家出した伯爵令嬢【完結済】

弓立歩

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サブストーリー

とある内務官僚の回顧録

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私はグレンデル王国の内務省の官僚だ。もう勤め上げて30年余りになるだろうか。最近は時間が取れるようになったのでここに記録として残しておこうと思う。始まりは私が18歳の時だった。学園で優秀な成績を修めた私は男爵家当主の地位を捨て、内務省の事務官としてこの省の門戸を叩いたのだ。


この年に配属されたのは3人。その中でも僕が一番先に来ていたので、配属先の内務省行政改革課のドアを開けて声をかけた。

「すみません。新しく配属になったものですけど…」

「ん?ああ、新人かちょうどいい。そこの書類を確認して処理をしておいてくれ!」

開口一番そう言われて僕らは固まってしまった。目の前には山積みの資料があって、2列になっていた。

「これですか?」

「そうそう、その中の書類は簡単な案件ばかりだから見れば何とかなるよ。後はよろしく」

試しに1枚の紙を手に取ってみる。なになに、この度の貴族の処罰について民衆からの支持を保つため、王都の外壁を塗り直そう。確か王都の外壁は、昨年外交のために修繕もされたばかりだったと思うけど…。じゃあこれは却下だな。下に理由も書く欄があるから―――。

「王都の外壁は昨年外交時に修繕済みで不要。こんな感じかな」

「どうだろうな。でも、俺たちにでもできるってことはこういう無駄な案件なんだろ?気楽にやろう。どうせ後で見直してくれるさ」

「そうだな。仮にも貴族の案件だし無下にはできないだろう」

一人は平民の成績優秀者だったけど、もう一人の人はバリバリの貴族で、ここにも派閥から様子を見て来いと言われて来たって言ってたな。平民の彼はともかくこの人とはあまり関わり合いたくないな。即、貴族案件だから検討要件なんて。実際彼は伯爵家だか侯爵家の3男だかと言っていたから爵位的にもそっとしておこう。

「ふう、お昼まだかな?」

書類仕事を始めてもう今は13時だ。さすがにこの時間まで休憩なしとは思わなかった。

ガチャリ

「またこんな時間まで休憩も取らずに皆さん…あら?」

おそらく隣の課の人だと思う人が入ってくる。

「僕たちは今日から配属になった新人です」

「もうみんな実地で働いてるのね。えらいわ。ケルン課長!新人にちゃんと休みは取らせましたか?」

「うん?もうそんな時間なのか?適当に食べてくれ」

「またそうやって!彼らに施設の説明もまだなんでしょう。うちの課と合同でやっておきますから」

「助かるよ」

そうしてようやく昼食と施設案内をされた。それから1週間が経った。貴族の彼はここは私のいるべきところではないと言って転属願を出した。彼の中でこの課はよくわからない書類を一心不乱に処理する、無駄な部署という評価になったようだ。事実としてはこの課で無駄な提案のほとんどを取り下げているんだけど。

「君達だけでも残ってくれてよかったよ」

僕には憧れのレスター王子のもとで働きたいという思いがあったから。23歳にして国王陛下の政務を代わりに行えるほど殿下は優秀だ。通常だと国王は50歳ぐらいまで政務をとってから交代するから、この時期は少しずつ手伝う程度なのに。その殿下の力に成れればと、領地の経営をあきらめこの道に入ったのだ。もう一人の彼はというと、平民でもある程度まで出世できるのが内務省だけだからだそうだ。残るは軍務省だけど、彼の運動センスのなさは僕でも知っている。それが邪魔をして学園総合1位になれなかったと噂されていたからだ。

