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本編
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会場は剛剣ガイザルの放った一撃から静まり返っていた。多くのものが無謀だと思っていた。剣の腕が立つといっても、騎士団長を倒したといっても剛剣と剣豪は次元が違うのだ。その一撃をどうして防げようかと、勝負は決まったがどのような決着になるのかを楽しみにしていたはずだった。
「剛剣が下がっている…」
無論、騎士同士であっても下がることは珍しくはない。しかし、こと剛剣に至ってはその力ゆえに下がることなく蹂躙してきた。たとえ、ギルバートとの戦いにおいても不用意に下がったことは一度たりとてなかった。勝負の決め手の一撃を防がれ、あろうことかカウンターを喰らい下がるなどとは、思いもよらぬ姿に観衆は声を上げることができなかった。
「ぬっ、くっ」
両の腕に未だに力が入りきらぬうちにこうも攻め込まれては下がることしかできぬ。このような屈辱はいつ以来だ?ギルバートと初めて戦った時か、いやその時でさえ踏み込み切れずに負けた。下がって負けたことなど一度もない。こんなことが認められてはならない。俺は誰だ、そう俺は剛剣ガイザルだ!!
「おおおっーーー!」
まだ、本調子でない体を奮い立たせ一気に袈裟切りで勝負を決めにかかる刹那、相手が突撃してくるのが見えた。ふと頭をよぎる。まさかまた―――。
流石は剛剣だ。あれだけの一撃をもらえば俺ならその場でひとたまりもなくやられていただろう。しかし、この動きの鈍い今しか俺に勝機はないここで決める。
キィン、ギン
しかし、すぐに決められるなんて甘いこともなく攻撃は防がれる。まずい――そう思った俺はぎりぎりの勝負に出る。攻撃しながらも剣を一瞬に向けて高めていく。向こうにもそれが判ったのかは知らないが一気に鋭さを増した。これで全力が出せていないというのだから恐ろしい。
「おおおっーーー!」
ひときわ大きな咆哮とともに先ほどの一撃に勝るとも劣らない一撃が来るのが分かる。
「ここだっ!!」
一瞬よぎるのはティアナのこと、あの華麗なそして鋭利な突きを思い出す。あの一撃にあれなら対抗できる――。
俺は全力で突きを繰り出していた。
「そっ、それまで!!!!」
気が付くと審判の声がしてハッと手を緩める。戦いに夢中になっていたがこれが試合だという事を忘れていた。上を見るとガイザル殿もばつが悪そうにしている。
「いい戦いだった。次は試合になるようにお互い気をつけんとな…」
「…全くです。申し訳ない」
そう言ってお互いの健闘をたたえ合う。
「…勝者はガーランド!!」
審判がそう告げる。しかし、会場は静かなままだ。そして、本当に勝ったのかと自分とガイザル殿を見比べる。俺の剣はガイザル殿の胸の位置にガイザル殿の剣は手前が俺の腕から肩にやや当たる位置にあった。
「ガ、ガイザル様が負けるなんてそんな…」
第2騎士団員たちがうろたえつつ会場を見ている。しかし、我を取り戻すと口々に言い始めた。
「だが、あのような騎士の証たる剣を物のように…」
「そうだ。それにあいつは一度武器を手放した。失格ではないのか?」
ヤジが大きくなったので仕方なく審判が答える。
「確かにガーランド殿は剣を一度手放された。だが、あくまで戦意喪失ではない。武器がなくとも戦意があれば問題ない。それに彼の体術は見事だった」
「し、しかし…」
なおも食い下がろうとする団員たちにガイザル殿が近づく。
「団長!団長も…」
「バカ者どもが!!勝者に対して何たる侮辱か、剣を取るだけで敵が倒せると思う愚か者どもめ!貴様らは明日から実戦訓練だ。戦場での甘さも分らぬものは我が団に不要だ!」
一喝され黙り込む第2騎士団員。ガイザル殿もばつが悪そうに振り返る。
「すまんな。馬鹿どもはあの戦い方が不服だというのだ。戦い方など戦場の中では無意味だというのに」
「いえ、俺もあれしかないとは思いましたが、このような場所では仕方ありません」
「まあ、なんにせよおめでとうと言うべきかな。決勝を楽しみにしている」
「はっ!」
思わず敬礼をして会場を後にする。次はカイラスとギルバート殿の一戦だ。注視しなければ。その前に…ティアナに手を振る。
「ガイザル様、負けましたね」
警備隊側の控室に入るとそう言われる。そういえばここに入ったことはなかったな。いつもは決勝で勝つか負けるかしてそのまま表彰式だった。悲しくもあるがうれしくもある。
「ぬしも負けたであろう?」
「ええ、さすがにガイザル様までも負けるとは思っていませんでした」
ディーネが全く予想外だという。確かに負けるとまでは思わなかったが、試合が終わればそもそもどちらが勝ってもおかしくなかったと分かる。今回はわしが自分の剣に自信を持っていたがため負けた。今すぐやれば負けない自信はある。
「初見であのような戦い方をされればわしとてな。だが、奴も決勝は苦しいだろう。決勝であれはできなくなったからな」
「さすがにギルバート殿には勝てないでしょうがそれでも楽しみですよ」
「ゼノよ、それはわしを侮っておらんか?カールはどうだ?」
「どうでしょうね。見たところでは7対3で団長ですが、私たちの中に帝国流の剣術使いはいませんし、そもそも彼の力自体が計りきれませんから」
「なんにせよ決勝を見ろという事か。久しぶりに見ごたえのある勝負だな」
「まあ、ガイザル様はいつも戦う側でしたからね」
そういえばと思い出す。
「ちなみに決勝はどちらが進むと思う?」
「間違いなく団長ですね。カイラスには悪いですが、私とあれだけ戦って消耗無しではすみませんから」
「そうか…」
そうつぶやくと今から始まる戦いに目を向ける。今大会では見ることがかなわないようだが、いつかあの若者同士の決勝戦も見てみたいものだ。無論、自分が進むに越したことはないのだが。張り合いのある相手がギルバートとカールだけでは寂しいものだ。
「剛剣が下がっている…」
無論、騎士同士であっても下がることは珍しくはない。しかし、こと剛剣に至ってはその力ゆえに下がることなく蹂躙してきた。たとえ、ギルバートとの戦いにおいても不用意に下がったことは一度たりとてなかった。勝負の決め手の一撃を防がれ、あろうことかカウンターを喰らい下がるなどとは、思いもよらぬ姿に観衆は声を上げることができなかった。
「ぬっ、くっ」
両の腕に未だに力が入りきらぬうちにこうも攻め込まれては下がることしかできぬ。このような屈辱はいつ以来だ?ギルバートと初めて戦った時か、いやその時でさえ踏み込み切れずに負けた。下がって負けたことなど一度もない。こんなことが認められてはならない。俺は誰だ、そう俺は剛剣ガイザルだ!!
「おおおっーーー!」
まだ、本調子でない体を奮い立たせ一気に袈裟切りで勝負を決めにかかる刹那、相手が突撃してくるのが見えた。ふと頭をよぎる。まさかまた―――。
流石は剛剣だ。あれだけの一撃をもらえば俺ならその場でひとたまりもなくやられていただろう。しかし、この動きの鈍い今しか俺に勝機はないここで決める。
キィン、ギン
しかし、すぐに決められるなんて甘いこともなく攻撃は防がれる。まずい――そう思った俺はぎりぎりの勝負に出る。攻撃しながらも剣を一瞬に向けて高めていく。向こうにもそれが判ったのかは知らないが一気に鋭さを増した。これで全力が出せていないというのだから恐ろしい。
「おおおっーーー!」
ひときわ大きな咆哮とともに先ほどの一撃に勝るとも劣らない一撃が来るのが分かる。
「ここだっ!!」
一瞬よぎるのはティアナのこと、あの華麗なそして鋭利な突きを思い出す。あの一撃にあれなら対抗できる――。
俺は全力で突きを繰り出していた。
「そっ、それまで!!!!」
気が付くと審判の声がしてハッと手を緩める。戦いに夢中になっていたがこれが試合だという事を忘れていた。上を見るとガイザル殿もばつが悪そうにしている。
「いい戦いだった。次は試合になるようにお互い気をつけんとな…」
「…全くです。申し訳ない」
そう言ってお互いの健闘をたたえ合う。
「…勝者はガーランド!!」
審判がそう告げる。しかし、会場は静かなままだ。そして、本当に勝ったのかと自分とガイザル殿を見比べる。俺の剣はガイザル殿の胸の位置にガイザル殿の剣は手前が俺の腕から肩にやや当たる位置にあった。
「ガ、ガイザル様が負けるなんてそんな…」
第2騎士団員たちがうろたえつつ会場を見ている。しかし、我を取り戻すと口々に言い始めた。
「だが、あのような騎士の証たる剣を物のように…」
「そうだ。それにあいつは一度武器を手放した。失格ではないのか?」
ヤジが大きくなったので仕方なく審判が答える。
「確かにガーランド殿は剣を一度手放された。だが、あくまで戦意喪失ではない。武器がなくとも戦意があれば問題ない。それに彼の体術は見事だった」
「し、しかし…」
なおも食い下がろうとする団員たちにガイザル殿が近づく。
「団長!団長も…」
「バカ者どもが!!勝者に対して何たる侮辱か、剣を取るだけで敵が倒せると思う愚か者どもめ!貴様らは明日から実戦訓練だ。戦場での甘さも分らぬものは我が団に不要だ!」
一喝され黙り込む第2騎士団員。ガイザル殿もばつが悪そうに振り返る。
「すまんな。馬鹿どもはあの戦い方が不服だというのだ。戦い方など戦場の中では無意味だというのに」
「いえ、俺もあれしかないとは思いましたが、このような場所では仕方ありません」
「まあ、なんにせよおめでとうと言うべきかな。決勝を楽しみにしている」
「はっ!」
思わず敬礼をして会場を後にする。次はカイラスとギルバート殿の一戦だ。注視しなければ。その前に…ティアナに手を振る。
「ガイザル様、負けましたね」
警備隊側の控室に入るとそう言われる。そういえばここに入ったことはなかったな。いつもは決勝で勝つか負けるかしてそのまま表彰式だった。悲しくもあるがうれしくもある。
「ぬしも負けたであろう?」
「ええ、さすがにガイザル様までも負けるとは思っていませんでした」
ディーネが全く予想外だという。確かに負けるとまでは思わなかったが、試合が終わればそもそもどちらが勝ってもおかしくなかったと分かる。今回はわしが自分の剣に自信を持っていたがため負けた。今すぐやれば負けない自信はある。
「初見であのような戦い方をされればわしとてな。だが、奴も決勝は苦しいだろう。決勝であれはできなくなったからな」
「さすがにギルバート殿には勝てないでしょうがそれでも楽しみですよ」
「ゼノよ、それはわしを侮っておらんか?カールはどうだ?」
「どうでしょうね。見たところでは7対3で団長ですが、私たちの中に帝国流の剣術使いはいませんし、そもそも彼の力自体が計りきれませんから」
「なんにせよ決勝を見ろという事か。久しぶりに見ごたえのある勝負だな」
「まあ、ガイザル様はいつも戦う側でしたからね」
そういえばと思い出す。
「ちなみに決勝はどちらが進むと思う?」
「間違いなく団長ですね。カイラスには悪いですが、私とあれだけ戦って消耗無しではすみませんから」
「そうか…」
そうつぶやくと今から始まる戦いに目を向ける。今大会では見ることがかなわないようだが、いつかあの若者同士の決勝戦も見てみたいものだ。無論、自分が進むに越したことはないのだが。張り合いのある相手がギルバートとカールだけでは寂しいものだ。
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