27 / 49
サイドストーリーズ
11
しおりを挟む
時間は少し巻き戻り、ここは隣国のローラント侯爵家。
今日は朝食時に大きな変化が訪れた。このまま一生独身かと思われたお嬢様が、フィスト様を誘ったのだ。裏事情は研究所の前所長様のお声がけで、たまには仕事ばかりの2人で遊びに行かれては?ということだった。これでお嬢様に平穏な日々が訪れるのかと思うと嬉しい限りだ。側で仕えて早2年。日記にも書き留めておかなければ。
「アーニャ、服装はどれが良いかな?」
「お嬢様が着るなら何でもと言いたいですが、あくまでお忍びです」
「じゃあ、研究所に行ってた格好にしようかな?」
いや、あの飾り気の欠片もないのは流石に困る。折角、お嬢様が好意を持たれているというのに、フィスト様が落ち込むだろう。
「で、では、この辺でいかがでしょう?」
お嬢様にそう言いながら裏でリーナ様たちとも打ち合わせをする。目立たず、フィスト様の気も引くことのできる服を探さなければ。
「うん、これが良いかな?」
服を隠したり、目立たないようにしながら選び終わる。この服ならきっと条件を満たせるだろう。
「服は決まりましたが後はデートコースですね。なにか良い案はありますか?」
「リーナ様、そこはフィスト様にお任せすべきでは?私たちが考えたものだと予想外の行動に出たときに、ぼろが出ませんか?」
「しかし、侯爵様付きのメイドにも聞きましたが、縁談をすべて断ってきた当主と婚約者に見向きもされなかった女性ですよ。どこに行けば良いのかとなりませんか?」
「フィスト様は度々、邸を抜け出したり隊の詰所から休憩時間に出て行ったりと、街に普段から出ているとのことです。ご心配は不要かと」
「それならお任せ致しましょう。後は警備ですね…」
「それについてはアルフレッド様と話を進めます。私とジェシカが後をつけ、アルフレッド様は特定の地点にて監視、後は数名の警備を通行人に紛れさせます」
「あ、相変わらず素早い手配ですね、アーニャ。では、当日までに私たちに出来ることがあれば言いなさい。手伝いますからね」
「はい」
それから邸のものも含めて警備計画を練る。警備といっても今回は3つの視点がある。1つ目はお嬢様たちの邪魔をせずに警護すること。2つ目はお嬢様たちがいい雰囲気になれるように住民をコントロールすること。3つ目が研究所及び邸の警備だ。これ以降もお2人で出かけるためには、邸や研究所にある研究成果を守らなくてはならない。ここについても手を抜くことはできない。
「では、配置ですが…研究所から2名が外出警護。うちの1名は住民の移動を担当。邸からはメイド2人と執事2人、こちらはどちらもコントロール側に回ってください。指示は私が行いますので、従ってください。くれぐれも正体がばれぬようお願いします。アーニャはジェシカと一緒にフィスト様とカノン様をお願いします」
「「はっ!」」
「メイド長はこちらの指揮をお任せします。邸は特定区画以外は覚えのあるものに作業をお願いします。研究所の方は念のため、資料を紛れさせるようにお願いします。以前からの練習の成果を示すときですね」
「はい!研究所員一丸となって対応します」
「では後は当日ですね」
「じゃあ、行ってきます!」
お嬢様がフィスト様とともに馬車に乗り街に行く。
「それではリーナ様、我々も行ってまいります」
「気を付けて」
「はい、ジェシカもばれないようにしますよ」
「でも、アーニャ様のその格好は…」
「僕はアーシュだよ」
変装というのは久しぶりだ、お嬢様は街に繰り出されなかったので、せいぜいが御者の臨時の付き人や研究所の配達員をする程度だった。とはいえ思ったよりも腕は鈍っていないらしい。
「僕たちも遅れないようにいくよ、ジェシー」
アルフレッド様の変装はさすがだった。あれなら老人としてしか捉えられないだろう。ジェシカはもう少し堂々とすればもっと見破られにくくなるでしょう。変装を見破る1つが態度だ。どうしても後ろ暗いという意識が残っているうちは変装自体のレベルが高くても分かり易い。
「はい…」