「この後、飲みに行かないか?」

「この後って、いつも終わるの21時でしょ。夜の酒場なんて怖くて行けないよ」

「なら、いつか暇になったら行こう」

「それならいいよ」

こうして彼と約束をしたものの、夜帰りは1か月後も続いていた。そこで、僕は意を決して話してみる。

「この部署ってお休みあるんですか?」

「あるぞ」

「いつですか?」

「王子が外遊か視察に出られたらだ。その間に書類がたまっても処理できないから、うちの部署も受付は休みでその時までにたまった書類を片付けたら休みだな」

そういう先輩の机の上には山積みの書類がある。後で確認したら初日に僕らがやった書類は点検せずそのまま処理したらしい。先輩曰く、『新人にケチ付けられる提案が後ろで通るはずがない。何より貴族の要望は無茶も多いから、ほんとに良い案は題名見れば判るから抜き出してある』らしい。恐ろしい職場だ。

そして、王子の外遊が決まったのは2か月後だった。つまり3か月働いて初めての休みが今日だ。飲むなんてどころではなくただただ眠り続けた。おかげで次の日は少し遅れてしまった。

「あっ、行政改革課の…」

「こんにちは。恥ずかしいところを見られちゃいましたね」

彼女は隣の課の王都施政課の新人さんだ。新人配属の昼以降の案内で一緒になったんだ。

「ううん、新人なのに残業続きなのはあなたの課だけよ。頑張ってね!」

「うん。王子のためにも頑張るよ」

彼女の応援を受けて今日もがんばる。心なしか今日の書類は多い気がする。

「今日って書類多くありませんか?」

「当たり前だろ。昨日まで外遊のおかげで止めてた申請が一気に来るんだからな」

何を当たり前のことをみたいに言われたけれど、僕は本当に耐えられるんだろうか?



そんなことを思っていたのもつかの間、あれから1年の月日が経っていた。今年の新人は激務に耐えきれずに辞めるか転属してしまった。おかしいなぁ?きちんと業務の説明も休みの説明も去年と違ってしたのに。そういうと同期の彼は『お前みたいに明確な目的がないと逆効果だよ』と笑っていた。ちゃんと3か月前にも休みはあったし。その時は隣国で会議が行われるといって、宰相も王子も出席したからかなりの長期休みだった。おかげで復帰後はしんどかったな。

「どうしたの?」

「ちょっと、前の休みを思い出してた」

「ああ、珍しく休みが取れたもんね」

僕を励ましてくれた彼女は最近少しだけど、手伝いに来てくれるようになった。自分の課は?と聞いたら新人がみんな残ったので休みの消化をしているところらしい。前に先輩にうちに来てもらえばどうですか?って言ったら、手伝いの人間を正式に雇ったら、残るか判らない上に新人が来なくなるから駄目だと言われた。確かに彼女は15時から2時間ほど手伝ってくれるし、それがあるから僕らも早く帰れるようになった。そのメリットは大きい。

「お前もなかなかやるな」

「何の話?」

彼がたまに僕にそう言ってくるけど僕はよくわからない。僕はただレスター王子のためにやってるから。あの人に仕えられるだけでいいんだ。

「あ、あの、お昼食べない?」

「もうそんな時間なんだね。ありがとう、いつも誘ってくれて」

「いいのよ。料理の練習になるし」

「僕でよかったらいくらでも味見するよ。こんな生活で自炊とかできないし」

そういえば、彼とは最近ご飯を一緒に食べなくなったな。代わりにその間に来た書類の引継ぎができて助かってるけど。



それからまた数か月経った。今日はレスター王子の戴冠式だ。煌びやかな衣装に包まれたレスター王はこの国の未来が明るくなると感じさせる姿だった。なぜ僕のようなただの職員が見れたかというと、課長が忙しいので代理でという事で出席させてもらったのだ。ところがこれがちょっと困ったことになった。

