4 / 38
禁忌の魔導書
しおりを挟む一歩ずつ距離を縮められると匂いが濃くなる。
それに露出させた肌が、俺の欲望をかきたてる。
今ならわかる、これが吸血鬼の宿命だと。
人間の女に弱く、人間の女を欲するのだと。
「やり残したこと……」
実の母親だろうと関係ない。
目の前にいるのは吸血鬼である俺を奮い立たせる最高の女。
胸も尻も肉付きがいいのに、締まる部分はちゃんとしている。
であれば、抱かずに帰れるわけがないだろう。
手を伸ばすと、カーラも同じく手を伸ばした。
指先が絡まり、俺は──
「──はい、いってらっしゃい」
「は?」
その瞬間、二秒ほど意識が遠のき、視界が明るくなる。目の前に広がっていたのは無数の木々だった。
「転移魔術か。だがここは……?」
『そこは試験会場よ』
頭の中に声が響く、カーラの声だ。
「なぜ俺をここに転移させた」
『なぜって、あなたはヴェリュフール魔剣学園に入学するために人間界に来たのでしょ?』
「だが既に試験は終了していると言っていたではないか」
『それは受付がよ。だけど管理理事権限で受けさせてあげるわ』
よくわからないが、今から試験を受けろということだろうか。
『気乗りしない?』
「当たり前だ。元から人間が教える学園など──」
『もしこの試験を合格できたら、ママのこと、好きなだけ味わっていいわよ?』
「──なッ!?」
その言葉を聞いて、俺の心臓が大きく音を鳴らした。
『この試験を合格できたら、ママがあなたのこと、すっごく気持ちよくさせてあげる。他の人間の女では味わえないぐらいの、ねぇ……?』
「他の、女じゃあ……」
『だけど急がないと試験が終わっちゃうなぁ……このままだと一生、味わえないで終わっちゃうかもしれないなぁ』
このままだと一生……。
「……ふん、仕方ない。試験だけは受けてやろう。こんな簡単な試験!」
『さすがね! 試験内容は簡単よ。この森の一番奥にある試験官に会う、ただそれだけよ。ただ道中に訓練用の魔獣がいるから気を付けてね』
その言葉を聞いているときにはもう、俺は走り出していた。
簡単な試験だ。魔獣を蹴散らし、その試験官とやらと会えばいいだけ。
そうすれば、俺は最高に気持ちいいことが……。
「はははっ、ハアーハッハッツハッハアッ! 待っていろ、オンナァ!」
目の前から現れる魔獣を蹴散らしながら、俺は颯爽と進んでいった。
♦
「無事に試験を受けてくれたようだな、カーラ……」
「ええ、あなたが見栄なんか張らず、あの子にちゃんと説明してくれていたら、私も方々に根回しせずに済んだのだけど……ねぇ?」
「……うっ」
学園内にある個室。
管理理事を務めるカーラは、吸血鬼の現在の長──エルス・アストレアを睨みつける。
大柄な体型をしたエルスはシュンと委縮する。
「ただまあ、あなたの性格を知っていたのに迎えを寄こさなかった私の落ち度でもあるからいいわ。ちゃんとこの学園で、主要の女学生を虜にしてくれればね」
「……ユクスにそんなことできると思っているのか? あれは今まで、人間の女と関わってこなかったのだぞ?」
「だからよ」
カーラは即答すると笑みを浮かべる。
「今のあの子は、吸血鬼の本能に目覚めたばかり。言ってしまえば、膨大な力を持った赤ん坊のようなもの。そんな赤ん坊が、私なんかとは比較にならないほどの魔力を持った女学生たちに囲まれながら過ごして、正常でいられるわけがないでしょ?」
「そうだが……」
「それに、あの子から動かなくても、強者に自ら近寄ってくる女学生もいるでしょう──強者の子を孕むことが国の為、なんてことを教えてる国の生まれの子も入学するでしょうから」
「……お前からの手紙で聞いていたが、人間界はお互いの国を牽制し合っている状況なのか?」
エルスの問いかけに、カーラは頷く。
「今年、この学園に入学した子たちが三年間の学生生活を終えて卒業したと同時に、世界中で大きな戦争が起きると予想されているわ」
カーラは悲しそうにため息をついて言葉を続ける。
