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 宿を出発して早三時間。

「ねぇ、あれから町どころか村も見当たらないんだけど?」

「この辺りは一大穀倉地なので、町や村はちょっと離れてるんです。この道は作物を植えたり、収穫時に運ぶための道路なんです」

 そんなことを話していると大きな道が横に走っている。

「ここを曲がって領都に向かうの?」

「いいえ、この大きな道を使って集積地の町へ運ぶんです。そして、その町で商人たちが買付を行います。領都は品物は多いですけど、この先の町の方が作物を保管する大きな倉庫もあって大きいですよ」

「何故そこを領都にしなかったのでしょうか?」

「……元々、領都が今の場所にあったからだと思います。この先の町には代官がいて、価格の管理も大体はその人がやってくれてますから、どちらも領地にとっては重要な場所ですね」

 良いことを聞いたわ。そいつの素性や素行も調べておかないとね。邪魔をされてはたまったものじゃない。

「テレサ、代官もリストに追加しといて」

「はい」

 全く、いつになったら薔薇色生活が訪れることやら。それから二時間もかけてようやく領都についた。

「これもう昼って言っても終わってるわよね! どんだけ遠いのよ! しかも、この先って山があるだけで未開拓だし、やっぱり領都の場所自体がおかしいわ」

「流石に私もこれは擁護が難しいですね。通り道はほぼ村だけでいきなり町になるなんて」

「……やっぱりですか。私も侯爵領に入ってから街道沿いに一定の距離で町があるって聞いて、うちがおかしいのかなとは思ったんですが……」

「とにかくまずはご飯ね。食べないとやってられないわ!」

「ではお邸までの道を案内します」

「いいわ、そんなのあとで。今優先すべきは街の状態の確認なんだから、その辺の店に入りましょう」

 そう言って、テレサも連れて店に入っていく。店はちょっとした貴族でも入れるような作りでセンスも中々だ。

「いらっしゃいませ」

 へぇ、執事っぽい恰好で迎えたと思ったら仕草もそれっぽい。貴族からは別邸みたいな感じ、平民からは貴族気分を味わえるってことかしら。料理を注文して運ばれてきたので、一口食べてみる。

「うん? これは……」

「隣の地区で取れた野菜に我が領で栽培された桃を使用したサラダです」

 いやそれは分かってる。分かってるんだけど……。

「ケイト、あの倉庫のある町ってなんていう名前?」

「クレーヒルです」

「じゃあ、これはクレーヒルから届いたものを使用しているのですね」

 店員に聞こえないように都市の名前を聞いてから質問する。

「左様でございます」

 ……呆れた。隣の地区で取れた野菜すら集積地のクレーヒルを経由して領都に来ているだなんて。普通は領都の消費分くらい融通させるでしょうに。この鮮度の落ちた野菜をこの町では我が領で取れたものですと貴族に出すのだろうか? この店の姿勢も良くないけれど、食材の流通を動かすことはできないだろうから、ある意味まだここは誠実よね。

「イリス様何か?」

「いいえ、流石は食料生産に力を入れている領地だと思っただけよ」

 まあ、食事自体はなかなか良かったし、この店に言っても仕方ないわね。

「それじゃあ、食事も済んだし邸に向かって」

「はい」

 そうして馬車を走らせること十五分で邸についた。普通この規模の領地なら二十分はかかるはずだけど……。ん? 何で詳しいかって? お見合いするには相手の領地に行くことも必要なのよ!

「ここが邸です」

「ここ? 豪華すぎない?」

 それは伯爵家でも稀なほど豪華な作りだった。ちなみにうちの領地では到底無理なレベルだ。

「あの時の収入で作ったので……」

「そりゃ、恨みも買うわ」

 人が飢えに苦しんでる中、目の前にこんなもん建てられりゃあね。大工とかからも噂は広まっただろうし。

「誰だ、ここは領主様の屋敷だぞ!」

 馬車の紋章も見ずに上から目線減点一。

「あの、私です」

「ケ、ケイトさまでしたか。何用で?」

 主の家族。しかも、格上の家に嫁いだのに用事をわざわざ聞く。減点一。

「先触れを出していたのですが、お父様や兄さまにお話があって……」

「分かりました。確認してまいります」

 顔すら知っている相手にただのマニュアル対応。減点一。

「確認いたしました。先ほど文の方が来たばかりとのことです。どうぞお入りください」

 取次ぎをしただけか! そこは領主がすぐ対応できるように話をしてるんだろうな……。

「こちらでございます」

 通された客間には案の定、誰もいなかった。いやいや、何のために知らせに行ったんだ。それより私が誰かも気づいてない。ケイトと一つ席、空けられてるんだけど。確かにケイトが侯爵夫人で私はただの侯爵令嬢だけど、元の家格を考えたらおかしいでしょ。

