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彼女の首筋に

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「レイナの両親が?」
「お店での一件で、連中が強硬手段に踏み切ったのか……。それはわからないけど、彼女は両親を助けに行くだろうね」


 どうするんだい? そう、リトは無言で俺に問いかける。


「連れ去られた場所はわかるか?」
「助けに行くつもりかい? きっと前回よりも大勢の、アノーロワ商会が雇った用心棒が待ち構えているはずだよ」
「そんなのは関係ない。それに、店での一件が原因なら、逃がした俺にも非がある」


 連中を逃がしたのは力の差を示し、金輪際レイナの両親が営むお店には手を出すなと雇い主に報告させる意味があった。だが連中は、もっと人数を増やせば勝てると捉えたのだろう。
 そう思わせてしまったのであれば、俺にも責任があるといえるだろう。


「なるほど、それじゃあ一緒にいた僕も同罪だ。場所はアノーロワ商会の屋敷。行くなら案内するよ」
「いや場所さえ教えてくれれば一人で行くぞ?」


 そう告げると、リトは首を左右に振る。


「中立国の人間じゃない君には、場所を口答で伝えてもわからないだろ?」


 どうやら、リトもそのことに気付いていたようだ。


「俺がここの人間じゃないと思いながらも、案内してくれるのか?」
「別に君の正体が何だったとしても、僕は気にしないさ」
「そうか」
「まあ、話したくなったら教えてくれればいいさ。それよりこっちだよ」


 走り出したリトの後を追いかける。
 夜の市街地には、月明りとお店から漏れる明かりしか光がなく、通りを歩く人の数も少ないため静かで、どこか別の世界のように感じる。
 そんな市街地を北へ。
 すると、お店とは違った多くの建物が建ち並ぶエリアへ到着した。


「ここは……」
「ここは住民区さ。ここで暮らす人たちの建物があるんだ。まあ、僕たち学生はあまり来ないから関係ないかな」


 どうやらこのヴェリュフールに暮らす人々の家があるエリアなのだろう。


「向こうの建物もそうなのか?」


 住民区を走って突き進むと、大きさが異なる建物が目に止まった。


「住民区の中心から外へ行けば行くほど、貴族が暮らす家があるんだ。そして……」


 ヴェリュフール全体を囲う巨大な壁へと近付くと、その壁を背にした、いかにも他の建物とは異なる大きさの屋敷が目の前に見えた。


「ここが、アノーロワ商会の屋敷さ」


 他を寄せ付けないほど大きな屋敷。
 おそらく三階まである屋敷には光が灯っておらず、周囲から聞こえるのは風の音だけ。


「ここが目的地だけど、どうする?」
「決まってる。ここにレイナと両親がいるか確かめる」
「そうか」


 すると、リトは一歩下がる。


「戦う術がない僕の役目はここまでみたいだね。いても君の邪魔になるだろうから」
「そうか、案内、助かった」
「いえいえ、それじゃあ」


 手をひらひらとさせて去っていくリト。
 屋敷の中から魔力を持った者の気配を感じる。それは一人だけじゃなく、複数人だ。


「レイナも、中にいるな」


 レイナの魔力は屋敷の外からでも感じられたが、レイナの母親の魔力まで判断できない。ここにいるのかはわからない。

 ギーッと音をたてて開いた扉。
 屋敷へと足を踏み入れると、俺を迎えてくれたのは大きな人物描きの絵だった。

 目力の強い白髪の老人が椅子に座り、その左側に優しそうな表情を浮かべる男性が立ち、右側に金色の髪の幼い少女が立つ。


「あの女……」


 右側の少女、あれは学園でレイナが追いかけていたアノーロワ商会の首領≪ボス≫の孫、シスリル・アノーロワだ。
 だがおそらく、この人物描きの絵はずっと前に描かれたものなのだろう。絵ではまだ5歳ほどの少女だが、その頭の左右に付けた特徴的な黒色のリボンが、今のものと同じだからすぐにわかった。


「じゃあ、あの真ん中に座っているのが……」


 おそらくあの優しそうな男性が彼女の父親で、真ん中に座っている老人が、このアノーロワ商会の首領なのだろう。


「それよりも、向こうだな」


 階段を上った先、二階からレイナの魔力を感じた。
 だが他にも感じられる魔力から遠ざかっていっている。これは逃げているのか?


