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怖いけど、怖くない

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 突然の暗闇に見舞われた俺は暫く呆然としてたけど、何も見えない状況を理解すると大きく息を吸った。マスクが唇にくっついてきたから、思わず外して捨てる。

「う、嘘、だろ……、え、ドアどこ……っうわ…!」

 俺は慌てて扉に向かおうとするけど、自分が置いた物のせいで足を取られて転んでしまった。手をついた拍子に何かで切ったのか痛みが走る。
 もしかして俺、すごくマズイ状況なんじゃ……。

「…いったぁ…。…最悪。………暗いし…怖いし…っ」

 痛む手を抑えながら扉の方に行きたいけど、転んだせいか方向が分からなくなった。
 段々と目が慣れ始めてきたけど、そうなると今度は別の恐怖が襲ってくる。
 暗い場所はお化けが好きな場所だから、もし黒い影が見えたり何かが動いたりしたら、それこそ俺は耐えられない。

「……っ……無理、ホントに無理……!」

 大体なんで蛍光灯割れたんだよ。もしかして扉が勢い良く閉まったからその衝撃で? そんなピタゴラスイッチみたいな事ある?
 もういっそ窓付けよう! 窓!

 見たくないものが見えるかもしれなくて、俺はぎゅっと目を瞑って頭を抱えた。
 暗いのは怖い、暗いのは嫌だ。暗がりにいると誰かに見られてる気がして、気のせいなのに声が聞こえる気がして、全身が過敏になる。

「……っ、櫻川先輩……」

 無意識に先輩の名前を呟いたら、突然扉の方から何度も叩くような音がして俺の身体がビクッと跳ねる。それから一際大きな音がしたあと歪みながら開いた場所から光が差し込んできた。
 ぼんやりと見てたら「深月くん」と呼ばれた気がして顔を上げると、眉根を寄せて鼻と口を押さえた先輩が目に入る。へたり込む俺の傍まで来てくれた先輩は、呆然とする俺を抱き締めてくれた。
  
「…っ…怖かったね……もう、大丈夫だよ」
「…………先輩!」

 俺は先輩が来てくれた事が嬉しくてギュッとしがみついた。入口から入ってくる光があるだけでもだいぶ違う。

「先輩…っ…先輩……!」
「………く…っ…」
「先輩…!?」

 縋るように先輩を呼びながら肩におでこをぐりぐりしていると、荒く呼吸をしてた先輩が呻き声を上げて手をついた。
 驚いた俺が支えようとする手を掴まれる。
 そういえば、声をかけられた時に見た顔、苦しそうだった。さっきから声も震えてるし……何で? まさか具合が悪い?

「先輩、先輩、大丈夫か? もしかして吐きそう?」
「……っ、だい、じょうぶ…だから……落ち着いて…。……深月くん…怪我、してる…?」
「…え、うん……手切った…」
「…ッ……これは……思ったよりも…、…キツいな……」
「……!」

 もしかして、俺が閉じ込められてたから匂いが充満してた? ここ、窓ない密閉空間だし。しかも俺、怪我してる。血の匂いも混ざってるだろうから、もしかして先輩……。

「せんぱ……」
「ダメ、だよ……っ、……動かないで……抑えられなくなる……」
「………っ…先輩、やっぱり……」

 血が、飲みたくなってる?

 目の前で鼻と口を覆って苦しそうにしてる先輩を見てると胸がギュッてなった。先輩、俺のために耐えてくれてるんだ。
 吸血鬼の感情なんて分かんないけど、でも、肩で息をしてる先輩は本当に辛そうで、俺は見ていられなかった。

 俺の血と匂いが悪いなら、俺が責任を取らなきゃ。俺が先輩を助けなきゃ。
 先輩が元気になるなら、俺の血がなくなったっていい。
 だから俺は、目を閉じて眉根を寄せる先輩の首に抱き着いた。

「……! 深月、何を…っ」
「俺のあげる!」
「!?」
「飲んでいいから、元気になって!」
「…っ……ダメだ…! そんな、の……っ」
「俺の血と匂いが悪いんだろ? 俺のせいで先輩そうなってるんだろ? だったら俺のせいだから…っ…だから飲んで!」
「…………っ」

 俺は先輩の顔がある方の襟元を開いて肩を出す。先輩が息を飲んで、そこに唇を触れさせて来た。
 怖いけど、ものすごく怖くて震えてるけど、先輩が苦しい方が嫌だ。
 口が開いて大きく息を吸った気配がする。俺は痛みに備えて唇を噛んで目を瞑った。

 …………でも、いつまで経っても痛みとか来なくて、ゆっくり顔を上げると、先輩は自分の手首を血が出るくらい噛んでた。

「先輩……!?」
「…っ…はぁ…、は……っ…噛め、ないよ……」
「……何で……」
「……こんな状況で、君の血を吸ったら…俺は絶対に後悔する…」

 手首を噛んだ痛みからか、少しずつ先輩の呼吸が落ち着いてきた。血、すごい出てる。
 俺は慌ててポケットからハンカチを出すと先輩の手首に当てた。

「…偉いね……ハンカチ、持ってるんだ…」
「俺には母さんがいっぱいいるから」
「……確認される?」
「うん。持ってないと持たされる」
「そっか…」

 血、止まるといいんだけど……ってかこれ、消毒して縫ったりした方がいいレベルの傷じゃないか? どうしよう、俺のせいだ。
 泣きそうにりながら押さえていると、先輩の反対の手が俺の頭を抱き込むようにして回される。こめかみに先輩の唇が触れた。

「もう大丈夫だよ。ハンカチをどけて」
「……え…?」
「……ほら」
「あ……もう塞がりかけてる」
「こういうところは吸血鬼なんだよ」

 先輩の口から出るって事は、本物の吸血鬼で間違いないんだ。でも不思議なくらい全然怖くない。

「それより深月の怪我は?」
「あ、俺は大丈夫。もう痛くないし」
「血の匂いがした瞬間ゾッとしたよ。大きな怪我じゃなくて良かった」
「真っ暗な中で動いちゃダメってのは学んだ。……匂い平気?」
「多少はグラグラするけど、大分匂いも出て行ったし、さっきほどじゃないから大丈夫。……ごめんね、怖かったよね」
「ううん」

 先輩の手首にはもうすっかり傷はなくて、先輩に対して怖いって思ってなかったから首をふる。俺は自分の怪我を見て血も止まってる事を確認するとホッと息を吐いた。先輩が頬を頭にスリスリさせてくる。

「衝動が抑えられなくて深月を襲うなんて、絶対に嫌だった」
「……?」
「深月が大切だから、痛い思いも怖い思いもさせたくない」
「でも、俺がいいって……」
「それは申し訳なさからでしょ? そういうんじゃない、もっと違う感情で言って欲しいんだよ、俺は」
「違う感情?」
「それは深月に気付いて欲しい」

 先輩の言葉は難しすぎて分からない。
 困った顔をする俺に先輩は優しく笑うと、ぎゅっと抱き締めて「ゆっくりでいいよ」って言ってくれた。



 数分後。

「何で俺が閉じ込められてるって分かったんだ?」
「ん? 超音波」
「?」

 やっぱり良く分からない。
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