15 / 49
エピローグ
しおりを挟む
あれから3か月が経ちました。婚約発表は2か月前に済ませましたが、マナー講習などで大忙しでした。本当はもっと大々的にやりたかったので時間をかけたいとフィストが言っていたのですが、貴族たちから私を見せろとうるさいから出来なかったと怒っていました。
そして今日は―――。
「きれいですわ、お嬢様…なんと、なんと申し上げたらよいのか…」
「リーナ様、ほら、また涙が…」
「では、時間もありませんし、代わりに仕上げは私がしましょうか?」
「駄目です!」
「では、早く支度を終わらせませんと」
「分かっています。そうなんですが…お嬢様に仕え、早10年。このような日が迎えられようとは…」
「いや、でも、一応は第2王子の婚約者でしたよね?」
「あの王が王子以外に興味を持つとは思えません。きっと、息子の衣装だけ豪華にして、貴族との差を見せびらかしたに違いありませんわ」
リーナはあれ以来、本当に王族が嫌いになってしまって困ります。さすがにあの王様もそんなことはしないと思いますけど。
「どうだい?カノン、準備は進んでいるかな?」
「ま、まだです。フィストは入って来ないでください。着替え中だったらどうしたのですか!」
「い、いや、すまない。じゃあ、待ってるよ」
「あの男は全く…」
「アーニャは最近、フィストに冷たいわね」
「当然です。私の主をかっさらおうなどと不届きな。稽古をつけてやります」
まあ、フィストも剣の練習になるって言っていたし、ケガしないならそれは別にいいかな。だけど、ほんとにアーニャは多芸だと思う。護衛もできるなんて、初めて知った時は驚いてしまった。だから、街での情報収集もやってくれていたんだね。
「もう少しで完成ですからね」
「いつもありがとう、リーナ。これからもよろしくね」
「当り前です。お嬢様のお相手は中々できることではありませんから」
「それでは、行きましょうかお嬢様」
「はい…」
「あ~あ、今頃は式が始まってますよ。侯爵くん」
「おい!誰が聞いているか判らないんだぞ、めったなことを言うな」
「そんなにもう気にしてないですよ、きっと」
「式が挙げられるようなやつに出会ったという事だろう。俺はそれだけ分かればいいんだよ」
「素直じゃないですね」
「うるさい。こっちはまだ20人しかいないんだ。薬の開発も遅れてるんだから、きびきび働け」
「あ~あ、新所長はきびしいです~」
「それと『侯爵くん』と今後は呼ぶな。兄上が継ぐのも間近になった今、変な噂が立つだろう」
「じゃあ、なんて呼んだらいいでしょうか?あ、本名以外で」
「…お前な。そんなに言うならお前が考えろ!」
「私がですか?ほんとにいいんですか?」
「当り前だ。ただし、おかしな名前にはするなよ」
「それじゃあ…サブライムで!」
「なんだそれは?」
「いいから、それでいきましょう」
「まあ、あいつといいお前といい期待はしてないから構わない」
「じゃあ、今日からサブライム所長ですね。よろしくお願いします!」
「こっちこそな」
今日はむかつくぐらいにいい天気だ。あいつを祝福してるならなおさらだ。だが…。
「それで幸せな思い出になるんならそれもいいかもな」
この扉の向こうには招待客もいるのよね。ほとんど知らない貴族ばかり。お義母様は仲のいい方をお呼びしたとおっしゃられていたけれど、それでも緊張する。
「緊張してるのか?カノン」
きれいに着飾ったフィストが私を心配して見つめてくる。
「当り前よ。こんな盛大な場所に出るのは初めてよ。あっ、一度だけあったわ」
「パーティー嫌いの君が?」
「王子との婚約セレモニー…」
「あっはっはっ、確かにそれは盛大だったろうな。俺との婚約パーティーも結局は小さい規模になってしまったからな」
「笑わないでよ。でも、今日はあの時と違ってうれしい気持ちで迎えられてるの」
「そうだな。太陽すら君の味方だ、カノン」
「そうかな?」
「きっとそうさ。ほら、時間だよ」
ギィィィィ
目の前の扉が開いていく。私は親族がいないので、最初からフィストと一緒に入場だ。最前列ではお義母様たちが待ってくれているはずだ。
「さあ、行こうか」
「はい!」
たくさんの人に拍手で迎えられながら進んでいく。その中を進んでいくのがなんだかすごく恥ずかしくなって、足元ばかりを見てしまう。出て行く時にはきちんと顔を見ないと。せっかく来て下さったのだから。
前に進んでいき、神父様の前で止まる。
「これより、フィスト=ローラント侯爵とカノンドーラ=ライビル子爵との結婚式を執り行う。一同、神の御許に礼を…」
この国の方式に則り、式が執り行われていく。神父様のありがたいお話を聞きいよいよその時が訪れる。
「汝、フィスト=ローラントはいついかなる時も、カノンドーラ=ライビルとともにあることを誓いますか?」
「誓います」
「汝、カノンドーラ=ライビルはいついかなる時も、フィスト=ローラントとともにあることを誓いますか?」
「誓います」
「では誓いのキスを…」
ヴェールがめくられ、私と彼の距離が近づいてくる。
チュ
軽く触れるだけのキス。だけど、とても温かく唇に残るその感触…。
「カ、カノン、次!」
「はっ!」
「それではここに新たな夫婦が生まれましたことを宣言いたします!新郎新婦に拍手を!」
私たちは会場に向き直り、歩いて出ていく。リーナやアーニャにジェシカ。アルフレッドさんに、ライグ。みんなが祝福してくれる。だけど、貴族の方が手前にいるのが少しだけ残念かな?
