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昨日の人は先輩でした

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 次の日、俺は棄権負けジャンケンにより時計塔へと送り込んだ友人たちに文句を言うべく隣のクラスに向かっていた。
 昨日のアレが現実だったのかどうか、寝て起きたら分からなくなってたけど反省文は確かに書かされたんだ。一言でも言わなきゃ気が済まない。

「たのもー!」
「何事!?」

 閉じられていた引き戸を開けそう声を張ると近くの席にいた友人―広瀬が驚いて二度見する。
 俺だと分かるとやれやれみたいな顔になって肩を竦めた。

「どうした? 深月」
「ナベと瞬は?」
「んー? あれ、いないな。トイレにでも行ったんじゃないか?」
「逃げたか!」

 さては俺が来ることを察知していたな?
 わざわざトイレにまで追い掛けるような趣味はないため悔しさに顔を歪めていると、椅子ごと下がって来た広瀬に顎を掴まれた。ムニムニされて変な顔にさせられる。

「あにふんだ(何すんだ)」
「可愛い顔が台無しだから、そのぶちゃいくな顔をやめなさい」
「ひゃわいふはふへへっほう(可愛くなくて結構)」
「まったくこの子ったら」

 反対の手を頬に当てて母親みたいな事を言う広瀬の手を振り払うと「反抗期か」と笑われる。
 だから俺は子供じゃないってのに。

「とにかく、次の休み時間も来るから二人押さえといて!」
「別にいいけど、四限移動だから早めに来ないと無理だべ?」
「ちょっぱやで来るから!」
「ちょっぱやって……」
「頼むな!」
「はいはい」

 何だよ、超絶早くをちょっぱやって言うだろ?
 俺はクスクスと笑う広瀬に人差し指を突き付けて釘を刺し、予鈴も鳴ったから教室に戻る事にした。
 無性に甘いものが食べたい。
 俺を時計塔に置き去りにした件は甘味でチャラにしてやるか。

 何を奢って貰おうかとルンルン気分で考えていた俺は、昨日見た人物の事などすっかり忘れていたのだった。




「ガサ入れだー!」
「げ、深月!」
「やべぇの来た! 隠せ隠せ!」
「開いてんの気を付けろ!」

 昼休み、自分の教室で翔吾とパンを食べた俺は再びナベと瞬のクラスに討ち入りに来ていた。この時間、二人がクラスメイトとお菓子を広げて食べている事を知ってるため俺もセルフ強制参加だ。
 ガラリと引き戸を開けた俺に気付いた奴らが慌てて隠そうとしてるけどもう遅い。俺の目にはバッチリ見えたからな。

「チョコ俺にもよこせ……ぐぇっ」

 目を付けたのは少しお高そうなチョコ。それを貰おうと教室に一歩入った瞬間、襟首に何かが引っ掛かりその勢いで首が締まった。と、同時に項に誰かの息がかかり喉がヒュッとなる。

「お、お化け!」
「お化けではないかな」
「へ?」

 さっきまで後ろに誰もいなかったからお化けに息を吹きかけられたんだと思って叫んだのに、それに対して言葉が返ってきた。誰かがいる? と思い恐る恐る振り返ると、自分のとは違う色のネクタイが目に入り困惑する。
 長い指が下から出て来て人差し指で上をチョイチョイと示された。
 つられるように顔を上げるととんでもない美形が! ……あれ? この人の顔見た事ある気がする。

「えっと……?」

 一年生である俺とネクタイの色が違うって事は上級生で間違いないんだろうけど、何で俺はじっと見下ろされてるんだろうか。
 俺より頭一個分デカい先輩は、目を瞬く俺に柔らかく微笑むと徐に俺の襟元を広げ首筋に鼻を近付けてきた。
 え、この人何やってんの?

「……やっぱりそうだ」
「? 汗臭い?」
「……ふっ、気になるのそこなんだ。違うよ、むしろいい匂い」
「いい匂い?」

 同じ男だし別にいいんだけど、汗搔いてたからそう聞いたら笑われて首を振られた。俺は制服の襟を引っ張って自分でも嗅いでみるけど、柔軟剤の匂いしかしなくて眉を顰める。

「面白いね、君。名前は?」
「元橋深月」
「深月くん、ね。俺は櫻川 理人さくらがわ りひと
「櫻川先輩」
「何この子、すごい素直」
「?」

 だって、先輩だろ? そう思って首を傾げると今度は優しく微笑まれた上に頭を撫でられた。
 美形の微笑みは眩しい。
 櫻川先輩は「そうだ」と言ってポケットに手を突っ込み何かを取り出すと、俺の手を掴んで上に向けそこにその何かを乗せた。
 コロンとしたそれは、値段が高い割に数が入っていない袋入りチョコの中の一つで、滅多にお目にかかれない代物だ。

「あげる」
「え、いいの!?」
「いいよ。その代わり……」

 嬉しくて顔を上げた俺ににっこりと笑った先輩は、そう前置きをして俺の耳に口を近付ける。

「昨日、時計塔にいた事は内緒にしてね」
「……時計塔……? ……あ!」
「約束。守れたらまたあげるよ」

 小さな声が聞こえた瞬間は何の事か分からなかったけど、昨夜の事が頭に浮かんで思わず大声を出しそうになった。
 でもチョコを指差して言われた事の方が俺的には重大で慌てて口を押さえて頷く。

「いい子だね。欲しくなったらいつでも二年二組においで」
「あい!」

 元気良く返事をする俺に面白そうに笑った先輩は、もう一度俺の頭を撫でると手を振って去って行った。
 何か、柑橘系の匂いがする。先輩の残り香か?

「お前、いつの間に櫻川先輩と知り合いになったの?」
「え? そりゃき…………い、いつだろう?」

 今の今まで静かだった瞬が後ろから聞いて来た。
 うっかり昨日時計塔でとか言いそうになり慌てて言い直す。さっそく約束破ってチョコ貰えなくなるところだった。
 ふいっと視線を逸らしへらっと笑う。

「……まぁいいけどさ、あの人、あんまいい噂聞かないよ?」
「チョコくれた」
「うん、深月は食い物くれる人みんないい人だもんな」
「でもマジな話、気を付けな? お前単純だから」
「やだね、俺はこれからもチョコ貰うんだ」

 こんな高いチョコ、ポンとくれる人が悪い人な訳ない。
 俺が来た瞬間お菓子を隠そうとした友人にべーっと舌を出すと、さっそく包装を剥がしてチョコを口に放り込んだ。
 トロトロでうまーい。

「ダメだ、餌付けされてる」
「俺らが見とかないとダメな感じ?」
「ほんとにもう、こいつは」

 なかなかに大きめなチョコを一口でいったせいでなくなるまでもごもごしてた俺は、そんな事を話している友人たちなど目もくれず、少しづつ溶けていくチョコの美味しさを堪能しまくっていた。
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