家出した伯爵令嬢【完結済】

弓立歩

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リバースストーリー

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「…で、殿下の新しい婚約者はどなたですの!」

は?一瞬時間が止まった気がする。私が?なぜ?

「ど、どうしたんだカノン。私は今でも君の婚約者だが…」

「で、ですが、最近皆さん噂しています。私が婚約者でいられたのは殿下のご病気を治すためだと。しかし、その薬を開発できなかった私はもはや婚約者の資格がないと」

「どのようなものが言ったか聞きたいところだが、今は誤解を解くのが先決だな。カノン、私は君と婚約できてうれしかった。もし悲しいことがあったとしたら、それは君の境遇についてだ。私のためにろくに休みもせず、令嬢としての教育も満足に受けられなくしたのは私のせいだ。それ以外でこの婚約をいやだと思ったことはない」

「ほ、本当ですか!」

「ああ、君がどれほど私のために努力を重ねてきたのか知っている。それを知らずにそのようなことをいうものは許せんな」

「ですが、その…殿下のご病気を…」

「そのことなら心配いらない。カノンと研究所のみんなの頑張りはきっと報われるよ」

「殿下!」

「そうじゃ、カノン。心配せんでもわしらに頼ればよい」

「お、おじいちゃん所長どうしてここに!」

「ほっほっほっ、元所長じゃがな。これでも元は男爵なんじゃ。息子を病気にさせて、来ることなど造作もないわ」

「む、息子さんは大丈夫なんですか?」

「うむ、心配いらんぞ。それよりもよく頑張ったなカノンよ。薬の開発だけではない。それにまつわる出来事にものう」

「わ、私、だれにも相談できなくて…でも、殿下の病気は治っていくしどうしていいか…」

「うむ。ここから先は大人に任せるのだ。お前は殿下を頼ればよい」

「そうだカノン。私たちは夫婦になるのだ。苦労も不安も分かち合うのが筋だろう」

「殿下ぁ~」

バッっとカノンが私に抱きついてくる。せっかくきれいなメイクをしているというのに全く。だが、そのカノンの横顔は今まで見たどの笑顔より美しかった。

「殿下。ここはパーティー会場ですぞ」

「分かっている」

とは言いつつも、今までは顔が触れ合いそうな距離を取ったこともなく、カノンからはいい匂いもするし正直言ってかなりつらい。だが、このような時間を堪能しているわけにもいかない。今日は残念だが、カノンを守るために一仕事しなければならないのだ。

「カノン。これから起きることに驚かず。私を信じて行動して欲しい」

「殿下、それはどういう?」

「すぐにわかる。さあ、メイクを直してもらわねばな」

私は近くにいたメイドにメイクを直させるように指示する。少しの別れだが仕方あるまい。カノンがいなくなると、彼女の話す通り、わらわらと令嬢が集まってくる。へたな噂を信じているのか親の意向かは知らないがご苦労なことだ。一にも二にも気のない返事をして次々とかわしていく。このようなことをしていると、婚約者が決まるまでの兄上の苦労はいかほどだったのかと思う。

「クレヒルト殿下!ようやく見つけました。どちらに居られましたの?」

「エディン子爵令嬢か」

「はい!ダンス踊りませんか?」

「いや、いい。私はカノンと踊ると決めているし、まだ踊れないからな」

「それなら私と一緒に踊りましょう。こう見えて私、ダンスは得意なんです!」

「人の話を…」

力ずくで連れていかれようとしたところで、ぴたりと音楽が止む。会場のみんなはどうしたことだと一斉に動きが止まった。

「あら、なんでしょうか?」

「ようやくか。しかし、いいタイミングだった」

「皆のもの静粛に!突然のことで驚いたと思うだろうが、今日はクレヒルトの快復祝いだ。という事はとうとう『魔力病』を我々は克服することができたという事だ。今日はその功労者を迎えている」

おおっ なんと

口々に貴族たちから声が上がる。みんなも口には出さなかったが、領地で有力者や子供などに同じ病気のものも多い。この場にいる何人かはその為に今日来たといっても過言ではないだろう。