バタン
「ふぅ~、疲れたね~」
「疲れたねじゃない。あんな顔をして…」
「どんな顔してたの?」
「バカなことを言っていないで着替えるんだろ」
「分かりました。じゃあ、また後で!」
そしてもう一度、着替えのために控室に戻る。
「そういえば、リーナもアーニャも中だけど誰が着替え手伝ってくれるんだろ?」
ガチャ
中に入ると、1人の女性が立っていた。
「お嬢様…美しくなられて…ううっ」
「お嬢様って…もしかして、メイベル?」
「そうです。乳母をしておりましたメイベルです。ご立派になられて…」
「メイベルがここにいるってことは、ひょっとしてあなたが着替えを手伝ってくれるの?」
「私のようなものが申し訳ございませんが、リーナたちもぜひとのことだったので」
「ううん、急にやめてしまって心配していたの。元気な姿が見れてうれしいわ」
「さあ、では早速ですが、皆さんお待ちいただいておりますので着替えましょうか」
そうして、まるで伯爵家にいたころのようにメイベルはてきぱきと着替えさせてくれた。
「青地に白のグラデーションがかかったドレスがとても素敵ですわ。お嬢様」
「ほんとに?」
「ええ、そのネックレスが似合うようにしたデザインなのでしょうね」
「初めてフィストに買ってもらったものだから絶対につけたかったの」
「ふふ、邸にいたころとはずいぶん違いますね。あの頃は研究ばかりで…」
「ほんとにね。じゃあ、行きましょう、メイベル!」
「私は一目会えただけで満足ですよ。お嬢様」
「ううん。メイベルには今の家族を見てもらいたいの!」
「おお…ありがとうございます」
私はメイベルと一緒にもう一度、入り口まで戻る。そこにはもう着替え終わったフィストがいた。
「待たせてしまったわね」
「いいや、メイベルも一緒に連れて行くんだな?」
「うん、ありがとう」
「なんのことだか」
ギィィィィ
開いた扉を前にもう一度私たちは進んでいく。そこには色とりどりの食事が並べられている。立食形式のパーティーだ。ちなみに疲れた人達のために奥にはきちんと休憩所も用意してある。
「おめでとうございます。侯爵様」
「おめでとうございます」
まずは貴族の方とのあいさつ回りから。侯爵家と縁の深い方たちだから、きちんとお礼を言わないとね。
「ありがとうございます。若輩者ですがこれからよろしくお願いいたします」
「いや~、しかし、これまで多くの縁談を断られてきた侯爵様のお眼鏡にかなったのが、噂の令嬢とは羨ましいですな」
「そうですね。私にはもったいない位です」
「大体回り終えたかしら?」
「そうだな。では、あっちに行くか?すまないがカノン、俺は少し用があって抜ける」
私は目立たないようにアーニャたちのいる方へと向かう。フィストはまだ国境警備隊関係であいさつ回りがあるのかもしれない。リーナとジェシカは私のメイドとして。アーニャは何とグレンデル王国の男爵令嬢として参加している。私の友人として特別に呼んだとなっており、みんな興味はあるけれど声はかけ辛そうだ。
「アーニャどう?」
「はい、不審者もいませんし、料理もおいしいですよ」
「そうじゃなくて、いい人はいなかったの?」
「お嬢様、自分が見つかったと思ったら、もう勝った気ですか?」
「えっ、まさか…」
「きちんと捕まえていますよ」
「捕獲…じゃないのよね?」
「やはり私たちは主従の関係を深くするためにも話し合いを…」
「ごめん、冗談だから」
「あら、楽しそうね。カノン様」
「えっ!」
声をかけられた方を見ると、見知らぬきれいな女性が立っていた。だけどどこかで見たような…。
「あら、ひどい方ですね。友人の顔を忘れるなんて」
「もしかして、ルラインツ子爵令嬢様!」
「相変わらず、レラとは呼んでくれないのね。あと、私は嫁いだのだからもう違う家名よ」
「始めまして、ローラント侯爵夫人。魔導王国よりこの度、お祝いを申し上げに参りました、グレッグ=ノーマン侯爵と申します。昨年侯爵に上がったばかりの成り上がりものですが、どうかよろしくお願いいたします」
「ご丁寧にありがとうございます。カノンドーラ=ライビル子爵です」
「カノン様、今はもうローラント侯爵夫人ではなくて?」
「えっ、ああそうでした」
そうか。式自体はもう終わったんだから夫婦なんだな…。
ペシッ
「いたっ」
「また意識が飛んでおりましてよ。もう少ししっかりしないと」
「ごめんなさいレラ様」
