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特別じゃなくなった秘密
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保健室で俺の血を飲んで以来、先輩の顔色はものすごく良くなった。
どれくらい飲んだのか気になって聞いてみたら、蕩けるような笑顔を浮かべた先輩は俺の首を撫でながら教えてくれる。
「今まで飲んでた人の半分も飲んでないよ。深月の血はすごいね。甘くて濃厚で、これ以上ないほど美味しかった。こんなにも全身が満たされたのは初めてだよ」
「そ、そっか」
こんなにご機嫌な先輩は初めて見るかもしれない。
俺は相変わらず膝の上に乗せられて抱き締められたりキスしたりで昼休みを過ごしてるんだけど、俺はあれ以来自分がますます変態になった気がしてちょっと落ち込んでる。
痛かったのに気持ち良かったって何。
あんな噛まれ方はされた事ないけど、絶対俺の痛覚感じ方間違えてる。
そういえば、あの時牙があるのはチラッと見えたけど、ちゃんとは見れてないんだよな。
「先輩」
「何、深月」
「牙見たい」
「え?」
「見た事ないから見てみたい」
唐突な俺のお願いに「うーん」と唸った先輩は、じっと口元を見る俺に気付いて仕方がないなって笑うと、手で隠してから目を閉じた。数秒後に手をどけた先輩の口には二本の鋭い牙が上から生えてて俺は目を輝かせる。
すごい尖ってる。うわ~…吸血鬼の牙ってこんなんなんだ。
「触ってもいい?」
「気を付けてね」
「うん」
先に触らなければ大丈夫だよな。
俺は指でつんつんして感触を確かめる。しっかり歯だ、これ。
不思議な気持ちになってつついてると、ピクっと反応した先輩に手を取られた。
「深月」
「へ? んっ」
名前を呼ばれて目をパチって瞬いたら次にはもうキスされてた。牙はもう引っ込んでたけど、何でいきなりって思ってたら空き教室の扉が引かれる。あ、誰か来たからか。
「……っ」
「……羽々音、何か用?」
弓塚?
俺は扉に背を向けてたから分かんなかったけど、どうやら入って来たのは弓塚らしい。
ってか、先輩が俺の顔を両手で挟んでるから後ろ向けないし、何かすごいチュッチュされるし、何これ。
「ん、せんぱ、ちょ…」
「深月、可愛い」
「ぅ、や、も…っ」
めっちゃ視線感じる! 背中にビシビシ刺さってる!
クラスメイトに先輩とのイチャイチャ見られるの恥ずかしいし、絶対弓塚睨んでるだろってくらい痛いの感じるし。
先輩の腕をパシパシ叩いて、口が離れた瞬間両手で先輩の顔を押さえた。
「もういい、いいから!」
「残念。もっとしたかったのに」
「弓塚見てるから!」
「もういないよ」
「え?」
さっきまであんなに視線刺さってたのに?
勢い良く振り向くと、ホントにもう弓塚はいなくていつの間にって目を瞬いた。ってか、何しに来たんだ?
「深月」
「うん?」
「触っていい?」
「どこに?」
「いろいろ」
いろいろ? ってどこ?
首を傾げてると、先輩がズボンからシャツを引っ張り出して直に背中を撫でてきた。
あ、そういう触る……ってか、先輩のネクタイの外し方、何でこんなにえっちぃんだろうか。俺は毎回ドキドキしてしまいます。
首に触れる温かい唇にピクっと震えた俺は、先輩のジャケットの裾を握ってギュッと目を瞑った。
眠たい授業をどうにか寝落ちる事なく終えて帰り支度をしていた時、後ろからいきなり腕を捕まれて肩が跳ねた。
慌てて振り向くと、ものすごく冷たい目をした弓塚が立ってて更に驚く。
「へ……」
「ちょっといい?」
「……怖いから普通に声かけてくんない?」
「何で僕がアンタに気を遣わなきゃいけないの? いいから、こっち来て」
人の腕を唐突に掴むのは、気を遣う以前の話だと思うんだけど?
でも弓塚は俺が嫌いだって言ってるし、そういう扱いなのも仕方ないのかもしんないけどさ……ホントに怖いんだよ。
グイグイと引っ張られて溜め息をついた俺は、仕方なく弓塚について行った。
「……え、どこまで行くんだよ」
「黙ってて」
「…………」
この我儘ボーイめ!
