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本編
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ティアナの声が聞こえた。大歓声の中でもはっきりと。旦那様、か―。カレンにからかい半分でいわれるでもない。ロイに執事として言われるでもない、同じ言葉でも何とも不思議で新鮮な…。
「何呆けてる。お前妻帯者だったのか?」
「いいえ、今のは婚約者ですよ」
「はっ、警備隊があんなところに陣取る令嬢の婚約者とはねぇ。小さいときからの約束か?」
剣を交わしながらも、お互いしゃべる。
「いいえ、つい数か月前にできた婚約者です」
「なるほど、そいつは…むかつくな!」
剣を一気に振り下ろす。しかし、もはやそんな小手先の技術では俺は止められない。
「気が、変わりました…」
「ああん?」
「そこそこ頑張るつもりだったのですが、ああ言われてしまっては全力で行きます!」
「来な」
一旦、離れて構えを変える。王国流から帝国流へ。訓練の戦いから実戦へ。
「そっちが本命か?」
「王宮警備隊所属騎士ガーランド、参る!」
剣を一気に振り下ろし、相手が避ける前に追撃に入る。そう、これはかわいい婚約者の得意な武器。師がいない中で一心不乱に磨いてきた突き。
「なっ!間に合わない!」
振り下ろした時に剣で防ぎ、突きを繰り出す前に短剣を突き入れようとしていたゼノより早く俺は動いた。あれだけ長く打ち合っていた勝負の幕切れは一瞬だった。
「そこまで、勝者ガーランド!」
一瞬の静けさの後、わああぁぁぁああと歓声が上がる。この序盤、だれもが次の2回戦の戦いを考えている時に起こった名勝負に観客は大いに沸いたようだ。
「とんだ隠し玉だな全く」
「失礼をしました」
実力を隠して戦うなど、本来は騎士のすることではないと頭を下げる。
「別にいい。カイラスがどうして入れ込むのかよくわからなかったが、ようやく理解できた。いい収穫だ」
そして、各々の場所へと引き上げる。俺は騎士団側へ、ゼノ隊長は警備隊へ。
「よう、まさかほんとに勝つとはな」
「カイラス…。手間だどうだといっていた自分が恥ずかしい。今はただ勝ちたい、それに見合う報酬もある」
そう言って俺は観客席を見る。向こうからは見えないだろうが、こちらからはきちんと見えている。不安そうな顔が今は満面の笑みだ。あれが勝負の報酬なら、騎士団戦に出るのも悪くない。
「俺としてはうれしい限りだ。ちゃんと決勝まで残ってろよ。でないと手合わせできないからな」
「おや、カイラス。副団長の私や団長を差し置いてよく言いますね」
「一応、こいつに勝ちたくて腕を磨いたんで、けじめというか決意ですね。ちゃんとわかってますよ」
「それにしては、我が団長にも勝て、といったようだが?」
「クエイン副団長だって次は団長のガイザル殿とでしょう?でも、戦う以上は優勝を目指すでしょう」
「確かに…。俺も最近は万年2位だが、面白くなってきたわ」
「団長…」
「では、その前に次の対戦相手でも見るとするか?」
ギルバート団長に告げられて俺も試合場を見る。試合場には出場、唯一の女性騎士ディーネ団長が戦っている。戦っているのは我らが隊長だ。隊長殿も腕は悪くはないが、どちらかというと事務能力や指揮能力を買われての就任の為、分が悪そうだ。
「ふむ、さすがに警備隊隊長でもディーネの槍には勝てないようだな」
「まあ、団長は槍で警備隊長は短剣ですからね。リーチの差が大きく戦いづらいでしょう」
そうこうしているうちに壁際に追いつめられる隊長。観念しろと言わんばかりにディーネ団長が槍を突き出す。しかし、それを見越して隊長は決死の反撃に出るもののそれしか対抗策はない為、むなしく敗戦となった。
