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やきもち
しおりを挟む「要するに、以前までアノーロワ商会を仕切っていた首領のネグルスは捕らえられ、お店の経営権を勝手に上げ、レイナの両親を連れ去ったシスリルの父親が、今のアノーロワ商会を動かしているということか?」
「ええ、そうですわ」
「なるほど。それで祖父を人質に取られ、リトが言っていた監視虫とやらが見張っていて戦うしかなかったと」
シスリルはコクリと頷く。
ここで俺たちに事情を話してくれたのは、監視の目が消えたからだろう。
「じゃあ、私のお父さんがアノーロワ商会に行って話したっていうのは……」
「話すこともままならなかった祖父と、わたくしですわ」
「そして、同時刻に俺がレイナの母親を助けたときにいた用心棒が、その父親が雇った連中ということか」
はっきりとアノーロワ商会が変わってしまったというのは、おそらくその時からだろう。
そしてリトが俺を見る。
「彼女は君を足止めするよう指示されたそうだけど、何か心当たりはあるかい?」
「おそらくは……」
レイナに視線を向ける。
彼女もおおよその予想はしているようだった。
「フルーゲル廃墟、そして私がここへ来たときにいた仮面の連中が関係しているのでしょうね」
禁忌の魔導書が関連している可能性はあるが、まだ断定できないから俺は伏せておいた。
「仮面の連中?」
「フルーゲル廃墟で俺とレイナを襲った連中だ。そいつらが素性を隠すように仮面を付けていたからそう呼んでいる。シスリルは、あの連中のことを知っているのか?」
「おそらくその者たちが、お父様がアノーロワ商会の経営権を渡している者だと思います。何度かお屋敷に招いていたのを目にしましたので」
ということは、仮面の連中の正体が三国の人間というのは正しい考えだろう。
「シスリルは、首領の居場所はわからないのか?」
「いえ、わたくしたちには……」
「おそらく学園にいるはずだよ」
リトは窓の縁に飛び乗ると、外を眺める。
「ここへ来る前に見たんだ。学園全体に、幻影遮断の魔術が使われているのをね」
「幻影遮断の魔術?」
レイナが首を傾げ、俺が説明する。
「幻影遮断の魔術が使われると、中で何が起きたとしても外からはなんの変化もなく見えるんだ。例えば学園が爆破されたとしても、外にその音が漏れることも、建物の見た目に変化はない」
「要するに、中で何が起きているかを隠したいときに使う魔術ってこと?」
「基本的な使い方はそうだな。ただこの魔術の厄介なとこは、外からは魔力の気配を感じられないということだ」
「じゃあ、あなたでも中に誰が何人いるかわからないってことね。だけど、ヴェリュフール魔剣学園には教師たちがいるんじゃないの? 連中が学園内にいるのなら、何かしらの対処をしてくれるはずよね?」
カーラから聞かされたのは、ヴェリュフール魔剣学園の教師の剣術を指導する教師は中立国の者で、魔術を教える教師が三国の者だということ。
そして、中立国の教師は個人の自宅を持っているが、一時的に中立国に来た三国の教師は、学園で寝泊りしている者もいるのだとか。
レイナの疑問に、リトが少し考えてから答える。
「いるとしても三国の教師だ。その仮面の連中と繋がっていてもおかしくない」
「そもそも教師が仮面の正体かもしれないしな」
「ただ、学園内には管理理事もいると聞いたことがある。中立国の代表のような存在の彼女が、この事態を容認するとは思えない」
リトの言葉を聞いて、ここへ来る前にカーラが俺に言っていたことを思い出す。
「そういえば、三国のお偉いさんに呼び出され、ヴェリュフールを出ると言っていた。帰ってくるのは明日以降だそうだ」
「なるほど、それは随分とタイミングがいい呼び出しだね。そうなると、管理理事が意図的に学園から遠ざかれた可能性も考えられるか」
「ああ、そうなるな」
「管理理事が離れている以上、今の学園で止められる者はいない。なにより、外から判別できないように幻影遮断の魔術が使われているから、朝になるまで不審に感じて学園へ訪れる者もいないだろうね」
リトはそう言うと、俺をジッと見る。
「この状況を把握している中立国の人間は僕たちしかいない。ユクス、どうするんだい?」
「どうする? そんなの決まっている。学園内に、連中に連れ去られたレイナの両親がいるのなら、必ず救い出す。俺たちはその為にここへ来たんだから。なあ、レイナ」
「ユクス……」
「それに」
俺はシスリルに視線を向ける。
「そこには彼女の祖父もいる。助け出さないとな」
「どうして、ですの……? わたくしはみなさんに、ひどいことをしたのに」
「それはお前の父親が原因なんだろ? だったら気にするな。その父親については、全てが解決したら家族で話し合うんだな」
話を聞いてシスリルが悪いのではないとわかった以上、誰も彼女の行いを責めたりはしない。
今回の件については、彼女も同じく被害者だ。だからレイナの両親と共にいる可能性があるのに、救い出さない理由はない。
俺の意見に、レイナも同じ考えだったようだ。
「ありがとう、ございます……」
シスリルは何度も頭を下げた。
きっと一人で色々なものを抱えてきたのだろう。
初めて話をした高飛車なお嬢様といった印象は薄れ、今は庇護欲をそそるいい女だ。
「安心しろ、必ず俺たちが救い出してやる。その代わりに、シスリル──俺の女にならないか?」
「え……?」
「なっ!?」
シスリルは顔を真っ赤にさせ、レイナは違う意味で顔を真っ赤にさせて俺に詰め寄ってくる。
「ユクス、あ、あなた、自分が何を言っているのかわかってるの!?」
「何って、綺麗な女だから声をかけただけだが?」
「綺麗な女、わたくしが……?」
「だ、だからって、そんな言い方したらダメじゃない!」
「それに俺の女になれば、シスリルの家族は俺の家族といっても過言ではない。レイナの両親と同じで、助けるべき存在だ。これは悪い誘いではないと思うが」
「ユクスの家族……って、そんなのダメよ!」
「なぜ、レイナが怒っているんだ?」
「なんでって……あなたは、その」
レイナは首筋を触りながら、俺をチラッチラッと見る。なるほど、そういうことか。
「安心しろ、レイナも綺麗な女で、俺の大切な家族だからな」
「なっ! そ、そういうことじゃ……いや、そうなるのかな、これから……じゃなくて!」
「あははっ、さすがユクスだ。いや、これは吸血鬼の性か」
「リト、お前知っていたのか?」
俺が吸血鬼だということを。
すると、リトの声を発するネコが大きくため息をついた。
「それ、本気で言っているの?」
「なに?」
「隣でやきもちを妬いている彼女の首筋に、はっきりと君が吸血鬼である証が残っているじゃないか」
「誰がやきもちなんてっ……って、え? 今なんて?」
「だから、君の首筋にはっきりと、吸血鬼の眷属になった紋章が刻まれているじゃないか」
先程まで真っ赤だったレイナの顔が、なぜだかどんどん青ざめていく。
そしてゆっくりと、部屋の中にあった鏡へと歩き出し、自分の首筋に付いた消えることのない紋章を目にして、
「な、な……何よ、これ!?」
悲鳴を上げた。
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