少しだけムッとしながらもどんどん歩いて行く弓塚は、ほとんど人が通らないような旧図書館がある校舎まで来てやっと手を離した。
振り向いた顔がどこか楽しそうで俺は眉を顰める。
「僕ね、自分が施設から引き取られた子だっていうのは知ってるんだけど、お父さんとお母さんの事は本当の親だと思ってるのね。だから人とちょっと違うなってところがあっても、それが親の個性なんだと思って気にもしてなかった」
「……?」
「一番不思議だったのは、家の中に僕が入っちゃいけない部屋があるって事だったけど、それも今考えればそうだったんだって思うんだよね」
「……何の話?」
弓塚の両親の話をされても、顔も名前も知らない、会った事もないからさっぱり分からないんだけど。
でも弓塚は顎に人差し指を当ててにっこり笑うと、その手を伸ばして俺の首に触れて来た。
自分を大嫌いって言ってる人に急所になる場所を触られてちょっと怖くなる。
「何だっけ。……太陽の光、ニンニク、十字架、聖水、銀製の刃物。他にもあるかもしれないけど、有名なところってここらへんだよね」
「……え…」
「僕の親は太陽の光もニンニクも平気みたいだけど、理人くんはどうなのかな」
俺の顔色が変わったのを見た弓塚が勝ち誇った笑みを浮かべた。
耳の中でドクンドクンて心臓が脈打ってる。
まさか、知ってる?
「保健室って誰でも入れるよね。僕も理人くんの事が心配になって行ったんだけど……ダメじゃない、カーテンも閉めないで」
「………弓…塚……」
「理人くんが噂の〝怪物〟だったんだね」
「先輩は怪物じゃ……!」
「でも、吸血鬼なんでしょ?」
「……!」
ズバリ言い当てられて俺は息を飲んだ。こんなの、うんって言ってるようなもんなのに、咄嗟の言い訳も思い付かなかった。
何で俺、あの時扉の鍵掛けなかった? 何でカーテン閉めなかった?
何で、何で。
俺だけの特別な秘密だったのに。
「僕、理人くんになら血を吸われてもいいなぁ」
「……っ、先輩は、俺以外の血は飲まないって言ってた」
「今は、でしょ? どうしても我慢出来なくなったら飲んでくれるんじゃないかな」
我慢したから先輩は倒れたのに……でもその部分は聞いてなかったらしいから、敢えて言わないでおく。これ以上、先輩との話を弓塚に知られたくない。
「ねぇ、理人くんが吸血鬼だって事、みんなにバラされたくないよね?」
「あ、当たり前だろ!」
「僕のお願い聞いてくれたら、言わないであげてもいいよ」
「お願い?」
「理人くんと別れて」
「え……」
別れる? 先輩と?
それって、もうあの時間がなくなるって事だよな。先輩の笑顔も見れなくなる?