「では、その者に出てきてもらおうではないか!」

父上の言葉とともに袖口から一人の令嬢が出てくる。

「へ、陛下これはいったい…」

「ふふふ、クレヒルトの考えだ。そのまま中央に進むがよい」

「は、はい」

「ここにいるカノン=エレステンこそ今回、クレヒルトの病『魔力病』の治癒薬を開発した功労者だ。研究者として婚約者としてこれ以上はないという成果を上げてくれた。皆のもの拍手を!」

父上が貴族たちに促すと千差万別な反応ではあるが、会場は大きな拍手に包まれる。

「ま、待ってください!」

「お主はトールマン子爵令嬢だな?」

「はい!その女が殿下の病を治したのは嘘です!殿下は私の献身的な介護で治ったのです」

「最近その様な噂があることは知っているが、ではどのように治したのだ?」

「わ、私の献身的な愛で…」

「ほう、貴様の愛というのはこういうものを使うのか?」

父上が傍のものに小さいテーブルを用意させるとそこに小瓶を置く。

「そ、それは…」

「薬学研究所から盗まれた最終実験中の『魔力病』治療薬だ。配下の者に貴様の部屋を探らせたところ見つかったものなのだが?」

「そんな小瓶なんてどこにでも…」

「それはないのう…」

「誰ですのこの爺は?」

「エディン!その方は前薬学研究所所長殿だ。伝染病の治療薬などで数々の勲章を授与された方だぞ!」

「お父様、その方が何ですの?瓶ぐらいその辺に転がっているでしょう!」

「確かに通常ならそうじゃ。じゃが、薬学研究所では治療薬の作成のために、毒草やら毒茸やら物騒なものも扱うのでな。特定の規格の色・大きさで特定の工房からしか仕入れんのじゃ。特に重要な薬の治験段階や完成品はその瓶にラベルを直接印字する特殊な焼き付けなんじゃ。ほれ、ここに『魔力病治療薬試作』とあるじゃろう?」

「はあ?何を言っているのこんなのただの模様じゃない!」

「これは古大陸文体です。かねてから研究などの文章はこの言語で統一されているので、なじみのない方には模様に見えるかもしれませんね」

「どうしてそんな面倒なものを使うのよ!」

「お前のような無知なものがおかしなことに使わぬようにだ。さあ、これ以上申し開きはあるか?」

「そ、その薬は私が作ったのよ!こいつの成果じゃないわ!」

「この期に及んで…では、もう一度作って見せよ!患者は世界中にまだまだいるのだ。まさか、作れぬという事はあるまいな?」

「それはその…た、たまたま!たまたま出来たものなので、再度作るのは出来ないんです」

「なるほどな。これまで誰も作れなかった薬だ。確かにそういうこともあるかもしれん」

「そ、そうですよ。陛下!そういうものなんです!!」

「では、カノン。お前はもう一度この治療薬を作れるか?」

「つ、作れます。その…すでに治験中でして10名ほどに投与していますが、治癒したものの中で後遺症もありませんでした。多少、体力を必要としますので、栄養状態を確認しながら治療すれば安全だと思われます」

おおっ! なんと、もうそこまで進んでいたのか

貴族たちからは感嘆の声が上がる。私に投与していただけと思い、ほとんどの者はもっと出回るまで時間がかかると
思っていたようだ。ふふっ、私の婚約者を甘く見たな。カノンはどの研究者よりも素晴らしいのだ。もちろん、本人自身もだが。

「出たらめを!」

「でたらめかどうかは今後発表される研究結果を牢屋で楽しみに待つのだな」

「牢屋?なぜ私が…」

「たわけが!貴族だけでなく王たるわしまでたばかろうとして罪にならぬとでも思ったか!!まあ、だがわしも子を持つ親よ。貴様がそのような行為に及んだのは誰から話を持ち掛けられたのだろう。話せば考えてやろうではないか」

「本当ですか!」

ちらりとギュシュテン伯爵を見ると青ざめている。もしかすると情報の漏れを防ぐため、エディンに直接会いに行ったのかもしれんな。

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