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おバカでも崩すんです

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 最近、櫻川先輩が変だ。
 前は俺が先輩の教室に行くだけだったのに、今は逆に先輩がお菓子を持って来て教室から連れ出される。
 空き教室とか多目的室とか図書室とか、その日によって行く場所は変わるけど、どこに連れて行かれても俺の座る場所は先輩の膝の上だった。
 何か、あの倉庫以来先輩が近くなったっていうか、スキンシップも増えた気がして、俺はちょっとだけ戸惑ってる。
 友達でもこんなに近くない。肩を組まれるとか頭を撫でられるとかは良くあるけど、先輩みたいに優しくはないから……うーん、どう言えばいいのか分かんないや。
 でも一つだけ言えるのは、俺はそれが嫌じゃないって事だ。
 先輩の傍、すっこぐ居心地良い。




「……先輩」
「ん?」
「これって何の意味が?」
「ちょっとね」

 俺は例によって例のごとく、先輩の膝の上でパンを食べたあと、食後のデザートと称してお菓子を選んでいた。そしたら襟首が引かれて項に先輩の唇が寄せられてちょっとビクッてなった。でも先輩は吸血鬼だし、吸血鬼は首に噛み付くからそこが好きなのかなって勝手に思ってる。
 何回かチュッチュッてしたあと、先輩は顔を上げて俺がお菓子の中から選んだアーモンドチョコを一つ俺の口に放り込んだ。それから項を指で撫でる。

「ここ、どうだった?」
「? えっと、ムズムズした?」
「そっか」

 クスリと笑った先輩は俺を抱き締めると、耳の上から髪を掻き上げたのを途中で止めて、指先だけを動かして撫で始めた。よしよしってされるよりも好きな撫で方で、心地良さで瞼が下がるくらい気持ちいい。

「ん~……先輩、俺それ好き」
「これ?」
「うん。気持ちいい」
「…………」

 あれ? 一瞬ピクって止まったけどなんだ? 先輩の様子を見るため顔を上げようとしたらまた再開される。
 あ~、ダメだ。寝ちゃいそう。

「…ほんとにもう……」

 お腹も満たされて、先輩にぎゅってされてあったかくて、撫でられるの気持ちよくて、俺はいつの間にか寝てた。
 予鈴が鳴る前に起こして貰って、時間がないからってチョコを口いっぱいに入れて、危うく喉に詰めるところだったのは内緒だ。





 今日の俺はなんだかフラフラマンだ。
 寮を出た時はそうでもなかったのに、階段登り始めたら急に何か身体が重くなった。
 ……まさかゆう……いやいや、そんな非現実的な事あるわけ……いや、あったな、一個だけ。
 でもこれはもう解決したからいいんだ。でももしこの身体がズーンって重くなってるのが〝アレ〟のせいなら、俺は今すぐ叫んで逃げ出したい。なのにそんな気力ない。おかしいな、目がぼやけてきた。
 俺は三階に上がる階段に座り込んで手摺りの壁に寄り掛かってるんだけど、身体が熱くてぼーっとして動けなくなってしまった。

「深月。こんなところに座り込んでどうしたの?」
「………せんぱい…?」
「もしかして体調でも悪い?」
「元気ー……」
「元気とは言えないかな。ちょっとごめんね。……深月、熱があるよ?」
「……ねつ……?」

 熱……熱かぁ。どうりでフラフラしてて、暑いのに寒いと思った。
 頬に触れる先輩の手がひんやりしてて気持ちいい。

「保健室行くよ」

 俺の腕が先輩の手に引っ張られて首に回される。そのままぐいっと抱き上げられて、俺は小さい子供みたいに抱っこされた。
 ……先輩相変わらず力持ち、俺、鞄下げてんだよ?

「いつから体調悪かったの?」
「学校、着いたくらいから……」
「ちゃんと毎朝検温しなきゃ」
「めんどくさい~……」

 しんどくて目を瞑ってる俺は受け答えもヘロヘロであんまり呂律が回ってない。
 先輩は擦れ違う人みんなに「どうしたの!?」って聞かれて、俺が熱あるからって律儀に返事してた。



「失礼します」
「おや、どうしたんだい?」
「病人です」
「おやおや、深月くんじゃないか」

 先輩は簡潔に説明して俺を片手で支えると、鞄を抜いてベッドに座らせ靴まで脱がしてくれた。
 襟元とネクタイを緩めて転ぶように促される。

「甲斐甲斐しいねぇ。ほら、体温計」
「俺だけの特権ですよ」
「おやおや。ああ、私は少し用事があって席を外すから、あとは頼むよ」
「はい」

 保健室の先生はおじいちゃん先生で、いっつもニコニコしてて優しいからみんなから親しまれてる。
 俺も先輩のところに行くようになるまでは良く遊びに来てて、美味しい和菓子を出してくれる茶飲み友達だったんだ。
 ベッドに横になると身体が沈み込むような感覚がして息を吐く。渡された体温計を脇に挟むと、先輩が頭を撫でてきた。

「大丈夫?」
「頭ぼーっとする……」
「眠かったら寝てもいいんだよ?」
「…んー……」

 寝たい気持ちはあるけど、先輩がいるから何か勿体なくて、出来れば起きてたい。そんな事を思ってたらピピって体温計の終了音がして俺は先輩に渡した。

「うーん、ちょっと高めかな。氷嚢あるだろうし、探してくるよ」
「え、やだ」
「〝やだ〟?」

 表示された数値を確認した先輩は眉尻を下げて電源を落とすと、そう言って俺から離れようとする。でも行って欲しくなくて、俺は思わず先輩の服を掴んだ。
 目を瞬く先輩に首を振る。

「ここにいて。見えない場所に行くのやだ」
「……寂しいの?」
「寂しい」
「……じゃあ寝るまでここにいてあげるから、深月は目を閉じて」

 体調が悪い時って誰かに傍にいて欲しくなるよな。でも俺、今一緒にいてくれるのが先輩で良かったって思ってる。
 大きな手で頭を撫でられて、服を掴んでた手がそっと外されて握られると、それだけで安心するから不思議だ。
 他の人の手じゃこんな風に感じないのに、何で先輩の手だけこんな幸せな気持ちになれるんだろ。

「……せんぱい……」
「ん?」
「ありがと……」

 俺が熱いせいか、先輩の冷たい手が心地良くて俺はすぐに寝入ってしまったらしく、お礼を言ってからの記憶はない。
 だから、先輩がものすごく優しく微笑んでくれたのも俺は知らなくて。

「どういたしまして。……俺の可愛い深月」





「完・全・回・復!」

 三日後、すっかり元気になった俺は、寝込んでる間に少ししか食べられなくて、消化し切れなかった分のお菓子を両手に抱えてベッドに上がり、母さん化した翔吾にドヤされてしまうのだった。
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