ジェシカもといジェシーとともに馬車を追いかけ街へ。途中でアルフレッド様は追い越して行かれた。向こうでの動きを指示するのだろう。
「この格好似合ってるよね。ジェシー?」
「そ、そうですね」
街について2人の姿を見ると、知ってはいたもののフィスト様はかなり街になれている様子だ。ただし、格好はそうは言っても貴族に近い。雰囲気から何となく街のものもある程度は察しているのがうかがえる。
「あっ、屋台。次は露店ですね」
「ジェシー何か買うかい?」
「で、でも、仕事中ですよ。アーニャ…アーシュ様」
「何も買わなくてウロウロするほうが変だよ。それと呼び捨てで」
「はい。じゃあ、あの巻き棒を」
2人で巻き棒を買いつつ後を付ける。これは薄目に焼いた生地にいろいろなソースをかけて食べる。ソースの種類も多くあり、男女問わず楽しめる人気の屋台だ。
「あっ、お昼を取るんですかね?レストランに入りましたよ」
「そうですね。では僕たちは街を歩いて時間をつぶしましょう」
「入らないんですか?」
「あそこのご老人が見えるだろう?」
レストランのカウンターでは制服を着た老人が手を上げている。あれがアルフレッド様だろう。前の客に飲み物を作って出している。
「普通の店員にしか見えませんね…。変装するのにはきちんとその相手の技能が必要です。音楽なら作詞や作曲を、画家なら絵を、メイドならメイドの技能を習得しなければいけません」
「へ~、アーシュはどれもできるの?」
「当然だよ。きちんと基礎からみっちりやったからね」
「おっ!そこのアベックさん。ここで食べてかないかい?」
「色々見たいからすぐに出れるならいいよ。ねっ、ジェシー?」
「そうね」
「あたりめぇよ。うちは火力もサービスも最高だぜ!」
注文も任せると確かに早く、2分程で出てきた。
「これがうちの名物、フィットパンだ!あんちゃんの分はサービスしといたぜ。彼女の分はピリッとしてるから注意してくれ!」
出されたフィットパンというものを見ると、ちょっと平たいパンにソーセージとこぼれにくいように野菜が入っていて上からソースがかかっている。ジェシーと比べるとどうやら彼女の分はピリッとしているからなのか、僕のより細いようだ。
「じゃあ食べようか。おじさん、ジュースも頂戴」
「おうよ!エールでなくていいのか?」
「それじゃあ、街を歩けなくなっちゃうよ」
こうして二人で一緒に昼食を食べた。
「おいしかったですね」
「うん。たまに来ようかな。時間も短いし味も良くて効率がいい」
「アーシュ…」
何か言いたげなジェシーをほっといて会計を済ませ、一緒に店を出る。店を出たところで少しだけ路地に入り、ジェシーに飲み物とスプレーを渡す。
「これは?」
「匂い消し。あれを食べた後じゃ周りにいたらすぐに気づかれるからね」
僕たちは素早く処理をして匂いを消す。こうして、あとをつけていても同一人物と悟られにくくするのだ。
「こんな便利なものがあったなんて…」
「これも我が家の努力と言いたいところけど、お嬢様の開発の流用品だよ。回復薬の味やにおいを改善するときに、においを消せないかと開発していたものを使ってるんだ」
「でも、そんなものリストにありましたっけ?」
「途中で味もにおいも良くなったものが完成したからね。お嬢様の中ではお蔵入りしているんだ。これはちょっと高級品だから僕らみたいなの専用だね。今度ジェシーにも教えてあげる」
「あ、ありがとう」
「でもそうだね。一般人でもにおいは気になるだろうし、これの安価なものをお嬢様に提案しようかな」
「それはいいかも。家にいるみんなも気に入ると思う」
「じゃあ、今度話をしようか…おっと、出てきたみたいだ。何か、お嬢様に言われてますね。情けない!おや?あの先は確か…ジェシー先回りだ!」
僕はジェシーを掴んで一気に別の道から駆ける。裏道を通り、おそらく来るであろうアクセサリーショップへ。
「いらっしゃいませ~」
「店主ですか?すみません。今からここにお忍びで去るお方が来られるのですが…」
「もしかして、フィストさんですか?宝石にも詳しくて、そう思ってたんです」
「なら話は早い。服を貸して奥にいてください」
「え、ええ!?」
「さあ、早く!」
