竜王陛下の愛し子

ミヅハ

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番外編

セノールとアルマ【前編】

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「共に町へ下りたあの日から、私は貴方を忘れられずにいるのです。もし貴方に想い人がいらっしゃらないのでしたら、これからの人生を私に頂けませんか?」

 目の前に現れた屈強な美丈夫が真剣な顔でそう告げてきて困惑する。
 この人は一体、何を言っているのだろうか。



 アッシェンベルグ王城、別棟にある図書館の管理人をしているセノールは、今代の竜王の伴侶であり友人である竜妃から貰った焼き菓子を抱えめったに人の来ない城の裏手に来ていた。
 白亜の外壁に寄り掛かるようにして座り、膝の上に乗せた箱を開けてふっと笑う。

(多過ぎだっつの)

 王であるレイフォードは竜妃であるルカを大層溺愛しており、彼が好きな物をしょっちゅう行商人に持って来させては買っているらしい。おかげでお零れにありつけているのだが、毎回貰う量が一人では食べきれないほどありお得意の保存魔法をかけてはどうにか消化していた。
 今日も今日とて、個包装の焼き菓子が箱いっぱいに詰まっている。
 木の葉の形をしたクッキーを手に取って封を切り、歯を立てるとサクッとした食感と仄かな甘みが口に広がった。

「⋯美味」

 一人で食べる虚しさはあれど王自らが選ぶだけあって味は確かだ。
 心地良い風に拭かれながら食べ進めていたら、不意に慌ただしい音と葉の擦れる音がして大きな何かが角から現れた。
 ぎょっとして口を開けたまま固まっていると、その人はハッとしたように振り返ったあとホッとしてセノールへと頭を下げる。

「失礼致しました、司書官殿。驚かせてしまい申し訳ございません」
「⋯あ、いえ⋯」

 恐らく騎士の中で一番体格が良いだろう彼は、竜王直属の護衛である近衛騎士の副隊長アルマ・ブラウウェルで、ルカが町へと下りる際に護衛として同行していた為セノールとも顔見知りだ。
 だがそこまで話さなかったし、今だって話す事はないからすぐにでも立ち去るだろうと思っていたのだが、アルマはどうしてか隣に腰を下ろしてきた。

(⋯?)

 勤務中ではないのだろうかと気にしつつも、自分には関係ないからマドレーヌを手にしたところで隣から無遠慮な視線を感じ眉根を寄せる。
 無視していれば外れるかと思っていたのだが、しばらく経っても逸らされなくてセノールは溜め息をついた。

「⋯何か?」
「ああ、いえ。すみません。綺麗な横顔だと思ってつい⋯」
「はい?」
「どうぞ、お気になさらず召し上がって下さい」

 そんな事を言われても、こんなに見られていて食べられるのはよほど図太い神経をしている人だけだ。捻くれてはいるが、そこまでではないセノールは開けようとした手を止め箱にしまった。

「⋯⋯私は先に失礼しますね」
「! お待ち下さい⋯っ」
「!?」

 立ち上がろうと腰を浮かせた瞬間アルマに腕を掴まれ目を剥く。
 中途半端な体勢でアルマを見ていたら妙に真剣な表情をされ、気圧されて黙り込んだら掴まれていた方の手がそっと握られ今度は困惑した。
 自分とは違う無骨で大きな手の親指が甲を撫でてくる。

「あの⋯」
「貴方にはもう一度お会いしたいと思っておりました」
「え?」
「共に町へ下りたあの日から、私は貴方を忘れられずにいるのです。もし貴方に想い人がいらっしゃらないのでしたら、これからの人生を私に頂けませんか?」
「⋯⋯は?」

 この人は一体何を言っているのか。
 たった一度、しかも少しして買い物どころではなくなったからそこまで関わっていないのに、自分を忘れられないとはどういう事なのだろう。

(いや、竜族は一目惚れが当たり前だから⋯⋯⋯一目惚れ? 俺に?)

 ルカには既に本性を露わにしてはいるが、ボロが出ないよう猫を被る時は言葉少なめに話している。そもそも、あの時だってフードとローブであまり姿が見えないようにしていたし、目が合った瞬間はあるもののすぐに逸らしたから、どこに一目惚れされるような要素があったのかも分からない。
 セノールは眉を顰めて手を振り払うと、今度こそ立ち上がって服についた土を払う。それからアルマを見下ろして言い放った。

「お断りします」
「し、司書官殿⋯っ」

 再び伸ばされた手をひょいっと避け、箱を持ち直したセノールはさっさと別棟へと戻り始めた。
 図書館に入りさえすればアルマは追って来れない。

(俺には番だの運命の人だのどうでもいいしな)

 セノールが全うすべき役目は、図書館にある数多の蔵書を守る事だ。それが代々続いて来た家業であり契約なのだから。
 それにセノール自身も自分の性格に難がある事は分かっているから、ありのまま受け入れてくれるような奇特な人はいないと思っていた。
 アルマだって、あれ以上接触しなければ諦めるだろう。
 図書館の扉を潜り、箱をテーブルに置いたセノールはソファに腰掛けて天井を見上げると、これまで通りなるべくここから出ない生活を送る事に決め目を閉じた。
 傍にいてくれるのは、友人であるルカだけで充分だ。


