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怖い夢

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「旧校舎にある時計塔に、吸血鬼がいるって噂知ってる?」

 先輩からそれを聞いた瞬間、俺は脱兎の如く逃げ出した。距離を空けてからバイバイし、急ぎ足で教室に戻る。
 駆け込んだ俺にクラスメイトはキョトンとしてたけど、俺はそれどころじゃなかった。
 思い出したくもなかった話が頭の中でぐるぐるしてて、軽くパニックの俺は椅子に座るなり机に突っ伏す。

 ってか先輩、吸血鬼って言わなかった?
 怪物は吸血鬼なのか? いやいや、別にどっちだっていい。怪物には変わりないんだから。
 だから俺は何も聞いてない!





 古文の授業は、先生のゆっくりした話し方のせいで午前でも午後でも眠くなる。特に今日は昼ご飯の後だから、お腹いっぱいなのも合わさって余計に睡魔が………………あれ? お菓子の妖精が手招きしてる!
 にっこりと笑う妖精が指差すお菓子の山に大興奮の俺は、勢い良く飛び込んで口の中いっぱいに頬張る。甘い匂いが充満してほくほく顔で食べていると、優しく頭を撫でられた。

「あれ? 櫻川先輩?」
「深月くん、お菓子たくさんだね」
「妖精がくれた! 先輩も食う?」
「ありがとう。でも俺はお菓子よりもこっちの方がいいかな」
「こっち?」

 俺の口の端についたお菓子の欠片を拭いながら微笑んだ先輩は、俺の制服の襟元を広げて首筋を撫でる。
 別に首が弱い訳じゃないけど、何だかむず痒くて少しだけ顎を引いたら今度は耳の後ろを擽られた。

「先輩?」
「……深月くんは本当にいい匂いがするね」
「へ?」

 目を細めた先輩が俺の首筋に顔を寄せる。その瞬間に見えた先輩の上の歯の列に、白くて尖ったものが見えた気がした。
 先輩の舌が肌を舐めたあとに歯が立てられて、プツッと皮膚が貫かれる音と共に痛みが走った。


「ッギャ────────!!!」
「うわ!」
「何だ!?」

 ガターン! と大きな音がして俺が座っていた椅子が勢い良く倒れた。周りから驚いた声が上がって俺は目を瞬く。
 あ、あれ? ここって教室? 先輩いない……お菓子の山もない!
 今のって夢? 夢だよな?
 め、めちゃくちゃ……めちゃくちゃ怖かった……!!

「……深月!」
「ひぃ!?」
「ど、どうした?」
「………翔吾ぉ…」
「はぁ?」

 呼ばれて振り向いたら翔吾がいて、やっと現実なんだって分かって思わず泣きべそをかくとギョッとした顔をされる。
 寝てる間に古文は終わってたらしい。先生放置か。

 この学校には噂の時計塔があって、そこには怪物? 吸血鬼? がいるなんて噂もあって、そいつは夜な夜な血肉が食べたくて獲物を探してる。あの時逃げずに聞いてたらきっと先輩からもこの話をされてた。

「お菓子の山があって、櫻川先輩がいて、妖精が笑ってて、牙があって、俺の首がブツってなって、お菓子食べて、痛くて……!」
「待て待て、意味分からん!」
「お前が怪物の話なんかするからだ!」
「いつの話してんだ!」
「バカー!」

 先輩が吸血鬼なんて単語を出したせいでこんな夢見たのかもしれないけど、俺は一番最初にあの噂を聞かせやがった翔吾にひたすら文句を言う。
 櫻川先輩が吸血鬼みたいになって出てきたのもさっき話したせいだろうし、先輩は時計塔にいたから印象に残ってたんだろうけど……うぅ、嫌だ。先輩の事まで怖くなりそう。

