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「大変申し訳ありませんでした、イリス様。父はあのような人物で……」

 アレンと呼ばれた青年が謝ってくる。

「私もろくな親じゃないし、こんな環境の奴はまずいないだろうと思ってたけど、あんたの方がひどいかもね。まあ、これからよろしく。まだ、この先どうなるかはわからないけどね」

「あっ、それなのですが、一体どのような考えでここに? 妹からも聞き及んでいるとは思いますが、特にうちの領地には何もないのに……」

「何もないですって! よくも言えたものね。アレンだったかしら? 八年前の事件までのこの領地の生産高を見て言っているの? うちがもらってもいいなら全部もらっていくわよ?」

「い、いえ、それはそうなのですが、現在は生産も落ちて領主もああなので……」

「そこを改善すればいいってだけじゃない! 分かり切ったことなんだから動けばすぐよ」

「ケイト、イリス様はすごい方なんだな……」

「そうよ、兄さま。きっとイリス様ならこの領地を救えるわ!」

「勘違いしないでよケイト! 私は自分の目的のためにやってるの」

「はいっ!」

「とりあえずアレンだっけ? あなたは隠し事ができるようなタイプでもないし、計画についてはその都度分かるようにするわ。ひとまずは街でも行きましょう」

「な、なぜ私と?」

「は? さっきの話聞いてたでしょ! 婚姻するのよ婚姻。夫婦になるのに全く趣味も嗜好も知らないなんてありえないでしょ!」

「ですが、私と街に行っては……」

「あなたね、本当に年上なの? いずれは領主になるんでしょうが。そんな弱気じゃ、みんなついて来ないわよ。何か言われても無視して店に入るぐらいしなさい。そんなんだから相手が見つからないのよ!」

 本当に辛気臭いやつね。親のしたことがどれだけ外道なことでも取り消せないし、これから自分が何とかするしかないんだから、気にするなとは言わないけど堂々としなさいよ。私? 連続いろいろ考えたんですがごめんなさい記録保持者よ多分。子爵と違って侯爵の縁談話を即切りする貴族なんてまずいないからね!

「それじゃあ、行きましょう」

「イリス様は兄さまと一緒に街へ行ってください。私は使用人たちと少し話してます」

「ああ、久しぶりだもんね。いいわ、テレサがいれば」

「いえ、私も用事がありまして……」

「あんたが何の用事なの?」

「こちらにお嬢様が住まれるのなら、今のうちに使用人たちに貴族の使用人としての心構えを説いてきます」

 テレサったら何を急に真面目ぶってんのよ。しかも気が早いわね。

「まあいいわ、護衛がいれば。それじゃあ行きましょう」

 十分かけて町の中心地に戻る。そこで馬車を置いて歩いて店を回っていく。街を一緒に歩いてどんな扱いをされるかで、これからの対応も考えなければ。

「見慣れない馬車だね」

「きれいな人が下りてきたし、どこかの貴族か?」

「横にいるの領主の息子だよ!」

「何だって! よそにいいとこ見せようってのか?」

 う~ん、物腰弱いアレンだからかアレンでさえと言うべきか、一切好意的な感じがない。私がギリギリなところかな?

「あなたたち兄妹も相当嫌われてるのね。とりあえずそこに入りましょう」

 貴族が普通は利用しないような小物店に入る。私は学園時代からこういうのが好きで結構なじみ深いところだ。

「いらっしゃ……何か用か?」

 これである。いや、一応貴族相手だしこの対応はまずいわね。きちんと施政を行うものとされるものは区別されないと。

「あなた! 彼はともかく私は他領の令嬢よ。そのような口の利き方をして無事に済むと思っているの!」

「えっ、あ、あの……その……」

「まさか、アレンが連れてきたからとりなしてくれるとでも思っているの? こいつと私は関係ないわよ」

「も、申し訳ございません!」

「謝って済む問題かしらね。一族郎党に至るまで処刑する貴族だっていてもおかしくないわよ?」

「なにとぞ、なにとぞ……」

「まあ、今日の私はただの買い物客だけど。領主はともかく、いつまでも民衆に悪いと思っている子供に喚き散らすなんてみっともないわね。少なくともあなたたちはあの時、生きることのできた土地にいたのよ。言い返さないと分かっている相手にだけ怒るのもどうかと思うわ」

