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「では姿絵の方はこちらになります。くれぐれもよろしくお願いいたします」

「ええ、こちらこそ息子がなんというか判りませんが、お預かりいたします」

「それでは侯爵様。私たちはこれで失礼しますが、引退なされたら旅をなされるとよろしいですよ。奥様と一緒にね」

「それはいいですな! ケイト、一緒に行くか」

「はい、侯爵様!」

 この夫婦二組楽しそうだな~。あれから元侯爵夫妻は二日間泊まられた。その間に夫婦同士という事で夫人とケイトが仲良く話をして、侯爵同士(片方は元だけど)も割と話をしていた。あ~あ、何を見せられてるの私。しかも、最初こそ客間にいたけど、今はお兄様が本館使ってますって言ったら、自分たちも別館に移ってくるなんて。今、お兄様は王都にいて領地には居ないんだからおとなしく本館にいればいいのに。

「私の前で見せつけんなっての……」

「イリス?」

「あっ、失礼。グランツ様、カーラ様どうかよろしくお願いいたします。それでは、旅のご無事をお祈りしております」

 ほんとに頼むよ。途中で崖にでも落ちて、私の姿絵が残ってるなんていやだからね。ちゃんと届けて、できれば婚約を取って来てよ。

「では!」

 こうして元侯爵夫妻たちは帰っていった。ああ~つかれた~。

「あ、あの、イリス様」

「何ケイト?」

「訪問の時は色々と助けてもらいありがとうございます」

「うちにいる間に潰れてもらっても困るしね」

 うちは古くからある侯爵家。ただし、鎮護の家だ。防衛力として軍の所持も認められているし、補助金も出る。その代わり、大きな商会や土地が得られることはない。国防の領地が経済を握っちゃうからね。要するに思っているほど裕福ではない。下手こいたら一代ごとに領地が削られていくかもしれないのだ。
 そう考えると後妻として今の暮らし程度で引退間近の侯爵に嫁いでくれるケイトは実はありがたいのだ。私はドレスも自由に着れない令嬢に興味ないけどね。

「あのイリス様……これからも色々と教えてくださいますか?」

「はぁ? あんた私にずっと家にいろって言うの? いやよ!」

 これ以上相手にできないと部屋に戻る。全く、ケイトはすぐに調子に乗る。学園も嫁入りするからってすぐに辞めてここに来たなんて、親も何考えてるのよ。子供ができたわけでもないし、子爵家なら財政が厳しくないでしょうし、そのまま卒業させりゃあいいのに。学園中退は妊娠かあまりにも素行が悪いの二択。それ以外は金すら払えない没落貴族と言われるのよ?

「ほんとに最近ろくなことがないわ」

「どうされましたお嬢様?」

「どうもこうもないわ。ケイトが学園にも行っていないなんてどういうことよ! さすがは侯爵様を選んだ家ね。万が一にも社交界に出たら笑いものよ」

「確かに心配ですわね。私達メイドですら、出ているものが殆どですので……」

「心配なわけないでしょ! 常識よ常識! 微妙な言葉遣いだし、テーブルマナーも出来てないのよ? そんな貴族見たことないわ」

 声を張り上げたところでふと、ケイトの苗字が頭をよぎった。私、どこかでケイトの家の情報を見たことがあるような…。

「エルマン……エルマン……何だったかしら?」

「どうしましたお嬢様?」

「いやね、ケイトの実家のエルマン子爵って私どこかで聞いたことがあると思うんだけど……」

「おそらく『飢え殺し』で聞かれたのかと」

「あっ、あの家か! 最低最悪な家だわ。なら、一連の流れも納得できるわね。よくあんだけケイトは真面目に育ったわね!」

 もはやどこに怒っていいかもわからない。そんな日々を過ごしながら私は結果を待ったのだった。



 その頃、馬車で帰っていたローラント元侯爵夫妻は……。

「あなた、どうでした?」

「う~ん、難しいところだ。学園での成績を見ても会話をしていてもそんなに駄目だとは思わないな。少なくとも噂通りではない」

「そうですわね。ただ、周りの環境が悪すぎておかしなことにならなければ良いのですが……」

「そうだな。後妻ともうまくいく様子がなかった。見ていてすでに引いているのが見える」

「ですが、見込みはあると思いますわ。この間、アルフレッドから届いた手紙にあったカノンという子は、素晴らしい薬師としての才能を持ってはいるものの、社交に至ってはあのケイトさん以下ですって。侯爵家という事を考えるとふさわしいとは思えませんね。イリスなら、調きょ……キチンと話し合いをすれば分かってもらえると思うのです」

「そうだな。一度、戻って考えてみよう」


「旦那様、奥様よくお戻りになられました」

「ああ、レンブラント帰った」

「留守中ご苦労様」

「いえ、もったいないお言葉です」

「変わりはありませんか?」

「はい、ただ……父より手紙が届きました」

「アルフレッドからか? すでに今月の報告は受けたと思ったが……」

「私もそう思いましたが、以前のものとは厚みも違いますので、別件かと」

「分かった」

「では一緒に読みましょうか」

「そうだな」

 カーラと二人で執務室に入り、封を開ける。そこには先日侯爵家に招いたカノンという令嬢の詳細な情報が入っていた。

「なるほど。まぐれの開発ではなく、数多くの薬を現在も開発中と」

「それにあの子が興味を示しているようですね」

「これまでテコでも動かんかったというのに勝手なやつだ」

「ですが、書いてある通りなら人柄にも問題はありませんし、このアーニャというのですか? 手紙をくれたものが裏は見てくれるというなら問題はないでしょう?」

「そうだな。最悪、カノン嬢には薬の研究と簡単なパーティーに出てもらい、ろくでもないパーティーなどはフィストと彼女を出してしまおう。アーニャの家柄もある意味十分だ。隣国王家の影の元締めのような家だからな」

「アルフレッドの手紙にも新しい警備方法や、見知らぬやり方を覚えられてまたやる気が出たとありますよ」

「全く、あいつもこっちに来て楽隠居すればよいものを。だが、気にしていた後継者もできることだし、残念だがイリス嬢には自分で相手を探してもらおう」

「あの子が曲がっていなければもっと早くに会わせたのですけれど」

「では、近いうちにからかい半分で息子の嫁を見に行くとしようか」

 こうして、始まったばかりの私の一大イベントである婚活は私の知らないところで、即日終了したのだった。

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