「面白い話! 今すぐ面白い話して!」
「急に言われて出てくるか!」
「私服がダサいって振られた話でいいから!」
「人の古傷を抉るな!」
「まぁまぁ、落ち着け二人とも」
「ほら深月ー、お菓子だぞー」

 倒した椅子もそのままに言い合う俺と翔吾にクラスメイトは苦笑して間に入ってくる。
 別のクラスメイトが俺の目の前にスティックチョコをぶら下げた。それを見た瞬間、パン食い競走みたいに下から食いつくと頭を撫でられる。

「深月が釣れた」
「もっとくれ」
「はいはい、どうぞ。でも六限始まるから後で食べなね?」
「うん、ありがとー」
「やっぱ深月にはお菓子だな」
「……何なんだ一体……」
「ドンマイ」

 もう一本だけと決めて食べ始めた俺は、甘いお菓子のおかげかさっきまで翔吾にブチ切れていた気持ちもなくなり椅子を起こして座る。
 翔吾は項垂れてるけど自業自得だ。


 六限の魔の数式がこれまた眠気を誘う数学もどうにか耐え抜いた俺は、寮に戻るための準備をしていた。

「深月くん」

 忘れ物がないか確認していると、教室の後ろのドアから櫻川先輩に声をかけられた。夢の事を思い出して一瞬ビクッとするも、いつもの優しい笑顔に安心して駆け寄る。

「先輩」
「帰るところだったのにごめんね。さっきの事ちょっと気になって」
「さっき?」
「うん。怖がらせちゃったみたいだから」
「……あ。えーっと……」

 そういえばそうだった。先輩が話すから思い出したし夢も見たんだよな。まぁ元々は翔吾のせいだけど。
 ちなみにその翔吾はもう部活に行っていない。

「あれは先輩が悪いんじゃなくて、俺が怖がりなのが悪いんだよ。だから気にしないで」
「それでも、俺が話さなきゃ深月くんは怖い思いをしなくて済んだでしょ? だからごめんね」

 やっぱ先輩優しいなぁ。いきなり逃げ出したから逆に怒ってもいいくらいなのに。
 俺が感動でジーンとしていると、右手が取られて手の平を上向かされる。その手に板チョコが乗せられて驚いた。

「高級なチョコじゃなくて申し訳ないんだけど、一応お詫びの印」
「板チョコだぁ」
「部屋で食べるオヤツにでもしてね」
「ありがとう先輩」

 先輩たちのおかげで、俺の部屋のお菓子ボックスはいつもパンパンだ。翔吾がそこからくすねてるのは知ってるけど、学校がある日は毎日貰えるから別にいいんだ。黒い雷の件はまだ恨んでるけど。

「じゃあ俺、用事があるから行くね」
「うん。また明日な、先輩」
「また明日ね」

 手を振って去って行く先輩を大きく振り返して見送ると、背中が見えなくなった頃に友人が背中から抱きついてきた。

「すっかり餌付けされちゃって」
「餌付け?」
「翔吾がボヤいてたぞ。警戒心なさすぎって」
「警戒心くらいあるよ」
「どこがだ。人懐っこいのもいいけど、あんま心配かけんなよ」
「お前は俺の母さんか」
「みんな似たようなもんだ」

 みんなってなんだ、みんなって。大体俺にはちゃんと母さんいるんだし、そんな何人もいらない。
 俺は友人を背中につけたまま机に戻ると、貰ったチョコを鞄にしまい、今度は引き剥がして肩から下げた。
 ちょっとジャンプして重たい鞄の位置を調整する。

「じゃ、俺帰るなー」
「おー、気を付けてなー」
「じゃーなー」

 教室に残ってる数人のクラスメイトと手を振り合って別れた俺は、寮に向かって真っ直ぐ帰る。
 部屋に戻ったら戦利品をベッドの上に広げるんだー。
 スキップしそうなほどルンルンな俺は、擦れ違う先生に挨拶しながら帰路へとついた。
 まぁ俺、スキップ出来ないんだけどな。
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