「で、でも、あなたは男性では?」
時間がない、彼女を置くにつれていきさっさと服を脱ぐ。
「私は女です。服は?」
「あ、そこに…」
かかっていた服を取ってすぐに着替える。少し、大きいようだが問題はない。サイズを調整し髪型も変えて声も変える。今も邸も少し低めだから高めの声だ。
「では少しの間ここで待っていてください。ジェシカも」
「いらっしゃいませ。あら、恋人ですか?」
「あ、いや、あの…」
「ふふっ、初々しくていいですね。どのようなものがよろしいですか?」
くっ!お嬢様の前でこんな言葉を吐く日が訪れようとは…。
「彼女に似合うものを」
何だこの遊んでそうな発言は?誰か執事から教えてもらったのか?もうちょっとまともなやつに聞いてきなさい。ネックレス…どこでしょう。あそこですね。すぐにネックレスの場所を見つけ案内する。
「この緑色もきれい、こっちの銀色も…これにします!」
お嬢様の目が一点で止まり、欲しいものが決まったようだ。私の髪の色ではなくその色をやはりお選びになるのですね。悲しいけど、仕方のないことだと言い聞かせる。
「彼女さんに愛されてますね。恋人の瞳の色だなんて。また、お越しください」
「瞳の色…そっか、あのきれいな青はフィストの目の色だったんだ…」
お嬢様がフィスト様に惹かれていくのは寂しいことだ。でも、それが幸せならきっと守って見せよう。2人を見送るとすぐに奥に引っ込む。
「お騒がせしました。このお礼は必ず!」
「い、いえ。フィスト様と一緒にいたあの女性は?」
「また、伺った時にお教えします。ジェシー行くよ」
素早く元の姿に戻り、裏から出る。どうやら、お嬢様たちは噴水のベンチに座るところらしい。
「ここはチャンスだ」
さっと手を上げて、通行人に紛れさせているものを集める。
「いい?今から手段は問わないから、噴水に近づくものを制限して二人の邪魔にならないようにしてください。特に絡みそうな輩はこの際です、他の恋人たちの為にも排除してください!!」
「はっはい!」
「わしは奥の方をみとるよ」
横からアルフレッド様が出てこられた。相変わらずの隠密行動だ。すぐに姿を消して噴水の裏へ。
「ジェシー。あの奥のベンチに座るよ?」
「えっ!」
「こういう時の為の男女のペアだ」
さっさとジェシーの手を取ってベンチへ。少し前まで酔っ払いがいたけど今は裏の路地だ。
「お2人とも仲がよさそうですね」
「そうだね。でも、噴水の水を眺めてどうしたんだろうね?」
普通は噴水を眺めるものだと思うけど、まあ2人が楽しいならそれでいい。その後、気が済んだのか2人とも座り直す。それから少ししてまた街に繰り出して行った。
今日は朝食時に大きな変化が訪れた。このまま一生独身かと思われたお嬢様が、フィスト様を誘ったのだ。裏事情は研究所の前所長様のお声がけで、たまには仕事ばかりの2人で遊びに行かれては?ということだった。これでお嬢様に平穏な日々が訪れるのかと思うと嬉しい限りだ。側で仕えて早2年。日記にも書き留めておかなければ。
「アーニャ、服装はどれが良いかな?」
「お嬢様が着るなら何でもと言いたいですが、あくまでお忍びです」
「じゃあ、研究所に行ってた格好にしようかな?」
いや、あの飾り気の欠片もないのは流石に困る。折角、お嬢様が好意を持たれているというのに、フィスト様が落ち込むだろう。
「で、では、この辺でいかがでしょう?」
お嬢様にそう言いながら裏でリーナ様たちとも打ち合わせをする。目立たず、フィスト様の気も引くことのできる服を探さなければ。
「うん、これが良いかな?」
服を隠したり、目立たないようにしながら選び終わる。この服ならきっと条件を満たせるだろう。
「服は決まりましたが後はデートコースですね。なにか良い案はありますか?」
「リーナ様、そこはフィスト様にお任せすべきでは?私たちが考えたものだと予想外の行動に出たときに、ぼろが出ませんか?」
「しかし、侯爵様付きのメイドにも聞きましたが、縁談をすべて断ってきた当主と婚約者に見向きもされなかった女性ですよ。どこに行けば良いのかとなりませんか?」
