続・うそとまことと

深月カメリア

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再会

第15話

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 別荘で一人、適当にテレビをつけていた塚田は突然の来客にドアを開けた。
「ボンソワール! ご機嫌いかが~って……」
 現れたのは2020の形をしたサングラスをかけ、アフロのカツラをかぶった城田だった。
 塚田は見なかったことにしてドアを閉める。
「塚田ちゃん! ひどいよ! 寒い中やってきたのに!」
「いやほんとどういうつもりかわからないです。あたし今パーリーピーポー迎える気力ないんで」
「ぱーりーぴーぽー?」
「はしゃぐの大好きな人達のことです」
 塚田は結局ドアを開け、城田を迎え入れる。
 だだっぴろい別荘のリビングに、人の気配が増えるとその分明るくなったように感じる。
 塚田はティーポットを操って、城田にノンカフェインの緑茶を淹れた。
「うーん。やっぱりそういう”おもてなし”はぐっと来るなぁ。日本に帰りたくなるよ」
「紅茶ならこっちにもいっぱいあるんじゃないですか?」
「紅茶と緑茶はほら、やっぱ雰囲気が違うし」
 そういうと城田はコートやマフラーを取り、カツラとサングラスも外してソファに座った。
 塚田の淹れたお茶をすすり、何度も頷く。
「いいね」
「何しに来られたんですか?」
「ああ、監督とノエル、他のスタッフも何人かこっちに来るって。ちょっとしたパーティーだね」
「連絡はもらってませんけど……」
「ごめん。サプライズのつもりで……」
 塚田は額を抱えた。
 というのも塚田はすっかり気を抜いた部屋着姿で、スリッパもぶかぶか。眼鏡は仕事用のスタイリッシュなものではなく、黒縁の大きめなもの。
 髪も頭頂部でお団子、すっぴん……とあまりにかわいげのない格好なのだ。
「言っといて下さいよ……着替えてきます」
「ええ? いいよ、そのままで」
「これ見られるのは恥ずかしいですよ!」
 塚田はそう言うと眼鏡を外し、髪をほどくと寝室に向かった。
 階段を登っていると、城田が声をかけてくる。
「一人? 中原と上原は?」
「デートですよ。ご存じでしょ」
「だったら僕、遠慮しようか。マティス達と出直してくるから」
 塚田は階段の踊り場で立ち止まり、城田を見た。
「別に良いですよ。ここあたしの家じゃないし」
「そういう問題? 女の子が一人なのに男を入れるもんじゃありません」
 城田の意見に塚田は明後日の方向を向いた。
「女の子って年齢じゃないですよ。とにかく着替えるので、適当にくつろいでて下さい」
「塚田ちゃん」
「良かったらおつまみでも作ってて下さいよ」
 塚田は何か言いたげな城田を置いて、寝室で着替え始めた。
 ちょっとしたパーティーと言っていたし、多少はおしゃれにした方が良いのか、と黒のワンピースを取り出す。
 ふと目をやったのは、細長い荷物だ。
 ミクと琴に着せてやろうと思って持ってきたもの。
 好奇心旺盛な二人は塚田に中身を訊いてきたが、塚田はそれは開けてのお楽しみ、と答えを教えなかった。
 塚田はふーっと息を吐くと、化粧台に向かって手持ちのメイク道具を広げる。
 目に入ったのは新品のリップ。
 琴が「塚田さんは透明感のあるオレンジ系の赤が似合いますよ」とくれたのだ。
 封を切ってくるくると出し、アップルティーのような鮮やかな色に首を傾げながらも頷く。
 あまり器用ではない塚田だが、リップをつけるとそれなりに顔全体が引き締まって見えた。
