家出した伯爵令嬢【完結済】

弓立歩

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2人の王子 情と欲

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あれから数日が立った。シリウスは未だ調査中で不在だ。他の影たちに調べさせているエディン子爵令嬢の件も詳細は上がっていない。こんな中、王城を離れなくてはならないとは。

「では、レスター殿下。視察の程、よろしくお願いします」

「宰相殿も留守の間は頼んだぞ。特に弟の周りは騒がしくなっているようだからな」

「はっ!」

宰相に残務と気がかりとなっている件を託し、私は視察先に向かう。今回の視察先は穀倉地帯だ。近年、雨に困っている訳でもないのに不作が続いている。領主の交代も無く、不穏な雰囲気もないという報告を受けているから困ったものだと陛下も言っておられた。そこで、私の視察に繋がったという訳だ。

「陛下としては第1王子を向かわせることで国として問題を捉えているということを示し、貴族はそれにより安堵する。見事な手腕だな、流石は宰相殿だ」

あの人がいなければ王国はもっと苦しい舵取りを余儀なくされているだろう。見出した先王様には毎日頭が下がる思いだ。

「とはいえ、先王様の息子が陛下なわけでもあるのだがな。さて、資料に目を通すか」

昨日は行政改革課からの書類仕事が忙しくて読めなかったからな。提案書の多さは何とかならんものか…。優秀な集まりだがろくに休みも取っていないと聞くし、定期的に業務改善を出しておくか。他の貴族に提案書を任せたいのだが、いかんせん今の状況では信頼できるものが少なすぎる。将来的にはもっと提案自体に制限が必要だな。

「ふむ…不作の多いところは比較的水が多い地域だな」

資料に目を通すとどうやら不作は地域差があるようだ。水源豊かで麦の二期作を行っている地域に多く、逆に麦と野菜などの他の作物を作るところは少ないな。これは一部地域を国有化して検証してみるか。

「おい!」

「はっ!」

「今から行く地域とその横の地域の一部の土地を一時借り上げたい。領主に話が通るように手紙を用意しておけ」

「了解しました」

「農水官はどう思う?」

「一大穀倉地として名を挙げたのが最近ですので、ノウハウが不足しているのかもしれません。ただ、現状一番疑問なのが、他の地域より麦が取れすぎているということですね」

「取れすぎている?」

「はい。この地方を100とすると他の地方はせいぜい70ぐらいの取れ高なのです。新興の穀倉地帯で果たしてそれが可能かということが疑問でして…」

「そういえば前はこの地は穀倉地と言うより、果実なども含めた総合農地だったな。今はそんなに傾倒しているのか?」

「はい。隣国の凶作もあり、主食の材料がある程度高騰したまま数年過ぎた影響でしょうか。その頃から麦の割合を年々増加させていますね」

「では、予定はないが以前から続く穀倉地を先に見ておこう。行くまでに答えが見えるかもしれんからな」

「はい。では、手配いたします」

農水官は彼以外にも数人つれてきているが、他の者とは理解力が違う。惜しいとすれば、彼が平民出身でこれ以上の官職を得ることが難しいということだな。せめて、部下をうまく使えるものを上にそえなければな。

「資料もあらかた読み終わったから仮眠をとる。目的地が近づいたら起こしてくれ」

「はっ」

こんなところで寝るとはと思うなかれ。私も宰相も深夜まで仕事が詰まっているのだ。代わりに陛下は普段は20時には寝ているそうだが…。



「本日の宿泊地に着きました」

「うん…分かった。挨拶は?」

「こちらで済ませますのでお休みを」

「悪いな。任せたぞ」

「はっ」

それから、数時間滞在しいくつか有益な情報が手に入った。まず、取れ高の問題だがこの地方では元々、温暖な気候を利用して連作を行っていた。それをそのまま麦にも当てはめて、年がら年中収穫しているらしい。

「確かにこれなら生産量が他の地方より高くなるのは納得ですね」

「そうだな…。一番あやしいのはこの連作だな」

「ですが、どちらの時期も他の地域と同じように作っておりますが…」

「そこだ。他の地域は麦の育成に使える期間が短いから、他の野菜などを作っているだろう?年に2度の収穫は他の地域ではほとんどない。今のところ優先的に確認すべきはここだな」

「分かりました。連れてきている他の農水官の中には麦の生産地のものもおります。そちらには故郷での聞き取りをさせます」

「頼むぞ。結果がどうであれ、この地が荒れ果ててしまっては一大事だ。我が国の麦自体に悪評が集まりかねん」

予想通りなら問題ないのだが…。宿に着き休んでいるとドアがノックされた。

「誰だ?」

「私です」

「シリウスか、進捗は?」

「おおむね終わりました。予想通りというかアルター侯爵が関係しているようですね」

「関係性は?」

「そちらは内部資料の入手が難航しておりましてまだ…。ですが、実行についてトールマン子爵はシロです。エディン嬢に直接依頼したのは闇ギルドのようでして。そちらの特定はアルター侯爵の線から当たっている最中です」

「子爵にそれほどの野心はないと思っていたが、娘は違ったということか」

「そのようですね。それと気になる情報が…」

「なんだ?」

「今度開かれる第2王子のパーティーですが、どうやら婚約破棄を行おうと進めているとのことです」

「婚約破棄だと!?」

「はい。理由が定かではありませんがそのようでして…」

あいつは何を考えているんだ!カノン嬢は国にとって金のなる木だ。縁さえ結んでおけば今後数十年の収入安定につながるというのに…。エディン嬢など多少見た目が良いだけの役立たずではないか!むしろ下手な野心がある以上、後継者争いに波紋を起こしかねん存在だ。

「分かった…。今から王宮に戻る準備をする」

「しかし、それではご予定が…」

「今回の視察については先ほど目途がついた。合っているかは分からんが時間稼ぎが出来る内容だ」

「直接お会いにならないので?」

「今から帰ってもパーティーに間に合うかギリギリだろう。時間が惜しい」

「了解しました。直ぐに馬の準備をします」

「頼むぞ。私は直ぐに農水官に引き継ぎをする」

シリウスが退室した後、急ぎ農水官を呼び引き継ぎを行う。

「…分かりました。この内容で領主には話を進めてまいります」

「任せるぞ。全く、こんな時にやっかいごととはな」

「心中お察しいたします。それでは」

引き継ぎも終わり、部屋で少し休む。馬の手配ももう少しかかるだろう。

「それにしてもカノン嬢を手放すとはな。いいだろう、お前が要らんというなら俺がもらってやろう」

しかし、これで王子は1人になってしまったな。いくら陛下が甘いといっても今回のことは許されることではない。他国は以前から発表はなくとも王家の婚約者という認識でいるからこそ、カノン嬢に手を出せなかったのだし、国中の貴族が求めてやまない人材なのだ。

「それをこうも簡単に手放すとはな。忠告しただけ無駄だったな」

お陰で、俺は欲しいものが手に入るわけだから感謝はしないとな。

「将来的に後継者問題が起きなくなることは喜ばしいことだしな」

実際に宰相や私の派閥の貴族は弟の婚姻を危険視していた。大公や公爵となった後、金銭的にどれだけの勢力になるか戦々恐々としていたのだ。それがまるごと俺に転がり込むのだから、このことを知れば笑いが止まらないだろう。

「もちろん俺自身もだがな」

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