家出した伯爵令嬢【完結済】

弓立歩

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サイドストーリーズ

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これはまだ、グレンデル王国の宰相が『影』からカノン伯爵令嬢行方不明の報告を受けた翌日のこと。

「宰相殿、おられるか!」

「レスター王子!視察の途中では?」

「そのようなことをしている場合ではないと、馬車を乗り継ぎ戻ってきた。状況は?」

「クレヒルト殿下のこと以外はよくつかめておりません。申し訳ありません」

「陛下は何と?」

「クレヒルト殿下にも政務ができるよう貴族に示すパーティーがなぜこのようなことにと…」

「…あいつには悪いが、長く床に臥せっていたのだ。すぐに出来るわけがないだろうに。そちらはもういい。直接伯爵家のものに聞いた方が早そうだ」

踵を返し王宮を去ろうとした王子に宰相は声をかける。

「お待ちください。私もお供します」

「ここはよいのか?」

「重大な案件は他にはありません。私も確認したいことがありますので」

レスターはこの宰相を高く評価している。隣国の宰相にも引けを取らぬとも思っているが、如何せん双肩にかかる負担が重すぎる。早く何とかせねば…。そう思いながら出ていった。

「あれは…」

そのとき偶々、薬学研究所の所長が出ていく2人を目撃した。この度の説明を求めようと思ったのだ。まだ、研究所には行方不明としか伝わっていなかった。一所員とは言え、前所長から預かった大事な所員だ。黙ってはいられなかった。

「しかし、宰相殿が出ていかれたのでは事情が聞けないな」

「おやこれは所長殿。何用かな?」

目の前にいたのは魔導研究所の所員だった。自らも侯爵家の出で、高慢だがそれなりに実力もある人物だ。腹は立つが彼ならこの事態の内容を私たちより知っているかもしれない。

「いえ、我が研究所の所員である、カノン伯爵令嬢の件で事情を宰相閣下にお聞きしたかったのだが…」

「その程度のことで所長自ら来られるとは暇なようだな。まあ、私自身も参加していたから説明してやろうではないか」

その後、彼から得られた情報はとんでもない内容だった。礼を言うと急いで研究所に戻りみんなに説明する。

「~というわけで、お嬢様は婚約破棄されその後、家から姿をくらましたというわけだ」

「なんてひどい。あれだけ尽くしていたのに…」

「しかし、どういうことです所長?あの病をそんな愛だの恋だので、解決出来るわけがありません。そんなのはこれまで犠牲になった方への侮辱です!」

「その点は彼とも一致したよ。魔導王国でもわが国でも治療出来ないものを小娘の感情ごときでどうこう出来ないとね。治験を始めておられたから、間違いなく薬は完成しているはずだ。ただ、人でしか試せないし万が一にも多大な副作用が出るなら研究所の威信にも傷がつくから、結果が出るのを待たれていたのだろう…」

「じゃあ、そんな危険な薬を試したのかその令嬢は!」

「あいつ、普段からろくな噂を聞かなかったがそこまでやる女だったか。バックに大貴族がいるだろう」

「侯爵くんどうにかならないか?」

「俺は家を継ぐ権利がない。残念だが…」

彼は少し思案し始めたと思うと驚きの計画を話し始めた。実は彼のところには昨日の夜、ラインが訪れ行き先を知っていたのだ。そして、話し合いの末に20人がお嬢様を探しに行くこととなった。

顔を見るとつらそうにしているものもいる。彼女は貴族ですでに嫁いでいるにもかかわらず、夫が理解ある人で子供も居るが、今もここで研究を続けている。お嬢様とも仲が良かっただけに、捜しに行けないということは身を切る思いだろう。

「侯爵くんはこの振り分けでいいのかい?」

「俺を研究者にしてくれたのは兄だから、裏切ることは出来ない。この計画自体がどうかとは思うけど。皆、もし彼女にあったらよろしくと伝えてくれ。俺もこっちで頑張るからと」

