家出した伯爵令嬢【完結済】

弓立歩

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サイドストーリーズ

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お嬢様とフィスト様が街に買い物に行ったのち。邸に帰ったお2人を迎えると、何やらいい雰囲気になっておりました。私は一緒についていくことができなかったのが残念ですが、少しずつ大人になられているのかと思うと嬉しい限りです。

「アーニャ、どうでしたか?」

「リーナ様、またお話しますが、なかなかの成果です」

やはり思っていた通りの結果だったようですね。あのお嬢様が先程のような表情をなされるとは感動です。そう思っていたのもつかの間、あの日より数日たちましたが、お嬢様の様子が何やらおかしいのです。ふぅとため息をつかれたり、フィスト様の方を見ずにお話しされたりと、この邸についてからのご様子の中で一番おかしい状態です。

「アーニャ、ジェシカも。これはあれでしょうか?」

「あれです」

「あれですね」

こればかりは当人同士の問題と言いますか、こちらから口をはさんでしまってこじれてもいけませんし、どうしたものか…。アルフレッド様にも相談してみましょう。

「いやはや、やはりそうでしたか。こちらでもそうではないかと思っていたのですが、きっかけもなくては下手に手出しもできず…」

やはりアルフレッド様もお気付きにはなっていたご様子です。しかし、きっかけと言われてもこれ以上であれば逢瀬を重ねる以外に何かあるでしょうか?

「アルフレッド様、このような手配では…」

その時アーニャが何やらアルフレッド様に耳打ちをしました。名案なのでしょうか?

「ふむ…。しかし、動向も分かりませんので時期は不透明でもよろしいですかな?」

「そこまで遅くならなければいけるかと」

「では、手配いたしますのでお手紙の準備を」

「畏まりました」

「アーニャ様、何か良い案でも?」

「変化をもたらすには十分だと思います。ですが、結果がどうなるかまでは保証できません」

「アーニャ、それは大丈夫なの?」

「お嬢様はすでに爵位も得ていますし、おかしなことにならないとは断言します」

「では、許可しますのでよろしくお願い」

「はい!」

アーニャは部屋に戻っていく。相変わらず音もなく部屋に入っていけるなと感心する。

「そういえば、リーナ様はおうちの方はどうしてらっしゃるんですか?」

「お嬢様にもフィスト様にも許可を得て、数日前より住むようにしています。庭の方も薬草園が広く、そのまま花を植えられると安心しました」

「立派なお庭ですからね。私も植えるのを手伝ったのです」

「どんな花を植えてくれたのジェシカは?」

「スズランです!」

「…そう。ありがとう」

ジェシカは薬草園の見学までそんなに薬草の知識はなかったみたいだから許しましょう。危ないから後できちんと区画の整理が必要かもしれないわね。


それから数日後に大きな知らせが邸を駆け巡った。

「皆さんにお知らせです。明後日にこちらの邸に大旦那さまと大奥様がいらっしゃいます。粗相のないようにお願いいたします」

「あ、アルフレッド様、お2人は隠居されたのでは?」

「何を言うのですかジェシカ?年に一度は戻られていたでしょう」

「今回は数か月前にいらしておられます」

「用事がなくとも息子のフィスト様に会いに来ることがあるでしょう。来られることは決まっています。皆さん準備は抜かりなく」

再びのアルフレッド様の言葉でにわかにみんなが慌ただしくなる。邸の客間はもちろんのこと、空き部屋に至るまで入念にチェックをしておかないと。隠居で新しい屋敷に移られ、こちらの使用人も減ったとはいえ、その程度で邸を管理しきれないようになるなど使用人の恥である。

コンコンコンコン

ドアや壁にも腐食や薄い場所が無いか確かめる。普段使わないところは特に入念に行う。どうしても生活感のないところは注意していても、こういった問題が起きやすいのだ。そして、来訪までの数日間の間、私たちはというと…。

「お嬢様、以前言った通り背筋はピンとですわ。ほら、顔が引きつっておいでです」

カノンお嬢様のマナー教育がこれまでよりも厳しく行われたのだ。確かに隠居なさったとは言え、フィスト様は夜会などパーティーに出席者として出られることは少ない。国境警備隊が地方にいるときは地方で、領地や近くにいるときは周辺領地での警護役という事で駆り出される。侯爵をあごで使うのかと思われがちだが、代々隊長が勤めてきた役目で、過去には公爵家の人間でさえ使われたというので逃げられないのだ。この為、今でも侯爵家として強く他家とつながりを持っているのは前侯爵夫妻様なのだ。