「行政改革課の課長代理はまだ3年目の職員らしい」

「相当優秀な人材のようですな」

「あの多忙極まる課に残っているだけでも素晴らしいですよ」

「では、現在の補佐を抜いて彼が次の課長になりますのね」

などといううわさが飛び交うようになってしまったのだ。まだ、僕は20歳なのに…。

だけどそのことを聞いた課長たちが面白がっているのだろうけど、次に課長が交代するときは僕が課長だと言って揶揄うようになってしまった。彼も、お前なら適任だよと言ってくる。彼女ですら、『よかったじゃない。これでもっとレスター王の役に立てるわね』なんて言ってくるし。



などと言っていたのもつかの間だ、あれから3年が経ち、外遊と視察以外ではほとんど休みが取れない毎日が続いたが、この1年半は少しずつ休みが増えてきている。最近では月に1度か2度は休みが取れているのが証拠だ。そして今日は課長から発表があるらしい。新人の紹介かな?

「今日はお前たちに知らせがある。気づいているとは思うが、この部署も数年前に比べてかなりの職場改善が図られたと思う」

後ろで新人たちが『これでましな方?』『私今年でよかった』などと言っているが、仕方ないことだろう。

「そこでだ。私もあと半年で引退しようと思う。もうずいぶん働いたし、家内にもいつまで一線にいる気だとうるさく言われてな。これからはみんなも休みが増えるだろうし、もう大丈夫だろう」

そういえば、課長と補佐は僕らが休みの時も長い間、働いてたりしてたな。奥さんも大変だったろう。

「重要なのがこの状態まで持ってきたこの課を誰に預けるという事だが、私は彼にやってもらおうと思う」

そう言って課長が示したのは僕だった。

「ええっ!?」

「彼ならばいいでしょう」

補佐まで何を言ってるんですか?今まで頑張ってきたのに…。

「色々言いたいことがあるものもいるだろうが、補佐も俺もこれまでかなり厳しい職場環境に部下を置いてきた手前、敵も多くてな。次の課長に補佐を指名してしまうと、他の課の課長からもまた以前のようになるのではないかと言われているんだ。その点、彼なら他の課とも仲がいいし、問題もなく勤めている。何度か業務改善に対しても改善案を提示した実績もあるしな」

「課長…」

「どうだ、俺たちの跡を継いでやってくれないか?」

「は、はい、必ずより良い課にします!」

こんなことを言われて断れる人間がいるだろうか?気が付いたら僕は話を受けていた。そして、みんながもし僕を課長として認めてくれたらという淡い期待だったけど、決めていたことが一つあった。選ばれた以上は腹をくくるしかない。

「どうしたの、呼び出したりして?」

「最近忙しくて会えてなかったから、それに…」

「それに?」

「僕は明日から課長になるんだけど、もし選ばれたらずっと言おうと思ってたことがあるんだ」

「な、何?」

「ぼ、僕と付き合ってほしい!前から親身になってくれて、君のことがいつの間にか好きになってたんだ。だけど僕はせっかくの男爵の地位も捨ててしまったし、誇れるものは何もないって思って…」

「ううっ…」

彼女が突然泣き出してしまった。どうしよう嫌だったのかな?

「い、いやだった?」

「ううん、うれしいの。今回課長になるって言われて、遠いところに行くんだなって…。私はただの平民だし、課長なんて器でもないし、このまま置いていかれるんじゃないかと思ってたから」

「そんな。君みたいな素敵な人に受け入れてもらえるように頑張ったんだよ」

「レスター王のことは?」

「もちろん今でも尊敬してるよ。だけど、レスター様以外の為にも頑張りたくなったんだ!」

「そ、そうなんだ。でも、付き合うってのは無し!」

「ええっ!」

「だって、みんなもう付き合ってると思ってるわ。これで付き合うことになりました、なんて言ったら課長の威厳も何もないわよ」

「大丈夫だよ。僕はそんなにモテないし」

「…もう!近づけないようにするの大変だったんだからね!お料理もがんばったし、連絡が付きやすいように先輩たちにもお願いしたし」

「た、大変だったんだね」

「そうよ。だからこれからはいっぱい甘やかしてよ!」

泣きながらそういう彼女の笑顔はとても素敵だった。



あれから五年、結婚して子供もできたし、課の方は最近彼に任せた。平民でもあれだけ重要な部署の課長になれるという事で、学園からの平民の登用にも一躍買っているらしい。僕はというと…。