「もう会わないのですか?」

「カノンのことだからボロを出すかもしれないから、用心はしないとな」

「侯爵くん…」

私は急いで書類を2枚書くと王への謁見の許可をもらった。

「それじゃあ、所長頼みましたよ」

「ええ、せいぜい斬られないように頑張ってきます」


「どうした?緊急の用事とは」

「まずは謁見の許可を認めていただきありがとうございます。此度のカノン伯爵令嬢のことなのですが…」

「何か分かったのか?」

王もかなり必死のようだ。宰相閣下から改めて報告を受けたのだろう。

「いえ、このような時ですが、彼女の後任のものをどうするかなのですが…」

「後任だと!そのような暇があれば心当たりを探せ!」

よし、食いついてきた。

「ですが、彼女のこれまでの生活ぶりから、邸と研究所以外には見当も…。そうです!少数の研究所ですしこれまでの成果を見ても、これを機に彼女のように無理をしなくていいよう研究員への報酬の増額と増員を!」

「な、な、何を言っておるのだ、こんな時に!」

「しかし、彼女のように優秀な人材を今後も確保するためです。ここに条件をまとめております」

怒る陛下をよそに要求書を提出する。

「これは…このような待遇が認められるわけが無かろう!」

ビリビリ

「何をなさいます!?」

「何をではない。お前こそどういうつもりだ!首にでもされたいか!」

「そこまで言われては私も研究者の端くれ。成果に対して報酬が認められないのであればここにサインを頂けますか?」

「何だこれは?研究所長の報酬…研究員の報酬…年度の休日改革。上記が認められない場合は職を辞す。だと?」

「左様です。あまりにも薬学研究所は成果に対して、報酬が少なく新人が育てにくいのです。その上、優秀な人材の離脱に対して補充がないとなればこれ以上は研究を続けられません」

「宰相もそのようなことを申しておったが、わしは貴様らの個人の名など知らんぞ!魔導研究所のものならば言えるがな」

「魔法は個人が生むことが多いもの、それは当然です。対して我らはチームで成果を作り、発表は研究所として行っております。ゆえに個人の名が出にくいのです」

「言い訳はもういい!そこまで言うならこの書類にサインしてやる」

キュキュ

「受理していただきありがとうございます」

「ふん、貴様などどこへなりとも行くがよい」

研究所に戻った私は急いで書類をまとめ始める。

「計画は成功だ。侯爵くん、悪いが難度の高い研究のうちいくつかも持ち出すよ」

「ああ、しばらくはこっちも手が付けられないから構わん」

「じゃあ元気で!」

その日のうちに私たちは動き出した。私は念のため大老さまにも話を通す。大老さまは前所長で薬学においてはこの国で一番の知識の持ち主だが、爵位が低く高齢のために今は隠居なされている。

「あの方にご助力願う時が来るかもしれない…」

そして、私はその足で大老様のもとに向かう途中、隣国の密偵から接触があり、お嬢様の元へと向かうことを決めたのだった。

「随分早い再会でしたね」

「今回ばかりは隣国の情報収集の高さに助けられた」

「そうじゃな」

「「「大老さま!」」」

「みんな元気なようじゃな?びっくりさせてやろうぞ」

こうして、私たち元研究所の皆はお嬢様と会う数日前に集まることができたのだった。


---
そして、未だカノンの行き先が分からぬまま1週間が過ぎようとしていた。薬学研究所の現状はまだうまく隠せている。しかし、そろそろ限界だろう。責任を取る人物が必要になる前に話さなければ。

「流石にこれ以上は不審がられる。行ってくる」

幸い、今日は宰相がいて事情を話すと研究所に飛んできた。

「こ、これは?」

「所長は後任人事の進言も済ませてあるから心配はいらないと。陛下に許可も頂いたとおっしゃっていました」

「本当か?」

「ええ」

「君が今は一番高位の研究者だな。一緒に来るように」

仕方なくついて行くと、謁見の間で陛下と宰相が言い争いを始めた。宰相はなぜこんな書類にサインしたのかと言い、陛下は書類の下の方の辞職者の一覧など小さくて見えないと言っている。書類は確かめられたからもういいだろう。