「なんだか姉妹みたいだね」
「そうですわ。私がカノン様を好きだったのにあなたとの婚約で泣く泣く別れたのです」
そんなことを言っているけどレラ様と旦那さんは仲がいいみたいだ。
「レラ様は愛する人には出会えたの?」
「どうでしょう?少なくとも本人の前では言えませんわね」
「手厳しい」
「そう言うカノン様は出会えたようですわね」
「はい。レラ様が教えてくれた、愛する人だわ」
「はぁ~、残念ですわ。最初に婚約破棄のことを聞いたときは私、喜びましたのに」
「悲しまなかったのですか?」
「仮にも外交上の婚約でしたから私も王城には何度か行きました。その時にあの王子の性根は見ていましたから。その上で、今回は国王陛下に願い出てわが国で保護しようと思っておりましたのに…」
「婚約破棄の時の報告を受けたレラの様子を見せてあげたかったですよ。喜んだあとに、王子の対応に怒って扇子は折る、魔力があふれてものが飛び交うと大変だったのですから」
「余計なことは言わなくていいです。でも、幸せだと聞いて安心しましたわ。残念ながら、グレンデル王国をはさんで反対側ですけど」
「そうですわね。簡単には会えませんね」
「ですので、子供ができたら必ず、どちらかの国に留学させましょう!約束ですよ」
「ええっ、今からそんな話を?」
「はい。カノン様はそうやって早め早めに言っておかないといつまで経ってもしてくれませんからね」
「でも、まだ子供がいないから約束はできないけれど、仮にね」
そう言って私たちは指切りをする。
「そういえば、レラ様はよくこの国に来られたわね」
「ああ、それはカノン様のおかげですわ。あなたの発明した薬の評判がわが国でも大変な評価で、グレンデル王国を通して交流できないかと言われましたの」
「でも、直接来てますよね。レラ様は」
「ですから、陛下にこう言いましたの『私の大切な方は国で奴隷のような扱いを受け、友人も私以外にはおりません』と。それならば直接行った方がより良い結果になるだろうとなって、来ることができましたの」
「そう…ですね。私、友人なんて今もいませんものね…」
「あら、でも先ほどの方は友人なのでは?」
「アーニャはうちのメイドです…。警備も兼ねてあの格好でいてもらっているのです」
「…ごめんなさい。でも、これから作ればいいではありませんか。あなたならきっとたくさん友人ができますわ」
「そうですか?」
「ええ、まずはこの場で馴れ初めなどをあちらの令嬢方に説明していらっしゃいな」
トン
背中を突かれてちょっと離れたところからこちらを見ていた令嬢たちの輪に入ってしまった。振り返るとレラ様は頑張ってと言っているように見えた。
「あの…」
「やれやれですわね」
「良かったのかい?もっと話したかっただろう」
「ええ。ですが、彼女はもうこの国の人間ですもの。私とのことに時間を使ってしまってはいけませんわ」
「昨日あれだけ紙に書いていたことを半分も話していないだろう?」
「いいのですわ。それに未だ他国の友人は私一人。理由をつければいつでも会いに行けますもの」
「じゃあ、いつかこの国と国交を結ぶことになった時には大使の申請を出すよ」
「本当ですか?最短で頼みましたよ。旦那様…」
私はレラ様のおかげで今日出席されていた令嬢たちと仲良くなることができた。これまでは研究所とマナーだけで、出かけることも少なかったけれど、これからは忙しくなるだろう。
「もういいのか?カノン」
「気を使ってくれてたんですね。大丈夫です、フィスト。だけど、離れないってお約束でしたわ」
「それはその…」
「じゃあ、このパーティーが終わるまではひとまずこのままで…」
くるっと彼の腕に手を回して離さないようにしっかりつかむ。横では令嬢たちがキャーと色めきだっている。ふふっ、私のだんなさまは素晴らしい方なのだから、みんなに見せないとね。
「恥ずかしくないのか?」
「少しだけ。でも、それより素敵なあなたをもっとみんなに見て欲しいから…」
私を助けてくれただけじゃない。生きる意味を、新しい世界をくれた一番大事な『愛する人』のためなら、きっとこの先も頑張ることができるし、きっと私の人生も幸せだろう…。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
そして今日は―――。
「きれいですわ、お嬢様…なんと、なんと申し上げたらよいのか…」