 よし、と塚田は寝室を出、階下を見下ろした。
 何か焼いているのか、美味しそうな匂いがする。
 塚田が言ったとおり、城田はおつまみを作り始めたらしい。
「何作ってるんですか?」
 キッチンに向かいながらそう声をかけると、城田がにっこり笑って振り返る。
「簡単にアヒージョね。後は野菜のオリーブオイル炒め。すごいな、ここ。調味料揃ってる」
「ミクと上原さんはグルメだから。というか、まあ食事も自己管理のうちみたい」
 塚田は手際の良い城田の調理に感心したように見入る。
「お上手なんですね」
「まあ一人暮らしが長くてね。褒められたもんじゃないけど」
「お一人なんですか」
「そう。困ったもんだよね~」
 城田は次々に料理を完成させる。
「これはパーティーで出そう。こっちは僕らで先食べちゃおうか」
「おっ、良いですね。お酒だします」
「持ってきたのがあるよ。赤も白も」
 城田の作ったアヒージョをつまみに、白ワインを開けて食べ始める。
 オリーブオイルのじゅわっとしたうま味がマッシュルームに馴染み、なんとも美味しい。
「美味しーい!」
「気に入った? あ、これもあるよ。鴨肉のロースト」
「作ったんですか?」
「家で作ってきたんだ」
「んん! やばい。美味しい」
「やったね。塚田ちゃんも作ってよ」
 城田の一言に、塚田は表情を固めた。
 早い話が塚田は料理が苦手である。
 火加減が悪い、切り方が悪い、味付けが悪い……琴とミクがキッチンで絶句していたくらいだ。
「あたし料理、ほんとダメ。出来ない」
「そうなの?」
 城田は目を丸くしながら、鴨肉のローストを口に運んでいる。
「あんま女の子らしいことが苦手なんですよね。裁縫もダメ、料理もダメ、掃除も苦手……彼氏は呆れちゃって、ふられてばっか」
 城田は首を横にふり、さもかわいそうに、と言わんばかりの顔を作った。
「かなしいねえ。僕は逆だよ。重いの持てない、少女漫画大好き、ファッションもメイクも大好き、最近じゃ香水とか集めちゃうしさ、昔はオカマなんじゃないかと自分でも疑ったし」
「オカマなんですか?」
「いや、それは違うみたいだ。恋したのは全員女の子だったし。ファッションは好きだけど、スカートやヒールはきたいってわけじゃなかったし」
「そうなんですか……得手不得手は皆ありますよね?」
「と思うよ。今は料理出来る男も増えてるし、別にいいんじゃない?」
 塚田は頷いて、ワイングラスを傾けた。
「ところでそれ、可愛いな」
 城田が塚田をじっと見つめながらそう訊いてきた。塚田はなんのことだろう、と首を傾げる。
「どれですか?」
「それそれ、リップかな? 口紅?」
 城田は塚田の顔を覗き込む。
 急に距離を詰められた形だが、城田はアーティスト魂がくすぐられたのか、一切の下心を感じさせない。無邪気に口元を見ている。
「えーっと……上原さんにもらったやつだから……名前はわからないかな」
「ああ、なるほど。よく似合うね」
「あ、ありがとうございます」
 口元をじっと見られるとは、これほど恥ずかしいものなのか、と塚田は頬を熱くする。
 思わず手で仰ぎ、城田がそれにはっとして姿勢を戻した。
「ごめん。嫌な気分にさせた?」
「いい、いいいえ」
 それから降りる沈黙。
 塚田はこの空気はあやしいのでは、と勘づき、姿勢を正したその時だった。
「ただいま……」
 と、ミクの声が聞こえてきた。
 てっきり帰ってこないものと考えていた塚田は弾かれたように立ち上がる。
「どうしたの?」
「塚ちゃん……あたしやっぱ女に見えない?」

