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例え悪者でも

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 それが、アノーロワ商会の変わりを告げる日となった。
 ほぼ全ての従業員やお店の管理を行っていた首領のネグルスが倒れたことによって、その指揮の全てを、息子であるベイルが引き継ぐこととなった。

 彼は臆することなく指揮をとった──悪い方向へ。

 何十年も一律だった経営権の額を勝手に引き上げ、経営権の支払いをしないお店には、新しく雇った用心棒を仕向け強引に徴収した。


「……お父様、これはどういうことですか?」
「どうしたんだい、シスリル、そんな怖い顔をして」


 ネグルス指揮の体制からベイル指揮の体制に変わったことによって、結果的にはアノーロワ商会の財源は何十倍にも増加した。
 だが、その通貨がアノーロワ商会が管理する金庫に入ることも、ベイルの口にする食事や着る服が豪華に変わることもなかった。

 お店から集めた経営権は、シスリルの知らない間にどこかへと消えていたのだった。


「どうして勝手に、経営権を上げたんですか?」
「勝手にって、人聞きが悪いな……。今のボクは、このアノーロワ商会の首領だよ?」
「首領はお爺様ですわ! それに、あの用心棒の方たちは誰ですの!?」
「ん、彼らかい? 最近の用心棒は少し優しさを持ちすぎていると前から感じていたんだ。だから新しく雇ったんだよ」
「どこで、見つけたのですか……? どこで、あんな野蛮な方々を見つけたのですか……!?」
「……はあ。シスリル、ボクは父さんが倒れてから忙しくてね。疲れたから、話なら明日にしてくれないかい? 明日も経営権の値上げを納得してくれない経営者たちが訪れる。話を、つけなければいけないのだからね」


 そう言い残し、ベイルはシスリルとの会話を拒んだ。
 ベイルの言ったように、経営権の値上げに不満を持った者たちとの話し合いの場を設けることはシスリルも知っていた。
 だがその場は、話し合いというよりも脅しの場になることが予想できた。なぜなら、その為にあの柄の悪い用心棒たちを雇ったのだから。
 本来は住民を守る為の用心棒。それなのに今の用心棒は、住民を脅す為だけに存在する。

 変わってしまったアノーロワ商会に、以前までの面影はなかった。
 このままでは住民第一のアノーロワ商会は、ただ無理矢理に通貨を徴収する卑劣な商会になってしまう。

 
「──お嬢様!」


 だけど、ベイルの企みはそう長くは続かなかった。
 ネグルスが目を覚ましたことによって、首領としての立場はネグルスに戻ったのだった。

 だが、


「お爺様……」


 本調子とはいかなかった。
 倒れる前ほどに会話を続ける体力はなく、歩くのも難しい。本来はベッドで寝ていなければいけない状態ながらも、ネグルスはアノーロワ商会の現状を聞き、自身の体にムチを打って立ち上がろうとした。
 そんな首領の姿に、ベイルに反抗してきたシスリルを含め、言いなりになっていた者たちもネグルスを支持した。
 それほど多い人数ではないが、はっきりと対抗する意志を示した。

 そして、ヴェリュフールでお店を経営する店主たちとの会合の場に参加したのは、ベイルではなくネグルスとシスリルだった。
 ベイルと話させない為の処置だ。
 まともに喋ることができなかったネグルスの代わりに、シスリルは「経営権は今まで通り」ということを伝え、一時的な苦労をかけたことを謝罪した。

 このままネグルス主導のもと、アノーロワ商会は元通りになる。
 安堵するシスリルだったが、一度でも火が付いてしまったベイルは、誰も予想しなかった手を打ったのだった。

 それは──三国の者にアノーロワ商会で得た経営権のほぼ全てを渡す代わりに、ベイルと自身に付き従う者たちの身の安全と、いずれ訪れる移住の手助けを約束するものだった。
 これらは全て、ネグルスとシスリルが住民との話し合いを行っている裏で行われていた。
 そして次の日には、病気で伏しているネグルスを人質として、強引にアノーロワ商会の主導権を取り返したのだった。


「お父様、お爺様をどこへ連れ去ったのですか!?」
「連れ去った? 違うよ、シスリル。病気が完全に治るまで、父さんには安全な場所に移ってもらったんだ」
「では、アノーロワ商会は……」
「今は、ボクの権限で成り立ってるんだ。シスリルも、父さんの為に協力してくれるだろ?」


 その言葉の裏の意味は隠されていたが、ベイルの言いたいことは「協力しないと父さんがどうなるかわかっているよね?」と同義だろう。
 そして、シスリルに許された選択なんて一つしかなかった。


「お爺様、わたくしはどうしたら……」


 今のアノーロワ商会は完全にベイルが指揮している。
 ほぼ全ての従業員は、耳障りのいいベイルの言葉に従った。今の雇い主はネグルスではなくベイルなのだから当然の選択だ。従業員は自分の為であったり、家族の為であったり、これからの未来の為であったり、生活がかかっている。その従業員に、ベイル側についたことを責めることはできない。


「お爺様のお身体が治れば、全て元に……いいえ、お父様との決別は避けられない。だけど」


 ベイルから指示されたのは『アノーロワ商会でユクス・アストレアを迎え撃つ』ということだった。
 この指示をした理由はわからない。ただネグルスの身を人質にされた今、シスリルが断ることはできない。


「わたくしの大好きなお爺様を取り返し、先代が守り抜いた住民第一のアノーロワ商会を取り戻す為、みなさん……わたくしに付き合ってくださいませ」


 シスリルから従業員たちは離れてしまったが、それでも、今まで付き従ってくれていた用心棒は、ネグルスに忠誠を誓い、その意志を継ごうとするシスリルに付き従ってくれている。


「……あなたが、シスリル・アノーロワさんよね?」
「他人の屋敷に土足で踏み込むなんて、無礼ではありませんこと?」


 標的の二人は、明らかに自分たちに敵意を向けていた。
 当たり前だ。経営権の額を勝手に上げ、挙句の果てには両親をさらったのだから。
 それを行ったのがシスリルではなくとも、彼らの目の前にいるのはアノーロワ商会の人間だ。シスリルが悪者でなくとも、向こうにとっては関係ない。
 彼らの行動が正しいということも、口には出さないが感じている。


「だとしても、退けない理由がありますの……」


 首領を人質に取られている、父親が勝手に行ったこと、なんて泣き言は吐けない。それを口にしてしまったら、自分はアノーロワの人間ではないと言ってしまっているようなものだから。
 自分はアノーロワの、ネグルスの孫娘だ。
 祖父を取り返し、アノーロワ商会があるべき姿に戻す為に退けない。戦うしかない。だから、シスリルは毅然とした態度で悪者を演じ、彼らの前に立ち塞がったのだった。
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