「リーナ様、ほら、また涙が…」
「では、時間もありませんし、代わりに仕上げは私がしましょうか?」
「駄目です!」
「では、早く支度を終わらせませんと」
「分かっています。そうなんですが…お嬢様に仕え、早10年。このような日が迎えられようとは…」
「いや、でも、一応は第2王子の婚約者でしたよね?」
「あの王が王子以外に興味を持つとは思えません。きっと、息子の衣装だけ豪華にして、貴族との差を見せびらかしたに違いありませんわ」
リーナはあれ以来、本当に王族が嫌いになってしまって困ります。さすがにあの王様もそんなことはしないと思いますけど。
「どうだい?カノン、準備は進んでいるかな?」
「ま、まだです。フィストは入って来ないでください。着替え中だったらどうしたのですか!」
「い、いや、すまない。じゃあ、待ってるよ」
「あの男は全く…」
「アーニャは最近、フィストに冷たいわね」
「当然です。私の主をかっさらおうなどと不届きな。稽古をつけてやります」
まあ、フィストも剣の練習になるって言っていたし、ケガしないならそれは別にいいかな。だけど、ほんとにアーニャは多芸だと思う。護衛もできるなんて、初めて知った時は驚いてしまった。だから、街での情報収集もやってくれていたんだね。
「もう少しで完成ですからね」
「いつもありがとう、リーナ。これからもよろしくね」
「当り前です。お嬢様のお相手は中々できることではありませんから」
「それでは、行きましょうかお嬢様」
「はい…」
「あ~あ、今頃は式が始まってますよ。侯爵くん」
「おい!誰が聞いているか判らないんだぞ、めったなことを言うな」
「そんなにもう気にしてないですよ、きっと」
「式が挙げられるようなやつに出会ったという事だろう。俺はそれだけ分かればいいんだよ」
「素直じゃないですね」
「うるさい。こっちはまだ20人しかいないんだ。薬の開発も遅れてるんだから、きびきび働け」
「あ~あ、新所長はきびしいです~」
「それと『侯爵くん』と今後は呼ぶな。兄上が継ぐのも間近になった今、変な噂が立つだろう」
「じゃあ、なんて呼んだらいいでしょうか?あ、本名以外で」
「…お前な。そんなに言うならお前が考えろ!」
「私がですか?ほんとにいいんですか?」
「当り前だ。ただし、おかしな名前にはするなよ」
「それじゃあ…サブライムで!」
「なんだそれは?」
「いいから、それでいきましょう」
「まあ、あいつといいお前といい期待はしてないから構わない」
「じゃあ、今日からサブライム所長ですね。よろしくお願いします!」
「こっちこそな」
今日はむかつくぐらいにいい天気だ。あいつを祝福してるならなおさらだ。だが…。
「それで幸せな思い出になるんならそれもいいかもな」
この扉の向こうには招待客もいるのよね。ほとんど知らない貴族ばかり。お義母様は仲のいい方をお呼びしたとおっしゃられていたけれど、それでも緊張する。
「緊張してるのか?カノン」
きれいに着飾ったフィストが私を心配して見つめてくる。
「当り前よ。こんな盛大な場所に出るのは初めてよ。あっ、一度だけあったわ」
「パーティー嫌いの君が?」
「王子との婚約セレモニー…」
「あっはっはっ、確かにそれは盛大だったろうな。俺との婚約パーティーも結局は小さい規模になってしまったからな」
「笑わないでよ。でも、今日はあの時と違ってうれしい気持ちで迎えられてるの」
「そうだな。太陽すら君の味方だ、カノン」
「そうかな?」
「きっとそうさ。ほら、時間だよ」
ギィィィィ
目の前の扉が開いていく。私は親族がいないので、最初からフィストと一緒に入場だ。最前列ではお義母様たちが待ってくれているはずだ。
「さあ、行こうか」
「はい!」
たくさんの人に拍手で迎えられながら進んでいく。その中を進んでいくのがなんだかすごく恥ずかしくなって、足元ばかりを見てしまう。出て行く時にはきちんと顔を見ないと。せっかく来て下さったのだから。
前に進んでいき、神父様の前で止まる。
「これより、フィスト=ローラント侯爵とカノンドーラ=ライビル子爵との結婚式を執り行う。一同、神の御許に礼を…」
この国の方式に則り、式が執り行われていく。神父様のありがたいお話を聞きいよいよその時が訪れる。
「汝、フィスト=ローラントはいついかなる時も、カノンドーラ=ライビルとともにあることを誓いますか?」
「誓います」
