上 下
37 / 38

四国茶会 5

しおりを挟む
「禁忌の魔導書……?」


 クロエの言葉を聞いて、レイナとシスリルが首を傾げる。
 おそらく二人にとって禁忌の魔導書という存在は、初めて聞くものなのだろう。


「……なんのことだ?」
「なんのことって、他の二人はわからなくてもあんたは知っとるやろ?」
「仮に何か知っているとして、俺がお前に話すと思うか?」


 一瞬にして周囲の空気が変わる。
 禁忌の魔導書、それを俺に聞いたということはクロエが魔導書の存在を知っているということの他に、カーラから俺が禁忌の魔導書について聞かされていることを知っているということになる。
 それだけでも、警戒を強めるに値するだろう。


「ふうん、やっぱ知っとるんやな。ということは、やっぱりあの管理理事から聞いていたんやね」
「さあな」
「隠すのが下手やな」
「別に是が非でも隠さなければいけないことじゃないからな。ただ、どうしてお前が知っているのかは気になるな」
「禁忌の魔導書の存在は、三国の王族に連なる者、それと中立国の代表である、カーラ・アストレアしか知らんことなんよ。この世で知っているのは数十人ってとこやな」


 だから、レイナとシスリルが知らないのか。
 そして彼女はわざとなのか、自分で自分が王族に連なる者だから知っているということを言った。
 まあ、あの魔術と魔力量だ、それ相応の身分の者の気はしていたが。


「俺が知っているのは存在だけだ」
「……それじゃあ、禁忌の魔導書がどこにあるかも知らんということ?」
「ああ、知らない。興味がないからな」
「管理理事から、何も聞いてへんの?」
「聞いていないな」


 正確には、カーラに聞いても教えてくれなかったのだが。
 そして、クロエは俺が言ったことが真実なのか嘘なのかを見透かすようにジッと俺を見つめ、がっくりと肩を落とす。


「そう、残念やな。もしかすると、あんたなら何か彼女から聞いていたと思ったんやけど……」
「もしも知っていて、どうするつもりだったんだ?」
「どうする、か……そんなん決まってるやろ」


 クロエはクスッと笑みを浮かべる。


「レノン王国の所有物にする。そもそもの話やけど、三冊ある禁忌の魔導書は三国それぞれで一冊ずつ保管するはずやったんや。せやのに昔の人は誰も使えんからって、三国、それに中立国とでどこかに隠したんよ……」
「隠した? だったら、俺じゃなくレノン王国のお偉いさんに聞けばいいんじゃないのか?」


 クロエの言った通りなら、隠した場所自体はレノン王国の誰かが知っているのだろう。であれば俺に聞く必要はないと思った。

 すると、クロエは手に持っていたマグカップを置き、ため息をつく。


「その場所を知る者は、もうレノン王国にはおらん。不自然な死に方をしてな」
「不自然?」
「……簡単に言えば反乱が起きたんよ」
「それは当然、レノン王国の内部で起きた反乱ということか?」
「ええ、そうや。反乱を起こした者たちの証言は生活に困ってと言っておったけど、まあ、不自然な部分が多くてな……。結局はその反乱が起きたことによって、禁忌の魔導書がどこに隠されていたのか、それを知っている王族に連なる者たちは同時に亡くなったんよ」
「ですが、話を聞くかぎりでは、あなたもその一人だったのではないのですか?」


 シスリルの疑問に、クロエは少し間を空け答える。


「色々と、事情があるんよ……。料理屋の娘だって、両親が営むお店の経営費や売上額をはっきりとは把握しとらんやろ?」
「つまり、クロエはまだ子供だから知らされていなかった。そして知らされる前に、その反乱が起きて情報は消えてしまったと、そういうことか?」
「そんなとこやな」


 であれば、レノン王国には禁忌の魔導書という存在を知る者はいても、その隠された場所を知る者はいないということか。


「まあ、うちとしては禁忌の魔導書が無いなら無いで良かったんよ。昔の人々が使えなくて隠したのやったら、どうせうちの国の人間で使える者は誰もおらんかったやろうし。しっかりと隠してくれているんやったら、それでええか。……と、今までは楽観視しておったんやけど、この学園に来て事情が変わったんよ」
「それは、さっきのヴォルディモアとメリッサが一緒にいたこと、それが関係しているのか?」
「その通り。さっき話したように、禁忌の魔導書が隠された場所を知る者は三国の王族に連なる者と中立国のカーラ・アストレアだけ。せやけど、うちの国に隠し場所を知る者はおらんくなった。なのに他の二国には知っている者がおる。そしてなぜか、いつの間にかペシャレール王国とガルダンダ王国の生徒が仲良くなっとる。明らかにこれは、おかしな状況やと思うんよ」
「……別の二国が裏で手を結び、隠し場所から持ち出す可能性がある」
「もしくは、既に持ち出されているか」