「あの位置からだと、反撃にできる位置も限られてますからね」
「そうだな。むしろ、あれだけ差があってこれだけの時間戦えたなら戦場なら上出来だろう」
いくら試合とはいっても、歴戦の勇士たちには戦場での動きと見えているらしい。
「いよいよ出番だな」
「カイラス、頑張れよ」
「当然だ」
そしてカイラスが試合場へと向かう。代わりに戦いを終えたディーネ団長が戻ってくる。
「あなた達の隊長はなかなかね。私の槍をあんな短剣で抑えながら壁際までもっていくなんて」
「デスクワークとか得意なんですよ。うちの隊長は」
「なるほどね。私の隊にでも欲しいわね。なかなかそっちができる腕の立つ騎士がいないのよ」
「それならゼノの隊も欲しがるだろう。今、すでに話をしているかもな」
「ギルバート団長!それは卑怯です」
「そうだな。だが、次勝てなければディーネ殿にはチャンスが巡ってくるぞ?」
「ガイザル様までからかって!」
どうやらディーネ団長は他の団長からも好かれているらしい。丁寧ながらもはっきりとした物言いが良いのだろう。
「あなたが次の対戦相手ね。ゼノとだと思って練習してきたからお手柔らかに」
「そうしたいところですが、何分、人の目がありますので」
「???」
「そいつの婚約者があそこで試合を見ているそうだ。あそこのちょっと背の低い令嬢だ」
「ん~、どこかで見たような?」
「ディーネ団長殿も男爵家の出でしたら、社交の場ではないでしょうか、婚約者は子爵家の令嬢ですので」
「…思い出した!ちょっと前の夜会で会ったわ。紹介して欲しかったのだけど、あれ以来見かけないのよね…」
「私の家に嫁ぐことになってからは、騎士爵になるからと社交からは離れてしまっていたので…」
「そう…なら勝ったらちゃんと紹介してほしいわ。長女だけど妹が居ないから、妹みたいであこがれてたのよね~」
「まあ、お似合いかもしれんな」
そう言って、観客席に目を向けるガイザル殿。きっと、彼もティアナを見かけたことがあるのだろう。おてんば姫と呼ばれることも知っている上で。
「何呆けてる。お前妻帯者だったのか?」
「いいえ、今のは婚約者ですよ」
「はっ、警備隊があんなところに陣取る令嬢の婚約者とはねぇ。小さいときからの約束か?」
剣を交わしながらも、お互いしゃべる。
「いいえ、つい数か月前にできた婚約者です」
「なるほど、そいつは…むかつくな!」
剣を一気に振り下ろす。しかし、もはやそんな小手先の技術では俺は止められない。
「気が、変わりました…」
「ああん?」
「そこそこ頑張るつもりだったのですが、ああ言われてしまっては全力で行きます!」
「来な」
一旦、離れて構えを変える。王国流から帝国流へ。訓練の戦いから実戦へ。
「そっちが本命か?」
「王宮警備隊所属騎士ガーランド、参る!」
剣を一気に振り下ろし、相手が避ける前に追撃に入る。そう、これはかわいい婚約者の得意な武器。師がいない中で一心不乱に磨いてきた突き。
「なっ!間に合わない!」
振り下ろした時に剣で防ぎ、突きを繰り出す前に短剣を突き入れようとしていたゼノより早く俺は動いた。あれだけ長く打ち合っていた勝負の幕切れは一瞬だった。
「そこまで、勝者ガーランド!」
一瞬の静けさの後、わああぁぁぁああと歓声が上がる。この序盤、だれもが次の2回戦の戦いを考えている時に起こった名勝負に観客は大いに沸いたようだ。
「とんだ隠し玉だな全く」
「失礼をしました」
実力を隠して戦うなど、本来は騎士のすることではないと頭を下げる。
「別にいい。カイラスがどうして入れ込むのかよくわからなかったが、ようやく理解できた。いい収穫だ」
そして、各々の場所へと引き上げる。俺は騎士団側へ、ゼノ隊長は警備隊へ。
「よう、まさかほんとに勝つとはな」