「レイナ!」


 魔力が感じられた部屋に入ると、レイナは床に倒れていた。

 彼女へと駆け寄り体を起こす。
 目に見える傷はないが、呼吸が荒い。


「ユクス……?」
「大丈夫か?」
「あはは……なんとかね」


 レイナは俺を見て安心したのか、微かに笑顔も見えた。


「お母さんとお父さんが連れ去られて、助けに来たのに……返り討ちにあっちゃった」
「連中は、あの用心棒か?」


 そう問いかけると、レイナは首を左右に振った。


「ううん、違う……あの仮面の奴もいた」
「なに? じゃあ、あの連中はアノーロワ商会と繋がっていたということか?」
「たぶんね」


 仮面の連中の魔力量、レイナの話が正しければ中立国の者ではない。だが両親を連れ去った奴ということは、アノーロワ商会と繋がっているのだろう。


「ユクス……」


 レイナは消え入りそうなほど震えた声で、俺の名前を呼んだ。


「あなたの、言った通りね」
「なに?」
「どんなに剣術を鍛えても、魔術には勝てない。私、手も足も出なかった……」


 彼女は悔しさを隠すように笑ってみせたが、目蓋からは、隠すことができなかった悔しさの表れである涙をこぼした。


「剣術だったら、一対一だったら……絶対に負けないのに」
「レイナ……」
「お父さんと、お母さんが、連れて行かれちゃった……守るって決めたのに、私、何もできなかった」


 魔術には剣術では勝てない、どんなに鍛えたとしても。
 それを彼女に話したのは俺だ。そして、彼女に足りないのは魔力だけだ。

 俺が手を差し伸べ、共に歩みたいと思う女は、きっと彼女なのだろう。 


「俺は、吸血鬼なんだ」
「え……?」


 レイナは大きく驚くわけでもなく、何を言っているのかわからないといった反応をした。
 おそらくは、全く予想していなかった正体だったから理解が追い付いていないのだろう。


「俺ならお前に魔力を与えられる……俺を、信じてくれないか?」
「魔力を……? え、どういう……?」
「吸血鬼は、血を吸った女の魔力を増やすことができる。だからもしも、レイナが望むのなら魔力を与えられる」
「そ、そんなこと、言われても……」
「魔力があれば、レイナはもっと強くなれる……。だから俺を信じて、俺に全て委ねて、俺の眷属になってくれないか……?」
「それって……」


 再び問いかけると、レイナは大きくため息をついた。


「意味わからないこと言って……本当は、私にエッチなことしたいだけじゃないの?」
「それは……まあ、あるが」
「ふふっ、そこは嘘でも否定しなさいよ、バカ」


 笑顔を取り戻したレイナを見て、俺もなぜだか笑顔がこぼれた。


「……私は、魔力が欲しい。お父さんとお母さんを助けたい。だから、ユクスのこと、少しだけ信じるわ」
「ああ」


 レイナが頷くのを見てから、俺は彼女を背中から抱きしめた。
 彼女の頬が赤く染まり、全身からは微かに熱を感じた。


「……おお」


 長い銀髪を右肩に寄せる。
 白く綺麗な肌が露わになると、声が漏れる。


「……あんまり、見ないで」


 弱々しく声を漏らすレイナ。
 見るなと言われても目を奪われる。
 微かに汗が滲んだ肌も、後ろから眺める豊満な胸も、全てが俺を興奮させる。

 だから、


「ん、はあっ……んっ!」


 抱きしめる腕に力を入れてしまった。
 豊満な胸が形を変えるほど強く鷲掴みにすると、レイナはビクンと全身を震わせ、喘ぎ声を漏らす。
 その反応が更に俺を誘惑する。
 もっと声を聞きたくて、もっとこの感触を味わいたくて、もっと──。


「あっ、んん……ユクス、触りすぎ……っ!」


 潤んだ瞳が後ろにいる俺をジッと見つめる。
 自覚してやっているのかと言いたくなるほどに、その弱った表情も俺を興奮させる。


「始めるぞ……」


 このままでは歯止めが効かなくなってしまいそうだった。
 俺は自分の唇を噛み血を出すと、レイナの首筋に軽く口付けをする。

 そして──彼女の肩に歯を立てた
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