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「お、お嬢様! 大変です!」

「うるさいテレサ! 朝っぱらからどうしたのよ?」

「こ、こ、婚約が決まりました!」

「え、えっ、嘘?」

「フィスト侯爵とカノンドーラ子爵のです!」

「……はぁ!? 誰よそいつ! そんな貴族いなかったでしょ?」

「そ、それが、あの『魔力病』を治す薬を開発したという事で、陛下より子爵位を賜ったとのことです」

「嘘でしょ!? あれって、魔導王国でも対応不可能だったやつでしょ。もしかして、婚約には王家が絡んでるの? すっごい年増とか?」

「と、歳はそ、その……」

「いいから言いなさい!」

「十八歳です」

「は?」

「十八歳です」

「なにいぃぃぃぃーー! そんな若いやつがあれを治す薬を作ったっての? じゃあ、より取り見取りでしょ! 何でそこでフィスト様なの。近い歳に公爵家とかいたでしょ?」

「そ、それが、貴族だけで広まっている噂なのですが、隣国の元令嬢らしく侯爵様が保護したとのことで……」

「かぁ~、なになになんなのそのロマンス! そんなの、小説とか平民がやってりゃいいのよ! 私たち貴族よ貴族。ばっかじゃないの!」

「ですがこれで、この度の縁談も……」

「……ねぇ~テレサ。あなた、貴族の知り合いはいないの?」

「お嬢様、逆に孤児の私に貴族の知り合いがいたらどう思います?」

「ええ~。そりゃあ、王族とか公爵家のご落胤よ。そういうのとか憧れない?」

「私も、もう二十四歳ですよ。そこまで探し続ける親なら捨て子になど成りませんよ」

「わっかんないわよ~。拾ったのって国境近くのスラムよ? 可能性は無きにしも非ずじゃない?」

「それより、他の縁談を捜されてはどうですか?」

「ないわ」

「そんなこと言わず……」

「ないの! いい! これまでどれだけ私が真剣に貴族名鑑を読んできたか。絶対にこの国で一番、貴族名鑑を読んだ貴族よ! その私が、もはや伯爵家以上の物件はないと言っているの。まさかテレサは私に十二歳以下を狙えというの?」

