家出した伯爵令嬢【完結済】

弓立歩

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サイドストーリーズ

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闇夜の中で1泊した後は、まずは街に入ることだ。ここは堂々と門から入る。どうせ、この程度のことで毎回全員を調べるようなことはない。これまでだって足がついたことはなかった。

「よし一人ずつ入る」

通行料を支払うと思った通り、難なく入れた。後は今日の夜まで時間をつぶすだけだ。この空き時間が俺たちの楽しみでもある。

「変な問題だけは起こすな」

「わぁってるよ」

一旦は散り散りになる。宵の時間までは別行動だ。まとまっていて、ばれでもしたら大変だからな。俺は何時ものように奥に入り、情報とそれなりのものを手に入れる。とは言っても所詮は今だけだ。欲しい情報も手に入ったし、あとは酒場で酒でも飲むか珍しいものでも土産にするかだな。

「まあ、今回の依頼はおいしいだけじゃなくてなかなか大きな仕事だ。これで地位も上がるだろう」

そして夜のとばりが下りる。これだけ、暗くなればもうこっちのものだ。

邸の方へ気づかれないように侵入していく。一人また一人と合流する。こんな段階でヘマなど誰もしない。遠目からも全体が見える。

「思ったより堅牢な作りだな。貴族の邸というより砦に近い」

「そんなの関係ないよ」

「さっさと向かおうぜぇ!」

俺たちは邸の前に陣取り、時間を待つ。



「今日来ると思いますかな?」

「昨日来れば1流、今日なら2流、明日なら大部隊以外は3流です」

「同意見ですな。では、皆さん手はず通り。アーニャと私が外を見てきますので、侵入された場合は所定の位置にて応戦。時間を稼いでください。すぐに駆け付けますので」

「はっ!」

「ジェシカ!あなたにはお嬢様の護衛を命じます。必ずやり遂げるように」

「はいっ!アーニャ様の指示通りに…」

ジェシカはカノン付きのメイドでも所属は侯爵家だが、そんなことをいうものはここにはいなかった。日中もアーニャの雰囲気があまりに変わらないことに逆に委縮しているのだ。大なり小なり他のメイドたちや執事は警戒感を出してしまっている。

「今日は旦那様が見回りの点検日で領兵とともに見回りに出ておられます。遠慮はいりません。カノン様のみをお守りし、可能であれば1人は捕らえなさい」

「では、それまでは各々の部屋で」

「はっ!」



「そろそろいい頃だな。邸から誰かが動くような気配はない…」

ザッ

「ん?なんだ、壊れかけの魔法陣か?中心位置も邸からずれているし、立て直しの時にでも放って置かれたものだな」

「ふん、かつて戦争した地域だってのに気楽なもんだな」

ザッザッ

この瞬間に彼らの運命は決まった。密偵や暗殺者が持っていなければならない感性を彼らが持ちえなかったというだけの話だが。

パリン

「結界が破られた…」

仕事着に着替えているので後は部屋を出るだけだ。襲撃の知らせの魔道具を鳴らし、邸中に知らせる。

リィン

部屋を出て、向かいの部屋に入る。その窓を開けて裏庭へ出て、邸の側面に出る。ここからならば侵入者の側からは見えないだろう。

「…いた」

木に2人。それより奥に2人、さらに奥に1人。

「たったの5人…」

ヒュン

まずは1人。最大の速度でナイフを投げる。間違いなく頭部に刺さるだろう。それに相手が気づく前に一気に距離を詰める。

ドサ

死体が落ちた後にそいつがいたところに私が着いた。次は横のこいつを…。

ヒュー

横の男が邸の方へと一気に加速する。だが、男が動く気配はなかった。

ピン

一瞬糸が見えた。その先には邸の前に立つアルフレッド様だ。彼の武器なのだろう。私のナイフなどとも相性がいいとも言えないし味方で良かった。2人を排除したので次に移る。男が落ちた場所は向こうの3人からは見えないだろう。一気に飛んで距離を詰める。

「な、なんだ!」

「気づかれた?」

動揺した一人の胸と頭に1本ずつ、逃げようと身をひるがえした間抜けには両足に投げ、頭は持ち手が当たるようにする。残りは一人、おそらくリーダーだろう。


何だ、何が起こった?

俺たちは敷地に入った。そこで、殺したがっていたやつと、金が欲しいと言っていたやつを先行させた。金が欲しくとも騒ぎになればどうせ殺すと踏んだからだ。木の上から遠目に確認する。

ドサ

何か音がした。だが、木の上にはまだ2人ともいる。動物か何かか?その時、殺したがっていたやつが急に邸に向かっていった。もう、場所が分かったのか?本当に楽な仕事だったな。

「おい、あの動き変じゃないか?」

「えっ!」

あいつの動きを追ってみると。何か黒い影がその先にいる。ぞわりと肌が震える。居るのに何も感じない。何だ?あの違和感は…。

ヒュンヒュン

近くで音がした。見ると前にいた一人が死んでいた。今空にいるのは何だ?あ、あんなやつは知らない、あれはまさしく…。

「ば、化け物…」

にげろ、にげろ、逃げろ……。一刻の猶予もない、もう一人が時間を稼いでいる間に…。

「どこへ行こうと…」

後ろで声がする。ば、バカなもう追いつかれたのか。振り返ると女がいた。やや後ろにはさっきの影だ。

「ああ、あ…」

駄目だ、もう生き残れない。なぜだ!こんな依頼で!!

