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アノーロワ商会 2
しおりを挟む多勢に無勢、さすがにこれ以上は見てられないと俺も動こうとしたが。
「まあ、待って」
「なに?」
それをリトに止められる。
「少し様子を見よう。きっと面白いものが見れるはずだから」
「面白いものだと……?」
俺は言われた通り、上げた腰を下ろす。
「お父さんは、お店の奥に行っていて。お母さん、きっと怖がっているはずだから」
「だけど、レイナ一人では……」
「大丈夫、安心して」
にこりとした優しい笑顔を浮かべたレイナは、一歩下がると近くに置いていたホウキを手にする。
周囲に並べられたテーブルやイスは端にどかされ、店内には簡易的な円状のコロシアムが作られた。
レイナは視線を左右に動かし周囲を警戒する。
右へ、左へ。男たちはレイナを囲うように動き出す。
連中の体は鍛えられていて、動きや視線も対人慣れしているように感じる。それでも相手が女一人だからと甘くみているのか、最初に仕掛けたのは一人だけだった。
手に持っていたナイフを振り上げ、それを勢いよく振り下ろす。
だが、
「甘く、みないでとよねッ!」
腕の長さほどしかないホウキの棒を、レイナは槍のように器用に扱う。
ナイフを持つ右手首を叩き、みぞおちを力一杯に突く。
意表を突かれたのか、男は膝から崩れ落ちる。
「ちっ、もういい……全員でかかるぞ」
リーダー格の男の号令で全員が動き出す。
だが彼女を舐めた代償か。レイナの動きを見て、相手の力量を判断して全員で戦うべきと思ったのは数人だけで、他の連中の表情は硬く攻めに転じない。
四方八方から力任せにいけば被害は多少なりともあるだろうが、”今の”レイナなら無力化できただろうに。
入れ替わりのようにレイナに挑む格好になっているため、やっていることは一対一の戦闘で先程と変わりはない。
彼女の剣術に、大の男たちが手をこまねいているのは滑稽だ。
「凄いね、彼女。剣術の腕前は一流だ」
リトの言う通り、確かに剣術は並々ならぬ努力をしているというのは少し見ただけでもわかる。
人間の中にも、ここまで技術を持った者がいたのかと素直に驚いた。
「このままやられたら、せっかく従わせた他の店の連中が調子に乗りかねない。……チッ、店を壊したら営業できないと思って使ってこなかったが、もういい。おい、魔術師さん出番だぜ!」
男が後方へと大声を発すると、屈強な男連中に隠れて目立たなかった細身の男が前に出る。
その手に刃物はない。代わりにあるのは一冊の魔導書だった。
「──魔術師!?」
レイナが一歩下がる。
武器を手に戦ったなら、このままレイナの圧勝だろう。だがそこに魔術が加われば、この戦況は反転する。
剣を突く、振り下ろす、振り上げる。それらは相手の動きを見れば対処できるが、魔術は違う。
その魔導書によって、使われる魔術は異なる。
どこからともなく飛んでくる炎の玉なのか、天から無数に降り注ぐ雷の槍なのか。魔術は詠唱が始まり、発動されるまで何がくるか読めない。
そして知らない、見たことのない魔術は対処に遅れる。
そんな魔術に対抗できるのは、同じく絶対的な力を持った魔術だけだ。
──だが、残念だ。
彼女の体内を巡る魔力は、母親よりも劣る。
どんなに剣術を磨いたとしても、それは”腕のいい剣士”であって、魔術を使える者が相手の場合には手も足もでないだろう。
彼女はただ剣術の腕がいい女でしかない。そして男たちが魔術師の壁となって立ち塞がる現状では、たった一人の魔術師にも勝てはしない。
「店ごと燃やしてやれ、魔術師!」
「炎帝よ、我に力を──ファイヤーウォール!」
地面を這うように、レイナへと向けて放たれた炎の壁。
詠唱と共に発動された魔術に反応するのが遅れる。そして彼女は、厨房で隠れている両親に視線を向ける。
「二人は、私が守る……」
両手を前に出し、防壁を作り出す魔術を発動するレイナ。だが彼女の魔力量では、魔術師が発動した魔術を完全に防ぐ壁を生成できない。
それはレイナ自身もわかっているのだろう。だが後ろにいる両親を守るため、わが身を盾にしようとしているのか。