「その為に王族や貴族に属する子たちは、互いの友好関係や同盟関係を構築しながら、敵になるであろう他国には自分たちとの優劣を見せつけていく。そして、自国愛の無い学生や中立国の学生は他国に自分を売る。有能な人材ほど、良い待遇で招いてくれるでしょうからね」
各国の兵力や国土が拮抗していたことや、力を持った者の育成に励む時間が必要だったなど、今まで戦争が起きなかった理由は色々とあるが、よく今までよく戦争が起きなかったぐらいだ。
「だけど、戦争が行われる理由が生まれてしまった」
窓の外を眺めるカーラの表情は、未来を暗示して憂いているようだった。
「人間界に保管された禁忌指定の魔導書、その一冊がどこかの王国に盗まれた。それがこれから起きる戦争の引き金になるでしょうね」
かつてこの世に存在したとされる大魔術師マクスウェルが残したとされる三冊の魔導書。
その力は絶大で、世界を滅ぼすほどの力を持っているとされている。人々はその魔導書を恐れ、誰も触れることができないよう封印を施した。
──が、その魔導書の一冊が何者かに盗まれた。
このことは各国を統べる王族に連なる者にのみ知らされることとなった。
各国が、いつその魔導書が使用されるのかと警戒した。けれどいまだに、盗まれた魔導書が使用されたことはない。
「盗まれた魔導書、それを手に魔術を使えば、世界を意のままに操ることができるだけの力を得たも同然……。けれど今だに動きはない。だとすれば考えられることは一つ、禁忌の魔導書を使えるだけの力を持った魔術師がいないのでしょうね」
「使えない、か……。つまり並大抵の人間では扱えないほどの魔力が必要な代物ということか?」
カーラは頷く。
そもそも魔術というのは、誰もが扱えるような簡単な力ではない。
魔術を極める才能とそれを扱うのに必要な魔力を持った者が、魔術が記された魔導書を用いて魔術を使用する。
そのため、魔導書が手元にあっても、才能や魔力が足りていない者にはそれを扱えない。
未だに禁忌の魔導書が使われないということは、それを扱える人材がいないということだろう。
「そんな中、人間界を統べる三つの国からの提案で、この学園の設立が急遽決まったのよ。剣術と魔術の学園と称して、より優れた才能を持った者が一堂に会する場がね」
もしも、禁忌の魔導書を使用できるほどの力を持った者が学園に現れたら、盗んだ国の者たちはどうするだろうか?
おそらくは仲間に引き入れるだろう。
魔導書を使わせて、世界を手中に納めるため。
「だが並大抵の人間では扱えない可能性がある。それで、我らの息子か」
「本来は魔導書を用いなければ使えない魔術。もちろん、下級や中級の魔術なら、人間の中にも魔導書無しでも使える者はいる。ただあの子は他と違う、そうでしょ?」
「ああ、ユクスはありとあらゆる魔術を、魔導書無しで発動できる……」
「そんな魔力と才能を持ったユクスなら、禁忌の魔導書を使用できる可能性がある。その存在を、盗んだ連中は放っておかない。それほどの力を、あの子は持っているのでしょ?」
「……ああ」
エルスは小さくうなずく。
「それに今まで人間の女性を知らなかったってことは、まだ誰の血も吸っていないのでしょ?」
「うむ」
「だったらこれから、多くの女性を眷属にして力を得ることだってできる」
カーラは自らの太ももにうっすらとできた噛み痕と、眷属になった際に刻まれた紋章に触れる。
吸血鬼は元から身体能力も魔力も秀でているが、何より人間の女性を眷属化することで互いに力を得ることができるという特性を持っている。
カーラ自身も、かつてはそこまで魔力を持っていなかった。けれどエルスの眷属となったことで変われた。
そして人間の女性を眷属にしたことによって、エルス自身も力を得た。
「きっと、ユクスはこれから多くの女性を眷属にして、今よりもっと力を手にするわ。そうすれば、禁忌の魔術書を盗んだ連中が接触してくる」
そこで連中を止める。
そうすれば、戦争の引き金となる問題は取り除ける。
