顔を綻ばせながら、数歩前の俺に追い付いてきた。

「だから、俺たち最初からそのつもりだったから、変に気を遣うなって言ってんだよ」

「そうだよ」「そうですわ」

 まだ二日しか経っていないが、昇と彰、静と友達になれてよかったと、しみじみと思った。

「私もソロプレイ派ですが、VRの操作感に慣れたらご一緒しますわ」

「迷惑かけるかもしれないけど、よろしくね」

「三年もあるんだから、俺たち四人で世界制覇しようぜ!」

「……ああ!」

 三人に対する心の距離が近くなった気がして、俺は表情を緩めて三人と共に家路を急ぐのだった。
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