「カイラス…。手間だどうだといっていた自分が恥ずかしい。今はただ勝ちたい、それに見合う報酬もある」
そう言って俺は観客席を見る。向こうからは見えないだろうが、こちらからはきちんと見えている。不安そうな顔が今は満面の笑みだ。あれが勝負の報酬なら、騎士団戦に出るのも悪くない。
「俺としてはうれしい限りだ。ちゃんと決勝まで残ってろよ。でないと手合わせできないからな」
「おや、カイラス。副団長の私や団長を差し置いてよく言いますね」
「一応、こいつに勝ちたくて腕を磨いたんで、けじめというか決意ですね。ちゃんとわかってますよ」
「それにしては、我が団長にも勝て、といったようだが?」
「クエイン副団長だって次は団長のガイザル殿とでしょう?でも、戦う以上は優勝を目指すでしょう」
「確かに…。俺も最近は万年2位だが、面白くなってきたわ」
「団長…」
「では、その前に次の対戦相手でも見るとするか?」
ギルバート団長に告げられて俺も試合場を見る。試合場には出場、唯一の女性騎士ディーネ団長が戦っている。戦っているのは我らが隊長だ。隊長殿も腕は悪くはないが、どちらかというと事務能力や指揮能力を買われての就任の為、分が悪そうだ。
「ふむ、さすがに警備隊隊長でもディーネの槍には勝てないようだな」
「まあ、団長は槍で警備隊長は短剣ですからね。リーチの差が大きく戦いづらいでしょう」
そうこうしているうちに壁際に追いつめられる隊長。観念しろと言わんばかりにディーネ団長が槍を突き出す。しかし、それを見越して隊長は決死の反撃に出るもののそれしか対抗策はない為、むなしく敗戦となった。
「あの位置からだと、反撃にできる位置も限られてますからね」
「そうだな。むしろ、あれだけ差があってこれだけの時間戦えたなら戦場なら上出来だろう」
いくら試合とはいっても、歴戦の勇士たちには戦場での動きと見えているらしい。
「いよいよ出番だな」
「カイラス、頑張れよ」
「当然だ」
そしてカイラスが試合場へと向かう。代わりに戦いを終えたディーネ団長が戻ってくる。
「あなた達の隊長はなかなかね。私の槍をあんな短剣で抑えながら壁際までもっていくなんて」
「デスクワークとか得意なんですよ。うちの隊長は」
「なるほどね。私の隊にでも欲しいわね。なかなかそっちができる腕の立つ騎士がいないのよ」
「それならゼノの隊も欲しがるだろう。今、すでに話をしているかもな」
「ギルバート団長!それは卑怯です」
「そうだな。だが、次勝てなければディーネ殿にはチャンスが巡ってくるぞ?」
「ガイザル様までからかって!」
どうやらディーネ団長は他の団長からも好かれているらしい。丁寧ながらもはっきりとした物言いが良いのだろう。
「あなたが次の対戦相手ね。ゼノとだと思って練習してきたからお手柔らかに」
「そうしたいところですが、何分、人の目がありますので」
「???」
「そいつの婚約者があそこで試合を見ているそうだ。あそこのちょっと背の低い令嬢だ」
「ん~、どこかで見たような?」
「ディーネ団長殿も男爵家の出でしたら、社交の場ではないでしょうか、婚約者は子爵家の令嬢ですので」
「…思い出した!ちょっと前の夜会で会ったわ。紹介して欲しかったのだけど、あれ以来見かけないのよね…」
「私の家に嫁ぐことになってからは、騎士爵になるからと社交からは離れてしまっていたので…」
「そう…なら勝ったらちゃんと紹介してほしいわ。長女だけど妹が居ないから、妹みたいであこがれてたのよね~」
「まあ、お似合いかもしれんな」
そう言って、観客席に目を向けるガイザル殿。きっと、彼もティアナを見かけたことがあるのだろう。おてんば姫と呼ばれることも知っている上で。
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