「そうだな」
と、そこで二人の会話が終わった。
「……それじゃあ、約束は守ったぞ」
すると、エルスはコホンと大きく咳払いをした。
「ええ、ユクスを学園に連れて来てくれたこと、あなたには感謝しているわ」
カーラは立ち上がると、にっこりと微笑み、
「いいわ、今日は好きなだけご褒美をあげるわ……」
「んッ、はあッ!」
ソファーに座るエルスを勢いよく踏みつけた。
踏みつけられた巨漢のエルスは顔を赤くさせながら、甘美な声を漏らす。
「あなたは昔から、こうやって踏まれるのが好きだったわよね。こんな図体して、情けないと思わないの!?」
「いや、その、あっ!」
「ほら、もっと鳴きなさい! ほら、ほら、ほらッ!」
「はああああああああああああああッ!」
エルスの本当の姿──性癖を知る者はカーラしかいない。
それが彼が、彼女以外の眷属を作れなかった理由でもある。
そして、このことを息子のユクスが知ることは、おそらくないだろう……。
0
お気に入りに追加
48
あなたにおすすめの小説
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
[完結済み]男女比1対99の貞操観念が逆転した世界での日常が狂いまくっている件
森 拓也
キャラ文芸
俺、緒方 悟(おがた さとる)は意識を取り戻したら男女比1対99の貞操観念が逆転した世界にいた。そこでは男が稀少であり、何よりも尊重されていて、俺も例外ではなかった。
学校の中も、男子生徒が数人しかいないからまるで雰囲気が違う。廊下を歩いてても、女子たちの声だけが聞こえてくる。まるで別の世界みたいに。
そんな中でも俺の周りには優しいな女子たちがたくさんいる。特に、幼馴染の美羽はずっと俺のことを気にかけてくれているみたいで……
チートがちと強すぎるが、異世界を満喫できればそれでいい
616號
ファンタジー
不慮の事故に遭い異世界に転移した主人公アキトは、強さや魔法を思い通り設定できるチートを手に入れた。ダンジョンや迷宮などが数多く存在し、それに加えて異世界からの侵略も日常的にある世界でチートすぎる魔法を次々と編み出して、自由にそして気ままに生きていく冒険物語。
分析スキルで美少女たちの恥ずかしい秘密が見えちゃう異世界生活
SenY
ファンタジー
"分析"スキルを持って異世界に転生した主人公は、相手の力量を正確に見極めて勝てる相手にだけ確実に勝つスタイルで短期間に一財を為すことに成功する。
クエスト報酬で豪邸を手に入れたはいいものの一人で暮らすには広すぎると悩んでいた主人公。そんな彼が友人の勧めで奴隷市場を訪れ、記憶喪失の美少女奴隷ルナを購入したことから、物語は動き始める。
これまで危ない敵から逃げたり弱そうな敵をボコるのにばかり"分析"を活用していた主人公が、そのスキルを美少女の恥ずかしい秘密を覗くことにも使い始めるちょっとエッチなハーレム系ラブコメ。
ヒューマンテイム ~人間を奴隷化するスキルを使って、俺は王妃の体を手に入れる~
三浦裕
ファンタジー
【ヒューマンテイム】
人間を洗脳し、意のままに操るスキル。
非常に希少なスキルで、使い手は史上3人程度しか存在しない。
「ヒューマンテイムの力を使えば、俺はどんな人間だって意のままに操れる。あの美しい王妃に、ベッドで腰を振らせる事だって」
禁断のスキル【ヒューマンテイム】の力に目覚めた少年リュートは、その力を立身出世のために悪用する。
商人を操って富を得たり、
領主を操って権力を手にしたり、
貴族の女を操って、次々子を産ませたり。
リュートの最終目標は『王妃の胎に子種を仕込み、自らの子孫を王にする事』
王家に近づくためには、出世を重ねて国の英雄にまで上り詰める必要がある。
邪悪なスキルで王家乗っ取りを目指すリュートの、ダーク成り上がり譚!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる