この人以外ありえない

鳳雛

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21. 日常に戻る ― 新婚旅行3日目 ―

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「糸(いと)ちゃん、かっこいー!」
「依(より)ちゃんもかっこいいよ」
今日はこの南の島を観光する予定だ。
外に出る前に、ホテルでレンタルサービスしている民族衣装を試着していた。

この島の民族衣装の色はモノクロ。
自然が鮮やかな色を作ってくれるから、人間は白と黒だけで表現しようとしたんだって、ホテルの従業員が教えてくれた。
上はでかい袖無しパーカーみたいな形になってる。下も大きいシルエットだけど、丈が選べた。
私は上下とも黒で統一して、下は七分丈のズボン、
依は上を白、下を黒の短パンにした。

「…よし」
試着後にもう一度、腕に傷がないことを確認する。
こんな袖の無い服なんか、学生の時以来だ。
外で腕を出せる日がまた来るなんて想像もできなかったけど、
プロポーズしたあの日からは一度も依に殺されかけてないから、もう体に傷なんてない。
この島はあったかいから、私も依くらい足も出したかったんだけど、これまでの習慣のせいで抵抗があった。

最後に私と依は伝統の織物であるチェック柄の腰巻をつけた。
「ふふ、ペアルックだね…//」
依は照れながらそう言うけど、実際はこの島の観光客みんなとペアルックだ。

**************************

ホテルを出て観光を開始する。
予約したレンタカーに乗り込んで出発だ。
「糸ちゃんの運転するところ、初めて見る…!」
私としては、不定期だけど、仕事でいろんな車を使ってるから運転に新鮮味を感じない。
でも、隣に依を乗せて走るのは初めてだ。
よそ見しないで運転できるかな。

ブーーン…
海岸沿いの道路は潮風が気持ちいい。
海、植物、トンネル。どの景色も見ごたえがある。
「すごい!すごーい!」
「・・・」
そんな素敵な景色も見ずに、依は私をガン見している。
「依ちゃん、外見ないともったいないよ」
「なんで?」
「ここは非日常なんだから、いつもみたいに私だけ見てちゃダメなの」
「んー、わかった!」
まったくわかっていないようだ。
「ほら依ちゃん、建物見えてきたよ」
「わ~!」
最初の目的地に着こうとしているのに、依はまだ私のことを見ていた。

**************************

最初の観光地は歴史館。
この島の生き物や文明の歴史の資料を見て回る。
館内には私たちと色違い・ズボンの丈違いの人たちがたくさんいた。
歴史館にこの民族衣装で来れば入館料の割引があるからね。

「なるほど~」
依は水族館の時と同じく、私以外の人間は認識できていないようだけど、人以外のものには目を向けられている。
依は賢いから、こういった資料を理解するのは簡単だろう。
「この島こんな文字あるんだ!あ、でももう使える人いないんだ」
「・・・」
大学生の頃も、勉強熱心だったよね。
「?、糸ちゃん?」
ああ、いけない。
運転の時に見れなかったからか、依ばかり見てしまっていたみたい。
この島に来てからますます依に夢中だな、私は。

**************************

屋台が並ぶ大通りで昼食にする。
通行止めになっているこの通りは、大勢の人でにぎわっている。
屋台には、定番のたこ焼きや焼きそばやクレープなんかもたくさんあるけど、
この島でしか採れない果物も売ってあって、私たちはまずそれを頂くことにした。

休憩用のテントに移動して、白いマンゴーみたいな果物を食べる。
味は…正直よくわからなかったけど、依は気に入ったみたい。
「これおいし~!」
「よかった。じゃあ次のもの買いに行こう」
「うん!」
私と依はそれを完食して、手をつないでテントを出た。
からあげ食べたい。

「ん?なんだあれ」
「こっちに来るぞ!」
「逃げろ!」
屋台が並ぶ大通りで列に並んでいたら、向こうで人の叫び声が聞こえてきた。

列の前後にいた人も不思議に思ったようで、叫び声の方に注意を向ける。
そして、だんだんその声が大きくなってきた。
同時に、車の音も聞こえてきた。
おそらく、この通りが通行止めということに気づかない観光客が車で来てしまったのだろう。
「依ちゃん、こっちおいで」
依を連れて道の端へ移動しよう。
「あ!さっきの果物!」
「!?」
そう考えたのに、依は私の手を離して道の真ん中に出ていった。

まずい。
依は人の叫び声も、人が逃げているのも認識できていない。
急いで依を追いかけるけど、車はすでに近くまで来ている。

ブオン
「え」
依がやっと車の音に気付いた。
でも、依の数メートル先にはもう車が迫っている。
「…!」
依は多分、右に避けようとする。
でもあの距離ではギリギリ間に合わない。
物を投げても無駄だし、投げる物を探してる時間もない。
望みは今走っている私の体一つ。

これは、最終手段の出番だね。

私はフードをかぶって道の右側を走った。
「っ!」
狙い通り、依は右に避けた。
よし、このまま…!

ガバッ

サッカーのゴールキーパーのように思いっきり飛び込む。
そして、依を空中で引っ張るように抱きしめて、側で車とすれ違う。
地面に背を向けて、依を全身で包む。
ズシャー…
そのまま地面に落ちた。
作戦成功か?
「糸ちゃん!大丈夫!?」
「ああ、うん」
成功だな。
私の上に乗っかった依に怪我は無さそう。

ドゴンッ
依をひきそうになった車は大木にぶつかって停車した。
もしかしたら、通行止めに気づいていたけど、車が故障して暴走したのかもしれない。
あの車は依に怪我を負わせていたかもしれない。
でも、依も不注意だったし、守れないとしたら私の力不足だ。

『おおおお!!』
『すげぇ!映画みたい!』
『警察と救急車呼べ!』
仰向けのまま青い空を見上げて、周りの騒ぎを聞く。
自分でも思い切ったことをしたと思った。目立つのは嫌だけど、今回は仕方ない。
「糸ちゃん…」
これだけの騒動が起きても、依はやっぱり私だけを見てる。

あー、背中が熱い。
フードのおかげで頭は守られたけど、体の後ろ側は摩擦で大変なことになってる。
服破けてないかな?
依を立たせて土ぼこりを払ってあげた後、軽く自分の体を動かしてみる。
「・・・」
骨は折れてなさそう。
でも、
「いっ…だ…」
そういえば、今日は腕が丸出しだった。
背中側の腕が削れてて、血が出はじめた。
「はぁ…」
なんだよ。結局ここに来ても出血かよ。

残念だけど、観光は中断だ。
事故に遭いかけたんだ。
警察にこの状況を報告しなきゃ。
それに、この腕の傷もすぐに回復してくる。
そんなところを周りに見られたら困るし、もうすぐ救急車が来てしまう。

「依ちゃん、今から―――」

ガブ

「が…!」
依が私の傷口に噛みついた。
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