俺は立ち上がり、右手に魔力を込める。
「魔力よ無に帰せ──ヴァライド・ゲート」
詠唱の後に魔術を使用する。
レイナの前に突如として現れた巨大な門。
門は大きな音を立て、その閉ざされた扉を開く。そして魔術師の放ったファイヤーウォールを軽く飲み込む。
肌を焼くほどの炎の熱が。
地面を抉りながら這う轟音が。
一瞬にして消える。そしてこの場の全員が、魔術を使用した俺を見た。
「魔術……? 魔導書も無しに、それもこの魔術、なんだよ?」
最初に言葉を発したのは、術を発動した魔術師の男だった。
「見たことない魔術だったか? それはいい勉強になったな」
「な、ななな」
歩き出すと、魔術師の男は脅えるように下がっていく。
おそらくこいつの中で、既に格付けができているのだろう。
魔力の量も、魔術の質も、自分では歯が立たないと理解したはずだ。
「お、おい、何してんだ魔術師! 次の魔術を使えよ!」
だが魔術を知らない者には、俺の魔術とあの男の魔術の違いが理解できないのだろう。
「そ、そんなこと……」
「いいからやれッ! その為にお前がいるんだろ!」
リーダー格の男に怒鳴られ、顔を真っ青にさせた魔術師は慌てながら魔導書のページを食い入るように見る。
俺に対抗できる魔術がどれか、探しているのだろう。
「戦いの最中によそ見か。そんなに魔導書をジッと見つめてどうした?」
「え──ぐふッ!?」
両脚に身体能力を強化する魔術を使用する。
地面を蹴り、魔術師に一瞬で詰め寄り、男の顔を軽く押す。
入れた力をは異なり、勢いよく倒れ、後頭部から叩きつけられた魔術師は吐血する。
「その手に持っている魔導書に、次に使うべき魔術が書いているのか?」
「あっ、う、ああッ!」
頭を掴んだ指先に微かな魔力を込める。
普段は脳になんて送ることのない魔力が他者から送られ、男の目が虚ろに変わっていく。
「お、おい、全員でコイツをなんとかするぞッ!」
棒立ちのまま周囲で俺たちを見つめていた連中の止まっていた時計が一斉に動き出し、俺へと駆け出してくる。
「最初から全員で来れば勝ち目があったかもな」
ただそれは、俺にではなくレイナにだ。
「幻魔よ、魔界より誘え──ヴォイドアレム」
ズンッ、と低い音が空気を震わせる。
その瞬間、連中の背後に黒い渦巻の影が生まれた。
老若男女、どこからともなく声が響き、影から無数の手が伸びる。
「な、なんだよ、これッ!?」
「うああああッ!? やめ、やめて、助けてッ!」
一人一人、影から伸びた腕に吸い込まれていく。
どんなに力を入れようが、どんなに必死に拒もうが、その腕からは逃れられない。
魔術を使える者であれば、助かる可能性はあっただろうが。
「……まあ、ここまででいいだろう」
男たちの体の半分が影へと飲み込まれていくと、悲鳴が徐々に消えていく。
このまま何もしなければこいつらは消える。痕跡なく、どこかへ。
だが俺は、ヴォイドアレムを途中で止めた。
影と腕が消え、男たちの体が前方へと勢いよく押し出される。
「これが、お前たちが望んでいた暴力から生まれた結果だ。次、もしもまたここへ来るのなら、お前たちが帰るのは深く暗い影の中だ」
「う、うう……うあああああああああああああっ!」
男たちは一人、また一人と逃げるように去っていく。
このままこいつらを消せば、ここで起きたことは俺たちの記憶に残るだけだ。それでは、前にレイナの母親を助けたときと何も変わらない。
だったらここで得た恐怖を持って帰らせ、こいつらに命令した奴らに報告させるべきだろう。
喧嘩を売る相手が悪かった、と。
まあ、それでも挑んでくる馬鹿でなければだが。もしただの馬鹿なら、俺の行ったことは無意味になる。
「さて……」
静まった店内。
そしてレイナの方を向くと、彼女は腰を抜かしたように座っていた。
「あなた……」
その瞳は、はっきりと俺を捉えていた。
そして何か言いたそうに口を開きかけたが、少し間を空け、止めた。
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