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イデオロギーは悪なのか〈2〉
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イデオロギーは虚偽であり幻想であるという非難に対して、「イデオロギーは現実化される」とアルチュセールは主張する(※1)。それどころか、イデオロギーはむしろ現実化されてはじめて見出すことができるのだ、と。逆に言うとイデオロギーは、もし現実化されないのであれば誰もそこに(たとえ誰の「頭の中」だとしても)イデオロギーが「存在する」などということを知ることができないのだ、と。
イデオロギーは現実化されていることにおいて、「存在するもの」として人々の前に現れる。つまり誰が見てもそれであると認識することができるものとして現実にありうるところとなる。そして、誰が見てもそれであると認識できるものであるからこそ、人はそれを見て、自分だけが幻を見ているのではないのだと自認することができるところとなるのである。
イデオロギーが現実化して「現に存在するもの」として人々の前に現れることによって、人は観念の孤独から救われる。もし人がイデオロギーを「信じて現実を生きる」ことへの従属から逃れられないとすれば、それはまさしく、この観念の孤独から逃れたいがためなのである。
イデオロギーは、さまざまな人々の目につくような具体的な事物を通して現実化されることになるが、そのさまざまな事物は、同時に複数のイデオロギーを、重層的に現実化していることにもなるのである。
たとえば「公共料金の請求書」は、定められた料金は支払わなければならないとかいったような具合に「法あるいは社会規範のイデオロギー」や、または支払い額の家計への影響などといったような具合で「経済のイデオロギー」などを、その事物の中に同時に重層的に現実化したものとして人々の前に現れる。
またはそれが「エリアメールの不審者情報」であれば、地域社会や治安や秩序の維持、家族のイデオロギーなどを同時に現実化しているし、「国会議員が首相官邸で結婚会見しているのをテレビで見ていること」は、政治・家族・階級のイデオロギーなどを同時に現実化していることになるだろう。付け加えると、ノーベル賞日本人授賞者やスポーツの日本代表選手の活躍や海外で起きた大惨事での日本人被害者の有無についてのニュースなどにはナショナリズムのイデオロギーが忍ばせてあることは誰もが察する通りである。このように、一つのイデオロギーが複数の局面で現実化されていることもまたしばしばある。
さまざまな具体的な事物において現実化されることになる、重層的な種々のイデオロギーの中で、社会的な意味での人間は、そういったイデオロギーの重層的な現実化から、自分自身の社会的関係の重層的な現実性を、種々の重層的な「表象=意味」として受け取ることになる。
イデオロギーの現実化は人々に、彼らの実際に生きている社会的な現実を「表象=意味」として示すが、そこで示されるのは、イデオロギーがまさしく「関係の表象=意味」なのだということである。
たとえば「エリアメールの不審者情報」が届いたとき、ある人は自分は家族の安全を守らなくてはならないのだとか思い、あるいは別の人は反対に自分が不審者に間違われないか不安に思うなどといったように、それによって自分自身の社会における関係性や立ち位置などが、その事物を受け取った際の意識においてあらためて示されることになる。また、「国会議員が首相官邸で結婚会見するニュース」を見て、自分の立場として首相官邸で結婚会見することなどはけっしてありえないだろうといったような、ある種の「階級意識」をあらためて認識することにもなるだろう。
このようなイデオロギーの重層的な現実化は、「最終審級的」にはその社会の折々の「支配的なイデオロギー」を現実化しているのであり、そしてその「支配的なイデオロギー」とは大まかに言えば「国家のイデオロギー」なのである、というのがアルチュセールの主張するテーゼの一つでもあるわけである。
(つづく)
◎引用・参照
(※1)アルチュセール「再生産について」
イデオロギーは現実化されていることにおいて、「存在するもの」として人々の前に現れる。つまり誰が見てもそれであると認識することができるものとして現実にありうるところとなる。そして、誰が見てもそれであると認識できるものであるからこそ、人はそれを見て、自分だけが幻を見ているのではないのだと自認することができるところとなるのである。
イデオロギーが現実化して「現に存在するもの」として人々の前に現れることによって、人は観念の孤独から救われる。もし人がイデオロギーを「信じて現実を生きる」ことへの従属から逃れられないとすれば、それはまさしく、この観念の孤独から逃れたいがためなのである。
イデオロギーは、さまざまな人々の目につくような具体的な事物を通して現実化されることになるが、そのさまざまな事物は、同時に複数のイデオロギーを、重層的に現実化していることにもなるのである。
たとえば「公共料金の請求書」は、定められた料金は支払わなければならないとかいったような具合に「法あるいは社会規範のイデオロギー」や、または支払い額の家計への影響などといったような具合で「経済のイデオロギー」などを、その事物の中に同時に重層的に現実化したものとして人々の前に現れる。
またはそれが「エリアメールの不審者情報」であれば、地域社会や治安や秩序の維持、家族のイデオロギーなどを同時に現実化しているし、「国会議員が首相官邸で結婚会見しているのをテレビで見ていること」は、政治・家族・階級のイデオロギーなどを同時に現実化していることになるだろう。付け加えると、ノーベル賞日本人授賞者やスポーツの日本代表選手の活躍や海外で起きた大惨事での日本人被害者の有無についてのニュースなどにはナショナリズムのイデオロギーが忍ばせてあることは誰もが察する通りである。このように、一つのイデオロギーが複数の局面で現実化されていることもまたしばしばある。
さまざまな具体的な事物において現実化されることになる、重層的な種々のイデオロギーの中で、社会的な意味での人間は、そういったイデオロギーの重層的な現実化から、自分自身の社会的関係の重層的な現実性を、種々の重層的な「表象=意味」として受け取ることになる。
イデオロギーの現実化は人々に、彼らの実際に生きている社会的な現実を「表象=意味」として示すが、そこで示されるのは、イデオロギーがまさしく「関係の表象=意味」なのだということである。
たとえば「エリアメールの不審者情報」が届いたとき、ある人は自分は家族の安全を守らなくてはならないのだとか思い、あるいは別の人は反対に自分が不審者に間違われないか不安に思うなどといったように、それによって自分自身の社会における関係性や立ち位置などが、その事物を受け取った際の意識においてあらためて示されることになる。また、「国会議員が首相官邸で結婚会見するニュース」を見て、自分の立場として首相官邸で結婚会見することなどはけっしてありえないだろうといったような、ある種の「階級意識」をあらためて認識することにもなるだろう。
このようなイデオロギーの重層的な現実化は、「最終審級的」にはその社会の折々の「支配的なイデオロギー」を現実化しているのであり、そしてその「支配的なイデオロギー」とは大まかに言えば「国家のイデオロギー」なのである、というのがアルチュセールの主張するテーゼの一つでもあるわけである。
(つづく)
◎引用・参照
(※1)アルチュセール「再生産について」
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