「どうした?」

気付くと目の前には騎士が2人いた。そ、そうだこの街は騎士が見回りをしていたんだ!こ、こいつらを使えば…。

「た、助けてくれ。あいつらはこの先の邸で殺しを…」

「何だと!」

「君は現場を見たんだね?」

「そ、そそ、そうだ。だから早く何とか…」

「なら、君は黒だね。帰すわけにはいかないよ」

ヒュン

「あ、れ…」

なぜだ。俺は騎士の後ろにいるのに騎士の前にまだ俺の体がある…。俺は一体どうなったんだ?


「おや、フィスト様にグルーエル様まで。早いお帰りでしたな」

「ああ、こいつに近々こういう輩が来ると話をもらってな。対処済みだったか?」

「お手間を取らせないようにと思ったのですが…」

「それで?どれか残ってる?」

「奥に1体だけ。それと残りも回収いただければ」

「そうだね。おい!」

「はっ!」

「さっさと回収してあげて」

「了解いたしました」

「それにしてもすごい服装だね。アーニャさん」

「これが本来は正装です」

「だが、音もならないようだが?」

「邸のものにも作りましょうか?ただ、体にきちんと合わないと少し音が鳴る不良品になりますが?」

「鳴るのが普通なんだけど。うちにも卸してもらえる?」

「研究所の職員の分だけなら」

「了解。それで手を打とう」

「おい、俺の意見は無視か?一応当主なんだが…」

「こちらのことはグルーエル様の方が長けておりますので」

「旦那様こればかりは仕方ありませんな。邸のものの分に関しては後日、私と打ち合わせをいたしますので」

「じゃあ、お休みみんな」

「もう帰るのか?せめて夜明けまで…」

「獲物は活きのいいうちじゃないとダメなんだよ。今の恐怖があるうちじゃないとね」



「あれが、アーニャ様の実力…」

邸の窓の死角から隠れてみていたけれど、投げたナイフの先が途中で見えたかどうかだった。殺気もなく飛んでいったそれは間違いなく獲物をしとめただろう。しかも、その瞬間に一気に間を詰めていた。最近は訓練で少し追いついたと思っていたのは完全に幻想だったと思い知る。

キラリ

闇夜に一瞬だけ線が光る。今度は男が1人邸に向かって飛んでいった。だけど、明らかに変な動きだ。今度がアルフレッド様だろう。2人はあれだけの実力を持ちながらも、私たちの配備にも余念がなかった。それだけお嬢様の守りに全力を敷いているのだ。

「もっと努力しなくては…」

その後、2分もたたずに張り詰めた空気が消える。だけど、まだ戻られるまでは安心できない。私の役目は刺客の確認じゃない。お嬢様をお守りすることだ。その後、見慣れない人が庭に入ってきて彼らを回収していった。殺気もなく、気配で分かる。研究所にいる警備の人がいるようだ。ならばあれはグルーエル様の配下だろう。

「生きていれば地獄、死んでいれば天国ですね」

彼らに尋問されるなら、どの道生きては戻れないだろう。それなら一瞬で死ねた奴らの同僚は幸せだろう。

「変わりないですか?」

「ア、アーニャ様。はい」

「きちんと守ってくれて、ありがとう」

「い、いえ」

アーニャ様がお嬢様を見る目は穏やかだ。さっきまでの雰囲気はみじんもない。だからこそ、この方にはまだまだ私は叶わないだろう。2人で夜明けを待ちながらそう思うのだった。


「ねぇねぇ、昨日はどうだったの?私たちのとこからは見えなかったんだよね~。ジェシカのところは見えたよね?」

私は昨日の夜のことを同僚たちに問い詰められていた。なんでも、アルフレッド様もアーニャ様もここではまともに戦った姿を見ないから気になるとのこと。

「あなた達、きちんと仕事をしなさい!」

「でぇもぉ~、メイド長も気になるでしょう?」

「それは…まあ、短く話せばいいのですよ。ジェシカ」

助かったと思ったのですが。メイド長もそちら側だったとは。

「まず、アーニャ様ですが…、で、次にアルフレッド様が…」

「で、強かった?」

私と同期の子が話してきたのでちょうどいいと思った。

「私たちの教官の方がいましたよね?あの方でも1分持つかどうかでしょう。間違いなく負けます」

「う、うそ…。私一本も取れたことないんだけど…」

「私もありません。だけど、それぐらい強いです。では…」

これ以上は勘弁願いたいのでそそくさと退散する。

「おや、ジェシカ。お疲れさまです」

「アルフレッド様こそ…」

「時に、あまり人の得物を話すものではありませんよ…」

「はっ!はぃぃ」

ど、どこで聞いていたのだろう?気配を感じなかったのに…。その後、お嬢様の部屋に入った時にぼそりとアーニャ様にも同じことを言われた。一流の人って怖い!

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