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 それじゃあ、陛下に手紙を書かないとね。

「まずは……挨拶文はよし。あとは今回の内容だけど、前々から気に病まれていたエルマン子爵領について、少し考えがありますのでどうでしょうか? 新しく領地より後妻に入ったケイトを連れていきますのでよろしくお願いいたしますっと。大体こんな感じかしらね。陛下には小さい時からお世話になっているから、改まった手紙は恥ずかしいわね」

 手紙を書いていると、ノックの音がした。テレサかしら?

「入って」

「失礼します。とりあえずですが、調べものの方は資料をお持ちしました。あとは建築の手配もしておきましたので、近日中に作業に入れると思われます」

「よろしい! これで私の目的が一歩進んだわけね。正直、領地に行く前はちょっとだけ罪悪感もあったけど、あのデ……恰幅のいい男に会ったら吹き飛んだわ」

「しかし、あのようなものの相手をするメイドや執事がおりますでしょうか?」

「そこは大丈夫。仕事もきちんとしてくれてあんな奴らの言いなりにならない子たちを知っているの。それより王都に行くのは早い方がいいからそれ以外の準備を急いで」

「はっ!」

 さて、久しぶりになるわけだけど楽しみだわ。私はおそらく明日になるであろう訪問日を待ちわびて眠ったのだった。


「お嬢様、朝ですよ。本日は孤児院に訪問する日です」

「う~ん、孤児……ん。孤児院! さあ準備するわよ」

 私はさっさと用意して朝食を食べて準備をする。そこでハタと思いつく。

「ケイトは?」

「まだ眠っておられますが……」

「エマって言ったっけ? 彼女は何してるのよ?」

「まあ、来たばかりですし主の行動予定も分からないのでは?」

「はぁ? そんなこと関係ないわ。きちんと朝は起こさせないと。エマ! エマは居る!」

「はい! こちらに」

「こちらにじゃないわ! あんたの主はどうしたのよ」

「えっと、ケイト様は朝が弱いので……」

「なら、ちょっと早めに起こしなさいよ! 甘やかしてもダメよ。子爵家と違って来客も多いんだから。お兄様の結婚式がまだの間はいくら引退してても駆り出されることがあるの」

「そ、そうなのですか……急ぎ起こしてまいります」

 ばたばたとエマがケイトを起こしに部屋に向かう。

「テレサ……」

「まずは主もですが、走らないように言わないといけませんね……」

 それから一時間かけてケイトは準備を終えた。

「あの、イリス様。本日はどのようなご予定で私を待たれたんですか?」

「いい質問ね。この領地には今、教会が通常運営している孤児院と私が個人的に運営している孤児院があるの。今日は私が個人的に運営している孤児院に行くんだけど、これからはあなたにも行ってもらおうと思って」

「私が行ってもいいんですか?」

「私がエルマン子爵領に行ったら、そう簡単にはこっちには来れないわ。その時に代わりに運営するのはあなたよ」

「ええっ!? 私そんなことしたことありませんし、無理です」

「やってもみないうちから諦めるなんてあなたは本当に愚かね! きちんとやり方も教えるからやってから言いなさい。私だって他人に任せるのは嫌なのよ」

「……はい。頑張ります」

「それじゃあ向かうわよ。着くまでにどうして孤児院が二つ出来たかを説明するから」

 私たちは馬車に乗り込む。今日は私とテレサとケイトとエマだ。そこに護衛も入れたら結構な人数ての訪問になる。

「それじゃあ、理由を説明するわね。あれはテレサを拾ってひと月ぐらいたった時だったわ」

「拾ったって……」

「言葉通りよ。領地の外れのスラム街で拾ったの。そこは別にいいんだけど、その時は教会の孤児院に定期的に行ってたから一緒に連れていったのよ。そしたらあいつら『これはイリス様。そのような目も見えているか怪しい輩よりうちから引き取りませんかな? それと、寄付の件も侯爵様によろしくお願いしますよ』って。流石にガキの私でも腹が立ってね。何よりテレサは私の持ち物よ。こっちにはこっちの考えがあって拾ったんだから許せなかったの!」

「以来、お嬢様は教会の孤児院への寄付を全面的に中止し、ご自分で孤児院を経営しているのです。ちなみに商人などにも通達が出ていて教会の孤児院に寄付すれば税が上がり、お嬢様の孤児院に寄付をすれば税が減免される仕組みです」

「で、でも、教会って大きい組織ですよね?」

「だから、きちんと経緯も陛下と司教にも伝えてあるわ。今のここの責任者の司教は知らないだろうけどね。何せ、上に言ったら聖職者ともあろうものが何をしてたかばらすって脅してるから。ちなみに私の孤児院なら施設や人件費に支出した合計の額と、元の寄付額の差異を出すことも可能よ。その為に孤児院の子たちには徹底的に算学と読み書きを教えて、王都の役人なんかにもしてるんだから!」

「で、でも、お金がかかったんじゃ……」

「最初はかかっていたんですが、王都の学園に特待生として平民を送る教師の評判が噂になり、入れ替わり立ち代わりで優秀な教師を安価に招くことができるようになったのです。彼らにとっては優秀な成績で生徒を送れることに成功すれば、後々大貴族から声がかかるとあって安く教えてくれるんです」

「孤児たちにとっても頑張ればまともな職というより、はるかに平民よりいい暮らしができるチャンスとあって結構頑張ってるわね。もちろん、興味がない子には別のカリキュラムを組んでるわ。私みたいに大して勉強ができない子もいるしね。それでも細工や料理はできるようになるわ。そういう子は街の後継者がいない職人を募って何人かずつ預けているの」

「すごいんですね。うちの領ではそんなこと考えられないです」

「何言ってるの! あなたはこの領がうちよ。それにこれからはできるようになるの。やらないだけでどの領地でもできることよ。私なんてあの時の司教の顔をつぶしたいだけなんだからね!」

「まあ、お嬢様は行動力? 発想? がずば抜けて高いから、参考にならないかもしれませんが、手本があるならケイト様にもできると思いますよ」

「はえ~、ケイト様ってすごいところに嫁がれてたんですね。私たち、ぞんざいに扱われていないか心配していたんですが、いいお姉さんですね!」

「エマ、言っておくけど戸籍上は私が娘よ!」

「ええっ!? それはあまりにも……」

「なに? なんか文句あるの!」

「ひぇぇ」

「エマったら失礼です。イリス様はみんなが思ってるよりずっと私を大事にしてくれてます」

「別にそんなことはないわよ……」

「兄さまとも仲がいいですし」

「そういえば、アレン様のあのようなお顔は久しぶりでしたね」

「アレンはいいの。彼は別に私とは何にもないわけだし。ケイトはせっかくの縁談をふいにした敵よ敵!」

 じーっとみんなが私の顔を見つめてくる。ニコニコしててうっとおしいので私は窓の外を見つつ孤児院へ向かった。


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