「フィスト様は度々、邸を抜け出したり隊の詰所から休憩時間に出て行ったりと、街に普段から出ているとのことです。ご心配は不要かと」
「それならお任せ致しましょう。後は警備ですね…」
「それについてはアルフレッド様と話を進めます。私とジェシカが後をつけ、アルフレッド様は特定の地点にて監視、後は数名の警備を通行人に紛れさせます」
「あ、相変わらず素早い手配ですね、アーニャ。では、当日までに私たちに出来ることがあれば言いなさい。手伝いますからね」
「はい」
それから邸のものも含めて警備計画を練る。警備といっても今回は3つの視点がある。1つ目はお嬢様たちの邪魔をせずに警護すること。2つ目はお嬢様たちがいい雰囲気になれるように住民をコントロールすること。3つ目が研究所及び邸の警備だ。これ以降もお2人で出かけるためには、邸や研究所にある研究成果を守らなくてはならない。ここについても手を抜くことはできない。
「では、配置ですが…研究所から2名が外出警護。うちの1名は住民の移動を担当。邸からはメイド2人と執事2人、こちらはどちらもコントロール側に回ってください。指示は私が行いますので、従ってください。くれぐれも正体がばれぬようお願いします。アーニャはジェシカと一緒にフィスト様とカノン様をお願いします」
「「はっ!」」
「メイド長はこちらの指揮をお任せします。邸は特定区画以外は覚えのあるものに作業をお願いします。研究所の方は念のため、資料を紛れさせるようにお願いします。以前からの練習の成果を示すときですね」
「はい!研究所員一丸となって対応します」
「では後は当日ですね」
「じゃあ、行ってきます!」
お嬢様がフィスト様とともに馬車に乗り街に行く。
「それではリーナ様、我々も行ってまいります」
「気を付けて」
「はい、ジェシカもばれないようにしますよ」
「でも、アーニャ様のその格好は…」
「僕はアーシュだよ」
変装というのは久しぶりだ、お嬢様は街に繰り出されなかったので、せいぜいが御者の臨時の付き人や研究所の配達員をする程度だった。とはいえ思ったよりも腕は鈍っていないらしい。
「僕たちも遅れないようにいくよ、ジェシー」
アルフレッド様の変装はさすがだった。あれなら老人としてしか捉えられないだろう。ジェシカはもう少し堂々とすればもっと見破られにくくなるでしょう。変装を見破る1つが態度だ。どうしても後ろ暗いという意識が残っているうちは変装自体のレベルが高くても分かり易い。
「はい…」
ジェシカもといジェシーとともに馬車を追いかけ街へ。途中でアルフレッド様は追い越して行かれた。向こうでの動きを指示するのだろう。
「この格好似合ってるよね。ジェシー?」
「そ、そうですね」
街について2人の姿を見ると、知ってはいたもののフィスト様はかなり街になれている様子だ。ただし、格好はそうは言っても貴族に近い。雰囲気から何となく街のものもある程度は察しているのがうかがえる。
「あっ、屋台。次は露店ですね」
「ジェシー何か買うかい?」
「で、でも、仕事中ですよ。アーニャ…アーシュ様」
「何も買わなくてウロウロするほうが変だよ。それと呼び捨てで」
「はい。じゃあ、あの巻き棒を」
2人で巻き棒を買いつつ後を付ける。これは薄目に焼いた生地にいろいろなソースをかけて食べる。ソースの種類も多くあり、男女問わず楽しめる人気の屋台だ。
「あっ、お昼を取るんですかね?レストランに入りましたよ」
「そうですね。では僕たちは街を歩いて時間をつぶしましょう」
「入らないんですか?」
「あそこのご老人が見えるだろう?」
レストランのカウンターでは制服を着た老人が手を上げている。あれがアルフレッド様だろう。前の客に飲み物を作って出している。
「普通の店員にしか見えませんね…。変装するのにはきちんとその相手の技能が必要です。音楽なら作詞や作曲を、画家なら絵を、メイドならメイドの技能を習得しなければいけません」
「へ~、アーシュはどれもできるの?」
「当然だよ。きちんと基礎からみっちりやったからね」
「おっ!そこのアベックさん。ここで食べてかないかい?」
「色々見たいからすぐに出れるならいいよ。ねっ、ジェシー?」