「どうでした侯爵くん?」

「しばらくここはどうしようもない。まずは書類の整理からだ。それと、一応話し合いの合間に暫定の所長になった。みんなよろしく」

「あら、おめでとう。侯爵くん」

相変わらず馴れ馴れしい女だ。最初に会った時はビビッて目も合わせなかったのに。

「不幸の中で喜ぶのはよくない。ここが解体されるかもしれないんだぞ」

「はいはい」

全く、こっちはもう2度とあいつに会えないというのにこいつは…。

俺ことエイリヴギュニアーシュニーギュアドス=レンブラント侯爵子息が薬学に興味を持ったのは10歳の時だ。ちなみにこの名前は、両親が偉大な王族の血が流れた高貴な名前として縮めにくく、長い名を考えたのだという。兄の名はアレキサンダーだ。どこかの国の神のような存在らしい。

魔力も高く文武両道の兄と比べられ、さらにはおかしな名前を付ける一族という汚名までつき、下位貴族ですら魔力が低かった俺に盾突いてきた。それに耐えられなくなり、いつしか引きこもっていた俺の楽しみは読書だった。実家には多くの本があり、その日は偶々薬学の本を開いていた。

「我が弟よ、今日は何を読んでいるんだ?」

この兄だけがこの家で俺にきちんとした対応をしてくれる。俺が本を読むのも兄の力に成りたかったからだ。

「薬学だよ」

「そうか、難しいものを読んでいるんだな」

「難しいのこれ?」

「そうだよ。現に僕は普通の成績だよ」

「でも母上が兄さんはすべての成績は優だと…」

「母上から見れば、武術に基礎教科と魔力以外は雇うものだからね。その3つだって王族の血の優秀さの証明みたいなものさ。別にトップというわけじゃないんだ」

「そうなんだ!なら、僕はこの薬学を身につけて兄上の役に立つよ!」

「無理はしないでくれよ」

こうして俺は兄が得意でないこの分野を極めるため毎日勉強をした。薬学以外も研究に専念するために頑張った。そして学園を飛び級で卒業し、15歳で薬学研究所の扉をたたいた。その時は同年代にもはやライバルなど居らず、いつ所長になるかというぐらい天狗だった。そんな時あいつに出会った。

「お兄ちゃんだれ?」

子供が1人研究員に紛れていた。うわさでは聞いていたけど、どうせ王子の婚約者という立場を使った暇つぶしだと考えていた。他の若い研究員などは俺の家名に恐れをなして、声もかけてこない。そこの女は眼すら合わせようとしない。俺がこの長い名前を間違えられて切れるような貴族だと思っているのだろう。だがこいつは何だ?

「この薬とこの薬は半々より6対4の方が効率いいよ。あっ、お兄ちゃんおはよう」

のんきに挨拶をしたかと思えば、いつ見ても研究所にいて研究する姿はどう見ても研究員だ。しかも一度、力量を試してみたら近くに薬品さえあればいくらでも組み合わせが見つかると言わんばかりの熱心さだ。最近売り出され始めた魔力回復薬の改良版もこいつが殆どしたらしい。だが、その時の状況を聞いてこいつのバカさ加減と実家のクズさに激怒しそうになった。

それからというもの俺は薬の改良に大きな成果を出した。そしてこいつが無理し過ぎないように手伝ってやった。全く世話の焼ける奴だ。しかも、お兄ちゃんと呼ぶから年下かと思ったら同い年だ。呼び方を変えろと言ったらよりにもよって『侯爵くん』なんて呼んできやがった。不敬にも程があるだろう。しかし、どうやって呼べばいいという問いには答えられなかったので、結局はみんながそう呼ぶようになってしまった。

だが、そのおかげで所員たちがたまにだが話しかけてくるようになった。目も合わせなかった女なんかは今ではあいつの次に話しかけてくる。勝手なやつだ!忙しくもこんな日々が続くと思っていたというのにあのバカ王子め!なんで俺があいつと会えなくなるんだ、ちくしょう…。

コンコン

「なんだ?」

「我が弟よ…」

「あ、兄上どうして部屋に。何かあったのですか?」

「行って、彼女に会いたいのではないか?」

「…私は兄上のために頑張ってきました。それに俺は貴族です。領民達のために生きる義務があります!あいつにも今は守ってくれる人もいるんです」

「済まない。なら、せめて願おう。彼女に幸福が訪れることを…」

「うわあぁぁぁぁぁぁぁ」

その日、俺は何年かぶりに兄の前で泣いた。
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