 カーラは言っていた、”禁忌の魔導書の一冊が三国のどこかに盗まれた”と。であれば、クロエの言ったことが本当なのであれば、盗んだのはレノン王国ではなく、ペシャレール王国かガルダンダ王国のどちらか、あるいは、手を結んだこの二国だろう。

 それと、レノン王国で起きた反乱、それをこの目で見ていないからはっきりと断言できないが少し気になるな。


「さっきクロエは、自国で起きた反乱が不自然だと言ったが、それは要するに死に方というよりも、起きた理由が不自然だったということか?」
「ええ、その通りや。そう思う理由として、反乱を起こした者たちは生活に困ったからしたと口にしておったんやけど、生き残れる可能性はほぼ無い無謀な反乱だった。それに連中、攻める作戦は念入りに立てとったくせに、逃走の作戦は何も考えておらんかった。おそらく、殺されるとわかっていて仕掛けたんやろうな。だとすれば、反乱を起こした理由は禁忌の魔導書を知る者を消す為であり、それを仕組んだのがうちの国の人間ではない可能性も、少しは考えなければいかんやろ?」
「なるほどな。それで、他の二国に占有される前に、レノン王国としては自国で確保したいということか」
「そんなところやね。それに、レノン王国で知る者は消され、ここ中立国で唯一の知る者であったカーラ・アストレアも殺された」
「……それも、知っていたんだな」
「そもそもあんたらに教えたのは、うちのかわいいネコちゃんなんやから」
「じゃあ、あのリトと同じ村の出身だっていうマリーナは」
「うちに仕えてくれている子や」


 そこまで話すと、クロエはレイナとシスリルに視線を向ける。


「本当は全員を助け出すつもりやったんやけど、あの場に駆け付けられたのは戦う力を持っていないネコちゃんだけで、二人の家族を助けるだけで精一杯やったんよ。ごめんな」
「いえ、お爺様だけでも救ってくれたこと、とても感謝しております」
「私も、あの、ありがとうございます! あなたのお陰で、両親が無事でした」
「そっか、せやったら良かったわ」


 二人は素直にお礼を伝えると、クロエは満足そうに頷いた。


「だが、どうやって救い出せたんだ?」
「それは簡単な話よ。あんたらがしようとしてることを、あんたらの国のお偉いさん方に密告するぞーって脅したんよ」
「……ということは、仮面の連中のしようとしてることは」
「ペシャレール王国とガルダンダ王国がしようとしてることではないか、もしくは、関係性を突かれたくないかのどっちかやな」
「なるほど。それで、二人の家族を救ってくれたのは、ただの善意じゃないんだろ?」
「……ふうん」


 クロエは言っていた──中立国は泥船であり、救う価値はないと。
 そんな彼女が二人の家族を救ったことは、おそらく善意や気まぐれなんかではなく、何か理由があってのことなのだろう。
 人間は損得勘定で動く。
 だとすれば、クロエの二人の家族を救うという行動は、彼女にとって利益を生むことだったのだろう。


「本当なら、家族も従業員も救って、あんたに多大な恩を売るはずやったんやけどな」
「俺に……?」
「うちのこれまでの考えは”中立国を見捨てる”や。助けても不利益しか生まないんやからな。せやけど今は、そんな不利益が倍の利益に変わる。それが、あんたという存在なんよ」
「……」
「吸血鬼っちゅう魔族は、古来より眷属にした人間の女性を見捨てることはできん存在と知らされていた。それはあんたの父親が、あの場で、カーラ・アストレアを救い出したようにな」