「……」

 これがどう出るかはわからないけど、あまりの言いように腹が立ったのだ。ケイトもアレンもそれぞれ自分の生活を犠牲にして生きている。それ以上に何を望むというのか? この土地の人間も無駄に甘えている部分は正さないといけないようね。まあ、そんなことより今は買い物ね。

「それじゃあ、見ましょうか。アレンはこういうところに入るの?」

「あ、王都でたまに……。こういうのは好きなんだ」

 アレンが手に取ったのはかわいいクマの置物だ。ただ置けるだけでなく手で紙をはさんだり、飛ばないように置いたりできる実用的なものだ。

「なるほどね。でも、クマなんてこの土地からしたら害獣じゃないの?」

「植物を食べる動物も多くいるからね。人里に降りてこないのならいい動物だよ」

 ふむふむ、きちんと領地のことは勉強してるんだな。

「あとはこういうのかな?」

 アレンが次に手に取ったのは、鷹だった。こっちは完全に置物で部屋に飾るものだ。

「力強く羽ばたく瞬間がいつでも見れるから好きなんだよ」

「ふ~ん、自分で飼ってみようとか思わないの?」

「無理だよ。動物にもなめられるから馬にも乗れないんだよ」

「そう思ってるから乗れないの。馬は賢いし、そういう気持ちを読み取るのよ。絶対に乗るって強い気持ちがあれば乗れるわ」

「そうかな?」

「そうよ」

「そういえば、イリス様は何か気になるものはありました?」

「う~ん、このしおりかしら」

 私が手に取ったのはこの土地で秋に取れる作物を型取ったしおりだ。三種類の作物が彫られていてどれも、他の領地では生産数が少ないものばかりだ。

「どうしてこれが? どこにでもあるものが題材だけど……」

「あなたたちにとってはそうでしょうね。でも、ここに描かれているものは他領では珍しいし、ここほど大量には作られないものよ。これをお土産にでもすれば、すぐにどこに行っていたか分かってもらえる代物よ」

「そ、そうだったんですね。領地のことは勉強しましたが、他領との差はそこまで勉強してませんでした。友人などもほとんどいなくて。話すのも苦手ですし……」

「あの親と環境でそこまで学んでいるだけでも十分よ。それと今更だけど割と今、あなたはフランクに私と話をしているわよ」

「えっ、そうだったのですか。申し訳ありません」

 慌てて、アレンが頭を下げる。

「いいわよ別に。私も知り合いは少ないし、あなたみたいに話しかけてくる男性はお兄様ぐらいだから構わないわ。それに気を遣ってもいずれは顔を合わせることになるんだから別にいいわよ」

「ほ、本当ですか? 学園時代に仲良くしてくれた子以来です。前みたいにこうやって話ができて、僕もうれしいです」

 ま、まあ、喜んでいるならいいわ。しかし、流石ケイトの兄ね。こう……すっと寄ってくるようになるところまでそっくりだわ。でも、ケイトとは違って、特にわだかまりがあるわけでもないし、領地のことが片付けられたらそれなりに仲良くは出来そうね。本当にあのおっさんみたいな性格でなくてよかったわ。
 その後も行く店毎にアレンへ不当な扱いをすれば叩きのめしてやった。学園時代は一方的に言えない相手もいて面倒だったけど、今回は楽でいいわ。

「あ~、気持ちよかった~!」

 そうして、買い物以外にもストレス発散でき、満足して私は邸に戻ってきた。

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