「ジェシカ、前侯爵様ってどのような方?」

「ええと…」

「ジェシカ、そのようなことは言わずともよろしいです。たとえどのような方であろうと、失礼なく対応しもてなすことができなければいけません。お嬢様は領地はないに等しいですが、お相手は隠居された身といえ前侯爵。こちらがどれだけもてなせるか、マナーは身についているのかを見に来られるかもしれないのです」

「でも、私ってこの国では平民だったって話だけど…」

「だから何ですか?平民だったというなら、爵位を陛下より賜り貴族としての生き方に対し、真摯に向き合っているかを問われるのです。分かったらどんどん覚えていきますよ。お嬢様はあれだけの調合の組み合わせを覚えておられるのですから、あっという間ですよ」

「あ、あれはほらまた違うというか」

「言い訳ご無用!さあ再会しますよ」



リーナ様はフィスト様のご両親に何とか認めてもらえるように努力しておられる。日々の業務の後も、グレンデル王国との礼儀の違いなども研究され、偽りの知識をお嬢様に教えないように取り組まれている。アーニャ様もすごいと思うけれど、こういうところも抜け目なくできるリーナ様も素晴らしいメイドだ。このような素晴らしいメイドを抱えられる伯爵家はどれ程の仕打ちで、お嬢様を追い出したのか。何度考えても罪深い者たちと思う。

「リーナこれでどう?」

「ええ、良い形ですね。ただし!良いと思ったのなら次の動作を続けるべきです。途切れ途切れの動作ほど目立ちますからね」

お二人が訪れる日までこの特訓は続き、結局のところ私は前侯爵夫妻様について触れる隙は無かった。

「ジェシカ、あなたもぼさっとしていてはだめです」

「アーニャ様、しかし私は特に何も…」

「成長した姿を見せないと」

キン

いきなり、投げナイフが飛んできた。だけど、投げる瞬間に一瞬光ったため、避ける場所は分かる。左前に乗り出して膝を…。

「甘い」

ドン

おそらく体勢からして左足を膝上に振り下ろされたのだろう。痛みと衝撃で体勢が崩れる。

「ここまでですね。回避と危機察知はなかなか成長しました。ですが、即反撃に移るのは悪い癖です。相手の技量に合わせて、時間を稼ぐのか知らせるのか位は判断してから動くのです」

「は、はい…」

まだ痛む膝を抑えながら返事をする。あの日のアーニャ様とアルフレッド様の姿を見て、私も考えて動くように気を付けているつもりだ。しかし、まだまだ影を掴むのもできそうにない。

「でも、修練の成果は出てます。頑張りなさい」

「は、はい!」

良し、修練時間を少しだけ増やそう。密度との兼ね合いでこれ以上は疲労が抜けきらないだろう。それぞれの思いを秘めて、私たちはその日を迎えた。


「「「「おかえりなさいませ、大旦那様、大奥様!」」」」

初めて見る前侯爵夫妻様。そのお姿は威風堂々とされている。隙あらばキンキラキンに染めようとした伯爵様とは大きな違いだ。案内されて進む姿も美しく、まさに貴族だ。

「ああ、リーナたちも座ってくれ」

広間に案内すると突然そう告げられる。そう言われても、皆さまの手前私たちだけが座るわけには…。そう思っていたのにあっさりアーニャは座って私も彼女に促されるまま座った。

それからはお嬢様が初めてこの邸に来られた時のようにこれまでの経緯をご説明された。途中で大旦那様の言葉にお嬢様が泣き出すハプニングもあったが、おおむね問題はないように見える。あの時は不覚にもジーンと来てしまって私も大泣きをしてしまった。恥ずかしい…。しかし、次の発言はそんなことも吹き飛ぶような言葉だった。

「ええ、実は先日旅をしているときにレイバン侯爵様から娘をどうかとお話を頂いたの。あの家も後妻の方が入られたし、娘さんも22歳。あなたとさほど年も違わないしどうかと思って。あなたが女性の扱いもできないままだったら話をせず帰ろうかと思っていたのだけど、この調子なら問題なさそうね」

なんと、大奥様の口から飛び出た言葉は、侯爵令嬢とフィスト様との婚約話だった。これが成立してはお嬢様の幸せが逃げてしまう。しかしながら、成果があるとはいえこの国の侯爵と新参の領地もないような子爵…後はフィスト様に託すのみだったのだが。

「…一旦、考えさせてくれないか母上」

なぜ、なぜそこで保留の返事なのです!そこはきっぱりと私はカノン様を慕っていますと宣言するところでしょう!もう少しできる方かと思っていましたが、今後は少し認識を改めるべきかもしれませんね。とにもかくにも準備が必要かもしれません。後でアーニャたちとも打ち合わせをしましょう。


    
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