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生贄、そして
しおりを挟む「これが魔族召喚か……ふふっ、あはははっ!」
七番は目の前の最高傑作を見て、高笑いする。
そして無言だった大男の五番とやらも、口端を釣り上げた。
「これが、魔族召喚……」
「……ユクス様」
人間であるレイナとシスリルにとって、俺以外で初めて目にする魔族。その姿は巨大で、ヘドロと化した全身が動く姿には恐怖を感じるだろう。
「二人とも、心配するな」
俺は一歩前に出る。
「ふふっ、はははっ! やった、やったぞ! 多くの人間の魂と肉体を生贄に生み出した魔族召喚。ついに僕も成功させたぞ!」
「嬉しいか?」
「ああ、嬉しいさ! 忠実なる魔族を従えることができれば、何千、何万の兵を得たと同じこと。これを手に国に帰れば──」
「深淵より出でよ、無限の槍──ヴェノムランス!」
ゆったりとした動きで器から這い上がろうとする出来損ないに、俺は魔力を放つ。
巨体を囲うように展開された三段の魔法陣から生み出される無数の槍。それらは出来損ない目掛けて放たれ、全身のヘドロを貫く。
「あ、うっ……?」
槍が全身を貫通し無数の空洞を作る。
出来損ないは動きを止め、苦し気な声を漏らした。
「魔界に帰れ」
声を掛けると、出来損ないの全身は勢いよく弾け飛んだ。
「ど、どう、して……?」
周囲にヘドロをまき散らし消えた出来損ないの成れの果てを見て、七番は膝から崩れ落ちる。
「どうして? 簡単なことだ、お前が召喚した魔族は、完成していない出来損ないだった、ただそれだけのことだ」
「出来、損ない……? 出来損ないだと!? 僕の魔術に間違いはなかった! 生贄の数だって、少しの誤算はあったが間違っていないはずだ!」
一歩、また一歩と俺は七番へと近付いていく。
「く、くるなっ! おい、五番!」
七番の声を受け、五番が立ち塞がるように巨大な斧を振り上げる。
「お前たちの頼みの綱である魔族召喚は終わった、それでも歯向かうのか?」
「が、ぐうッ!」
生成した黒剣で一突き。
大男の巨漢を貫くと、振り上げた斧は力無く落ち、五番の巨体は大きな音を生みながら倒れる。
「お、おい……っ!」
「どうした? こいつがいなければお前は何もできないのか?」
コツ、コツと子気味良いリズムを奏でるように七番へ歩き出す。奴の顔が青ざめ、尻もちを突きながら後退し魔導書を手に持つ。
「え、ええっ、炎帝の鉄拳を──」
「──どうした、声が震えているぞ?」
七番へと一気に詰め寄り、俺はその小さく震えた男の胸ぐらを掴み持ち上げた。
「や、やめろッ! 離せッ!」
魔導書を捨て、俺の手を叩き、必死に逃れようともがく七番。
「どうした? 大切な魔導書を手放して良かったのか?」
「た、頼むッ! 許してくれ! 謝るからッ!」
「誰に、謝るんだ? 騙して生贄にしてきた、ここの人間たちにか?」
「そ、そうだッ! それにもう僕たちは中立国を離れる、だからッ!」
「そんな軽い言葉で、許されると思っているのか……?」
ヒッ、と脅えた声を漏らす。
こんなにも軽くて弱い子供が、たった少しの魔力を持って生まれただけで大勢の者の上に立ち、何よりこいつなんかでは手に負えないような魔族を従えようとするのか。
俺はこの子供を睨みつけた。
「冥途の土産に教えてやるよ。魔族召喚はな、魔界で暮らす魔族たちが、自分たちの種族が絶滅してでも、敵に一矢報いたいと願い使用する捨て身の禁術だ」
持ち上げた手に力がこもる。
魔界にいたとき、何度も魔族召喚を使った魔族と殺し合いをしたことがあった。俺も、連中も、生きる為に必死だった。
そして魔族召喚をした魔族の顔は、いつも笑っていた。自分たちの命を捨ててでも、俺たちを殺すという気持ちの表れだろう。
決して、今のこいつのように命乞いをした奴はいなかった。
「どうした、俺から助かるなら自分の魂と肉体を犠牲にして、魔族召喚をしたらどうだ?」
「そ、そんな……頼むッ、助けてくれっ!」
「できないよな? お前は、生きようとした人間を騙し、その命を犠牲にして魔族召喚を行ったんだから。自分の命を犠牲にする覚悟なんてないよな!?」
右手に持った黒剣を引く。
「魔族の世界に、命乞いなんてないんだよ」
勢いよく黒剣を突き出す。
ムギュッ、という肉を貫く感触と共に、男の断末魔が響き渡る。
ぴくりとも動かなくなった七番の体を地面に落とし、俺は黒剣を消す。
「ユクス……」
「ユクス様」
先程までとは違い静かな空間に、二人の声が響く。
俺は二人に目を合わせずに、上の階層へ向かったリトに声をかけた。
「……リト、上の様子はどうだ」
『ユクスかい? 今二人の家族を見つけたとこさ』
「家族というのは、レイナの両親と、シスリルの祖父だけか?」
『え? うん、そうだけど……』
「そうか」
俺は大きくため息をつく。
そして、レイナとシスリルへと向く。
「両親も祖父も、リトが見つけたそうだ」
「本当に!?」
「良かったですわ!」
二人とも喜んでいた。
それはそうだ、上の階にいるということは、魔族召喚の犠牲にならなかったのだから。
だからこそ、真実を告げるのが辛く感じる。
「……七番と名乗った男は、生贄の数に誤算はあったけど、ほぼ魔族召喚を完成させたと言っていた」
「ええ、だけどユクスが、出来損ないって……それって、足りなかったってことよね? 私の両親や、彼女のお爺さんがいなかったから」
「いや、違う。足りなかったのはシスリルの父親一人だけだ。あとはきっと、既に生贄にしていたのだろう」
レイナは気付いていなかったが、シスリルは、彼女は父親の前に犠牲になった者たちの正体を知っていたのだろう。
「もしかして、アノーロワ商会の……」
「人数としては、大勢いたはずだ」
「そ、んな……」
そう告げると、シスリルは全てを察し泣き崩れた。
俺たちがここへ来たときには既に、シスリルの父親一人しかいなかった。だけど七番は、魔族召喚を完成させていた。
犠牲になったのはレイナの両親でも、シスリルの祖父や父親でもない。
であれば大勢の人間を──アノーロワ商会で働く者たちを生贄に使ったのだろう。
主が暮らす屋敷に、本来は勤めているはずのメイドや執事、それに用心棒がいるはずだった。だがあそこには、シスリルと彼女に仕える数名の用心棒しかいなかった。ということは、シスリルではない主──ベイルに付き従ったのだろう。
ベイルと同じく三国で暮らす未来を望んでいた者たちは、何も知らずここへ連れて来られ、騙されてるとも知らず生贄にされたのだろう。
泣きじゃくるシスリルを、レイナが慰める。
俺はかける言葉が、思いつかなかった。
『……ユクス』
「どうした、リト」
不意にリトの声が脳内に届く。声色は、どこか先程と違って暗く感じた。
俺はシスリルとレイナから少し離れてから言葉を返す。
「もう学園の外に着いたのか?」
『いや、まあ……』
「……何かあったのか?」
『まだ確実かどうかはわからないが、よく聞いてくれ』
少し間を空け、リトは告げた。
『管理理事のカーラ・アストレアが──殺されたそうだ』
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