「汝、カノンドーラ=ライビルはいついかなる時も、フィスト=ローラントとともにあることを誓いますか?」
「誓います」
「では誓いのキスを…」
ヴェールがめくられ、私と彼の距離が近づいてくる。
チュ
軽く触れるだけのキス。だけど、とても温かく唇に残るその感触…。
「カ、カノン、次!」
「はっ!」
「それではここに新たな夫婦が生まれましたことを宣言いたします!新郎新婦に拍手を!」
私たちは会場に向き直り、歩いて出ていく。リーナやアーニャにジェシカ。アルフレッドさんに、ライグ。みんなが祝福してくれる。だけど、貴族の方が手前にいるのが少しだけ残念かな?
バタン
「ふぅ~、疲れたね~」
「疲れたねじゃない。あんな顔をして…」
「どんな顔してたの?」
「バカなことを言っていないで着替えるんだろ」
「分かりました。じゃあ、また後で!」
そしてもう一度、着替えのために控室に戻る。
「そういえば、リーナもアーニャも中だけど誰が着替え手伝ってくれるんだろ?」
ガチャ
中に入ると、1人の女性が立っていた。
「お嬢様…美しくなられて…ううっ」
「お嬢様って…もしかして、メイベル?」
「そうです。乳母をしておりましたメイベルです。ご立派になられて…」
「メイベルがここにいるってことは、ひょっとしてあなたが着替えを手伝ってくれるの?」
「私のようなものが申し訳ございませんが、リーナたちもぜひとのことだったので」
「ううん、急にやめてしまって心配していたの。元気な姿が見れてうれしいわ」
「さあ、では早速ですが、皆さんお待ちいただいておりますので着替えましょうか」
そうして、まるで伯爵家にいたころのようにメイベルはてきぱきと着替えさせてくれた。
「青地に白のグラデーションがかかったドレスがとても素敵ですわ。お嬢様」
「ほんとに?」
「ええ、そのネックレスが似合うようにしたデザインなのでしょうね」
「初めてフィストに買ってもらったものだから絶対につけたかったの」
「ふふ、邸にいたころとはずいぶん違いますね。あの頃は研究ばかりで…」
「ほんとにね。じゃあ、行きましょう、メイベル!」
「私は一目会えただけで満足ですよ。お嬢様」
「ううん。メイベルには今の家族を見てもらいたいの!」
「おお…ありがとうございます」
私はメイベルと一緒にもう一度、入り口まで戻る。そこにはもう着替え終わったフィストがいた。
「待たせてしまったわね」
「いいや、メイベルも一緒に連れて行くんだな?」
「うん、ありがとう」
「なんのことだか」
ギィィィィ
開いた扉を前にもう一度私たちは進んでいく。そこには色とりどりの食事が並べられている。立食形式のパーティーだ。ちなみに疲れた人達のために奥にはきちんと休憩所も用意してある。
「おめでとうございます。侯爵様」
「おめでとうございます」
まずは貴族の方とのあいさつ回りから。侯爵家と縁の深い方たちだから、きちんとお礼を言わないとね。
「ありがとうございます。若輩者ですがこれからよろしくお願いいたします」
「いや~、しかし、これまで多くの縁談を断られてきた侯爵様のお眼鏡にかなったのが、噂の令嬢とは羨ましいですな」
「そうですね。私にはもったいない位です」
「大体回り終えたかしら?」
「そうだな。では、あっちに行くか?すまないがカノン、俺は少し用があって抜ける」
私は目立たないようにアーニャたちのいる方へと向かう。フィストはまだ国境警備隊関係であいさつ回りがあるのかもしれない。リーナとジェシカは私のメイドとして。アーニャは何とグレンデル王国の男爵令嬢として参加している。私の友人として特別に呼んだとなっており、みんな興味はあるけれど声はかけ辛そうだ。
「アーニャどう?」
「はい、不審者もいませんし、料理もおいしいですよ」
「そうじゃなくて、いい人はいなかったの?」
「お嬢様、自分が見つかったと思ったら、もう勝った気ですか?」
「えっ、まさか…」
「きちんと捕まえていますよ」
「捕獲…じゃないのよね?」
「やはり私たちは主従の関係を深くするためにも話し合いを…」
「ごめん、冗談だから」
「あら、楽しそうね。カノン様」
「えっ!」
声をかけられた方を見ると、見知らぬきれいな女性が立っていた。だけどどこかで見たような…。
「あら、ひどい方ですね。友人の顔を忘れるなんて」
「もしかして、ルラインツ子爵令嬢様!」
「相変わらず、レラとは呼んでくれないのね。あと、私は嫁いだのだからもう違う家名よ」