「おう、ケイト。よく帰ってきたな! よもや侯爵様に捨てられでもしてはいないだろうな?」

 横柄な態度にでっぷりとした体つき、終わってるわ。結婚三条件を満たしてても考えるわね。

「きょ、今日はそれとは別で……」

「ほう? よく見れば奥にいる女はなかなかの見栄えだな。さてはわしに紹介しにでも来たのか?」

「なっ、イリス様はそのような目的で連れてきてはいません!」

 急にケイトが大声を出すからちょっとびっくりした。こんなに声を張り上げたりもするのね。

「い、イリス? まさか、侯爵様の娘か。だが、生まれの素性も知れぬというではないか。別に構わんだろう?」

 こ、こいつ……許さん!

「あら、子爵様ともあろうものが侯爵家に盾突くおつもりですか? 私自身はただの令嬢とはいえ隣にいるのは侯爵夫人ですよ?」

「ふん! ケイトは我が子爵家の娘だ」

「私たちは結婚すればその家に入るのです。もはやケイトは子爵の道具ではなくて、侯爵家を預かる身です。そのような無礼を働けばただではすみませんよ!」

「ぐっ、それでケイト、何しに来たのだ!」

「は、はい。兄さまに会いに来たのですが、お父様にも聞いていただきたいことがあって……」

「なに、侯爵様からの追加援助か? 待っていろ」

 何もまだ言っていないのに勝手に決めつけて、子爵は息子を呼びに行った。

「ちょっと、待ってください父上。話が分かりません」

「いいから来い!」

 無理やりに連れてこられたのがケイトの『兄さま』なのだろう。

「それで、アレンを連れてきたがどういった話だ。ケイト?」

「それが、お話はイリス様からなのですが……」

 ちらりとケイトが私の方を見る。これまでのやり取りから心配なのだろう。

「で、では、イリス嬢だったかな。説明を」

「ええ、まずは我が侯爵家の話になってしまうのですが、引退が決まっているとはいえ、侯爵が子爵家の娘を後妻に迎え、さらには見返りとして子爵に援助をしたと噂になっております」

「噂などではなく事実だぞ。そんなこともやつらは知らんのか?」

 普通そういうのは隠すんだよ! 金で婚姻を取り付けられるなんてこっちにはメリットがないの。花街の身請けじゃないんだよ!

「それなのですが、他の貴族から金で身請けのように引き取って、侯爵家には何も残らないとなれば、侮られかねないという話が親族より上がっているのです」

「そ、それは侯爵様も納得されているはずだ!」

「ですが、このまま醜聞のように付きまとうのは侯爵家としては容認できません。そこで、お互いの子息子女を婚姻させることで、貴族たちに交換条件として成立させたという事ではどうかと話が上がっているのです……」

 私という一人の親族からの話だけどね。本当はまだ嫌だけど、提案ゼロっていうのは私の沽券に関わるし。

「ふむ、なるほどな。しかし、それでは我が方は追加で条件を飲むという形になるが……」

「そこはこちらも考えてあります。聞けばこの邸はもう七年も前の建物というではありませんか。侯爵家が新たな邸を建設しますので、そちらに移られるのはいかがです?」

「ほう、確かにこの邸も安くはなかったからな。建ててもらえるならありがたい」

「それと道中お聞きしましたが、クレーヒルの町に代官を立てられているとか。子爵もこれを機に領都の運営も代官に任せてみてはどうでしょう? 我が侯爵家が責任をもって紹介しますよ。そうすれば新しい邸で悠々自適に暮らせますわ」

「ほほう、侯爵家お墨付きの代官か。いいだろう! してそれはすぐに行えるものなのか?」

「建設については早速、取り掛かりたいのですが、貴族の邸の建て替えとなれば、陛下に知らせるべきだと思われます。幸いにも私は何度か会わせていただいておりますので、こちらから取り次げばスムーズにいくかと」

「そうかそうか! 馬鹿どもが騒ぎ立てた時は面倒になったと思ったが、侯爵様のおかげでわしも運が向いてきたわい。ああ、アレンとは適当に話しておいてくれ。そちらはわしには関係ないのでな」

「そうですわね。では、書類を持ってきているのでサインをお願いします」

「ああ、別室で書いて渡す。執事に持ってこさせるから後は自由にしろ」

 そういうとガハハと笑いながら子爵は去っていった。あとに残されたアレン? はとても気まずそうだ。
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