 そこまで言い切って、はっきりと理解した。
 クロエはカーラが生きていることを知っている。そしてレイナとシスリルの家族を救ったことは、最も俺へ恩を売る

 そして、クロエは再びレイナとシスリルに向け、今度は笑顔を向ける。


「二人の家族を救ったこと、さっき感謝してくれたんよな? だったら、今度はうちのこと、助けてくれへん?」
「……」
「まさか、恩を感じて後は何も知りませんなんて、そんなひどいこと言わんよな? それに──」


 今度は後ろを振り返る。
 そこにいたのは、壁の上で横になっていた金色の毛並みのネコ──リトだった。


「あのネコちゃんが救おうとしていた村の住民も、うちが助けてあげたんよ。今は、安全な場所におる。この恩も、ちゃんと返してもらわんとな?」
「……そういうことか」


 気付かぬうちに、レイナとシスリル、それにリトはクロエに助けられたということか。それに言葉では口にしないが、リトの村の住民が人質になっている。
 それを見捨てることが俺にはできないことも、クロエは計算済みなのだろう。


「何が目的なんだ……?」
「ふふん、簡単なことや」


 クロエは立ち上がると、制服のスカートをまるでドレスのように見立てて、カーテシーをする。


「改めて名乗りを。うちはレノン王国の王女──クロエ・リル・レノン。ユクス・アストレア、あんたうちの夫になってくれへん?」
「俺が、夫に……?」
「「はあ!?」」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

テンプレな異世界を楽しんでね♪~元おっさんの異世界生活~【加筆修正版】

永倉伊織
ファンタジー
神の力によって異世界に転生した長倉真八(39歳)、転生した世界は彼のよく知る「異世界小説」のような世界だった。 転生した彼の身体は20歳の若者になったが、精神は何故か39歳のおっさんのままだった。 こうして元おっさんとして第2の人生を歩む事になった彼は異世界小説でよくある展開、いわゆるテンプレな出来事に巻き込まれながらも、出逢いや別れ、時には仲間とゆる~い冒険の旅に出たり 授かった能力を使いつつも普通に生きていこうとする、おっさんの物語である。 ◇ ◇ ◇ 本作は主人公が異世界で「生活」していく事がメインのお話しなので、派手な出来事は起こりません。 序盤は1話あたりの文字数が少なめですが 全体的には1話2000文字前後でサクッと読める内容を目指してます。

女神から貰えるはずのチート能力をクラスメートに奪われ、原生林みたいなところに飛ばされたけどゲームキャラの能力が使えるので問題ありません

青山 有
ファンタジー
強引に言い寄る男から片思いの幼馴染を守ろうとした瞬間、教室に魔法陣が突如現れクラスごと異世界へ。 だが主人公と幼馴染、友人の三人は、女神から貰えるはずの希少スキルを他の生徒に奪われてしまう。さらに、一緒に召喚されたはずの生徒とは別の場所に弾かれてしまった。 女神から貰えるはずのチート能力は奪われ、弾かれた先は未開の原生林。 途方に暮れる主人公たち。 だが、たった一つの救いがあった。 三人は開発中のファンタジーRPGのキャラクターの能力を引き継いでいたのだ。 右も左も分からない異世界で途方に暮れる主人公たちが出会ったのは悩める大司教。 圧倒的な能力を持ちながら寄る辺なき主人公と、教会内部の勢力争いに勝利するためにも優秀な部下を必要としている大司教。 双方の利害が一致した。 ※他サイトで投稿した作品を加筆修正して投稿しております

貴族家三男の成り上がりライフ 生まれてすぐに人外認定された少年は異世界を満喫する

美原風香
ファンタジー
「残念ながらあなたはお亡くなりになりました」 御山聖夜はトラックに轢かれそうになった少女を助け、代わりに死んでしまう。しかし、聖夜の心の内の一言を聴いた女神から気に入られ、多くの能力を貰って異世界へ転生した。 ーけれども、彼は知らなかった。数多の神から愛された彼は生まれた時点で人外の能力を持っていたことを。表では貴族として、裏では神々の使徒として、異世界のヒエラルキーを駆け上っていく!これは生まれてすぐに人外認定された少年の最強に無双していく、そんなお話。 ✳︎不定期更新です。 21/12/17 1巻発売! 22/05/25 2巻発売! コミカライズ決定! 20/11/19 HOTランキング1位 ありがとうございます!

転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】

ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった 【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。 累計400万ポイント突破しました。 応援ありがとうございます。】 ツイッター始めました→ゼクト  @VEUu26CiB0OpjtL

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

処理中です...