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入学式
しおりを挟む──ヴェリュフール魔剣学園。
剣術と魔術、それらを極める者を育成することを目的とした学園。
けれどそれは表向きの理由であって、裏では、様々な国に属する者たちの優劣を付ける場であったり、他国に自身の有能さを売る場所なのだという。
これから起きるであろう、人間たちの戦争の為に。
「なぜ、俺がそんな人間たちの縄張り争いに巻き込まれなければいけないのか」
ヴェリュフール魔剣学園の入学式に、俺は出席していた。
各国から集まった総勢千名ほどの生徒が、学園にある講演場に集められた。
ステージ上では今まさに、この学園のお偉いさんたちが入学者たちに祝辞を述べている。
そこには俺の母親であり管理理事の──カーラ・アストレアの姿もある。
歯応えのないあの試験を終えて帰った俺に、あの女は言った。
ここで、俺にやってほしいことが三つあると。
一つ、自分が持つ力を遺憾なく発揮すること。
二つ、自国へ勧誘してきた生徒をカーラに報告すること。
そして最後に──魔力が高い女の血を吸い、眷属を増やすこと。
ステージに立つカーラの言葉。
それを聞く女生徒の首筋に目を向ける。
吸血鬼とは、魔力を体内に宿した人間の女の血を吸うことによって、その相手を眷属にすることができるという。
眷属にすることによって、その眷属にした者の身体能力や魔力を高め、なおかつ俺自身も強化する。
俺の父であるエルス・アストレアは、俺の母であるカーラ・アストレアの血を吸い眷属にしたのだという。
眷属にする、というのは、人間でいうところの夫婦になることと近い。けれど眷属にできるのは一人だけではなく複数可能ということから、人間たちの持つ一般的な夫婦の概念とは異なるだろう。
この学園で眷属を増やすことが、父と母が、この学園に俺を寄こした理由──禁忌指定の魔導書を盗んだ者と接触すること──に大きく影響するのだという。
「ひとまずは、あの女の望み通りに動くとするか」
その盗まれたという魔導書や人間たちのくだらない争いについては興味はない。だが、人間の女の血を吸い眷属にすることによって、今でも十分過ぎるほどの力を持っている俺が更なる力を手にできるというのは魅力的だ。
魔界に生息している種族は吸血鬼だけではない。
他にも多くの魔族がおり、俺でも苦戦するような強敵と呼べる魔族もいる。
だが俺が新たな力を手にすれば、いざ魔界へ帰還したとき、他の魔族を相手にするときに楽ができるだろう。
それに何より……。
「まだ、凄く気持ちいいことを体験していないからな」
試験後にと、カーラは俺と約束をした。
それなのにあの女は、その約束を反故にした。
──ここには私よりも多くの魔力を持ったいい女がたくさんいるから、自分で相手を探しなさい。
と言われた。
確かに美女と呼ぶに相応しい女であり、膨大な魔力を内に秘めている者が大勢いる。それはカーラ以上だ。
だからここへ来たときに、何人かの女に声をかけたのだが……。
「どうやら、俺は彼女たちの眼中に入っていないようだ」
見向きもされず、ましてや返事すらなかった。
「何が悪かったというのか……」
「ユクス、君はさっきから何を一人でぶつぶつ言っているんだい?」
俺の横に並び立つ男は、どこか楽し気な笑みを浮かべていた。
「もしかして、さっき振られた女性のことが忘れられないとか?」
この男の名前はリト・カレッソ。
俺が寝泊りする学生寮の同部屋で、同じクラスに配属された男だ。
金色に輝く髪にどことなく中性的な顔付き。笑うと少し胡散臭さがする男。
170ほどの身長で、制服越しにも鍛えられているのが見てわかる。
俺が女に振られた姿を目にして「君と一緒にいると面白そうだから」という理由から懐かれてしまった。
「ふん、それは既に過去のことだ。もう引きずってはいない」
「なーんだ、残念。まあ、狙う相手が悪かったかな」
「なに?」
「っと、どうやら入学式が終わったみたいだ。僕たちも行こうか」
リトの言う通り式は終わったようで、学生たちはこの場を後にする。
「今日の予定は入学式だけだから、もう解散だね……ユクスは、この後なにか予定でもあるのかい?」
「いや、無い」
「そうか、じゃあ寮に戻ろうか」
リトも予定はないようで、俺たちは学生寮へと足を運ばせる。
ヴェリュフール魔剣学園の敷地は広く、入学を許された俺でもまだ全てを知っているわけではない。
ただここは、かつてはどこかの王城だったのだという。
王城をそのまま学園として使用していることもあって華やかな装飾が目立つ建物に、無駄に広い庭園、そして学生が暮らす学生寮がいくつも建てられている。
まだ人間界には不明なことが多いが、暮らす分には問題はない。それより、
「それで、狙う相手が悪いというのはどういう意味だ?」
前を歩くリトに問いかけると、彼は不思議そうに首を傾げる。
「おかしなことを聞くね。だって君が声をかけたのは、国属クラスの生徒だよ?」
「国属クラス……?」
「もしかして、知らないで声をかけたの?」
リトは大きくため息をつくと、同じく入学した学生たちに目を向ける。
「この世界を統べる三国に属する王族や貴族出身の生徒を一括りに国属クラスと呼び、僕たちのような中立国や平民出身が集まる生徒を騎士クラスと呼ぶ。君が声をかけたのは国属クラスの生徒だよ」
そういえば、カーラが言っていたな。
鮮やかな赤色を主体とした制服を着るのが国属クラス。そして、白地の制服を着るのが俺が振り分けられた騎士クラスだと。
制服に使われる生地もそうだが、細部の刺繍も異なり、国属クラスと騎士クラスの身分の差がはっきりと主張されている。
「だが、それがどうかしたのか? この学園では、騎士クラスの生徒は自分を国属クラスの生徒に売り込むのが普通じゃないのか?」
言葉通り、その国の騎士──いや、その国属クラスの生徒お抱えの騎士にしてもらうため、自分の有能さを卒業までにアピールするのが騎士クラスの生徒たちの目的のはずだ。だから俺がしたことは間違っていないはずなのだが……。
リトは足を止め、周囲を見渡す。
「ユクスがどこからそのことを聞いたのかは知らないけど、それ……あまり外で口にしない方がいいよ?」
「そうなのか?」
「まがりなりにも僕たちにだって生まれ育った国はあるからね。それなのに、他国出身の生徒に自分を高く売り込むなんて、祖国のお偉いさんに知られて罰せられても文句は言えないよ」
「そういうものなのか。だが、その言い方だと騎士クラスの生徒の多くは、この認識で合っているんだな」
そう問いかけると、リトは周囲を気にしながらも小さな声で答えてくれた。
「……まあね。たぶん誰も口にはしないけど、それを目的にここへ入学した生徒しかいないと思うよ。国属クラスも、騎士クラスもね」
すると、ふと思い出したようにリトは口元に手を当て笑い出す。
「だけどまさか、あの『俺の女になれ』っていう第一声が、自分を売り込んでいる言葉だと本気で思っているのかい?」
「……違うのか?」
「まさか本気で……はあ、呆れた。まあ、ユクスの売り込みの認識が間違っているのは別にしても、今の僕たちが、国属クラスの生徒に何度声をかけても見向きされないだろうけど」
「そうなのか?」
「残念ながら、彼ら彼女らは僕たちに構っている場合じゃないんだよ」
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