***

 ミクは不服そうに唇をとがらせ、城田の用意したワインをぐいぐい飲み始めた。
「信じらんない。せっかく気合い入れていったのにさ、ラファエルって手も握んないの。食事は良かったよ、出前だけど。このご時世だから仕方ないんだけど。でもいつものように絵を見て、しゃべって、で、後はさよなら。ねえこれなんなの? せっかくデートだと思ってたのに」
 ミクはクッションを抱えたままソファに寝転がる。
 その頬はすでに赤く、酔いが回ってきたのだとすぐにわかった。
「でさ。あたしがもっと一緒にいたいなって言ったら、ラファエルなんて言ったと思う? 『ダメだよ、ミク。もうおやすみの時間だよ』だって。そりゃ外国人から見たら日本人って幼く見えるらしいけど、まるで子供扱いじゃん。ねぇ、あたしずっと子供だと思われてたわけ? 絵手紙もらって浮かれてバカみたいじゃないの。返事もいっぱい送っちゃったし……」
 塚田は城田に助けを求めるように視線を送ったが、城田は面白いものでも見るように口元をにやにやさせ、首を横にするのみだ。
「もうすぐ日本に帰るのにさ、このままラファエルとお友達ごっこで終わるってわけ? もうやだ。久しぶりにときめいて、もう終わっちゃうってこと? あ~あ、もう」
 ミクはクッションに顔を埋め、長い首を伸ばして猫背をひどくさせた。
「ミク。愚痴なら聞くから。とにかく顔あげてよ」
「うん。塚ちゃん。眠いっす」
「眠い? 歯磨いてきて」
「お母さんかよ~」
 ミクはそう言いながらもなんとか立ち上がり、洗面所に向かった。
 歩き方がやや千鳥足だ。
 塚田は心配になって彼女の背中を見守る。
「ラファエルは紳士じゃないか」
「そうですか?」
「そうだろ」
 ミクはソファに戻ると眠そうにまぶたを半分閉じていたが、話を続ける。
「でさあ、あたしがキスしようとしたのね。そしたらラファエル抱きしめて止めるんさ。その後なんて言ったと思う? 『僕は思い出になりたくないんだ』だって。こっちからしたらこれが最後のチャンスだと思ったんさ。なのにフラれたわけさ。あ~あ~。なんかてっきり両思いだと思ったのに、かっこわるいったら」
 ミクの話に塚田はおやっと思い、顔をあげた。
「それ、ラファエルはミクに本気ってことじゃない」
「だよなあ」
 と、塚田と城田が気づいたものの、当の本人は完全に酔いが回ったのか、クッションを抱いたままソファで微動だにしなくなっていた。
 やがて雪がしんしんと降り始める。
 窓に目をやった塚田は目を丸くした。
「なごーりーゆきーもー」
 城田がご機嫌よろしく歌い出す。
「この時期だと確かに名残って感じ」
「寒いんだけどね。雪が降ると温かい感じがするんだよな、僕は」
「あー、わかる気がします。あたしは家に閉じこもってさ、こたつで丸くなるの好きなんですよ」
「わかる。ああ日本恋しいよ。特に日本人と話すとたまらなくなるね」
「はは。お土産いっぱい置いてってあげます」
「やったね」
 城田と塚田はソファで眠るミクを囲み、二人でパーティーを続けた。
 城田のスマホには【雪が降ったから行けそうにない】というマティスからのメッセージが来たが、二人が気づくのは翌朝のことである。