「始めまして、ローラント侯爵夫人。魔導王国よりこの度、お祝いを申し上げに参りました、グレッグ=ノーマン侯爵と申します。昨年侯爵に上がったばかりの成り上がりものですが、どうかよろしくお願いいたします」
「ご丁寧にありがとうございます。カノンドーラ=ライビル子爵です」
「カノン様、今はもうローラント侯爵夫人ではなくて?」
「えっ、ああそうでした」
そうか。式自体はもう終わったんだから夫婦なんだな…。
ペシッ
「いたっ」
「また意識が飛んでおりましてよ。もう少ししっかりしないと」
「ごめんなさいレラ様」
「なんだか姉妹みたいだね」
「そうですわ。私がカノン様を好きだったのにあなたとの婚約で泣く泣く別れたのです」
そんなことを言っているけどレラ様と旦那さんは仲がいいみたいだ。
「レラ様は愛する人には出会えたの?」
「どうでしょう?少なくとも本人の前では言えませんわね」
「手厳しい」
「そう言うカノン様は出会えたようですわね」
「はい。レラ様が教えてくれた、愛する人だわ」
「はぁ~、残念ですわ。最初に婚約破棄のことを聞いたときは私、喜びましたのに」
「悲しまなかったのですか?」
「仮にも外交上の婚約でしたから私も王城には何度か行きました。その時にあの王子の性根は見ていましたから。その上で、今回は国王陛下に願い出てわが国で保護しようと思っておりましたのに…」
「婚約破棄の時の報告を受けたレラの様子を見せてあげたかったですよ。喜んだあとに、王子の対応に怒って扇子は折る、魔力があふれてものが飛び交うと大変だったのですから」
「余計なことは言わなくていいです。でも、幸せだと聞いて安心しましたわ。残念ながら、グレンデル王国をはさんで反対側ですけど」
「そうですわね。簡単には会えませんね」
「ですので、子供ができたら必ず、どちらかの国に留学させましょう!約束ですよ」
「ええっ、今からそんな話を?」
「はい。カノン様はそうやって早め早めに言っておかないといつまで経ってもしてくれませんからね」
「でも、まだ子供がいないから約束はできないけれど、仮にね」
そう言って私たちは指切りをする。
「そういえば、レラ様はよくこの国に来られたわね」
「ああ、それはカノン様のおかげですわ。あなたの発明した薬の評判がわが国でも大変な評価で、グレンデル王国を通して交流できないかと言われましたの」
「でも、直接来てますよね。レラ様は」
「ですから、陛下にこう言いましたの『私の大切な方は国で奴隷のような扱いを受け、友人も私以外にはおりません』と。それならば直接行った方がより良い結果になるだろうとなって、来ることができましたの」
「そう…ですね。私、友人なんて今もいませんものね…」
「あら、でも先ほどの方は友人なのでは?」
「アーニャはうちのメイドです…。警備も兼ねてあの格好でいてもらっているのです」
「…ごめんなさい。でも、これから作ればいいではありませんか。あなたならきっとたくさん友人ができますわ」
「そうですか?」
「ええ、まずはこの場で馴れ初めなどをあちらの令嬢方に説明していらっしゃいな」
トン
背中を突かれてちょっと離れたところからこちらを見ていた令嬢たちの輪に入ってしまった。振り返るとレラ様は頑張ってと言っているように見えた。
「あの…」
「やれやれですわね」
「良かったのかい?もっと話したかっただろう」
「ええ。ですが、彼女はもうこの国の人間ですもの。私とのことに時間を使ってしまってはいけませんわ」
「昨日あれだけ紙に書いていたことを半分も話していないだろう?」
「いいのですわ。それに未だ他国の友人は私一人。理由をつければいつでも会いに行けますもの」
「じゃあ、いつかこの国と国交を結ぶことになった時には大使の申請を出すよ」
「本当ですか?最短で頼みましたよ。旦那様…」
私はレラ様のおかげで今日出席されていた令嬢たちと仲良くなることができた。これまでは研究所とマナーだけで、出かけることも少なかったけれど、これからは忙しくなるだろう。
「もういいのか?カノン」
「気を使ってくれてたんですね。大丈夫です、フィスト。だけど、離れないってお約束でしたわ」
「それはその…」
「じゃあ、このパーティーが終わるまではひとまずこのままで…」
くるっと彼の腕に手を回して離さないようにしっかりつかむ。横では令嬢たちがキャーと色めきだっている。ふふっ、私のだんなさまは素晴らしい方なのだから、みんなに見せないとね。
