家出した伯爵令嬢【完結済】

弓立歩

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あれから1週間が過ぎました。その間に私はというとなんと子爵になりました。カノンドーラ=ライビル子爵、それが私のこの国での名前らしい。平民出身者で通すようにとフィスト様からも言われたけど、暮らしぶりはそれに近いものもあったので大丈夫だとのこと。でも、お父様より下だけど娘の私が爵位を持ってるのってなんだか不思議だ。

「カノン様。本日も良いお天気ですよ」

カシャっとカーテンを開けてくれたのは侯爵家のメイドのジェシカ。リーナたちも休みがいるとのことで新しく私に付いてくれることになった人だ。私よりも年上の19歳だけどなぜかアーニャには敬語で話をするんだよね。あと、邸のみんなは変わらずにカノンって呼んでくれる。馴染んだ名前だからこれが私はうれしい。

「お嬢様。本日は朝食の後でフィスト様よりお時間を頂きたいとのことです」

「フィスト様が?何だろうね。最近忙しそうだったし…」

そういえばリーナたちが勤め始めてから、昼間はカーンコーンと音がするようになった。邸のちょっと横だけど木も切り倒されたりしてたし、なにか始まるのかな?私の部屋からはほとんど見えないのでよくわからないんだけど。

「おはようございます。フィスト様」

「おはよう、カノン。伝言は聞いてくれたか?」

「はい、特に予定はないので大丈夫です」

「それじゃあ、食べたら早速向かおう」

「そうそう。僕も気になってたんだ」

「あっ、グルーエル様。久しぶりです」

「おはよう。カノンドーラ様」

「やめてください。前のままカノンでいいです」

「そ、そうだね」

グルーエル様の視線がテーブルの端の方に向いていたけどどうしたんだろう?あっちにはアーニャぐらいしかいないし。そういえば、残念なことに初顔合わせ以来、アーニャたちとは食事が別になってしまった。私は別に気にしないんだけど、こういうのもマナーの一環ですと断られちゃった。

「それじゃあ見に行こうか」

食事も終え、みんなで邸を出る。やっぱり予想していた通り、邸の横の音がしていたところだ。フィスト様が先頭で私が続いて案内される。

「どうだいカノン?」

「うっわぁ~~~すっご~い!!」

案内された先にあったのは大きな建物だ。どことなくグレンデル王国にあった研究所を思い出す。大きさは倍以上あるけど。その横にもちょっと小さい建物と手前には、畑どころか田んぼが3つはあるかという大きな薬草園。

「こ、これは?」

「カノンがあるだけと言っていただろう?これが今の侯爵家で安全が確保出来て、できるだけ広い薬草園だ。ちなみに小さい方の2階建ての建物は魔道具を配置して、温暖な気候や寒冷地の気候も再現できるから栽培に役立ててくれ。広さ的に足りなかったり、薬草が不足したりすれば、また言ってくれていい。とりあえずこれがリストだ」

ぼ~然としながらも私はリストを受け取る。

「すみません!私ったら。あるだけというのは小屋一つでもいいからいただければ、あとは開拓でも何でもしますという意味だったんですが…」

「そ、そうなのか。すまない。とても楽しそうに薬の研究を話すものだからつい力を入れてしまった」

「こちらこそすみません!あっ、でもさすがにこの研究所の一角を借りられるだけですよね?」

「ああ、この広さを一人では管理しきれないだろうから、うちの領兵とグルーエルのところの予備兵と研究者も近々来る予定だ。だけど、所長はカノンだ」

「そうですよね。私は一介の研究者…えっ、所長ですか!?」

「もちろんですよ。カノンお嬢様はこの度、研究を認められて爵位まで授かったのです。これで研究所の一つも用意できないなど滞在地の侯爵家の名が廃りますので」

「アルフレッドさんまで…私に所長なんてできないです!」

「そこは書面だけで結構ですよ。後日、所員の方が来られればきっと納得していただけるかと」

「…なら、保留でお願いします」

絶対私にできるとも思わないし、こんな娘の下になんて文句が来ると思うけどなぁ。あっ、そういえばまだお礼を言ってなかった!

