家出した伯爵令嬢【完結済】

弓立歩

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2人の王子 情と欲

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いよいよクレヒルトの入場となった。ふと、あいつが今何を考えているか考える。カノン嬢に事実上の絶縁を告げるときの姿を想像しているのだろうか?はたまた、自分がエディン嬢と幸せに微笑んでいる姿を思い描いているのだろうか?

「どっちにせよ。今日ここまでの舞台だがな。初めてで唯一の舞台だ。精々楽しむといい」

「それでは本日のパーティー主催者であるクレヒルト殿下の入場でございます!」

兵士が高らかにそう宣言すると、再び閉ざされていた扉が開きクレヒルトが入場する。しかもなぜかエディン嬢を伴って。会場の貴族たちは一様に驚いている。まあ、無理はないだろう。婚約発表だと思っている中で全く見知らぬ令嬢を伴って会場入りをすればな。見ればクレヒルトはエディン嬢に何か声をかけて歩いている。励ましでもしているのだろうか?愚かなことだ。

「全く、こんな光景を見られるなら絵描きでも呼べばよかったな」

見れば大公殿も大口を開けてポカーンとしている。自分のことはさておいて、あの大公殿に大口を開けさせるとはユーモアのセンスだけは私よりあったようだ。

「皆さま、本日は私の快復祝いのパーティーへようこそ!かねてより療養を余儀なくされていた私だが、今回ようやく本格的に動けるようになった…」

つらつらとクレヒルトが向上を述べている。まあ、このあたりは文官が用意した言葉であるだろうから特に問題はないようだな。もっとも、周りはその横の女は誰だと気が気でないようだが。

「…そこでだ。皆も私の病気が急に治って驚いているだろう。私もこれに関しては驚いた。だが、何ということはないこれを癒せるものが存在したのだ!!」

おおっ!と諸侯もその声に答える。きっと彼らは彼女が薬の開発者で、特別に今回だけカノンではなく彼女をお礼を兼ねて連れてきたと思っていることだろう。

「そ、それは何でございましょう」

貴族のひとりが我慢できずに尋ねる。彼は確か親族に魔力病の者がいたはずだ。つい口が出てしまうのも無理もないだろう。

「うむ、よい質問だ!それこそが彼女が私にもたらした”愛の力”だ」

「あ……い……?」

言葉は理解しただろうが、質問した彼は時が止まったように動かない。噂によれば彼は私財をかなり投入してこれまで研究所や薬に手を出しているというから、それはそうだろう。貴族が八方手を尽くして無駄足であるのに愛で解決したと言われては彼の立つ瀬がない。何より貴族であるなら後継者のいる家ならとっくの昔に切り捨てているところだ。愛情の深さで言えば、陛下にも並ぶだろう。

「そ、そ、それで殿下は本日どうしてエディン嬢をエスコートされたので?」

どうやらエディン嬢を知っている貴族もいた様だ。もちろん彼の顔は蒼白だ。エディン嬢の人柄もよく知っているのだろう。

「皆も知っているだろう。私とカノン嬢はかねてより婚約状態にあった。しかし、それはあくまで彼女と彼女の家が私の病気を治せる努力をしていたからだ。だが、結果として私の病を治したのは彼女の愛だった。つまりはそういうことだ」

なるほど。カノン嬢との婚約は魔力病を研究し、克服するということだからそれを成し遂げたエディン嬢こそが婚約者にふさわしいという論法か。事実であるならそこそこ説得力がある説明だな。もっとも、すでに彼女の研究は魔力病を抜きにしても重要な研究ばかりで、それだけでも国単位で価値のあるものだが。

「そ、それではカノン嬢は?」

「無論、今まで私に対して尽くそうとしてくれたことは歓迎する。しかし、こうなった以上は仕方あるまい」

先ほどから陛下が話をしないと思ったら、あまりのことに理解が追い付いておらず、隣の宰相に話をしている。宰相殿からしても寝耳に水でむしろ説明を求めたいだろうに。それにしても言ったぞというクレヒルトとエディン嬢のざまあみろという顔。案外あの二人の相性はいいのかもしれんな。

「まあ、私としてはまっぴらごめんだが…さて、そろそろ出番だな」

話の流れからして、そろそろ婚約破棄を告げる頃合いだろう。このチャンスを逃すわけにはいかない。そっと、幕から抜け出して会場近くへと向かう。

「で、では、娘は?婚約はどうなるのです!」

「エレステン伯爵!確かに、そなたの娘はよい働きもあるようだが、今回のエディン嬢の功績とは並び立つものではない!」

「そ、そんな…」

確かに並び立つものではないだろう。彼女の発明品は世界中が注目するのだから。王族による縛りがなければ今日明日にも婚姻先が決まるだろう。

「皆もよく聞け!この場を持って私、クレヒルトとカノンの婚約を破棄し、新たにこのエディン嬢と婚約を結ぶものとする!!」

「お、おお。流石は殿下、素晴らしき御采配です」

皆があっけに取られている中、アルター侯爵が祝いの言葉を述べる。まあ、貴族派の彼からすればこの事態こそ願ったりかなったりだろう。大躍進すること確実なエレステン家を王族から取り上げ、無能な夫婦のご機嫌取りさえすればよいのだから。

「クレヒルト。祝いの席に来たと思ったらこれはどういうことだ?」

「あ、兄上!視察に行かれたのでは?」

「あちらに関してはある程度当てが出来たのでな。どうしてもお前の晴れ姿を見たかったのだが、これはどういうことだ?」

「そ、そうだ。クレヒルト!婚約破棄など…」

「父上まで。これはもう私が決めたことです。それに今日は私がすべてを取り仕切るはず。兄上とて異論は受け付けませんよ」

「お前の決めたことだ。それに関しては何も言うことはない。だが、カノン嬢は数年間お前の婚約者として認知されてきた。今更、婚約破棄となっては彼女はどうなるのだ?」

「それなら御心配には及びません。私がきっと良い縁談を見つけます!」

「この歳になって王族から婚約破棄を告げて、まともな相手が見つかると思うのか?お前が考えているよりも彼女の縁談はそう簡単ではない」

無論、これは普通の貴族令嬢の話だ。彼女ならよい縁談は腐るほどあるだろうが、ここで決めてしまわねばな。

「ですが、兄上…」

「では、こうしよう。彼女の縁談については私が引き受けようではないか。エレステン伯爵もそれなら問題ないだろう?」

「は、はい!」

急に話を振られたエレステン伯爵は思わず返事を返す。なんにせよこれで言質は取れたな。

「兄上が?しかし、兄上にはすでに婚約者が…」

「無論それは理解している。しかし、このような騒ぎになってしまってはよい縁談は難しいだろう。幸いにして、この国では第2夫人を娶ることも問題ない。これ以上ない縁だとは思わんか?」

「あ、兄上がよろしいのでしたら…」

相変わらず想定外のこととなるとすぐに思考が止まる奴だ。もっとも、そのお陰で今回はスムーズに進みそうだが。

「お、お待ちください、レスター殿下。それでは…」

「アルター侯爵。貴方も貴族であるならこの婚約破棄がいかに大きいことかわかるだろう?王族による不利益を埋められるのもまた王族なのだ」

「しかし…」

「くどい!さあ、カノン嬢。急なことで疲れているだろう。あちらに来るといい、エレンディア。君も来たまえ」

「は、はい…」

一度この場から離れてしまえば、後でどうこう言おうと問題あるまい。婚約者であるエレンディアも連れていくことで、大公も表立った反対も出来ぬだろう。まだ、戸惑っているカノン嬢と婚約者を伴い、私は用意していた別室へと向かった。
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