「い、いやだ……」
「ふーん、バラしてもいいんだ?」
「卑怯だぞ!」
「卑怯でも何でも、僕は理人くんが欲しいの。ずっと好きだった、あの人のお嫁さんになるためにここまで来たのに、今更諦められると思う?」
「俺だって好きなのに…っ」
「別れないならバラす。アンタのせいで、理人くんは学校から出て行く羽目になって、もしかしたらそういう研究所に送られるかもね」
別れないとみんなにバレされる。俺のせいで、俺がうんって言わないせいで先輩が悲しい思いをする。
「僕は優しいから、明日まで時間をあげる。何が最善かよーく考えてみてね。深月くん」
くるりと踵を返した弓塚は、鼻歌を歌いながら教室の方へ歩いて行った。
俺は頭の中がぐるぐるして動けなくて、ただ呆然と床を見つめてる。
先輩と別れるのは嫌だ。でも、先輩を悲しませるのはもっと嫌だ。
吸血鬼だってバレたらみんな怖がる。優しい先輩が傷付く。
「理人先輩……」
先輩は吸血鬼だけど、怖いところなんて一つもない、すごく暖かくて優しい人なんだ。そんな先輩が悲しんでる姿なんてみたくない。ずっとずっと、笑ってて欲しい。
俺は頭の中がぐちゃぐちゃになる感覚にぎゅっと拳を握り、目に浮かんだ涙を乱暴に拭った。
どれくらい飲んだのか気になって聞いてみたら、蕩けるような笑顔を浮かべた先輩は俺の首を撫でながら教えてくれる。
「今まで飲んでた人の半分も飲んでないよ。深月の血はすごいね。甘くて濃厚で、これ以上ないほど美味しかった。こんなにも全身が満たされたのは初めてだよ」
「そ、そっか」
こんなにご機嫌な先輩は初めて見るかもしれない。
俺は相変わらず膝の上に乗せられて抱き締められたりキスしたりで昼休みを過ごしてるんだけど、俺はあれ以来自分がますます変態になった気がしてちょっと落ち込んでる。
痛かったのに気持ち良かったって何。
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そういえば、あの時牙があるのはチラッと見えたけど、ちゃんとは見れてないんだよな。
「先輩」
「何、深月」
「牙見たい」
「え?」
「見た事ないから見てみたい」
唐突な俺のお願いに「うーん」と唸った先輩は、じっと口元を見る俺に気付いて仕方がないなって笑うと、手で隠してから目を閉じた。数秒後に手をどけた先輩の口には二本の鋭い牙が上から生えてて俺は目を輝かせる。
すごい尖ってる。うわ~…吸血鬼の牙ってこんなんなんだ。
「触ってもいい?」
「気を付けてね」
「うん」
先に触らなければ大丈夫だよな。
俺は指でつんつんして感触を確かめる。しっかり歯だ、これ。
不思議な気持ちになってつついてると、ピクっと反応した先輩に手を取られた。
「深月」
「へ? んっ」
名前を呼ばれて目をパチって瞬いたら次にはもうキスされてた。牙はもう引っ込んでたけど、何でいきなりって思ってたら空き教室の扉が引かれる。あ、誰か来たからか。
「……っ」
「……羽々音、何か用?」
弓塚?
俺は扉に背を向けてたから分かんなかったけど、どうやら入って来たのは弓塚らしい。
ってか、先輩が俺の顔を両手で挟んでるから後ろ向けないし、何かすごいチュッチュされるし、何これ。
「ん、せんぱ、ちょ…」
「深月、可愛い」
「ぅ、や、も…っ」
めっちゃ視線感じる! 背中にビシビシ刺さってる!
クラスメイトに先輩とのイチャイチャ見られるの恥ずかしいし、絶対弓塚睨んでるだろってくらい痛いの感じるし。
先輩の腕をパシパシ叩いて、口が離れた瞬間両手で先輩の顔を押さえた。
「もういい、いいから!」
「残念。もっとしたかったのに」
「弓塚見てるから!」
「もういないよ」
「え?」
さっきまであんなに視線刺さってたのに?
勢い良く振り向くと、ホントにもう弓塚はいなくていつの間にって目を瞬いた。ってか、何しに来たんだ?
「深月」
「うん?」
「触っていい?」
「どこに?」
「いろいろ」
いろいろ? ってどこ?
首を傾げてると、先輩がズボンからシャツを引っ張り出して直に背中を撫でてきた。
あ、そういう触る……ってか、先輩のネクタイの外し方、何でこんなにえっちぃんだろうか。俺は毎回ドキドキしてしまいます。
首に触れる温かい唇にピクっと震えた俺は、先輩のジャケットの裾を握ってギュッと目を瞑った。
眠たい授業をどうにか寝落ちる事なく終えて帰り支度をしていた時、後ろからいきなり腕を捕まれて肩が跳ねた。
慌てて振り向くと、ものすごく冷たい目をした弓塚が立ってて更に驚く。
「へ……」
「ちょっといい?」
「……怖いから普通に声かけてくんない?」
「何で僕がアンタに気を遣わなきゃいけないの? いいから、こっち来て」
人の腕を唐突に掴むのは、気を遣う以前の話だと思うんだけど?
でも弓塚は俺が嫌いだって言ってるし、そういう扱いなのも仕方ないのかもしんないけどさ……ホントに怖いんだよ。
グイグイと引っ張られて溜め息をついた俺は、仕方なく弓塚について行った。
「……え、どこまで行くんだよ」
「黙ってて」
「…………」
この我儘ボーイめ!