***

 雪が静かに降る中、空が白くなりはじめ、都筑が顔をあげた。
 二人で折り重なるようにして、泥のように眠っていたのはわずかな時間だったらしい。
 都筑の腕の中で、琴はすやすやと眠りこけている。
 赤い吸い跡が花びらのように琴の体中に散り、あれほど行為を重ねたというのに彼女はなんとも清らかに見える。
 都筑はそっと彼女の唇に触れた。
 琴がくすぐったさに口を動かし、気配を感じたのか目をぱちぱちさせる。
「……普さん……」
「まだ寝てて良いよ」
「ううん……」
 琴は都筑に抱きつき、そう言うがまぶたがくっついたかのように目を開けない。
 都筑はふっと笑って、その小さい肩を抱く。
「体辛くないか?」
「うん……重い……」
 琴の正直な言葉に都筑は苦笑する。と、琴がしっかりと目を開けて見上げてきた。
「どうした?」
「……あのね……あの……自分でもよくわかってないから、説明が下手になるけど」
「……ゆっくりでいいから」
「うん……私……いつからか、何か抜けて落ちたような感じがしてたの。自分の中の、何か大切なものが。それからずっと、ちゃんと現実が見えてない感じがしてて……服を着たら作り笑いが勝手に浮かんでくる。化粧してもずっとしっくり来ないし……仕事はちゃんとしないとって、なんか勝手に切羽詰まってて……」
 琴が途切れ途切れに話す。
 都筑は頼りなげに話すその様子に、彼女が消えてしまうのでは、と感じその肩を強く抱きしめた。
「ずっと虚しかった」
「……そうか」
 都筑はそれだけ言うと、琴の唇に触れる。
 震えている。
 都筑はやるせなくなって息を吐き出し、琴を胸元に引き寄せると頭を抱いた。
「俺は……君のままの君が好きだ。君が他人のように感じて、逃げた格好になったけど、君自身が一番辛かったんだな」
「でも……」
「でも?」
「こうして逢いに来てくれた」
「君を取り戻したかったからな。だけど、もっと早く動けば良かった。後悔しても仕方ないけど、後悔してる。……君が何か失ったなら、また見つけにいこう。今度こそちゃんと、君がそれを失っても俺が持っておくから。君が君でいられるよう、俺が君を捕まえておくから」
 都筑は自分の胸元が濡れるのを感じた。
 琴を覗き込めば、まつげを濡らしているのが見えた。
 彼女はあまり涙を見せたがらない。
 都筑はそのまま髪に手を入れ、指にからめて撫でた。
「君も、俺が何か失ったら代わりに持っててくれよ」
「うん」
 琴は鼻をつまんだような声で返事する。
「ありがとう、普さん」
「ああ」
 琴は都筑に抱きつき、都筑の体を上で両腕をベッドにつくと、笑みを浮かべて都筑を見下ろした。
「うふふ」
 どことなくいたずらっぽい笑みに、都筑はつられて笑った。
「眠いんだろ?」
「普さんいつまで……こっちいられるの?」
「明後日の朝までだ」
「やっぱり……」
 琴は体を起こした。
「普さんとデートする」
「仕事は?」
 琴ははっとして、スマホを手にした。
 予定表を見れば、今日は多少の時間は確保出来そうである。
 大仕事が終わった所で良かった。
 明日は休みのようで、肝心の明後日は厳しそうだ。見送りには行けないだろう。
「晩ご飯は一緒にしましょう」
「じゃあ食べに……は行けないか。ホテルでいいな」
「はい。あっ、ねえ。ご飯だけでも監督の別荘でしてから、こっちに来ません? 車で大体1時間くらいです」
「ああ……いや、でも、迷惑にならないか?」
「ミクさんと塚田さんに聞いてみます」
「わかった」
 都筑は琴を抱きよせ、頬をよせた。
「ありがとう」
 都筑がそう言うと、琴は頬を赤くして頷いた。

***

 塚田の了承を得て琴は都筑と別荘に向かう。
 タクシーを降り、庭を歩いた。
 椿の花がいくつか咲いている。
 残念ながら満開ではないものの、ピンクや白、紅の色が鮮やかに青空に映える。
 足下には雪の跡。降っていたことに二人は気づかなかった。
 都筑は最低限の荷物を手に、琴の赤いコートが翻るのを見ていた。
「ただいまー」
 と琴がドアを開けながら言って、都筑を手招く。
 ブーツを脱いで入る彼女に続いて入れば、天井の高さ、柔らかい色だががルクスの強い照明が二人を出迎える。
 玄関マットは柔らかく、中を見れば広々としたリビングに暖炉。
 二人はアルコール除菌を衣服や手に吹きかけると入っていく。
 ソファにテーブルが置いてあり、穏やかな生活感が溢れる中に彼女らはいた。
 ワインボトルが散乱し、日本人男性と日本人女性二人が顔を赤くしてカーペットに転がっていたのである。
「……」
 都筑が驚いていると、琴は「城田さんがいる」と言いながら二人を踏まないようにして、キッチンに向かう。
 やがて琴は慣れた様子でティーポットとカップを持ってきて、お湯をテーブルの上で沸かすと紅茶を淹れ始めた。
 紅茶に含まれるカテキンで口内の菌対策だ。
 それで消えるウィルスとは言えないが、何もしないよりはマシだろう。
 琴を手伝うかと思ったが、何をすべきかわからない。
 とにかくミクや、そのマネージャーである塚田、もう一人の男性を起こさないよう、荷物を部屋の隅に置くと、琴が持ってきたカップの紅茶を受け取る。
「ありがとう」
「ううん。なんか……いつもはこんなに荒れてないんですよ。塚田さん……は」
「塚田さんは?」
「ミクさんはたまーに酔っ払っちゃうから」
「そうか……食事してたみたいだな」
「ですねぇ。あっ、お茶漬けの素開いてる」
 都筑は今何時か、と左腕を持ち上げた。
 琴が目を見開いてそれを見た。
「それ……」
「ん?」
 都筑は琴の視線の先を知ると、「ああ、うん。勝手に開けた。ありがとう」腕時計を持ち上げ、琴に見せてやる。
 彼女が選んだ誕生日のプレゼントのベルトが、しっくりと手首に馴染んでいた。
「似合ってる……良かったです」
「ちゃんと選んでくれたんだろ? 店員さんがその時のことを教えてくれたよ」
「ええ? 私はただ……」
 琴は照れたように頬を赤らめ、目尻を下げて都筑を見つめる。
 都筑は昨夜のことを思い出し、喉がひりつくようにまた欲望に火がつく。
 都筑は琴の手を取り、指を撫でた。
「やだ~……見てるこっちが恥ずかしい……」
 と、唸るような声でそう言われなければ、都筑は琴に口づけていたかも知れない。

