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 ケイトたちと話しているうちに孤児院に着いた。

「これはようこそいらっしゃいました、イリス様。テレサ様も久しぶりでございます。後ろの方は?」

「小さい方がケイトでその後ろのメイドがエマよ。どっちもエルマン子爵領から来たの。今後はこの二人がここを経営していくことになると思うからよろしくね。もし、役に立たなかったら金だけ出させなさい」

「いいえ、お嬢様の連れて来られた方ですし、精一杯サポートしますよ」

「そういうのは余裕がある範囲でね。あの子たちの害になるわ!」

「はい、承知しました。それでは奥に行きますか?」

「ええ」

 私は孤児院の奥へと進んでいく。入口のところはいかにも貧相な造りだが、奥に行くと勉学に励めるよう教室と私が読まなくなった、経営や経済の本や歴史書の棚もある。貴族用とあって一般に出回ってないものが逆に、特待生枠で入学する生徒には助けになっているらしい。

「あっ、ねーちゃんだ!」

「おねえ久しぶり!」

「みんな元気? 新しい子は来た?」

「ううん。だけど、向こうにはひとり入ったみたい。この前、話をしたけどいい子だったよ」

「そう、もしその子が来ても仲良くしてあげてね」

「ああ、ねーちゃんの言うことならみんな守るからな!」

「ここは?」

「この孤児院の子たちの遊び場よ。この奥の方で遊んでいるの。ここで魔法の訓練や運動もできるし、野草を見分ける授業もできるわ」

「立派な施設ですね。建物はともかくとして子爵領の平民向けの学校ではここまでのものはありません」

「当たり前よ。ここはこのレイバン侯爵領の優秀な人材を育てる最前線なんだから!」

「なあ、難しい話はあとでいいだろ。久しぶりなんだからあっちで遊ぼうぜ!」

「そうね。そうだ! フィンも呼んできて」

「フィン? あいついっつも勉強ばっかでつまんないんだよな」

「だからたまには一緒に遊びましょう?」

「わかったよ……」

 それからちょっとしてフィンがやってくる。

「あっ、イリス様……」

「フィン、また部屋にずっといるんでしょ? たまには外に出なさい」

「でも、ここで良い成績を……」

「無理しないの。毎年特待生が出なくても構わないわ。それはもちろん教師にも言ってあるし。こっちからだって給料は出してるんだから、別に来年になってもいいのよ。それより、今日はきちんと遊びなさい」

「そうですよフィン。好きなことをしながらでないと、すぐに諦めてしまいます」

「テレサさん……」

「ほら、いこう?」

「うん」

 私もみんなと混ざってかけっこをしたり、かくれんぼをしたりと大忙しだ。ここに来る時だけはドレスを着ずに乗馬服で来ている。

「ふぅ~流石に疲れたわね。さあ、そっちで一旦休みましょう」

「なあ、ねえちゃん。結婚するって本当か?」

「はぁ? 誰が言ったの?」

「フィンがさ、ねえちゃんは結婚が決まってて、相手は伯爵家のいけ好かない息子だっていうんだ」

 フィンったら、変なところで毒舌なんだから。

「その話は本当よ」

「やっぱりそうなのか?」

「だけど、残念ながら相手が断ったから無くなったわ」

「どうしてだ?」

「あそこにいるケイトってやつがね、私の親と結婚したのが気に入らないって言うのよ」

 実際の理由は別にあるけど、子供にそんなことを言っても仕方ないし、ここはそんな感じで言っておこう。

「じゃあ、あそこのねえちゃんは悪いやつなのか?」

「ジャン。いつも私は簡単に考えるなって言ってるわよね? あの子にはあの子の事情があるのよ」

「じゃあ、いいやつなのか?」

「さあ?」

「さあって……」

「それはあなたが見極めるのよ。フィンは勉強で忙しいし、カレンはもう少し年を重ねないとだめ。あなたが彼女はどういう人物か見るの。私は別の結婚相手ができたから、もうあまりここには来られないわ。今後はあの子が私の代わりにここを運営するのよ」

「イリスおねえもう来ないの?」

「いいえ、ちゃんと来るわよ。だけど領地を離れてしまうから、今みたいには来られないわ」

「そ、そんなぁ~」

「どうしたのカレン?」

「おねえがおねえが~」

 あれよ、あれよという間に私がすぐにでもどこかへ行ってしまうという話になってしまい、みんなが泣き出してしまった。うれしいんだけどもう少し場所を選んでほしい。後ろでテレサやケイトがチラチラ見てるし、エマに至ってはお優しい方でよかったなんて感動までしてるじゃない! そういう令嬢じゃなくていいの私は。結婚したいだけなんだから!

「ほらみんな泣き止みなさい! いい、ここにいる子たちは教会みたいにただ食べさせられる人生が嫌で集まったはずよ。私に会えないぐらいで仕事ができると思ってるの? さっさと泣き止まないと追い出すわよ!」

「おねえ~」

「よしよし……」

 カレンはここに来た時ははねっ返りだったのに、いつの間にかこんなに私に懐いて。まだ九歳だから将来はどんな子になるのかしらね。

「じゃあ、みんなに紹介するわよ。今後はこのケイトがみんなの面倒を見るわ」

「ケ、ケイトです。よろしくお願いします」

 ぷいっ

 ひとりの男の子が首を横にして拒否する。

「そう……ガトムは明日から教会に行きたいのね。私がこの子になってもここは変わらないわ。ここが嫌なら出ていってもらうわよ」

「そ、そんな俺……」

「ルールや礼儀は守りなさい! そして、自分たちがどうして今ここにいられるのか考えなさい。それがあなたが今できることよ。誰が好きとか嫌いとかそういうわがままは大人になってからよ」

「イリスねえちゃん……」

「いいのよ。私はここが嫌いでも無理やり行かされるでもないの。ただ、今のところに住めないだけ。あなたも大きくなったら分かるわよ」

 バンッとガトムの背中を叩いて元気づける。私のことを思ってくれるのはうれしいけど、ケイトが運営するにあたって問題を残してはならない。

「ほら、今日はごちそうを持ってきてるから夕飯の準備をして食べなさい」

「おねえは?」

「院長と話があるからまたね」

「絶対、絶対だよ!」

「ええ、約束よ」

 カレンと指切りをして院長と奥の部屋に行く。

「大変なはしゃぎようで申し訳ありません」

「いいわ、あの子たちの気晴らしになるならね」

「それはもう。イリス様がいなければ皆、身が入りませんので……」

「そんなことはないと思うけど」

「いいえ、イリス様の先ほどのお言葉は素晴らしかったです。私も院長として引き続き、あの子たちのために頑張ります」

「そうそう、運営の件なんだけどケイト。院長先生と今後はたまに会って経営を学びなさい。あの子たちの多くは領内の町に就職するの。そのために食料を分けてもらってるところや、寄付をもらっているところに話をするのも忘れてはいけないのよ。もちろん、行った先で売られたりしないように身元も調査するのよ」

「売られる……ですか?」

「あまり公には言えないけど、教会にそういうやつがいてね。来るときも話したけど、昔この領地の奴もそうだったの。商人や貴族に声をかけては孤児院から見繕っていたのよ。そいつがあろうことかテレサよりいいやつを紹介するって私にもケンカを売ってきたの」

「ですが、その普段から人身売買をされている方がテレサ様より良いというのでしたら、一目見ようとか思われなかったのですか?」

「エマ、主人が主人ならあんたもあんたね! テレサは私が目をつけて拾ったのよ? あんなじゃらじゃら飾り付けた法衣を着てるエセ聖職者に目利きで劣るっていうの!」

「も、申し訳ございません」

「いい! テレサは私より髪色は地味、顔は整ってるけどかわいい系でキレイ系の私と被らなくて、従順そうな目にどこでも連れていける同姓よ! これを満たせるような奴はなかなかいないのよ! エマはダメね。あなたの髪色はきれいなライトグリーンでしょう? ドレスでも着てごらんなさい。『お嬢様は相変わらず美しいですな。それに、隣にいるものもドレスを着ればいっぱしの令嬢に見えるかもしれませんな』なんて言われるのよ。興味があんたに移っちゃうじゃない!」

「そんな理不尽な……」

「何が理不尽よ! マイナスもマイナスから始まってる私の婚姻に関係するのよ! ただの一瞬でも他の女に気を取られるようなことがあってはいけないわ!」

「エマ、こうなってはお嬢様は一歩も引きませんので……」

「いえ、私も申し訳ありません。その……微妙なお話を」

「ああ、あの話でしたら何度も聞いていますので。理由はどうあれ、そこから私が受けた教育はここの子たちよりも、もっと高度な教育です。それに、仕事もこうしてできているわけですし」

 イリス様は素晴らしい方だと思ったエマだったが、この主従関係はちょっと変わっているなと思った。どちらかがまともならきっとどこかで不和が発生していただろう。

 こうして、孤児院への訪問が終わり一つの問題が片付いた。あとは王都に向かって領地の件を話すだけだ。

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