少しだけムッとしながらもどんどん歩いて行く弓塚は、ほとんど人が通らないような旧図書館がある校舎まで来てやっと手を離した。
振り向いた顔がどこか楽しそうで俺は眉を顰める。
「僕ね、自分が施設から引き取られた子だっていうのは知ってるんだけど、お父さんとお母さんの事は本当の親だと思ってるのね。だから人とちょっと違うなってところがあっても、それが親の個性なんだと思って気にもしてなかった」
「……?」
「一番不思議だったのは、家の中に僕が入っちゃいけない部屋があるって事だったけど、それも今考えればそうだったんだって思うんだよね」
「……何の話?」
弓塚の両親の話をされても、顔も名前も知らない、会った事もないからさっぱり分からないんだけど。
でも弓塚は顎に人差し指を当ててにっこり笑うと、その手を伸ばして俺の首に触れて来た。
自分を大嫌いって言ってる人に急所になる場所を触られてちょっと怖くなる。
「何だっけ。……太陽の光、ニンニク、十字架、聖水、銀製の刃物。他にもあるかもしれないけど、有名なところってここらへんだよね」
「……え…」
「僕の親は太陽の光もニンニクも平気みたいだけど、理人くんはどうなのかな」
俺の顔色が変わったのを見た弓塚が勝ち誇った笑みを浮かべた。
耳の中でドクンドクンて心臓が脈打ってる。
まさか、知ってる?
「保健室って誰でも入れるよね。僕も理人くんの事が心配になって行ったんだけど……ダメじゃない、カーテンも閉めないで」
「………弓…塚……」
「理人くんが噂の〝怪物〟だったんだね」
「先輩は怪物じゃ……!」
「でも、吸血鬼なんでしょ?」
「……!」
ズバリ言い当てられて俺は息を飲んだ。こんなの、うんって言ってるようなもんなのに、咄嗟の言い訳も思い付かなかった。
何で俺、あの時扉の鍵掛けなかった? 何でカーテン閉めなかった?
何で、何で。
俺だけの特別な秘密だったのに。
「僕、理人くんになら血を吸われてもいいなぁ」
「……っ、先輩は、俺以外の血は飲まないって言ってた」
「今は、でしょ? どうしても我慢出来なくなったら飲んでくれるんじゃないかな」
我慢したから先輩は倒れたのに……でもその部分は聞いてなかったらしいから、敢えて言わないでおく。これ以上、先輩との話を弓塚に知られたくない。
「ねぇ、理人くんが吸血鬼だって事、みんなにバラされたくないよね?」
「あ、当たり前だろ!」
「僕のお願い聞いてくれたら、言わないであげてもいいよ」
「お願い?」
「理人くんと別れて」
「え……」
別れる? 先輩と?
それって、もうあの時間がなくなるって事だよな。先輩の笑顔も見れなくなる?
「い、いやだ……」
「ふーん、バラしてもいいんだ?」
「卑怯だぞ!」
「卑怯でも何でも、僕は理人くんが欲しいの。ずっと好きだった、あの人のお嫁さんになるためにここまで来たのに、今更諦められると思う?」
「俺だって好きなのに…っ」
「別れないならバラす。アンタのせいで、理人くんは学校から出て行く羽目になって、もしかしたらそういう研究所に送られるかもね」
別れないとみんなにバレされる。俺のせいで、俺がうんって言わないせいで先輩が悲しい思いをする。
「僕は優しいから、明日まで時間をあげる。何が最善かよーく考えてみてね。深月くん」
くるりと踵を返した弓塚は、鼻歌を歌いながら教室の方へ歩いて行った。
俺は頭の中がぐるぐるして動けなくて、ただ呆然と床を見つめてる。
先輩と別れるのは嫌だ。でも、先輩を悲しませるのはもっと嫌だ。
吸血鬼だってバレたらみんな怖がる。優しい先輩が傷付く。
「理人先輩……」
先輩は吸血鬼だけど、怖いところなんて一つもない、すごく暖かくて優しい人なんだ。そんな先輩が悲しんでる姿なんてみたくない。ずっとずっと、笑ってて欲しい。
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