「そうね」
「あたりめぇよ。うちは火力もサービスも最高だぜ!」
注文も任せると確かに早く、2分程で出てきた。
「これがうちの名物、フィットパンだ!あんちゃんの分はサービスしといたぜ。彼女の分はピリッとしてるから注意してくれ!」
出されたフィットパンというものを見ると、ちょっと平たいパンにソーセージとこぼれにくいように野菜が入っていて上からソースがかかっている。ジェシーと比べるとどうやら彼女の分はピリッとしているからなのか、僕のより細いようだ。
「じゃあ食べようか。おじさん、ジュースも頂戴」
「おうよ!エールでなくていいのか?」
「それじゃあ、街を歩けなくなっちゃうよ」
こうして二人で一緒に昼食を食べた。
「おいしかったですね」
「うん。たまに来ようかな。時間も短いし味も良くて効率がいい」
「アーシュ…」
何か言いたげなジェシーをほっといて会計を済ませ、一緒に店を出る。店を出たところで少しだけ路地に入り、ジェシーに飲み物とスプレーを渡す。
「これは?」
「匂い消し。あれを食べた後じゃ周りにいたらすぐに気づかれるからね」
僕たちは素早く処理をして匂いを消す。こうして、あとをつけていても同一人物と悟られにくくするのだ。
「こんな便利なものがあったなんて…」
「これも我が家の努力と言いたいところけど、お嬢様の開発の流用品だよ。回復薬の味やにおいを改善するときに、においを消せないかと開発していたものを使ってるんだ」
「でも、そんなものリストにありましたっけ?」
「途中で味もにおいも良くなったものが完成したからね。お嬢様の中ではお蔵入りしているんだ。これはちょっと高級品だから僕らみたいなの専用だね。今度ジェシーにも教えてあげる」
「あ、ありがとう」
「でもそうだね。一般人でもにおいは気になるだろうし、これの安価なものをお嬢様に提案しようかな」
「それはいいかも。家にいるみんなも気に入ると思う」
「じゃあ、今度話をしようか…おっと、出てきたみたいだ。何か、お嬢様に言われてますね。情けない!おや?あの先は確か…ジェシー先回りだ!」
僕はジェシーを掴んで一気に別の道から駆ける。裏道を通り、おそらく来るであろうアクセサリーショップへ。
「いらっしゃいませ~」
「店主ですか?すみません。今からここにお忍びで去るお方が来られるのですが…」
「もしかして、フィストさんですか?宝石にも詳しくて、そう思ってたんです」
「なら話は早い。服を貸して奥にいてください」
「え、ええ!?」
「さあ、早く!」
「で、でも、あなたは男性では?」
時間がない、彼女を置くにつれていきさっさと服を脱ぐ。
「私は女です。服は?」
「あ、そこに…」
かかっていた服を取ってすぐに着替える。少し、大きいようだが問題はない。サイズを調整し髪型も変えて声も変える。今も邸も少し低めだから高めの声だ。
「では少しの間ここで待っていてください。ジェシカも」
「いらっしゃいませ。あら、恋人ですか?」
「あ、いや、あの…」
「ふふっ、初々しくていいですね。どのようなものがよろしいですか?」
くっ!お嬢様の前でこんな言葉を吐く日が訪れようとは…。
「彼女に似合うものを」
何だこの遊んでそうな発言は?誰か執事から教えてもらったのか?もうちょっとまともなやつに聞いてきなさい。ネックレス…どこでしょう。あそこですね。すぐにネックレスの場所を見つけ案内する。
「この緑色もきれい、こっちの銀色も…これにします!」
お嬢様の目が一点で止まり、欲しいものが決まったようだ。私の髪の色ではなくその色をやはりお選びになるのですね。悲しいけど、仕方のないことだと言い聞かせる。
「彼女さんに愛されてますね。恋人の瞳の色だなんて。また、お越しください」
「瞳の色…そっか、あのきれいな青はフィストの目の色だったんだ…」
お嬢様がフィスト様に惹かれていくのは寂しいことだ。でも、それが幸せならきっと守って見せよう。2人を見送るとすぐに奥に引っ込む。
「お騒がせしました。このお礼は必ず!」
「い、いえ。フィスト様と一緒にいたあの女性は?」
「また、伺った時にお教えします。ジェシー行くよ」