「恥ずかしくないのか?」
「少しだけ。でも、それより素敵なあなたをもっとみんなに見て欲しいから…」
私を助けてくれただけじゃない。生きる意味を、新しい世界をくれた一番大事な『愛する人』のためなら、きっとこの先も頑張ることができるし、きっと私の人生も幸せだろう…。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
104
お気に入りに追加
4,022
あなたにおすすめの小説

選ばれたのは私ではなかった。ただそれだけ
暖夢 由
恋愛
【5月20日 90話完結】
5歳の時、母が亡くなった。
原因も治療法も不明の病と言われ、発症1年という早さで亡くなった。
そしてまだ5歳の私には母が必要ということで通例に習わず、1年の喪に服すことなく新しい母が連れて来られた。彼女の隣には不思議なことに父によく似た女の子が立っていた。私とあまり変わらないくらいの歳の彼女は私の2つ年上だという。
これからは姉と呼ぶようにと言われた。
そして、私が14歳の時、突然謎の病を発症した。
母と同じ原因も治療法も不明の病。母と同じ症状が出始めた時に、この病は遺伝だったのかもしれないと言われた。それは私が社交界デビューするはずの年だった。
私は社交界デビューすることは叶わず、そのまま治療することになった。
たまに調子がいい日もあるが、社交界に出席する予定の日には決まって体調を崩した。医者は緊張して体調を崩してしまうのだろうといった。
でも最近はグレン様が会いに来ると約束してくれた日にも必ず体調を崩すようになってしまった。それでも以前はグレン様が心配して、私の部屋で1時間ほど話をしてくれていたのに、最近はグレン様を姉が玄関で出迎え、2人で私の部屋に来て、挨拶だけして、2人でお茶をするからと消えていくようになった。
でもそれも私の体調のせい。私が体調さえ崩さなければ……
今では月の半分はベットで過ごさなければいけないほどになってしまった。
でもある日婚約者の裏切りに気づいてしまう。
私は耐えられなかった。
もうすべてに………
病が治る見込みだってないのに。
なんて滑稽なのだろう。
もういや……
誰からも愛されないのも
誰からも必要とされないのも
治らない病の為にずっとベッドで寝ていなければいけないのも。
気付けば私は家の外に出ていた。
元々病で外に出る事がない私には専属侍女などついていない。
特に今日は症状が重たく、朝からずっと吐いていた為、父も義母も私が部屋を出るなど夢にも思っていないのだろう。
私は死ぬ場所を探していたのかもしれない。家よりも少しでも幸せを感じて死にたいと。
これから出会う人がこれまでの生活を変えてくれるとも知らずに。
---------------------------------------------
※架空のお話です。
※設定が甘い部分があるかと思います。「仕方ないなぁ」とお赦しくださいませ。
※現実世界とは異なりますのでご理解ください。
【完結】捨てられた双子のセカンドライフ
mazecco
ファンタジー
【第14回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞作】
王家の血を引きながらも、不吉の象徴とされる双子に生まれてしまったアーサーとモニカ。
父王から疎まれ、幼くして森に捨てられた二人だったが、身体能力が高いアーサーと魔法に適性のあるモニカは、力を合わせて厳しい環境を生き延びる。
やがて成長した二人は森を出て街で生活することを決意。
これはしあわせな第二の人生を送りたいと夢見た双子の物語。
冒険あり商売あり。
さまざまなことに挑戦しながら双子が日常生活?を楽しみます。
(話の流れは基本まったりしてますが、内容がハードな時もあります)

ゲームのシナリオライターは悪役令嬢になりましたので、シナリオを書き換えようと思います
暖夢 由
恋愛
『婚約式、本編では語られないけどここから第1王子と公爵令嬢の話しが始まるのよね』
頭の中にそんな声が響いた。
そして、色とりどりの絵が頭の中を駆け巡っていった。
次に気が付いたのはベットの上だった。
私は日本でゲームのシナリオライターをしていた。
気付いたここは自分で書いたゲームの中で私は悪役令嬢!??