「あなた、そろそろ出勤の時間よ」

「ぱぱ、いってらっしゃい!」

「いってきます」

もうすぐ4歳になる娘が妻とともに見送ってくれる。幸せな日々だ。行政改革課も業務が変更になった。これまで無制限に受けつけていた書類を、僕が提出したことになっている改善案によって条件が付いた。1つ、同様の内容は半年後以降に改めて以前との差を比較して提出すること。2つ、月内に1貴族が提案できる案は上限を設ける。3つ、平民、主に商人からの投書を受けつけるため、あまりに提出された書類が拙い貴族は、上限の枚数をさらに制限する。

この3つの条件が付いてからは無茶な仕事量になることもなく、今では週に1日は休めるようになった。これぐらいなら新人も辞めずに育っていくので、心配はいらないだろう。問題があるとすれば一つだけ―――。

「元気でやってる?」

「ああ、お前が中心になった意見書のおかげでな。みんな感謝している」

「またそう言って。あれはみんなで話し合って決めたのに…」

「何を言うか。この中ではお前が一番の出世株だ。この課だけでなく他の課を良くできる奴が上にいってもらわんとな」

「そう言って、息子にもっと会いたいんでしょ?」

「当り前だ。妻に似ていてそれはかわいくてな」

「大きくなってそれ言わないようにしなよ…」

彼は結婚して息子が生まれたけど、子煩悩になって将来大丈夫かなと思う。そんな彼らにも生活があって、それを守っていくのが僕の仕事なら頑張らないとね。妻にもそうしているところが一番かっこいいって言われたし。



こうして、さらに20年余りを務めあげた。娘も後に生まれた長男も次女も大きくなり。私も引退となった。これからはこの子たちがこの国を良くしていくだろう。レスター王も、もう50を過ぎ近々一線を引かれるそうだ。

「みんな。今日まで私のような非才の身についてきてくれてありがとう。今日を持って私は退官となるが、教えられたことだけでなく、新たに学び進んでいってほしい。また顔を見せるようにするので、気楽にとは言わないが無理はしないように」

「ううっ、必ず成果を上げて見せます!」

「ああ。だが、私が行政改革課に配属されたときは問題だらけだった。今は落ち着いたという事は改善点も少なくなっているという事だ。それにあえて改革しなかったこともある。改革したという成果も大事だが、成果のために改革をすることだけはしないと約束してくれ!」

「「はい!」」

「ではこれをもって退官のあいさつとする」

「礼!」

ビシッ

何度も練習してくれたのだろう。一糸乱れぬその姿に感動したまま私はその場を去った。さすがにこの姿で涙ながらに退官は恥ずかしすぎる。振り返ったり立ち止まればたちまち泣いてしまっただろう。


「あなた、おかえりなさい」

「「おかえり、お父様」」

家に帰った私を待っていたのは妻と嫁いだはずの娘たちだった。

「あの子は領地で忙しくしていますから来られませんでしたが、いままで頑張ってきたあなたに家族からの贈り物です」

妻から美しく彩られた花束をもらう。変わらず私を愛して、応援してくれる妻こそ私の宝だろう。ちなみに私はレスター王から、これまでの働きの褒美として子爵位を頂いた。そして、長らく直轄地となっていた土地の一部を下賜されて、現在は息子が領地を治めている。

「ありがとうお前たち。お前たちは最高の家族だよ!」

「ひとまずお疲れ様。あなた…」

その日は夜遅くまでみんなで思い話に花を咲かせたのだった。






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軽い気持ちで書き始めたのに長くなってしまった…。
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