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シモーヌの場合は、あまりにもおばかさん。----ヴェイユ素描----〈1〉

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 一九三四年、25歳だったシモーヌ・ヴェイユは、国立女子高等学校(リセ)での教職を一時離れ、かねてより構想していた、自ら一人の工場労働者として働くことを決意し、パリにあった電機部品工場へ見習工として通いはじめた。
 一応、研究目的として休職申請を提出してはいたが、別に学者としてのフィールドワークがその主眼であったわけではなかった。かといって、政治活動家として労働者をオルグしに行こうというわけでもない。ただ単に、一工員として働きに出かけ、その賃金だけで生活をする。それが彼女のやりたいことだった。
 一体、何のために?
 当然、周囲の者は首をかしげた。彼女の体調を案じて反対する者もあった。しかし彼女の衝動は止まらなかった。シモーヌ・ヴェイユという人の行動原理とは、終生だいたいこんな具合だった。

 リセの哲学教師として最初に赴任した地においてすでに、地元の労働者や組合・政治団体などとも交流を持ち、争議の際にはその先頭に立って、あげく新聞沙汰になるようなスキャンダルを引き起こしてさえいたヴェイユであった。しかし、彼ら労働者たちとの距離を縮め、本当に彼らの身になって考え、彼らの苦しい状況を変えるために働くためには、自分自身が彼らと同じ境遇に身を置くのでなければ、彼らの苦境について何を語ることも、それを救うためにいかなる行動する資格も、自分には持ち得ないのではないか、と彼女には感じられていた。
 さらにヴェイユにはこのようなこともその念頭にあった。労働者自身が、外から来た政治的な指導者の持ち込んだ知識や言葉によってではなく、労働者たち自らの内部から沸き上がった言葉によって、自らの置かれている現状について語りうる可能性を見出すこと。それと同時に、彼らの従事する労働自体が、現状のように他人の手段として働く隷属的なものとしてではなく、彼ら自身の心身と一致した自己表現となるような主体的なものとなりうる可能性を探ることも、この労働体験に乗り出す動機になっていたと考えられる。
 工場が人々の歓びの場所となり(※1)、そこで作られる製品が労働者自身の「作品」となり、彼らの日常生活そのものが詩や芸術そのものに昇華される(※2)、そんな可能性を現実の中から見出せないものか。もし労働者に関わる現実的な運動としてそのようなテーマを掲げるとしたら、それは少し夢想が過ぎるようにも思われるような話だった。それでも、ヴェイユは本気だった。衝動的な人間は、その衝動に突き動かされている間は常に本気である。彼女は、「もし耐えられないようなら自殺する覚悟だ」とまで、友人に手紙を書き送っていた。
 しかし、そのように意気込んで乗り出していった生活の中で、実際にヴェイユ自身が見出したのは、場違いな環境に翻弄され、なすすべもなく心身ともに擦り減り、疲弊しきってボロボロになったあわれな自分自身の姿だった。不幸な人々を支え手助けをするどころか、我が身の不幸に容赦なく直面し、逆に他の工員たちから支えられ慰められさえするばかりだったのが、彼女の工場生活の実情であった。
(つづく)

◎引用・参照
(※1)ヴェイユ「工場生活の経験」(『シモーヌ・ヴェイユ アンソロジー』所収)
(※2)ヴェイユ「奴隷的でない労働の第一条件」(『シモーヌ・ヴェイユ アンソロジー』所収)

◎参考書籍
シモーヌ・ヴェイユ
『抑圧と自由』(石川湧訳 東京創元社)
『労働と人生についての省察』(黒木義典・田辺保訳 勁草書房)
『神を待ちのぞむ』(田辺保・杉山毅訳 勁草書房)
『重力と恩寵』(田辺保訳 ちくま学芸文庫)
『シモーヌ・ヴェイユ アンソロジー』(今村純子編訳 河出文庫)
吉本隆明
『甦るヴェイユ』(JICC出版局)
冨原真弓
『人と思想 ヴェーユ』(清水書院)

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