「あ、あの、フィスト様。遅くなりましたけどこんな素敵な薬草園と研究所をありがとうございます!」

ペコッ

「い、いや。カノンの喜ぶ顔が見られてうれしいよ。さっきも言ったけどこれからも遠慮なくいってくれ」

「はい!」

ちょっとだけ首を傾けて笑顔で返す。こうやると嬉しさが相手に伝わりやすいとアーニャに教えてもらったのだ。その後はみんなでぐるりと建物の周りを廻ってから中を案内してもらう。設備も最新で各部屋に必要なものが大体そろっている。事務所や資料室もあって蔵書は見たことのないものも混じっていた。

「次は栽培用の建物だな。気温の変化が激しいから注意してくれ」

まずは温かい方から。ちょっと暑いくらいだけどこのぐらいを好む薬草も多い。反面、他の薬草はすぐに干からびてしまうから季節ごとにしか今までは手に入らなかったのだ。

「今度は寒冷地設定だからこの服を着てくれ」

1人ずつに温かいコートが渡される。アーニャとアルフレッドさんは受け取らなかったんだけど、2人は寒い地方の出身なのかな?

「あら綺麗ですね、お嬢様」

「うん、こういうところのは小さくてかわいいのもいっぱいなんだ。でも、毒草とかもあるかもしれないから気を付けてね」

「ひっ!」

かわいいと薬草に触ろうとしていたジェシカが手を引っ込める。

「あ、ジェシカごめん。それは大丈夫だから」

「ほっ、薬草園だからって毒草がないわけじゃないんですね」

「もちろん!量を守ればちゃんとした薬だし、他の毒素を消してくれたりもするよ」

「あまり近づかないようにします…」

「覚えれば簡単だよ。今ちょうど本書いてるから今度覚えよっ!」

「そ、そうですね。せっかくですし」

「侯爵家のメイドなら知っておいて損はありませんよジェシカ。独学よりお嬢様のような博識な方に習えるならより良いですな」

「私だってまだまだですから一緒に頑張りましょう」

「ならば私も」

「アーニャも薬草とか興味あるの?」

「ええ、魔法は便利ですが薬草もまた有用ですので…」

「じゃあ、たまに勉強会しようね」

そんなことを話しながら施設を巡っていく。これは一夜にして王国研究所の敗北だなぁ。まだ、研究員が私一人だから設備だけあっても、あっちも問題ないだろうけど、こんなにすごい設備をすぐにそろえてくれるのだから。きっとすごい人たちが来るだろうし、私も負けないようにしないと。

「大体こんな感じだが、どうだった?」

「外から見るより中はもっとすごくて感動です!明日から、いや今日からバンバン働きます!」

「い、いや、そんなに働かれると困る。私も君の身の安全を守る立場だし、何より心配だ」

「…ありがとうございます」

「そうそう、カノンちゃんに言い忘れてたけど、研究所は週に4日までだからそれ以上行かないようにね」

「えっ!?」

「とりあえず落ち着くまではそれで様子見って陛下からも言われててね。この薬草園の薬草の利用許可をもらう代わりだから守ってね」

「…仕方ないです。でも、いつかもっとできるようにお願いしてください」

「うんまあね。それと今日はびっくりさせたくてこっちから入っていったけど、邸からは直通の通路があるから必ずそこから入ってね」

「どうしてですか?」

「ほら、カノンちゃんって爵位は貰ってるけど授与とかの式に出てないでしょ?あんまり顔を見せるのも好きじゃなさそうだし、この道って割と人が通るから」

「そうなんですね。そこまで気を使ってもらってありがとうございます」

「これは、僕じゃなくてフィストの案だからお礼なら彼にね」

「フィスト様ありがとう!」

「あ、いや。これぐらい構わない」

「いいえ、私はこれまで自分のために何かしてもらえたことってほとんどなかったんです。だから、フィスト様たちにとって何でもないことでも、私にとってはとてもうれしいことなんです。だから、これからもその分がお返しできるようにきっと良い研究成果を上げて見せます」

「何度も言うようだがほどほどにな」

それから、フィスト様とグルーエル様は隊のことで打ち合わせがあるという事で出ていかれた。私はというと…。

「お嬢様はてっきり今日のうちに荷物を移されるのかと思いました」

「どうして?週に4日しか行けないんだったら資料は両方に必要だから、今から写しておこうと思って」

私がそう言うと、リーナ・アーニャ・ジェシカに資料を奪われ、その作業は彼女たちの仕事となった。私はやることがなくなったので、そのままお昼寝をすることにした。

「やっと寝ましたね。ジェシカ、あなたも暴走しないように注視しておいてね」

「はい…。お嬢様ってタフなんですね」

「タフというより向こう見ずなんです。ブレーキ役が常に必要です」

「分かりました。リーナ様、アーニャ様」

そんな会話も知らずにのんきに私は昼寝をしてその日の夜は寝つきが悪かったのでした。


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