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最強の吸血鬼、人間界へ
しおりを挟む「──人間界に向かう? この俺がか?」
日課にしている稽古を終え、親子二人での朝食。
横長いテーブルの端に座る俺の父、エルス・アストレアは開口一番にそう言った。
「うむ」
「……今日、最初の挨拶がそれか?」
「うむ」
巨漢、と称するのが正しいであろう父は小さく頷く。
元より寡黙な父だが、今日はいつになく口数が少ない。
「なぜ唐突にそんなことを?」
今まで魔界で暮らしてきて人間界、というよりも、人間に関わってこなかったというのに、どんな風の吹きまわしだ?
すると、使い魔のコウモリが一通の封筒を持ってきた。
「これは確か、父の書斎に同じものがあった気が……」
赤色の文字で宛名が書かれた封筒。
幼い頃にその手紙を見たら、急激に喉が渇いたのを覚えている。
当時、その封筒の匂いを嗅ごうとしたら、父から「お前にはまだ早い」と言って取り上げられた。
吸血鬼にとって危険な何かだと思って身構えていると、
「受け取れ」
父は俺が封筒の中を見ることを許可した。
恐る恐るといった感じで受け取ると、昔ほどではないが微かに喉の渇きを覚える。
おそらくは、封筒ではなくこの赤色の文字──血で書かれた文字が原因だろう。
魔術の類ではない、何が理由かもわからない。父も、この症状について何も話すことはないといった感じに黙ったままだ。
俺は封筒の中を確認すると、そこにあったのは入学試験の案内状だった。
「ヴェリュフール魔剣学園の、入学試験の案内?」
それは人間界にある学園の入学試験の案内状。
受験者の名前の欄には、俺の名前であるユクス・アストレアの文字が記されていた。
「なぜこれを俺に? まさか、この学園に入学しろというのではないだろうな?」
「ああ、入学しろ」
そう答えた父の表情は真顔だった。
であればと、俺も真剣に考えて言葉を返す。
「はっきり言わせてもらうが、いまさら人間界の学園……それも魔剣という略称を使うということは、魔術と剣術を学ぶ学園だろう。そこで俺が、人間なんぞに学ぶことは何一つないぞ?」
身体能力や魔力に秀でた吸血鬼である俺と、一般的な素質しか持っていない人間とは比べものにならない差がある。
そんな人間界にある学園で、人間の講師に学ぶことなんて一つもない。
「そんなことわかりきっておる」
父はそう答えると、吸血鬼が持つ赤色の瞳を俺へ向ける。
「お前が人間界で学ぶことはない。が、人間の学園に通うことには理由がある」
「通う理由?」
「うむ」
いつも寡黙な父が、珍しく長い言葉を発して説明してくれた。
──かつて各地で戦争が頻繁に起きていた人間界。
今は各国が休戦協定を結び平和な世界らしいが、その平和が崩れるかもしれないのだという。
いつか人間界に大きな戦争が起きる。
人間界に降りたことのない俺には興味のない話だが、父はそう危惧しているのだととか。
そして、このヴェリュフール魔剣学園は、表向きには剣術や魔術を学ぶ学園だが、実際の目的は人間界を統べる三大王国──その国々に暮らす王族や貴族の顔合わせの場であり、それぞれの国に属する学生の優劣を付ける場であったり、中立国や敵国から良い人材を自国に引き抜く場だったりするという。
学生の学び舎が、国同士の争いの道具に使われているというのは、どうにも気分の悪い話だが……。
「人間界のことなど、放っておけば良いのではないか?」
昔から父は「人間とは関わるな」と言っていた。
だから今回の話には驚いた。急に人間界に関わるなんてと。
「……うむ、そうなのだが」
すると、父は少し表情を曇らせ、右手を前に突き出した。
「行けばわかる」
その瞬間、俺の周囲に転移陣が描かれた。
「──なッ!?」
…………。
……。
…。
「およ?」
二、三秒ほど意識が遠のき、次の瞬間には目の前の景色が変わっていた。
外から差し込む太陽の光は眩しく、遠くの方からは騒がしい声がする
ガタンガタンと俺が乗っている馬車が揺れ、二頭の馬に繋いだ手綱を持つご老人と目が合う。
「……お客さん、いつの間にそこにいたんだべ?」
俺の周りには誰もいない。
突然、馬車に乗る俺に──ここ、人間界で暮らす目の前のご老人は驚いているのだろう。
「ところで、この馬車は何処へ向かっているのだろうか?」
「おん、えと、国境都市ヴェリュフールじゃが」
「そうか」
どうやら俺は、強制的に学園へ向かわされ、入学させられそうになっているのだろう。
「さて、どうするか……」
転移術の使い方はわかっているから魔界に帰ることは可能だ。とはいえ、ここで帰ったとて父はまた俺を人間界に転移させるのだろう。
そもそも、父はなぜ俺をヴェリュフール魔剣学園に入学させたいんだ?
まあ、その答えも学園へ向かえばはっきりするのだろうが。
俺は気付くと持たされていた入学試験の案内書を見ながらため息をつく。
「お客さん、もう着きますんでね」
巨大な門が目の前に見え、馬車が近付くと、門は大きな音を出しながら開かれていく。
「──ッ!?」
その瞬間、頭がクラッとするような感覚に襲われた。
どこか懐かしい匂い。
魔界では感じたことのない、独特な匂い。
例えるなら極上の料理が放つ香りだ。
「そんじゃ、お代は乗車時に貰ってるんでね~」
代金なんて支払っていないのだが、おそらく俺が最初から乗っていたと勘違いしているのだろう。
「そんなことはどうでもいい、それよりも……」
大勢の人で溢れ返った市街地から外れ、俺は人気のない路地裏へ向かって、ゆらゆらと歩いていく。
喉が渇く。
全身から汗が溢れてくる。
決して暑くないのに、まるで砂漠にいるような気分だ。
それに今まで嗅いだことのない甘い匂いが……いやこれは、父から受け取った封筒、それに記されていた血文字と同じ匂いだ。
じゃあ、この先に匂いの正体が?
その匂いに導かれ、俺は薄暗く人気のない路地裏へと足を運ばせた。
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