それならシナリオを書き換えさせていただきます


むしゃくしゃしてやりましたの。後悔はしておりませんわ。
緑谷めい
恋愛
「むしゃくしゃしてやりましたの。後悔はしておりませんわ」
そう、むしゃくしゃしてやった。後悔はしていない。
私は、カトリーヌ・ナルセー。17歳。
ナルセー公爵家の長女であり、第2王子ハロルド殿下の婚約者である。父のナルセー公爵は、この国の宰相だ。
その父は、今、私の目の前で、顔面蒼白になっている。
「カトリーヌ、もう一度言ってくれ。私の聞き間違いかもしれぬから」
お父様、お気の毒ですけれど、お聞き間違いではございませんわ。では、もう一度言いますわよ。
「今日、王宮で、ハロルド様に往復ビンタを浴びせ、更に足で蹴りつけましたの」

裏切りの先にあるもの
マツユキ
恋愛
侯爵令嬢のセシルには幼い頃に王家が決めた婚約者がいた。
結婚式の日取りも決まり数か月後の挙式を楽しみにしていたセシル。ある日姉の部屋を訪ねると婚約者であるはずの人が姉と口づけをかわしている所に遭遇する。傷つくセシルだったが新たな出会いがセシルを幸せへと導いていく。
どうも、死んだはずの悪役令嬢です。
西藤島 みや
ファンタジー
ある夏の夜。公爵令嬢のアシュレイは王宮殿の舞踏会で、婚約者のルディ皇子にいつも通り罵声を浴びせられていた。
皇子の罵声のせいで、男にだらしなく浪費家と思われて王宮殿の使用人どころか通っている学園でも遠巻きにされているアシュレイ。
アシュレイの誕生日だというのに、エスコートすら放棄して、皇子づきのメイドのミュシャに気を遣うよう求めてくる皇子と取り巻き達に、呆れるばかり。
「幼馴染みだかなんだかしらないけれど、もう限界だわ。あの人達に罰があたればいいのに」
こっそり呟いた瞬間、
《願いを聞き届けてあげるよ!》
何故か全くの別人になってしまっていたアシュレイ。目の前で、アシュレイが倒れて意識不明になるのを見ることになる。
「よくも、義妹にこんなことを!皇子、婚約はなかったことにしてもらいます!」
義父と義兄はアシュレイが状況を理解する前に、アシュレイの体を持ち去ってしまう。
今までミュシャを崇めてアシュレイを冷遇してきた取り巻き達は、次々と不幸に巻き込まれてゆき…ついには、ミュシャや皇子まで…
ひたすら一人づつざまあされていくのを、呆然と見守ることになってしまった公爵令嬢と、怒り心頭の義父と義兄の物語。
はたしてアシュレイは元に戻れるのか?
剣と魔法と妖精の住む世界の、まあまあよくあるざまあメインの物語です。
ざまあが書きたかった。それだけです。
だから聖女はいなくなった
澤谷弥(さわたに わたる)
ファンタジー
「聖女ラティアーナよ。君との婚約を破棄することをここに宣言する」
レオンクル王国の王太子であるキンバリーが婚約破棄を告げた相手は聖女ラティアーナである。
彼女はその婚約破棄を黙って受け入れた。さらに彼女は、新たにキンバリーと婚約したアイニスに聖女の証である首飾りを手渡すと姿を消した。
だが、ラティアーナがいなくなってから彼女のありがたみに気づいたキンバリーだが、すでにその姿はどこにもない。
キンバリーの弟であるサディアスが、兄のためにもラティアーナを探し始める。だが、彼女を探していくうちに、なぜ彼女がキンバリーとの婚約破棄を受け入れ、聖女という地位を退いたのかの理由を知る――。
※7万字程度の中編です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる