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変わる日々、変わらない想い
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季節がいくつも流れ、庭園の植物も何度か植え替えられこの国に来た時とは雰囲気も変わった。
僅かに冷気を孕んだ風が吹く庭の一角に建てられた、もう誰も住んでいない屋敷を見上げたルカは少しだけ膨らんだ腹を撫でる。
ほんの数年前まではまだ声が聞こえていたのに。
「母様」
ザァッと強めの風が吹き、顔に掛かった髪を避けていたら後ろからルカよりは低めの声が呼び掛けた。振り向こうとして肩にショールが掛けられ、頭半分高い位置にある彼の顔を見上げる。
「ルーウェン」
「冷えて来ましたよ。そろそろ中に戻りませんか?」
「うん⋯あれ? 勉強は?」
「今日の分は終わりました。お腹の子にも良くないですし、心配した父様が迎えに来てしまいますよ?」
「それは大変だ」
何年経とうとも変わらず超がつくほど心配性な夫は、現在妊娠中という事もありしょっちゅうソフィアやリックスにルカの様子を報告させているらしい。初めてでもないのに本当に過保護で、嬉しいやら周りに申し訳ないやらで複雑な気分だ。
それから隣にいるルーウェンは現在十三歳となり、次代の竜王となるべく様々な勉強を日々こなしているのだが、レイフォードの血を引くだけあって非常に優秀で、既にほとんどの課題をクリアしているそうだ。
魔法値も高く、武道も文道も完璧らしい。
(レイの血が濃くて良かったよ、ホント)
ルカに似れば阿呆な子になっていたかもしれないと自虐気味に笑うと、慌ただしい足音がガゼボの方から聞こえて来た。
「母様!」
「兄様ー」
大きな声と共に足元に黒髪の小さな女の子が飛び付いてきて、少しよろけるとすかさずリックスが支えてくれる。お礼を言って視線を下げれば、レイフォードに良く似た顔立ちで見上げてきた。
横では同じように、金の髪をしたルカに似た男の子に抱き着かれたルーウェンがその子を抱き上げている。
「母様、父様が呼んでる!」
「うーん、遅かったか」
「レティシア、母様に飛び付いたら駄目だって父様に言われてるだろ?」
「う、ごめんなさい」
「レティはいつも兄様に怒られてるね」
「うー、アレオスの意地悪ー」
身重のルカの代わりにレティシアも抱き上げ、兄らしく叱るルーウェンと追い打ちをかけるアレオスにほのぼのする。
元気いっぱいのレティシアとマイペースなアレオスは男女の双子で、四年前に生まれたルーウェンの弟妹だ。双子という事もあり幼少期のルーウェンを思い出して戦々恐々したルカだったが、アレオスが大人しかったおかげで追い掛ける子供が一人で済んだのは本当に良かったと今でも思っている。
もうすぐ生まれてくるこの子は果たしてどんな性格なのか、少しだけ不安ではあるけど。
今日まででいろいろあったものの、何だかんだ目まぐるしく過ごせたから寂しいと思う暇もなくて、家族が住んでいたあの屋敷も近々取り壊し予定だ。
レイフォードはそのままでいいと言ってくれたのたが、維持するだけでも大変な事はもうルカも知っているしいつまでも思い出に浸るのは良くないからと無理を通した。
それに、墓に行けばみんなには会えるのだ。
それから更にいくつか変わった事もある。
リックスは十年前に団長の席を副団長に譲り、完全にルカの専属護衛となった。それ以前もほぼ専属のようなものではあったが、団長でないと対応出来ない事や通信自体も増えて来ていた為、レイフォードに直談判した結果そういう事になったそうだ。
ルカとしては変わらずリックスが傍にいてくれるのは嬉しいし助かるからむしろ有り難いまであった。
そしてもう一つ。ルカの友人であるセノールとレイフォードの護衛騎士であるアルマが三年前に結婚式を挙げた。大勢を好まないセノールの為に、セノールが本当に呼びたい人だけを呼んだこじんまりとした結婚式だったが、二人共幸せそうで思わず泣いて祝ったものだ。
寂しいも嬉しいも幸せも、たくさん感じられた数年だった。
「レイのところに行ってくる」
「もういる」
「わ!」
呼ばれているなら早く行かなければと子供たちに手を上げて立ち去ろうとしたルカに影が掛かり、いつものように抱き上げられる。
見上げれば眉を顰めたレイフォードがいて、どうやら痺れを切らして迎えに来たらしい。
「れ、レイ⋯」
「そんな薄着で、長い時間庭にいるのは駄目だと言っただろう?」
「時間の事は忘れてて⋯」
「リックスに声をかけないように言ったな?」
「えーっと⋯」
リックスは度を越していなければルカの言う事を忠実に守ってくれるのだが、恐らくはあと数十分でもいれば声をかけるのも時間の問題だったとは思う。
聞かれて視線を逸らすと大きく溜め息をつかれ額が合わせられた。
「頼むから、もう少し自分の身体を大切にしてくれ。特に今は」
「ごめん。心配してくれてありがとう」
「ルカに何かあったら、私は耐えられない」
眉尻を下げるレイフォードの頬に触れて謝るとお腹を気遣いながらも強めに抱き締められる。本気で心配している様子に申し訳なさを感じて髪を撫でると唐突に首筋に吸い付かれた。
「⋯っ⋯」
「日が落ちてきたから、お前たちは部屋に戻りなさい」
「はい」
「父様、母様いじめちゃダメだからね」
「いじめないよ」
「兄様、絵本読んで」
「うん」
背中を向けているから見られてはいないだろうが、ルーウェン辺りは気付いていそうで気まずくて振り向けない。
それを知ってか知らずか、子供たちにそう告げたレイフォードはレティシアの言葉には苦笑して、ルーウェンに抱かれたまま去って行く後ろ姿を見送る。それからリックスにも戻るように言い、自分は翼を出すとひとっ飛びして執務室の窓を潜った。
執務机にある椅子ではなくソファに腰を降ろすと、ルカを横抱きにして先ほどとは違って優しく微笑む。
「体調はどうだ?」
「大丈夫。それより仕事は?」
「終わらせた。夕食までこうしていようか」
「うん」
宰相となったナイアスが完璧に仕事をこなすようになり、レイフォードにも余裕が出来て予定よりも早く終わらせる事も増えた。そうして空いた時間は当然ルカとの逢瀬に使われる。
自分だけに聞かせてくれる甘い声で愛を囁いてくれるレイフォードに同じ気持ちを返したルカは、彼の頬に触れると満面の笑みを浮かべて薄い唇へと触れるだけのキスをした。
何年経とうとも変わらない想いが伝わればいいなと思いながら。
僅かに冷気を孕んだ風が吹く庭の一角に建てられた、もう誰も住んでいない屋敷を見上げたルカは少しだけ膨らんだ腹を撫でる。
ほんの数年前まではまだ声が聞こえていたのに。
「母様」
ザァッと強めの風が吹き、顔に掛かった髪を避けていたら後ろからルカよりは低めの声が呼び掛けた。振り向こうとして肩にショールが掛けられ、頭半分高い位置にある彼の顔を見上げる。
「ルーウェン」
「冷えて来ましたよ。そろそろ中に戻りませんか?」
「うん⋯あれ? 勉強は?」
「今日の分は終わりました。お腹の子にも良くないですし、心配した父様が迎えに来てしまいますよ?」
「それは大変だ」
何年経とうとも変わらず超がつくほど心配性な夫は、現在妊娠中という事もありしょっちゅうソフィアやリックスにルカの様子を報告させているらしい。初めてでもないのに本当に過保護で、嬉しいやら周りに申し訳ないやらで複雑な気分だ。
それから隣にいるルーウェンは現在十三歳となり、次代の竜王となるべく様々な勉強を日々こなしているのだが、レイフォードの血を引くだけあって非常に優秀で、既にほとんどの課題をクリアしているそうだ。
魔法値も高く、武道も文道も完璧らしい。
(レイの血が濃くて良かったよ、ホント)
ルカに似れば阿呆な子になっていたかもしれないと自虐気味に笑うと、慌ただしい足音がガゼボの方から聞こえて来た。
「母様!」
「兄様ー」
大きな声と共に足元に黒髪の小さな女の子が飛び付いてきて、少しよろけるとすかさずリックスが支えてくれる。お礼を言って視線を下げれば、レイフォードに良く似た顔立ちで見上げてきた。
横では同じように、金の髪をしたルカに似た男の子に抱き着かれたルーウェンがその子を抱き上げている。
「母様、父様が呼んでる!」
「うーん、遅かったか」
「レティシア、母様に飛び付いたら駄目だって父様に言われてるだろ?」
「う、ごめんなさい」
「レティはいつも兄様に怒られてるね」
「うー、アレオスの意地悪ー」
身重のルカの代わりにレティシアも抱き上げ、兄らしく叱るルーウェンと追い打ちをかけるアレオスにほのぼのする。
元気いっぱいのレティシアとマイペースなアレオスは男女の双子で、四年前に生まれたルーウェンの弟妹だ。双子という事もあり幼少期のルーウェンを思い出して戦々恐々したルカだったが、アレオスが大人しかったおかげで追い掛ける子供が一人で済んだのは本当に良かったと今でも思っている。
もうすぐ生まれてくるこの子は果たしてどんな性格なのか、少しだけ不安ではあるけど。
今日まででいろいろあったものの、何だかんだ目まぐるしく過ごせたから寂しいと思う暇もなくて、家族が住んでいたあの屋敷も近々取り壊し予定だ。
レイフォードはそのままでいいと言ってくれたのたが、維持するだけでも大変な事はもうルカも知っているしいつまでも思い出に浸るのは良くないからと無理を通した。
それに、墓に行けばみんなには会えるのだ。
それから更にいくつか変わった事もある。
リックスは十年前に団長の席を副団長に譲り、完全にルカの専属護衛となった。それ以前もほぼ専属のようなものではあったが、団長でないと対応出来ない事や通信自体も増えて来ていた為、レイフォードに直談判した結果そういう事になったそうだ。
ルカとしては変わらずリックスが傍にいてくれるのは嬉しいし助かるからむしろ有り難いまであった。
そしてもう一つ。ルカの友人であるセノールとレイフォードの護衛騎士であるアルマが三年前に結婚式を挙げた。大勢を好まないセノールの為に、セノールが本当に呼びたい人だけを呼んだこじんまりとした結婚式だったが、二人共幸せそうで思わず泣いて祝ったものだ。
寂しいも嬉しいも幸せも、たくさん感じられた数年だった。
「レイのところに行ってくる」
「もういる」
「わ!」
呼ばれているなら早く行かなければと子供たちに手を上げて立ち去ろうとしたルカに影が掛かり、いつものように抱き上げられる。
見上げれば眉を顰めたレイフォードがいて、どうやら痺れを切らして迎えに来たらしい。
「れ、レイ⋯」
「そんな薄着で、長い時間庭にいるのは駄目だと言っただろう?」
「時間の事は忘れてて⋯」
「リックスに声をかけないように言ったな?」
「えーっと⋯」
リックスは度を越していなければルカの言う事を忠実に守ってくれるのだが、恐らくはあと数十分でもいれば声をかけるのも時間の問題だったとは思う。
聞かれて視線を逸らすと大きく溜め息をつかれ額が合わせられた。
「頼むから、もう少し自分の身体を大切にしてくれ。特に今は」
「ごめん。心配してくれてありがとう」
「ルカに何かあったら、私は耐えられない」
眉尻を下げるレイフォードの頬に触れて謝るとお腹を気遣いながらも強めに抱き締められる。本気で心配している様子に申し訳なさを感じて髪を撫でると唐突に首筋に吸い付かれた。
「⋯っ⋯」
「日が落ちてきたから、お前たちは部屋に戻りなさい」
「はい」
「父様、母様いじめちゃダメだからね」
「いじめないよ」
「兄様、絵本読んで」
「うん」
背中を向けているから見られてはいないだろうが、ルーウェン辺りは気付いていそうで気まずくて振り向けない。
それを知ってか知らずか、子供たちにそう告げたレイフォードはレティシアの言葉には苦笑して、ルーウェンに抱かれたまま去って行く後ろ姿を見送る。それからリックスにも戻るように言い、自分は翼を出すとひとっ飛びして執務室の窓を潜った。
執務机にある椅子ではなくソファに腰を降ろすと、ルカを横抱きにして先ほどとは違って優しく微笑む。
「体調はどうだ?」
「大丈夫。それより仕事は?」
「終わらせた。夕食までこうしていようか」
「うん」
宰相となったナイアスが完璧に仕事をこなすようになり、レイフォードにも余裕が出来て予定よりも早く終わらせる事も増えた。そうして空いた時間は当然ルカとの逢瀬に使われる。
自分だけに聞かせてくれる甘い声で愛を囁いてくれるレイフォードに同じ気持ちを返したルカは、彼の頬に触れると満面の笑みを浮かべて薄い唇へと触れるだけのキスをした。
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