素早く元の姿に戻り、裏から出る。どうやら、お嬢様たちは噴水のベンチに座るところらしい。
「ここはチャンスだ」
さっと手を上げて、通行人に紛れさせているものを集める。
「いい?今から手段は問わないから、噴水に近づくものを制限して二人の邪魔にならないようにしてください。特に絡みそうな輩はこの際です、他の恋人たちの為にも排除してください!!」
「はっはい!」
「わしは奥の方をみとるよ」
横からアルフレッド様が出てこられた。相変わらずの隠密行動だ。すぐに姿を消して噴水の裏へ。
「ジェシー。あの奥のベンチに座るよ?」
「えっ!」
「こういう時の為の男女のペアだ」
さっさとジェシーの手を取ってベンチへ。少し前まで酔っ払いがいたけど今は裏の路地だ。
「お2人とも仲がよさそうですね」
「そうだね。でも、噴水の水を眺めてどうしたんだろうね?」
普通は噴水を眺めるものだと思うけど、まあ2人が楽しいならそれでいい。その後、気が済んだのか2人とも座り直す。それから少ししてまた街に繰り出して行った。
33
お気に入りに追加
4,022
あなたにおすすめの小説

選ばれたのは私ではなかった。ただそれだけ
暖夢 由
恋愛
【5月20日 90話完結】
5歳の時、母が亡くなった。
原因も治療法も不明の病と言われ、発症1年という早さで亡くなった。
そしてまだ5歳の私には母が必要ということで通例に習わず、1年の喪に服すことなく新しい母が連れて来られた。彼女の隣には不思議なことに父によく似た女の子が立っていた。私とあまり変わらないくらいの歳の彼女は私の2つ年上だという。
これからは姉と呼ぶようにと言われた。
そして、私が14歳の時、突然謎の病を発症した。
母と同じ原因も治療法も不明の病。母と同じ症状が出始めた時に、この病は遺伝だったのかもしれないと言われた。それは私が社交界デビューするはずの年だった。
私は社交界デビューすることは叶わず、そのまま治療することになった。
たまに調子がいい日もあるが、社交界に出席する予定の日には決まって体調を崩した。医者は緊張して体調を崩してしまうのだろうといった。
でも最近はグレン様が会いに来ると約束してくれた日にも必ず体調を崩すようになってしまった。それでも以前はグレン様が心配して、私の部屋で1時間ほど話をしてくれていたのに、最近はグレン様を姉が玄関で出迎え、2人で私の部屋に来て、挨拶だけして、2人でお茶をするからと消えていくようになった。
でもそれも私の体調のせい。私が体調さえ崩さなければ……
今では月の半分はベットで過ごさなければいけないほどになってしまった。
でもある日婚約者の裏切りに気づいてしまう。
私は耐えられなかった。
もうすべてに………
病が治る見込みだってないのに。
なんて滑稽なのだろう。
もういや……
誰からも愛されないのも
誰からも必要とされないのも
治らない病の為にずっとベッドで寝ていなければいけないのも。
気付けば私は家の外に出ていた。
元々病で外に出る事がない私には専属侍女などついていない。
特に今日は症状が重たく、朝からずっと吐いていた為、父も義母も私が部屋を出るなど夢にも思っていないのだろう。
私は死ぬ場所を探していたのかもしれない。家よりも少しでも幸せを感じて死にたいと。
これから出会う人がこれまでの生活を変えてくれるとも知らずに。
---------------------------------------------
※架空のお話です。
※設定が甘い部分があるかと思います。「仕方ないなぁ」とお赦しくださいませ。
※現実世界とは異なりますのでご理解ください。

ゲームのシナリオライターは悪役令嬢になりましたので、シナリオを書き換えようと思います
暖夢 由
恋愛
『婚約式、本編では語られないけどここから第1王子と公爵令嬢の話しが始まるのよね』
頭の中にそんな声が響いた。
そして、色とりどりの絵が頭の中を駆け巡っていった。
次に気が付いたのはベットの上だった。
私は日本でゲームのシナリオライターをしていた。
気付いたここは自分で書いたゲームの中で私は悪役令嬢!??