「そ、それはさすがに……」

「でしょう? そんなことしたら、それこそさすがは侯爵様の子供だって言われ続けるわ。そんな屈辱には耐えられないの!」

「し、子爵家などは……」

「今から捜せっての? どうせ、そんな奴いないわよ。もう一回言うわよ! 一、金持ち・二、気弱・三、伯爵家以上。これのうち二つよ。これ以上落とせって言うの?」

「ですが、お嬢様。伯爵家以上というのはあいまいでは? 伯爵家という事なら次男でも三男でも良いとなってしまいます」

「うぐっ、確かに。じゃあ、ちょっとだけ負けてあげる。一、金持ち・二、気弱・三、伯爵家の次男までかもしくは子爵家跡取り。これでどう!」

「どうと言われましても……今から捜すのですか?」

「当たり前よ! テレサはバカなの? 条件を落としたのが今なんだから捜し直しよ!」

「あ、あの……」

「何よケイト! 今は忙しいのよ」

「こ、心当たりがあります」

「は?」

「その条件に心当たりのある人がいます」

「なんですって! ていうか、話を盗み聞きしてたの?」

「ご、ごめんなさい」

「お嬢様、広間で大声を出していれば別館ならどこでも聞こえます」

「そ、そう。で、誰なの?」

「に、兄さまです……」

「兄様だぁ!? あんた私に『飢え殺し』の一族になれっての! 自分は逃げてきた分際で!」

「ち、ちがいます。兄は、兄さまは……」

「何が違うのよ! この代々続いてきた侯爵家と、年々作地面積の減っている子爵家の差が、どれだけあるかあんた分かってんの!!」

「だ、だから、違うんです。兄さまは……うえぇぇぇぇん」

「なっ! いい年した令嬢が泣くんじゃないわよ!」

「お嬢様、まだ十六歳ですよ。十六歳」

「くそっ! ほら、汚いから拭きなさい」

 ケイトは泣いてばかりで埒が明かないから拭いてやった。手がちょっと汚れるけど仕方ない。全く、めんどくさい女だわ。

「ご、ごめんなさい。イリス様」

「謝んなくていいからちゃんと説明しなさい」

「は、はい。ひっく、に、兄さまは何時も領地のことを考えてるんです。ひっく、でも、両親がずっと管理をしているので、ひっく、何にもできないんです…」

「…なるほどね。親だから強硬手段に出れないってわけね。確かに、土地だけを見れば中々の土地よね。子爵家の中だとかなり上位だわ。でも、領民との関係も最悪だし、兄様に代わってもどうしようもないんじゃない?」

「だ、だけど、ひっく、イ、イリス様ならきっと何とか出来ると思います」

「私が? 私は面倒は嫌いなんだけど……」

「お、おねがいじまずぅ~」

「うわっ、汚い。近寄るな、すがるな。わ、分かった。会ってみる、会ってみるから」

「ほんどでずがぁ~」

「だから、顔を拭けっての。ケイトも貴族でしょ、一応」

「お嬢様良いのですか?」

「会うだけよ。条件が良くてもあの土地なら他にも協力者が必要になるからね」

 私はない頭を回転させて少しでもいい手を考えるのだった。


 
「おおっ、聞いたぞイリス! ケイトの兄に会うのだそうじゃないか?」

「侯爵様、ケイトがあまりにうるさいから仕方なくです。会うだけですので……」

「そう言ってもこれまで、男性となど会うこと自体滅多になかっただろう?」

 誰のせいだと……。

「大体、相手は『飢え殺し』ですよ。ろくな話じゃありません!」

「だが、分別のない人物ではないと聞いているぞ?」

「それが当主なら理解もできますが、ただの跡継ぎとあっては事情も変わります。親が今すぐ死んでくれるならいいかもしれませんが……」

「そうやって過激なことばかり言っておるようでは、まだまだ婚姻は先になるぞ」

「うるさい! 人の気も知らないで!」

 怒りのままに侯爵様の部屋のドアを閉める。別館の途中にも仕切りのドアを設けてもらうようお兄様に頼もうかな?

「お嬢様、大丈夫ですか?」

「ええ、こんな家とは一刻も早くおさらばしたくなったわ。さっさと会って、使えそうなら先を考えないと……」

 私はノートを開き、今後あの領で必要なことを書き出していく。

「お金も必要だし、できれば陛下に面会いただいて力をお借りすることも重要ね」

 働かないことを重要視していたのに、これだと縁談の前から重労働じゃないの……。

「イリス様。あの、兄さまとお会いなさるのはいつがいいでしょうか?」

「ケイト、なるべく早く。むしろ、あっちに行くからそのつもりで返事をして」

「で、では三日後でも?」

「そうしましょう。……いえ、一日早めるわ」

「ですが、それだと手紙と同時に着く可能性が……」

「何言ってるの? それがいいんじゃない! どうせ向こうはまともじゃないのよ。礼節なんて気にしなくていいわ」

「お嬢様、喧嘩に行くわけではないのですから……」

「ケイトがどう思おうと、私も国民も相手は敵でしかないわ! どう転ぶにせよ現当主はさっさと排除しないと」

「は、排除……」

「もちろん、殺す気はないわ。そんなことする必要もないし」

 こうして、ケイトに手紙を書かせ、私は訪問のためのドレスを選ぶ。選ぶと言ってもどんなものでも別に構わないんだけど。

「そうだわ、折角だから深紅のドレスにしましょう。あの土地にはふさわしい色だわ」

 ドレスも決まったことだし、あとは寝て過ごせば良いだけ。話がまとまったらろくに寝る時間もなくなるかもしれないんだからさっさと寝とかないと。


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