 だが、さすがは心身共に鍛えている騎士と言うべきか、アルマはそう簡単には引いてくれなかった。
 セノールの仕事は蔵書を管理する他に、必要な人に必要な本を貸し出すという業務もある。余裕があれば取りに来てくれるが、先方がバタバタしている時はセノールが持って行く事もあり、その際ばったり会って話し掛けられたりするのだがあからさまに好意を寄せられていると分かり正直どうしたらいいのか分からない。
 極稀に口説いてくる人はいるが、こんなに真っ直ぐに想いをぶつけてくれる人は初めてで戸惑っていた。
 しかも、アルマは近衛騎士の副隊長を勤めているだけあって実直で誠実で真面目な好青年だ。好かれる要素はたくさんあれど、嫌いや苦手と思う人はほとんどいないだろう。

(っつか、あの人と俺じゃ天地ほど差がないか⋯?)

 誰からも慕われる朗らかなアルマと、基本図書館に引きこもっている捻くれ者とではどう考えても不釣り合いだ。
 だからこそセノールば一歩引いているし、アルマの気持ちには応えられないのだが彼は引いてはくれない。一説では一目惚れした相手は運命の相手だと聞くが、が運命の相手だなんてアルマが可哀想だ。

「どうしたらいいんだろうな⋯」
「何を悩んでいらっしゃるのですか?」
「!」

 資料を持って行った帰り、いろいろな事柄が重なって疲れていたセノールが噴水の縁に胡座を掻いて座りそう呟いたら、横から声をかけられビクリと肩が跳ねた。
 ここ数日で何度も聞いた声に内心で溜め息をつきながら見上げると、にこやかな笑顔を浮かべたアルマが覗き込んでいてすぐに視線を逸らす。

「司書官殿、会えて良かった。お渡ししたい物があったのです」
「⋯渡したい物?」
「ええ。少し前に陛下より西の街の視察を頼まれたのですが、その際に素敵な物を見付けまして⋯⋯オルゴールなのですが、お好きですか?」
「嫌いでは⋯ないです」
「良かった。どうぞ、受け取って下さい」

 アルマが鎧の下をゴソゴソと漁り、出て来た真四角の小さな箱を渡してくる。
 そんな贈り物さえ初めてで、呆然としながらも受け取るとそのままアルマの手が伸びて頬に触れてきた。

「⋯っ⋯」
「すみません、水が跳ねていたので⋯」
「あ、ありがとうございます⋯」
(び、びびった⋯)

 まさか触れられるとは思っていなかったから、予想外の事に心臓が聞こえそうなくらいバクバクしている。
 顔が赤くなりそうで俯いたら、箱を持つ手にアルマの手が重なった。

「⋯司書官殿、私は本気です。本気で貴方と生涯を歩いていきたいと思っているのです。少しずつで構いませんから、考えて頂けませんか?」
「⋯⋯⋯」

 成就するかも分からないのにどうしてそこまで言えるのか、セノールには分からなくて困惑してしまう。
 大体自分を隠して接しているのだから、もしそこを好きになったのならセノールは何があっても受け入れる訳にはいかなかった。

「⋯ブラウウェル副隊長がどう思っているのかは知りませんが、私は貴方に想って貰えるような者ではありませんよ」
「例えば?」
「例えば⋯⋯物凄く口が悪い、とか⋯」
「知っていますよ」
「え?」

 当たり障りない事から零すと思わぬ答えが返ってきた。
 ぽかんとして顔を見ると優しい笑顔と目が合う。

「知って⋯?」
「ええ。ルカ様とお話されてるところを何度か拝見しておりますから」
「⋯⋯あー⋯」

 ルカの前では当たり前のように素になれるセノールは、図書館外で会っても普段通りに話すのだがどうやらそこを目撃されていたようだ。
 合点がいって小さく頷いたら手が離されて、外していたフードが被せられた。少しして誰かが傍を通った事に気付き目を瞬く。

「私はルカ様が羨ましいです」
「へ?」
「貴方に心から信頼されて、ありのままで接して頂けてる。私も貴方には本来の姿で向き合って頂きたいのですが⋯」
「⋯⋯落胆しかありませんよ」
「それこそ有り得ませんね」
「⋯⋯⋯」

 何故そう言い切れるのか、不思議で仕方ないセノールは眉根を寄せるとすくっと立ち上がりオルゴールが入った箱を突き返した。

「あんたは俺なんかよりも優しくて綺麗な人と添い遂げるべきだ」
「司書官殿」
「それでは」

 アルマは素敵な人だ。だからこそ、こんな風に揺れてはいけない。
 少しだけ温かくなった胸には気付かないフリをして、セノールは切ない顔をするアルマに背を向けるとローブを翻して図書館へと向かって歩き出した。
 優しいあの人の将来を潰すような事だけはしたくない。
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