それならシナリオを書き換えさせていただきます
【完結】捨てられた双子のセカンドライフ
mazecco
ファンタジー
【第14回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞作】
王家の血を引きながらも、不吉の象徴とされる双子に生まれてしまったアーサーとモニカ。
父王から疎まれ、幼くして森に捨てられた二人だったが、身体能力が高いアーサーと魔法に適性のあるモニカは、力を合わせて厳しい環境を生き延びる。
やがて成長した二人は森を出て街で生活することを決意。
これはしあわせな第二の人生を送りたいと夢見た双子の物語。
冒険あり商売あり。
さまざまなことに挑戦しながら双子が日常生活?を楽しみます。
(話の流れは基本まったりしてますが、内容がハードな時もあります)

どうも、死んだはずの悪役令嬢です。
西藤島 みや
ファンタジー
ある夏の夜。公爵令嬢のアシュレイは王宮殿の舞踏会で、婚約者のルディ皇子にいつも通り罵声を浴びせられていた。
皇子の罵声のせいで、男にだらしなく浪費家と思われて王宮殿の使用人どころか通っている学園でも遠巻きにされているアシュレイ。
アシュレイの誕生日だというのに、エスコートすら放棄して、皇子づきのメイドのミュシャに気を遣うよう求めてくる皇子と取り巻き達に、呆れるばかり。
「幼馴染みだかなんだかしらないけれど、もう限界だわ。あの人達に罰があたればいいのに」
こっそり呟いた瞬間、
《願いを聞き届けてあげるよ!》
何故か全くの別人になってしまっていたアシュレイ。目の前で、アシュレイが倒れて意識不明になるのを見ることになる。
「よくも、義妹にこんなことを!皇子、婚約はなかったことにしてもらいます!」
義父と義兄はアシュレイが状況を理解する前に、アシュレイの体を持ち去ってしまう。
今までミュシャを崇めてアシュレイを冷遇してきた取り巻き達は、次々と不幸に巻き込まれてゆき…ついには、ミュシャや皇子まで…
ひたすら一人づつざまあされていくのを、呆然と見守ることになってしまった公爵令嬢と、怒り心頭の義父と義兄の物語。
はたしてアシュレイは元に戻れるのか?
剣と魔法と妖精の住む世界の、まあまあよくあるざまあメインの物語です。
ざまあが書きたかった。それだけです。

むしゃくしゃしてやりましたの。後悔はしておりませんわ。
緑谷めい
恋愛
「むしゃくしゃしてやりましたの。後悔はしておりませんわ」
そう、むしゃくしゃしてやった。後悔はしていない。
私は、カトリーヌ・ナルセー。17歳。
ナルセー公爵家の長女であり、第2王子ハロルド殿下の婚約者である。父のナルセー公爵は、この国の宰相だ。
その父は、今、私の目の前で、顔面蒼白になっている。
「カトリーヌ、もう一度言ってくれ。私の聞き間違いかもしれぬから」
お父様、お気の毒ですけれど、お聞き間違いではございませんわ。では、もう一度言いますわよ。
「今日、王宮で、ハロルド様に往復ビンタを浴びせ、更に足で蹴りつけましたの」

公爵令嬢の辿る道
ヤマナ
恋愛
公爵令嬢エリーナ・ラナ・ユースクリフは、迎えた5度目の生に絶望した。
家族にも、付き合いのあるお友達にも、慕っていた使用人にも、思い人にも、誰からも愛されなかったエリーナは罪を犯して投獄されて凍死した。
それから生を繰り返して、その度に自業自得で凄惨な末路を迎え続けたエリーナは、やがて自分を取り巻いていたもの全てからの愛を諦めた。
これは、愛されず、しかし愛を求めて果てた少女の、その先の話。
※暇な時にちょこちょこ書いている程度なので、内容はともかく出来についてはご了承ください。
追記
六十五話以降、タイトルの頭に『※』が付いているお話は、流血表現やグロ表現がございますので、閲覧の際はお気を付けください。
だから聖女はいなくなった
澤谷弥(さわたに わたる)
ファンタジー
「聖女ラティアーナよ。君との婚約を破棄することをここに宣言する」
レオンクル王国の王太子であるキンバリーが婚約破棄を告げた相手は聖女ラティアーナである。
彼女はその婚約破棄を黙って受け入れた。さらに彼女は、新たにキンバリーと婚約したアイニスに聖女の証である首飾りを手渡すと姿を消した。
だが、ラティアーナがいなくなってから彼女のありがたみに気づいたキンバリーだが、すでにその姿はどこにもない。
キンバリーの弟であるサディアスが、兄のためにもラティアーナを探し始める。だが、彼女を探していくうちに、なぜ彼女がキンバリーとの婚約破棄を受け入れ、聖女という地位を退いたのかの理由を知る――。
※7万字程度の中編です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる