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本編
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「おはようティア~」
ん、誰かの声がする。エミリーだろうか?
「うん…。おはようエミリー」
「ごめんね。もうちょっと寝たいかもしれないけど、みんな起きてきちゃったから」
「ん…そうなの。すぐ準備する」
ふわぁと小さくあくびをしてから髪の毛を整える。今日はどうやら私が最後のようだ。といってもそんなに珍しくもないけれど。簡単だけど髪を梳いた後で後ろでひとまとめにする。最後に鏡の私にあいさつをしてからリビングへと向かう。
「おはようみんな。待たせちゃってごめんなさい」
「別にもうちょっと寝てても大丈夫だったのに」
「まあ、早くに集まって悪いことはないし朝食を取ろうか」
「今日はなにかな~」
「昨日と同じだけど、昨日ちょっともらった木の実があるから、それをつけながら食べよう」
テーブルには昨日のメニューと同じと思いきや、ペースト状にした木の実が添えられている。これをつけながら食べるという事なんだろう。
「おいしい~」
「よかった。昨日サーリさんにちょっともらってた甲斐があったよ」
「なんだか変な感じよね。討伐の依頼にきているのに普通の家で暮らしてるなんて」
「確かにな。だが、こういう経験も悪くない」
「滅多にあることではないだろうしな。少なくとも私は経験したことはない」
そんなことを話しながら食事を終えて、私たちは昨日と同様にカリンに会いに行く。途中で村の人とも出合い頭にあいさつをする。この2日間で村の人とも少し打ち解けた。
「カリン起きてる?」
「起きてるよ~。ちょっとだけ待って、いま着替えてるの」
「ごめんなさい。じゃあ待ってるから」
それから2、3分してカリンが出てくる。彼女の深緑の髪によく似合う淡緑のワンピースのような服を着ている。
「おまたせ。じゃあ、いこっか。今日は森の下でいいんだよね」
「そうだね。じゃあみんな出発しよう」
キルドの合図とともに私たちは昨日と同様村の入り口を通り、森の出口へと向かう。そこまでの道はすでに通ってきているから途中もほとんど止まらなかった。昨日キルドが言っていたように、降りるときの景色が違うということで少し立ち止まったぐらいだ。
それに、私たちは村にいたけれど、キルドたちは飛竜の素材の回収ですでに1度来ている。あくまでその確認という意味合いが強いのだろう。フォルトとキルドも少し話すとすぐに出発する。
「もうすぐ森の入り口だね」
「たった、3日前のことなのになんだかすごく前のような気がするね」
「エミリーの言う通りね。カリンと出会う前って考えたら、なんだか変な感じね」
「わたしもだよ~」
翼をはためかせてカリンも喜びを表してくれる。ここに来る前は不安でいっぱいだったけれど、もうそんなことは考えない。成体の飛竜がいるという事は今でも心配だけど、引き下がるつもりもない。逃げずにきっと王都へ報告に戻ると強く思えるようになった。
「さあ、行きましょうか」
決意も新たに森の出口をふもとに向かって降りていく。
「それにしてもここは妙な地形だな」
不意にカークスがつぶやく。
「妙ってなにさ?」
「いや、森の境界というのは通常は人の手が入らない以上は、急に切れたりしないだろう。だが、この森はこっちの人がこない領域も森が途切れている。まるで、この先が渓谷だというを教えている様だ」
「言われてみればそうよね。かなり背の高い木が急に途切れてるわね。カリンは何か知らないの?」
「あ~、それは村の資材として時たま使ってるから…」
ちょっと言いにくそうにカリンが答える。村の小屋なんかは周辺の木を切り倒したものかと思っていたのだが、ここから取っていたらしい。
「でも、切り株とかもないわよね?」
「私たち斧とか使えないから、みんなで集まって枝とか持って一気に引き抜くの。そしたらそのまま村までもっていって使ってるんだ」
「そうだったの、大変でしょう?」
「そうなんだけど、村のところのを使っちゃうと目立っちゃうから使わないようにしてるんだよ」
「なるほどな。それなら納得だな」
謎が解けたところで、私たちはまた歩き出す。この先は谷の西側の始まりになっていて、ここを降りると谷の底へと行くことになる。今日のところはこの谷の周りを調査して明日以降に谷の底に行く予定だ。
数分おきにエミリーとカリン、そしてキルドに飛竜がいないかを確認してもらう。周りに身を隠せるようなところもないか合わせて確認する。背の高い木のようなものは生えているものの、身を隠せるようなところはほぼないようだ。するとそこに1頭のシカのような生物が現れる。
「おおっ、ミゾジカだ」
「ミゾジカ?」
「この辺でとれるシカで、谷の間を行き来して草なんかを食べてるの。何かあると近くの穴や茂みに隠れるんだよ」
「まさかと思うけど狩る気じゃないでしょうね?」
「おいしいよ?」
「今日は調査だし、危険よ」
「大丈夫だって、大鷹さんも言ってたけどこの辺はあんまりまだ来ないみたいだし」
そう言ってカリンはミゾジカへ狙いを定めた。少し高く飛んだと思ったら一気に急降下して爪で襲い掛かる。
「あっ、おしい」
すんでのところでシカはカリンの爪を避ける。しかしカリンはそれも予想していたらしく、以前に飛竜に使っていた技を使う。
「そこだね。フェザーシール!」
数本の羽根が避けたシカに向かっていく。避けて着地した瞬間を狙われてシカに命中する。うまく仕留めたようだ。
「どうどう?すごいでしょ」
「確かにすごいが…」
「これはいったん帰るしかないね」
「しょうがないか。まあ、結構この周辺も調べられたしあんまり奥に行くよりはいいかもね」
「カリン。そういうわけだから村へ戻るわよ。あんまり目立たないようにちゃんとついてくるのよ」
「は~い」
久しぶりに獲物を捕まえられたのだろう。カリンは少し興奮気味だ。エミリーも行こうと声をかけようとすると、けげんな表情をしている。
「どうかしたのエミリー?」
「なにか、何かが近づいてくる。それも結構大きい…」
「この周辺ならグリフォンじゃないの?」
「ううん、大鷹さんはわたしがこの魔法を覚えるきっかけだからよくわかるんだ。これは別の生き物だよ。こっちに来てる」
体の毛が逆立つような緊張感に襲われる。この谷に住んでいる空飛ぶ大型の生物。間違いなく飛竜だろう、それも成体かそれに近い個体。
「みんな、急いで周囲を警戒して。おそらく飛竜がこっちに来てるわ」
私の言葉でカークスたちはすぐに臨戦態勢に入る。
「エミリー、数は分かる?」
「多分1体だけだと思うけど、自信はないよ」
「分かったわ、聞いての通りよ」
「みんな~どうしたの?」
少し離れていたせいで、カリンにはうまく聞こえなかったらしい。
「カリン飛竜が…」
そう言おうとしたとき視界に飛竜が入る。一直線にカリンに向かっている。まずい!
「風よ!」
「キャア」
十分に詠唱する時間がなかったため、私は最速で風魔法を唱えカリンめがけて打つ。急な突風を受けてカリンは左方向に吹っ飛んだ。衝撃でミゾジカが宙に舞う。
「なにするのティ…」
言い終わらないうちに飛竜がカリンがいた場所を飛び去る。宙に舞ったシカを飛竜が咥え飛び去ろうとする。
「飛竜!このぉ」
本能なのか咄嗟に飛竜を視認したカリンは羽根を飛竜に飛ばして攻撃する。しかし、飛竜それもおそらく成体の相手には全く効いていない。ただ、攻撃されたことにいら立ったのかこちらに向きを変える。シカも一旦、咥えているのを離した。
「みんな事前の通り、陣形を組め!」
「逃がしてはくれないようね…。カリン!合流して」
カークスの掛け声とともに私たちは陣形を組み、カリンが私の横に来る。
「ごめんティア。私のせいで…」
「いつかが今になっただけよ。そうでしょ、みんな?」
「頼もしいことだ。…来るぞ!」
飛竜が突進してくる。幼体と違ってその巨体を避けるのは難しそうだ。
「きゃあ」
みんなすんでのところで躱す。しかし、このままではすぐに誰かが傷を負うだろう。
「カリン。すぐにエミリーを連れて少し離れて、キルドも続いて。これじゃみんな避けきれないわ」
「分かった。エミリー、足につかまって」
「うん。ティア頑張って!」
「あなたもね。飛竜が飛んだ方向を教えてね。頼んだわよ」
エミリーの方を振り向かず。視線は飛竜を見たまま答える。
「風よ、かの者にに翼の加護を 」
キルドに風の浮遊魔法をかける。続いて、私とカークス、フォルトにも。
「風よ、我らに翼の加護を」
その間にも飛竜は旋回して私たちに向き直る。こうなったら、一度やってみる!
「私がまず風の魔法で攻撃する!2人は回避に専念して」
「了解」
「分かった」
飛竜が勢いよく接近してくる。まるで私たちのことなど意に介さないように。
「さあ来なさい。勝負よ!」
カークスが飛竜の左側の下を抜け、逆にフォルトは飛竜の上を飛び越える。2人とも私の意図を汲んでくれかなり余裕を持った動きだ。私は飛竜の正面から動かず風魔法の準備をする。
「ティア危ない!」
エミリーが心配して声を上げる。大丈夫、うまくやって見せる。飛竜が私のすぐそこに迫った瞬間―。
「風よ、我に跳躍の力を!」
風が足元に集まりフィールドが形成される。その足場を一気に踏みこみ一瞬で大空へ跳びあがる。
「一条の風よ、竜巻となりて敵を包め」
風が渦を巻き、たちまちさっきすれ違った飛竜へと襲い掛かる。しかし…。
「ギャオォォォン」
飛竜が声を上げたかと思うと翼を大きくはためかせ竜巻を消し去ってしまう。
「ならこれはどう?風よ、わが前に集いて解き放て」
イメージする時間がない為、形を形成することなく放つ。錐のような形になったそれは飛竜の翼に見事に命中した。
「当たった」
飛竜が少しだけ反応した。傷は確認できないが、けん制するだけなら有効そうだ。その時、カリンがエミリーを離して戻ってきた。
「カリン今の見てた?昨日の魔法、体は無理そうだけど翼ぐらいなら当てて気を引くことぐらいはできそうよ。後、可能なら羽根を飛ばして視界を遮ってくれると嬉しいわ」
「分かった、やってみる!」
カリンに指示を出して、すぐにカークスたちと合流する。
「やはり、簡単にはいかないようだな」
「そのようね。悪いけどお願いね。フォローはできるだけするけど、有効打になるわけじゃないからあんまり当てにしないで」
「そういうことだ。カークス、先に仕掛ける」
いうが早いが、フォルトは駆けて行きこちらに向き直ろうとする飛竜に向かっていく。
「はあっ!」
跳躍して飛竜の背に一撃を入れる。
ギィン!
金属音とともにフォルトが弾かれる。
「フォルト!」
「大丈夫だ。それよりこっちに来るぞ!」
フォルトの攻撃を意にも介さず、飛竜は再び私たちに向かってくる。フォルトの代わりに私は右側に寄って、杖を腰に仕舞い剣を抜く。
「頑張ってよね」
剣を見つめそうつぶやくとカークスと同時に左右に飛びのく。続いて風魔法で向きを変え一気に飛竜の背に近づく。
「これでっ!」
剣を振り下ろそうとしたとき―。
「右だ!」
カークスの言葉で横を見ると、飛竜のしっぽが私に向かってくる。慌てて剣をしっぽに向かって突き出す。
カァン!
甲高い音とともに私は吹き飛ばされた。
「ぐっ!?」
「大丈夫ティア!」
「何とかね…。エミリー治癒をお願い」
「うん!光の精霊よ、かの者の傷を癒し賜え」
エミリーの杖が輝くと私の傷が見るみる治っていく。よし、仕切り直しだ。私はすぐにカークスたちの元へ駆けていった。
「大丈夫か、ティア?」
「カークスに声をかけてもらったおかげで何とかね」
「なによりだ。フォルト、どうだ攻撃は通りそうか?」
「難しいな。幼体の時はうろことうろこの間が開いていた。だが、奴は突進するのに合わせて閉じることができる様だ」
「じゃあ、自分の意志である程度コントロールするってことか」
「幼体も、突進しながらしっぽを使っては来なかったし、前途多難ね」
「なら、まずはむき出しの目でも狙ってみるか?」
「あんなところ狙いに行くのは危険じゃない?」
「だが、とりあえず攻撃が効きそうなところはあそこぐらいだ」
「なら、私がやろう。槍の方が剣より長く振り回しやすい」
「いや、接近してだから逆に不利だろう?」
「なら、私が行くわ。この中で一番取り回しがいい武器を持ってるし、魔法で移動の向きも変えられるわ」
「ばかな!危険すぎる。さっきも弾かれてただろう」
「でも、近づくなら私以外にはもっと危険よ。しばらく3人で抑えてて」
そう言って私はキルドのところへ駆け出す。
「どこへ行くんだ?」
「手数は多い方がいいと思って」
「ティア、戻ってきてどうしたんだい?」
「まだどこか痛むの?」
「違うわ。キルド、ナイフを2、3本貸して欲しい」
「何するのさ」
「今からあいつの目を狙うわ。剣1本じゃ不安だからもしもの為にナイフを借りに来たの」
「なんだって!それは危険すぎる」
「危険でもやるしかないわ。今のところあいつに傷を負わせる方法はそれしかないの」
「…エミリーここで1人で身を守れるかい?」
「うん!わたしなら大丈夫。ティアをお願いキルド!!」
「あなた達なにを…」
「確かに手数を増やせば傷を負わせることができるかもしれない。でも、それじゃあ飛竜の注目を一身に受けすぎる。ティアは目を狙って刺しに行くんだ。きっとあいつはそれを切り抜けるようとするから、そこを僕が狙うよ」
「でもそれじゃあ、あなたが危険よ」
「どのみち誰もが危険なんだ。ティア1人に負わせることはできないし、この方が確実だよ」
「そうだな、キルドの言うとおりだ。その戦法で行こう」
いつの間にかカークスがこちらに来ていた。
「カークスこっちに来て大丈夫なの。2人は?」
「余裕はない。さっきの戦法で行くぞ。1秒も惜しい」
奥ではカリンとフォルトが2人で戦っている。しかし、じりじりと追い詰められているのがすぐわかる。
「分かったわ。キルド、その木の上に立ってて。必ずそこに行くように誘導する」
「了解」
こんな時だというのに笑顔でキルドは答え、木の上にふわりと降り立つ。
私とカークスは急いでカリンたちと合流して、作戦を伝える。
「うまくいくの?」
「やらないと生き残れないわ」
「そういうことだ。それで、俺たちはどうすればいい?」
「あなた達は協力して何とか谷底の方向から飛竜が来るように仕向けて。カリンは谷から離れたところ、少し先で待機していて。合図をしたら羽根をあいつの目に向けて放って」
「分かったよ。ティアは?」
「飛竜は必ずカリンの攻撃を回避するはずだから、私はそこに向けて攻撃する。そこでうまくいけばいいし、無理ならキルドの方向に飛竜を誘導する」
「チャンスはあまりないな」
「ええ、あいつはすぐに学習するみたいね。2度は効かないでしょう」
「じゃあ、各自持ち場に着け!」
「「「了解」」」
「風よ、一条の風よ竜巻となりて敵を包め」
まずは私が風の魔法で飛竜の意識をこちらに向けさせる。これでひとまずエミリーは大丈夫だろう。すぐに飛竜が私めがけて突進してくる。そこにカークスとフォルトが左右から跳びかかり攻撃する。絶妙なタイミング差での左右からの攻撃に飛竜も注意しなければならないと思ったのか、すぐにカークスへと向き直る。カークスはさらに間を詰めるため一気に谷底に向かって飛ぶ。
「グワァァ!」
それを見た飛竜は大きく翼を羽ばたかせ突風をカークスへ浴びせる。突風に襲われたカークスはバランスを崩して地面を滑った。
「風よ、刃となりて敵を貫け!」
さらなる追撃を避けるため、私は風の剣を咄嗟に飛竜に浴びせる。しかし、奴のうろこは硬く弾かれる。それでもかまわず打つ。そのうち1本が運よくうろこの間付近に当たる。
ギィン!
カークスを襲おうとしていた飛竜の動きが一瞬止まった。
「カークス掴まれ!」
すかさずフォルトがカークスの腕をつかみ、体勢を立て直す。
「すまん」
「行くぞ、カークス!」
再びカークスたちが飛竜に跳びかかる。ここからでは2人を巻き込む可能性があるので、援護はできない。
「これはどうだ!」
カークスが側面からしっぽの中ほどに剣を突き入れる。わずかだが剣先に血がついている。
「キュアァァ」
傷をつけられたことに激怒した飛竜がカークスに的を絞ってきた。
「フォルト、援護頼むぞ」
「分かった、任せておけ」
私の要望通りに飛竜が谷底の方向からこっちに向かってくる。でもこのままではカークスが…。
「こっちにかまうな!」
ハッとして、私はカリンの方を向く。カリンも心配しながらもずっとこっちを見ている。そうだ、私たちはここを切り抜けるんだ!
「そうだ、飛竜こっちにこい!」
飛竜はカークスめがけて今までで一番早く突進してくる。カークスが避ける限界のところに近づいた瞬間、飛竜の真横から槍が飛び出してきた。
「これでもくらえ!」
カークスに的を絞った飛竜は、フォルトの動きには全く興味を示さなかった。その間にフォルトは飛竜が飛び込んでくる真横へ移動していたのだ。しかし、飛竜は左の翼を動かして右へと逃れ、槍は狙いがそれてうろこへと当たる。その間にカークスは飛び上がって飛竜の攻撃をかわす。ここだ―。
「カリン今よ!」
「っ!フェザーシール!」
羽根が何本も飛竜の右目に向かって飛んでいく。躱しきれないと思った飛竜が目を閉じる。その隙を狙って私は飛び上がった。さらにカリンは自分に意識が向くように魔法を唱える。
「風よ、わが前に集いて解き放て」
先が尖った弾丸のような弾を数発カリンが打ち出す。左目でそれをとらえた飛竜が翼を動かしてそれを跳ね返す。跳ね返された風の弾丸はそのままカリンの翼に命中した。
「っ!」
「だっ、大丈夫!」
よろめくカリンにエミリーが向かう。
「このぉ!」
私は激しい感情とともに飛竜の左目に剣を振り下ろす。飛竜は度重なる攻撃でうまく身動きが取れない。それでも無理に体を動かし避けようとする。そして飛竜が目を閉じようとする前に私の剣が飛竜の目に届いたかに見えた。
シュッ
キィン
わずかながら目を掠めることに成功したものの、致命傷にはならなかった。しかし、飛竜はその痛みに慣れていないため、暴れようとする。剣を振り下ろすことに全力を注いだ私は、飛竜の体に弾かれごろごろと地面を転がる。そのまま転がった場所から飛竜を見てすぐに魔法を唱える。
「一条の風よ、竜巻となりて敵を包め」
そして続けて言葉を発した。
「今よキルド!風の中に飛び込んで!」
「何でこんなことになったのかなぁ」
目の前ではカークスとフォルトが必死に飛竜の注意を集めようとしている。パーティーに入った時もティアたちが入った時も、他人も自分だっていつまでいるかわからない。多少いい加減でもいいじゃないか。そう思っていたのが、わざわざこんな一番危険なとこに飛び込むなんて。足が、手が、震えそうになるのを抑えながら立って時を待つ。仲間を信じて、ただ待っている。
「頼むよ、相棒」
腰に下げた短剣を握りしめながら待っていると、ついにティアから声が聞こえた。
「はあっ!」
僕は迷うことなく風の渦に飛び込んだ。
キルドが渦に飛び込んですぐ、飛竜はまとわりついた風を振り払おうと翼を動かす。風はかき消されたが、その動きのせいで飛竜は動きを止めざるを得なかった。
「そこだぁ!!」
キルドが風に乗って飛竜の目の前に来ていた。彼は一瞬で短剣を抜き去ると、すれ違いざまに飛竜の左目に短剣を突き刺した。飛竜は一瞬自分に何が起きたかわからない様子だったが、目に走る痛みとともに叫び声をあげた。
「ギャオオォォ!」
その一瞬の余りの痛みに飛竜は混乱したのか、この場を飛び去って行った。
「し、退けたのか?」
「や、やったの・・・」
「みんなすごいよ。飛竜を追い払ったんだ!!」
「カリンも頑張ったわね…。傷は大丈夫?」
「ちょっと痛むけど、エミリーが治してくれているから、大分ましだよ。みんなこそ大丈夫?」
みんなを見渡すとカークスは地面を滑ったせいで、下半身が砂まみれだ。フォルトは結構無茶に避けたみたいで、服や鎧があちこち切れている。キルドも最後に短剣を刺した後、私のように地面を転がったのかと思いきや、パンパンと服を払っている。どうやら、うまく着地したみたいでほとんど汚れていない。エミリーは私を治すときに付いたのだろうか?少し服に血がついている。みんなを見回していると全員こっちを向いている。
「なに?私は傷といっても擦り傷位よ。エミリーに治してもらったもの」
「ティ~ア。何言ってるの?お顔も髪も服もめちゃくちゃだよ」
「ほんとだ、ティアったら全身砂まみれだね」
「いや、ハハッ。すまない笑ってはいけないのは分かってるんだが…」
「こらカークス。ティアに悪いだろう。フフッ」
「フォルトまで、みんなかわいそうだよっ、アハハ」
みんなが私を見て笑っているのをきょとんとして見ていると、すぐさま思い当たり自分の全身を見てみる。飛竜の目に剣を振り下ろした後、地面を転がったせいで私は髪も顔も服も砂まみれだった。顔についた砂を払おうとすると、手についていた砂が逆に顔に付いてしまった。
「ああ~、ティア動かないで。私が拭いたげるから」
すぐにバッグからエミリーが布を出して顔を拭いてくれる。
「ムグッ、むぐぐ」
口や鼻のあたりまで一気に拭くものだから、変な声が出てしまう。
「ほら、ちゃんとこっち向いて」
エミリーにされるがままに拭かれて、私の顔と髪は一応きれいになったらしい。
「ティアもきれいにしたいところだとは思うが、こっちも余裕がないからな。すぐに村に戻るぞ。怪我も最低限治して後は帰ってからだ」
カークスに促され私たちは村へと帰ろうとする。
「ねぇ…このシカ持って帰っちゃダメ?」
「ケガはもういいのカリン?」
「まだ、ちょっと痛いけど、せっかくの獲物だから持って帰りたいの」
「しょうがない奴だな。いいだろう、ただし自分で運ぶことと遅れるな」
「やった~!ありがとうみんな」
そう言ってカリンはミゾジカをつかもうとする。さすがに重そうだったので、みんなに気づかれないように風魔法をシカにかけて浮くようにし、ちょっと軽くしてあげる。そうして、私たちと成体の飛竜との初めての戦いは幕を閉じた。
ん、誰かの声がする。エミリーだろうか?
「うん…。おはようエミリー」
「ごめんね。もうちょっと寝たいかもしれないけど、みんな起きてきちゃったから」
「ん…そうなの。すぐ準備する」
ふわぁと小さくあくびをしてから髪の毛を整える。今日はどうやら私が最後のようだ。といってもそんなに珍しくもないけれど。簡単だけど髪を梳いた後で後ろでひとまとめにする。最後に鏡の私にあいさつをしてからリビングへと向かう。
「おはようみんな。待たせちゃってごめんなさい」
「別にもうちょっと寝てても大丈夫だったのに」
「まあ、早くに集まって悪いことはないし朝食を取ろうか」
「今日はなにかな~」
「昨日と同じだけど、昨日ちょっともらった木の実があるから、それをつけながら食べよう」
テーブルには昨日のメニューと同じと思いきや、ペースト状にした木の実が添えられている。これをつけながら食べるという事なんだろう。
「おいしい~」
「よかった。昨日サーリさんにちょっともらってた甲斐があったよ」
「なんだか変な感じよね。討伐の依頼にきているのに普通の家で暮らしてるなんて」
「確かにな。だが、こういう経験も悪くない」
「滅多にあることではないだろうしな。少なくとも私は経験したことはない」
そんなことを話しながら食事を終えて、私たちは昨日と同様にカリンに会いに行く。途中で村の人とも出合い頭にあいさつをする。この2日間で村の人とも少し打ち解けた。
「カリン起きてる?」
「起きてるよ~。ちょっとだけ待って、いま着替えてるの」
「ごめんなさい。じゃあ待ってるから」
それから2、3分してカリンが出てくる。彼女の深緑の髪によく似合う淡緑のワンピースのような服を着ている。
「おまたせ。じゃあ、いこっか。今日は森の下でいいんだよね」
「そうだね。じゃあみんな出発しよう」
キルドの合図とともに私たちは昨日と同様村の入り口を通り、森の出口へと向かう。そこまでの道はすでに通ってきているから途中もほとんど止まらなかった。昨日キルドが言っていたように、降りるときの景色が違うということで少し立ち止まったぐらいだ。
それに、私たちは村にいたけれど、キルドたちは飛竜の素材の回収ですでに1度来ている。あくまでその確認という意味合いが強いのだろう。フォルトとキルドも少し話すとすぐに出発する。
「もうすぐ森の入り口だね」
「たった、3日前のことなのになんだかすごく前のような気がするね」
「エミリーの言う通りね。カリンと出会う前って考えたら、なんだか変な感じね」
「わたしもだよ~」
翼をはためかせてカリンも喜びを表してくれる。ここに来る前は不安でいっぱいだったけれど、もうそんなことは考えない。成体の飛竜がいるという事は今でも心配だけど、引き下がるつもりもない。逃げずにきっと王都へ報告に戻ると強く思えるようになった。
「さあ、行きましょうか」
決意も新たに森の出口をふもとに向かって降りていく。
「それにしてもここは妙な地形だな」
不意にカークスがつぶやく。
「妙ってなにさ?」
「いや、森の境界というのは通常は人の手が入らない以上は、急に切れたりしないだろう。だが、この森はこっちの人がこない領域も森が途切れている。まるで、この先が渓谷だというを教えている様だ」
「言われてみればそうよね。かなり背の高い木が急に途切れてるわね。カリンは何か知らないの?」
「あ~、それは村の資材として時たま使ってるから…」
ちょっと言いにくそうにカリンが答える。村の小屋なんかは周辺の木を切り倒したものかと思っていたのだが、ここから取っていたらしい。
「でも、切り株とかもないわよね?」
「私たち斧とか使えないから、みんなで集まって枝とか持って一気に引き抜くの。そしたらそのまま村までもっていって使ってるんだ」
「そうだったの、大変でしょう?」
「そうなんだけど、村のところのを使っちゃうと目立っちゃうから使わないようにしてるんだよ」
「なるほどな。それなら納得だな」
謎が解けたところで、私たちはまた歩き出す。この先は谷の西側の始まりになっていて、ここを降りると谷の底へと行くことになる。今日のところはこの谷の周りを調査して明日以降に谷の底に行く予定だ。
数分おきにエミリーとカリン、そしてキルドに飛竜がいないかを確認してもらう。周りに身を隠せるようなところもないか合わせて確認する。背の高い木のようなものは生えているものの、身を隠せるようなところはほぼないようだ。するとそこに1頭のシカのような生物が現れる。
「おおっ、ミゾジカだ」
「ミゾジカ?」
「この辺でとれるシカで、谷の間を行き来して草なんかを食べてるの。何かあると近くの穴や茂みに隠れるんだよ」
「まさかと思うけど狩る気じゃないでしょうね?」
「おいしいよ?」
「今日は調査だし、危険よ」
「大丈夫だって、大鷹さんも言ってたけどこの辺はあんまりまだ来ないみたいだし」
そう言ってカリンはミゾジカへ狙いを定めた。少し高く飛んだと思ったら一気に急降下して爪で襲い掛かる。
「あっ、おしい」
すんでのところでシカはカリンの爪を避ける。しかしカリンはそれも予想していたらしく、以前に飛竜に使っていた技を使う。
「そこだね。フェザーシール!」
数本の羽根が避けたシカに向かっていく。避けて着地した瞬間を狙われてシカに命中する。うまく仕留めたようだ。
「どうどう?すごいでしょ」
「確かにすごいが…」
「これはいったん帰るしかないね」
「しょうがないか。まあ、結構この周辺も調べられたしあんまり奥に行くよりはいいかもね」
「カリン。そういうわけだから村へ戻るわよ。あんまり目立たないようにちゃんとついてくるのよ」
「は~い」
久しぶりに獲物を捕まえられたのだろう。カリンは少し興奮気味だ。エミリーも行こうと声をかけようとすると、けげんな表情をしている。
「どうかしたのエミリー?」
「なにか、何かが近づいてくる。それも結構大きい…」
「この周辺ならグリフォンじゃないの?」
「ううん、大鷹さんはわたしがこの魔法を覚えるきっかけだからよくわかるんだ。これは別の生き物だよ。こっちに来てる」
体の毛が逆立つような緊張感に襲われる。この谷に住んでいる空飛ぶ大型の生物。間違いなく飛竜だろう、それも成体かそれに近い個体。
「みんな、急いで周囲を警戒して。おそらく飛竜がこっちに来てるわ」
私の言葉でカークスたちはすぐに臨戦態勢に入る。
「エミリー、数は分かる?」
「多分1体だけだと思うけど、自信はないよ」
「分かったわ、聞いての通りよ」
「みんな~どうしたの?」
少し離れていたせいで、カリンにはうまく聞こえなかったらしい。
「カリン飛竜が…」
そう言おうとしたとき視界に飛竜が入る。一直線にカリンに向かっている。まずい!
「風よ!」
「キャア」
十分に詠唱する時間がなかったため、私は最速で風魔法を唱えカリンめがけて打つ。急な突風を受けてカリンは左方向に吹っ飛んだ。衝撃でミゾジカが宙に舞う。
「なにするのティ…」
言い終わらないうちに飛竜がカリンがいた場所を飛び去る。宙に舞ったシカを飛竜が咥え飛び去ろうとする。
「飛竜!このぉ」
本能なのか咄嗟に飛竜を視認したカリンは羽根を飛竜に飛ばして攻撃する。しかし、飛竜それもおそらく成体の相手には全く効いていない。ただ、攻撃されたことにいら立ったのかこちらに向きを変える。シカも一旦、咥えているのを離した。
「みんな事前の通り、陣形を組め!」
「逃がしてはくれないようね…。カリン!合流して」
カークスの掛け声とともに私たちは陣形を組み、カリンが私の横に来る。
「ごめんティア。私のせいで…」
「いつかが今になっただけよ。そうでしょ、みんな?」
「頼もしいことだ。…来るぞ!」
飛竜が突進してくる。幼体と違ってその巨体を避けるのは難しそうだ。
「きゃあ」
みんなすんでのところで躱す。しかし、このままではすぐに誰かが傷を負うだろう。
「カリン。すぐにエミリーを連れて少し離れて、キルドも続いて。これじゃみんな避けきれないわ」
「分かった。エミリー、足につかまって」
「うん。ティア頑張って!」
「あなたもね。飛竜が飛んだ方向を教えてね。頼んだわよ」
エミリーの方を振り向かず。視線は飛竜を見たまま答える。
「風よ、かの者にに翼の加護を 」
キルドに風の浮遊魔法をかける。続いて、私とカークス、フォルトにも。
「風よ、我らに翼の加護を」
その間にも飛竜は旋回して私たちに向き直る。こうなったら、一度やってみる!
「私がまず風の魔法で攻撃する!2人は回避に専念して」
「了解」
「分かった」
飛竜が勢いよく接近してくる。まるで私たちのことなど意に介さないように。
「さあ来なさい。勝負よ!」
カークスが飛竜の左側の下を抜け、逆にフォルトは飛竜の上を飛び越える。2人とも私の意図を汲んでくれかなり余裕を持った動きだ。私は飛竜の正面から動かず風魔法の準備をする。
「ティア危ない!」
エミリーが心配して声を上げる。大丈夫、うまくやって見せる。飛竜が私のすぐそこに迫った瞬間―。
「風よ、我に跳躍の力を!」
風が足元に集まりフィールドが形成される。その足場を一気に踏みこみ一瞬で大空へ跳びあがる。
「一条の風よ、竜巻となりて敵を包め」
風が渦を巻き、たちまちさっきすれ違った飛竜へと襲い掛かる。しかし…。
「ギャオォォォン」
飛竜が声を上げたかと思うと翼を大きくはためかせ竜巻を消し去ってしまう。
「ならこれはどう?風よ、わが前に集いて解き放て」
イメージする時間がない為、形を形成することなく放つ。錐のような形になったそれは飛竜の翼に見事に命中した。
「当たった」
飛竜が少しだけ反応した。傷は確認できないが、けん制するだけなら有効そうだ。その時、カリンがエミリーを離して戻ってきた。
「カリン今の見てた?昨日の魔法、体は無理そうだけど翼ぐらいなら当てて気を引くことぐらいはできそうよ。後、可能なら羽根を飛ばして視界を遮ってくれると嬉しいわ」
「分かった、やってみる!」
カリンに指示を出して、すぐにカークスたちと合流する。
「やはり、簡単にはいかないようだな」
「そのようね。悪いけどお願いね。フォローはできるだけするけど、有効打になるわけじゃないからあんまり当てにしないで」
「そういうことだ。カークス、先に仕掛ける」
いうが早いが、フォルトは駆けて行きこちらに向き直ろうとする飛竜に向かっていく。
「はあっ!」
跳躍して飛竜の背に一撃を入れる。
ギィン!
金属音とともにフォルトが弾かれる。
「フォルト!」
「大丈夫だ。それよりこっちに来るぞ!」
フォルトの攻撃を意にも介さず、飛竜は再び私たちに向かってくる。フォルトの代わりに私は右側に寄って、杖を腰に仕舞い剣を抜く。
「頑張ってよね」
剣を見つめそうつぶやくとカークスと同時に左右に飛びのく。続いて風魔法で向きを変え一気に飛竜の背に近づく。
「これでっ!」
剣を振り下ろそうとしたとき―。
「右だ!」
カークスの言葉で横を見ると、飛竜のしっぽが私に向かってくる。慌てて剣をしっぽに向かって突き出す。
カァン!
甲高い音とともに私は吹き飛ばされた。
「ぐっ!?」
「大丈夫ティア!」
「何とかね…。エミリー治癒をお願い」
「うん!光の精霊よ、かの者の傷を癒し賜え」
エミリーの杖が輝くと私の傷が見るみる治っていく。よし、仕切り直しだ。私はすぐにカークスたちの元へ駆けていった。
「大丈夫か、ティア?」
「カークスに声をかけてもらったおかげで何とかね」
「なによりだ。フォルト、どうだ攻撃は通りそうか?」
「難しいな。幼体の時はうろことうろこの間が開いていた。だが、奴は突進するのに合わせて閉じることができる様だ」
「じゃあ、自分の意志である程度コントロールするってことか」
「幼体も、突進しながらしっぽを使っては来なかったし、前途多難ね」
「なら、まずはむき出しの目でも狙ってみるか?」
「あんなところ狙いに行くのは危険じゃない?」
「だが、とりあえず攻撃が効きそうなところはあそこぐらいだ」
「なら、私がやろう。槍の方が剣より長く振り回しやすい」
「いや、接近してだから逆に不利だろう?」
「なら、私が行くわ。この中で一番取り回しがいい武器を持ってるし、魔法で移動の向きも変えられるわ」
「ばかな!危険すぎる。さっきも弾かれてただろう」
「でも、近づくなら私以外にはもっと危険よ。しばらく3人で抑えてて」
そう言って私はキルドのところへ駆け出す。
「どこへ行くんだ?」
「手数は多い方がいいと思って」
「ティア、戻ってきてどうしたんだい?」
「まだどこか痛むの?」
「違うわ。キルド、ナイフを2、3本貸して欲しい」
「何するのさ」
「今からあいつの目を狙うわ。剣1本じゃ不安だからもしもの為にナイフを借りに来たの」
「なんだって!それは危険すぎる」
「危険でもやるしかないわ。今のところあいつに傷を負わせる方法はそれしかないの」
「…エミリーここで1人で身を守れるかい?」
「うん!わたしなら大丈夫。ティアをお願いキルド!!」
「あなた達なにを…」
「確かに手数を増やせば傷を負わせることができるかもしれない。でも、それじゃあ飛竜の注目を一身に受けすぎる。ティアは目を狙って刺しに行くんだ。きっとあいつはそれを切り抜けるようとするから、そこを僕が狙うよ」
「でもそれじゃあ、あなたが危険よ」
「どのみち誰もが危険なんだ。ティア1人に負わせることはできないし、この方が確実だよ」
「そうだな、キルドの言うとおりだ。その戦法で行こう」
いつの間にかカークスがこちらに来ていた。
「カークスこっちに来て大丈夫なの。2人は?」
「余裕はない。さっきの戦法で行くぞ。1秒も惜しい」
奥ではカリンとフォルトが2人で戦っている。しかし、じりじりと追い詰められているのがすぐわかる。
「分かったわ。キルド、その木の上に立ってて。必ずそこに行くように誘導する」
「了解」
こんな時だというのに笑顔でキルドは答え、木の上にふわりと降り立つ。
私とカークスは急いでカリンたちと合流して、作戦を伝える。
「うまくいくの?」
「やらないと生き残れないわ」
「そういうことだ。それで、俺たちはどうすればいい?」
「あなた達は協力して何とか谷底の方向から飛竜が来るように仕向けて。カリンは谷から離れたところ、少し先で待機していて。合図をしたら羽根をあいつの目に向けて放って」
「分かったよ。ティアは?」
「飛竜は必ずカリンの攻撃を回避するはずだから、私はそこに向けて攻撃する。そこでうまくいけばいいし、無理ならキルドの方向に飛竜を誘導する」
「チャンスはあまりないな」
「ええ、あいつはすぐに学習するみたいね。2度は効かないでしょう」
「じゃあ、各自持ち場に着け!」
「「「了解」」」
「風よ、一条の風よ竜巻となりて敵を包め」
まずは私が風の魔法で飛竜の意識をこちらに向けさせる。これでひとまずエミリーは大丈夫だろう。すぐに飛竜が私めがけて突進してくる。そこにカークスとフォルトが左右から跳びかかり攻撃する。絶妙なタイミング差での左右からの攻撃に飛竜も注意しなければならないと思ったのか、すぐにカークスへと向き直る。カークスはさらに間を詰めるため一気に谷底に向かって飛ぶ。
「グワァァ!」
それを見た飛竜は大きく翼を羽ばたかせ突風をカークスへ浴びせる。突風に襲われたカークスはバランスを崩して地面を滑った。
「風よ、刃となりて敵を貫け!」
さらなる追撃を避けるため、私は風の剣を咄嗟に飛竜に浴びせる。しかし、奴のうろこは硬く弾かれる。それでもかまわず打つ。そのうち1本が運よくうろこの間付近に当たる。
ギィン!
カークスを襲おうとしていた飛竜の動きが一瞬止まった。
「カークス掴まれ!」
すかさずフォルトがカークスの腕をつかみ、体勢を立て直す。
「すまん」
「行くぞ、カークス!」
再びカークスたちが飛竜に跳びかかる。ここからでは2人を巻き込む可能性があるので、援護はできない。
「これはどうだ!」
カークスが側面からしっぽの中ほどに剣を突き入れる。わずかだが剣先に血がついている。
「キュアァァ」
傷をつけられたことに激怒した飛竜がカークスに的を絞ってきた。
「フォルト、援護頼むぞ」
「分かった、任せておけ」
私の要望通りに飛竜が谷底の方向からこっちに向かってくる。でもこのままではカークスが…。
「こっちにかまうな!」
ハッとして、私はカリンの方を向く。カリンも心配しながらもずっとこっちを見ている。そうだ、私たちはここを切り抜けるんだ!
「そうだ、飛竜こっちにこい!」
飛竜はカークスめがけて今までで一番早く突進してくる。カークスが避ける限界のところに近づいた瞬間、飛竜の真横から槍が飛び出してきた。
「これでもくらえ!」
カークスに的を絞った飛竜は、フォルトの動きには全く興味を示さなかった。その間にフォルトは飛竜が飛び込んでくる真横へ移動していたのだ。しかし、飛竜は左の翼を動かして右へと逃れ、槍は狙いがそれてうろこへと当たる。その間にカークスは飛び上がって飛竜の攻撃をかわす。ここだ―。
「カリン今よ!」
「っ!フェザーシール!」
羽根が何本も飛竜の右目に向かって飛んでいく。躱しきれないと思った飛竜が目を閉じる。その隙を狙って私は飛び上がった。さらにカリンは自分に意識が向くように魔法を唱える。
「風よ、わが前に集いて解き放て」
先が尖った弾丸のような弾を数発カリンが打ち出す。左目でそれをとらえた飛竜が翼を動かしてそれを跳ね返す。跳ね返された風の弾丸はそのままカリンの翼に命中した。
「っ!」
「だっ、大丈夫!」
よろめくカリンにエミリーが向かう。
「このぉ!」
私は激しい感情とともに飛竜の左目に剣を振り下ろす。飛竜は度重なる攻撃でうまく身動きが取れない。それでも無理に体を動かし避けようとする。そして飛竜が目を閉じようとする前に私の剣が飛竜の目に届いたかに見えた。
シュッ
キィン
わずかながら目を掠めることに成功したものの、致命傷にはならなかった。しかし、飛竜はその痛みに慣れていないため、暴れようとする。剣を振り下ろすことに全力を注いだ私は、飛竜の体に弾かれごろごろと地面を転がる。そのまま転がった場所から飛竜を見てすぐに魔法を唱える。
「一条の風よ、竜巻となりて敵を包め」
そして続けて言葉を発した。
「今よキルド!風の中に飛び込んで!」
「何でこんなことになったのかなぁ」
目の前ではカークスとフォルトが必死に飛竜の注意を集めようとしている。パーティーに入った時もティアたちが入った時も、他人も自分だっていつまでいるかわからない。多少いい加減でもいいじゃないか。そう思っていたのが、わざわざこんな一番危険なとこに飛び込むなんて。足が、手が、震えそうになるのを抑えながら立って時を待つ。仲間を信じて、ただ待っている。
「頼むよ、相棒」
腰に下げた短剣を握りしめながら待っていると、ついにティアから声が聞こえた。
「はあっ!」
僕は迷うことなく風の渦に飛び込んだ。
キルドが渦に飛び込んですぐ、飛竜はまとわりついた風を振り払おうと翼を動かす。風はかき消されたが、その動きのせいで飛竜は動きを止めざるを得なかった。
「そこだぁ!!」
キルドが風に乗って飛竜の目の前に来ていた。彼は一瞬で短剣を抜き去ると、すれ違いざまに飛竜の左目に短剣を突き刺した。飛竜は一瞬自分に何が起きたかわからない様子だったが、目に走る痛みとともに叫び声をあげた。
「ギャオオォォ!」
その一瞬の余りの痛みに飛竜は混乱したのか、この場を飛び去って行った。
「し、退けたのか?」
「や、やったの・・・」
「みんなすごいよ。飛竜を追い払ったんだ!!」
「カリンも頑張ったわね…。傷は大丈夫?」
「ちょっと痛むけど、エミリーが治してくれているから、大分ましだよ。みんなこそ大丈夫?」
みんなを見渡すとカークスは地面を滑ったせいで、下半身が砂まみれだ。フォルトは結構無茶に避けたみたいで、服や鎧があちこち切れている。キルドも最後に短剣を刺した後、私のように地面を転がったのかと思いきや、パンパンと服を払っている。どうやら、うまく着地したみたいでほとんど汚れていない。エミリーは私を治すときに付いたのだろうか?少し服に血がついている。みんなを見回していると全員こっちを向いている。
「なに?私は傷といっても擦り傷位よ。エミリーに治してもらったもの」
「ティ~ア。何言ってるの?お顔も髪も服もめちゃくちゃだよ」
「ほんとだ、ティアったら全身砂まみれだね」
「いや、ハハッ。すまない笑ってはいけないのは分かってるんだが…」
「こらカークス。ティアに悪いだろう。フフッ」
「フォルトまで、みんなかわいそうだよっ、アハハ」
みんなが私を見て笑っているのをきょとんとして見ていると、すぐさま思い当たり自分の全身を見てみる。飛竜の目に剣を振り下ろした後、地面を転がったせいで私は髪も顔も服も砂まみれだった。顔についた砂を払おうとすると、手についていた砂が逆に顔に付いてしまった。
「ああ~、ティア動かないで。私が拭いたげるから」
すぐにバッグからエミリーが布を出して顔を拭いてくれる。
「ムグッ、むぐぐ」
口や鼻のあたりまで一気に拭くものだから、変な声が出てしまう。
「ほら、ちゃんとこっち向いて」
エミリーにされるがままに拭かれて、私の顔と髪は一応きれいになったらしい。
「ティアもきれいにしたいところだとは思うが、こっちも余裕がないからな。すぐに村に戻るぞ。怪我も最低限治して後は帰ってからだ」
カークスに促され私たちは村へと帰ろうとする。
「ねぇ…このシカ持って帰っちゃダメ?」
「ケガはもういいのカリン?」
「まだ、ちょっと痛いけど、せっかくの獲物だから持って帰りたいの」
「しょうがない奴だな。いいだろう、ただし自分で運ぶことと遅れるな」
「やった~!ありがとうみんな」
そう言ってカリンはミゾジカをつかもうとする。さすがに重そうだったので、みんなに気づかれないように風魔法をシカにかけて浮くようにし、ちょっと軽くしてあげる。そうして、私たちと成体の飛竜との初めての戦いは幕を閉じた。
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