***

「ミクさんどうしたんですか?」
 琴が疑問をぶつけると、塚田は額をかいて「実はさ」と口を開いた。
「撮影の後ラファエルに会いに行ったんだよ。で、食事とかはしたんだって。でもそっから何もなくて帰されたって。彼は『思い出になりたくない』って」
 琴は目を丸くする。
「それで……」
 ワインボトルを指さす。
 おそらくフラれたと思い込んでやけ酒をしたのか、と琴は当たりをつけた。
 塚田は頷く。
「もったいない。おそらく本気じゃないのか、その……相手は」
 都筑が思わずそう言えば、塚田が「ですよねぇ」と目を輝かせる。
「いやー、アバンチュールだったらどうかなって思ったんですよ。お互い後腐れなしの旅行中の火遊び……いやいやそんなのくそ食らえだわって。でもラファエルは思ったより紳士みたいでほっとしました」
「その方が問題になったりしないんですか?」
 都筑がそう言えば、塚田は頬を引きつらせて視線を伏せた。
「ですよねぇ……」
「おはよう」
 城田が起き出した。
 おはようございます、と三人の声が重なり、城田は眼鏡をかけると「ん?」と首を傾げる。
「どちら様……」
「あ、失礼しました。都筑と申します」
 都筑は律儀に名刺を取り出し、城田に渡している。二人は挨拶もそこそこに、お互いの職業について話し始めた。
「で、リスクマネジメントの方がなんで?」
「上原さんの恋人ですよ」
「……」
 塚田の言葉に城田は顔をあげ、都筑を見つめると破顔して笑う。
「いやー! そうなの! 君が噂の! こんなロマンスを実行するなんて優男かなと思っていたけど、まるで侍みたいな人だったのか!」
 いやいや光栄、と城田が大きな声で話し出し、都筑の肩を叩きつつ握手している。
 都筑は困り顔を浮かべている中、城田のご機嫌な声にミクが目を覚ます。
「あったま痛いよ……」
「あ、ミクさんおはようございます」
「おはよぉ、琴さん……あら、都筑さんじゃん」
「お久しぶりです」
「はーい……」
 ミクはむくっと上半身を起こし、頭を支えるようにした。
「くっそ飲み過ぎた」

***

 レトルト混じりの朝食を終えると、ミクがテーブルに頬杖をついて琴を見つめた。
「琴さんさ……都筑さんとピンチじゃなかった?」
 琴にしか聞こえないよう、小さな声だ。
 都筑は城田に気に入られたのか、城田にずっと話込まれている。
 琴はミクに視線を戻すと、テーブルの下、膝の上で手を組んだ。
「ええ、まあ……」
「御利益欲しいわ~。どうやって乗り越えたの? てかどうやって付き合いだしたの?」
「ええ? 参考にならないんじゃ……」
 琴の恋愛経験など今の都筑とのそれしかないのだ。ミクに何を聞かせるというのか。
 しかしミクは本気のようだ。
 じっと琴を見つめる目は撮影中のそれと同じ。カメラをじっと見つめて挑発、あるいは誘いかけるような蠱惑的なもの。
 琴は追い詰められたネズミの気分になった。
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