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地下へ

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 夜の市街地に人気はちらほらとあったが、一歩学園の敷地内へ足を踏み入れると、人はおらず風の音しか聞こえない。


「この静けさだと、朝までこの中で何が起きていても誰も気付かないだろうね」
「そうだな」


 外から見た学園に何の違和感もない。
 ただ一定の距離まで近付き手を伸ばすと、


「……なるほど」


 水面に手を突っ込んだような感触があった。おそらくこの先は、外から見た学園の姿と異なるのだろう。


「入るぞ」


 俺は幻術遮断の魔術の中へと足を踏み入れる。
 そして、目に入った空は、どことなく夜の魔界に似ていた。


「暗雲……?」
「だな。この学園の上空だけというのも、少し気味が悪いな」
「ねえ、ユクス。あれは幻術遮断の魔術を使っているからなの?」
「いや、違う。この魔術はただ全体を包むように膜を張っているだけで、その他の影響は及ぼさないはずだ」


 だが、現に上空には外になかった暗雲が立ち込めている。


「考えられるとすれば、学園内で良からぬことをしているかだな」


 その言葉に、レイナとシスリルの表情が強張る。


「中にいるかもしれない者たちが心配だ。行くぞ」


 俺たちは学園へと足を踏み入れる。
 学園内で俺たち学生が出入りしていい階層は一から三階までで、部屋も限られたところしか行けない。

 ──生徒に秘密にしていることもあるのよ。

 カーラは言っていた。
 俺には関係ないと話を流してしまったが、こうなるのだったら、気にして聞くべきだったか。


「……魔力を感じるのは下だ。上の階層には何も感じない」


 今いるここが一階だ。そして魔力を感じるのは、あるのかもわからない地下からだった。


「地下か。だが僕は、人の気配が上からするんだ……」
「上から? だとすると、レイナの両親やシスリルの祖父がいるのは上か」
「別々の場所にいるって、じゃあ私のお父さんたちをここまで連れて来た意味ってなに?」


 レイナの言う通り、何かの人質だとしたら全員が地下にいるべきだろう。だが違うということは……。


「連中の狙いが、元から二人の家族ではなく別にあった可能性だな」
「別に……?」


 最初から二人の家族は関係なく巻き込まれただけで、本来の目的は、俺たちが救い出しに来るようにし向けたかっただけか。
 そして、考えられるのは俺の存在。もしも連中が禁忌の魔導書を手にしている者なら、俺をここへ誘き出したかったか。
 だとすれば、二人には家族を救いに行かせ、俺は地下へ向かうべきだろう。
 もしも禁忌の魔導書と無関係の奴らだったとしても、フルーゲル廃墟で逃げられたことによって聞き出せなかった連中の目的がなんなのか、それを確かめる為にも行くべきだろう。


「俺は地下に行く。二人は家族の救出に向かってくれ」


 そう考え伝えたのだが。


「私はユクスと一緒に地下へ行くわ」
「わたくしも、ユクス様とご一緒いたしますわ」


 レイナとシスリルは、俺と共に地下へ向かうころを選択した。


「上から魔力を感じないのであれば、私の家族は、ネコと彼女の家が雇った用心棒で問題ないでしょ?」
「だがいいのか? 地下にはおそらく連中がいる。危険だぞ?」
「ユクス様、それは承知しております。ですが、わたくしたちは今回の一件での当事者。ユクス様一人にお任せするわけにはいきません」


 それに、とシスリルは笑顔を浮かべる。


「眷属として、ユクス様のお力になりたいのです」


 危険が付いてくるが、まあ、二人にとって連中には借りがあるだろう。


「まあ、いいんじゃないかい? 君の側にいるのが一番安全かもしれないしね。なに、二人の家族なら心配いらないさ。僕たちで救い出したら、そのまま外へ逃げるから」


 僕たちが行っても足手まといになるだろうからね。

 リトはそう言い、用心棒たちもコクコクと頷いた。


「すまないな、リト」
「気にしないでくれ。ただこれはあくまで可能性の話であって、必ずしも上の階に三人ともいるとは限らない。もしもいなかったら、僕たちも君たちの後を追うよ」
「ああ、わかった。それじゃあ行くぞ」


 俺とレイナとシスリルは、地下へと続く階段を探した。
 クラス教室が並ぶ部屋にはなく、訓練場にもそれらしき階段はない。
 魔力を感じる位置を特定しても、その真上に階段があるわけではない。


「こうなったら下に魔術を使って破壊するか」
「それはさすがにダメでしょ。まだ見ていない部屋が……」
「ここですわね」


 静まった学園内に、扉を開く音が響く。
 そこは数時間前に俺が来た、管理理事のカーラがいた部屋だった。
 部屋に入るなり、レイナとシスリルは周囲を見て困惑した表情を浮かべる。


「……管理理事って、こんなに部屋を片付けないタイプだったわけ?」
「そんなわけありませんわ。これはどう見ても……」
「荒らされたな」


 俺が来たときとは違い、物は床に散乱し、棚なども倒されていた。


「ちょっと、辺りを探してみるわ」
 

 二人が散らかった物をどかしながら地下へと続く道を探す。
 俺は少し気になり、彼女を呼びかけた。


「おい、カーラ」


 人間界へやってきた日、カーラが使った遠くにいても声を届けることができる魔術を使用して、カーラに呼びかけた。
 だが応答はない。距離が離れすぎているのか、それとも忙しくて反応できないのか。

 地下へと続く階段が部屋にないか、事情を説明して確認したかったのだが。


「ユクス、これ」


 すると、レイナに声をかけられた。
 二人はカーラがいつも仕事をしている机、その下にある床を見ていた。


「どうした?」
「あったわよ、隠し扉」
「どうやら、ここを通ったみたいですわね」


 本来は絨毯で隠されていたであろう隠し扉だが、その絨毯は切られ、今はむき出しになって開いている。
 地下へと続く道。少しだけ肌寒い風が吹き、地下からは耳を澄ませば足音が微かに聞こえる。

 顔を見合わせ、俺たちは地下へと進んだ。

 入口には明かりが灯されていなかったが、降りるにつれ、砂状の壁に掛けられている蝋燭に火が灯されていた。
 まだ蝋の溶けた部分が少ないのを見るかぎり、おそらく連中がここへ来る際に火を付け、ここへ来てからそこまで時間は経っていないのだろう。


「学園の地下に、なんでこんな場所があるんだろ?」
「さあ、管理理事の趣味なのでしょうか」
「どんな趣味よ。……どうかしたの、ユクス?」


 二人の会話を聞きながら歩いていると、不意に奥から嫌なほど懐かしい気配を感じた。
 どこか懐かしい、ただそれは良い懐かしさじゃない。
 嫌な予感がする。気付けば俺は、急いで階段を駆け下りていた。
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